ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
「ふうっ。手強い相手でした」
額から汗が垂れる。手足に込めていた魔力を全身へと巡るようにイメージして、魔力の流れを元に戻していく。
魔力を体の一部分に溜めるのは、相当な集中が求められるため、常に気を張っていなければならない。
「どうやら、そちらも片付いたようですな」
と、私が伸びをしているところにギュンターが戻ってくる。中心の壁に遮られているため、あちら側での戦闘の様子は分からなかったが、ギュンターの様子を見るに、どうやら私の要望通りに戦い、そして勝ったのであろう。
「生きてやがったか、ジジイ。別にくたばっちまっても良かったんだぜ?」
暗器を仕舞いながら悪態をつくジョーカーだったが、イタズラな笑みを浮かべているので、本心からの言葉ではない。
「まだまだ私も若い者には負けられんのでな。あの若者は確かに手練れだったが、若さ故に経験も足りんかったようだ。そんなヒヨッコに仕留められるほど、私も無駄に年は重ねておらん」
ギュンターは馬から降りると、私の前まで歩き、跪く。
「アマテラス様、ご命令の通り、あの者らの命は奪わずに、武具を破壊して参りました。これで、戦闘の意思は奪えたでしょう」
「ありがとうございます、ギュンターさん。白夜王国の力、この目にしかと焼き付けました。私の成長に繋がってくれた彼らには感謝しなければなりませんね」
「ますますのご研鑽、おめでとうございます」
そう言うと、ギュンターは立ち上がりジョーカー達の元へと向かう。こちら側の戦闘の詳細を確認するためだろう。おそらく、ジョーカーとフェリシアはお叱りを受けるだろうが、後でフォローするとしよう。
「……ガングレリ、私の魔力に呼応……、………っ」
改めて、自身の手にある魔剣に視線を置く。
魔力を体の部位へと溜めての戦闘方法は、今までの訓練でも何度か試した事はある。ただ、多少のパワーアップやスピードアップくらいの効果で、これほどまでの効果が出たのは、今回が初めてだった。
しかし、私が驚いているのは、それもあるが、何より私がこの魔剣によって自分の能力が段違いに上がったという事に、少しの違和感も感じなかったという点だった。
この『魔剣ガングレリ』は、恐ろしい程に私の手に、感覚に、体に、しっくりとくるのである。
「さて、アマテラス。トドメを刺せ」
私がガングレリを眺めていると、声が掛かった。お父様だった。
「お父様…? ですが、この者達はすでに戦えません」
父の言葉に、私は困惑を隠せず、戦闘はもう終わったのだと主張するが、
「なんだと…? わしはそやつらを殺せと言っているのだ」
「そんな…、でもお父様!」
父からの非情なる命令に、私は反対の意思を持って叫ぶが、お父様の耳には届かない。
「…愚かな」
ゆっくりと、先程私と兄さんに魔剣と宝具を与えた時のように、その右手を私の背後に向けて翳す。
その瞬間、お父様の周りに魔法陣が浮かび上がり、
ドガッ!!!
私の後ろで、爆発音が響いた。
「……!!」
その音に驚き、すぐさま振り返ると、
ジョーカーが倒した白夜兵の1人が、全身を真っ黒にして、全身から黒い煙を上げて、全身を焼かれて死んでいた。
「なっ……!!?」
私は、その光景に絶句した。ジョーカー達も、突然の爆発に驚いていたが、その顔には困惑ではなく、いきなりの衝撃で驚いた、という表情が浮かんでいた。
人の死に恐怖を感じているのは、私だけだった。
「な、なぜ……、!!」
なぜこんな事を、と父に問おうと振り返った時、再びお父様の周りに魔法陣が浮かび上がっていた。
狙いは、壁を隔てて見えない向こう側。ギュンターが倒した白夜兵達を狙っていた。
「ほう、意識のある者がいるか。ちょこまかと逃げられるのも面倒…、さっさと始末せねばなるまい」
ニヤリと、おぞましい笑みを浮かべる父の姿に、私は何も考えず、そして体は勝手に動いていた。
(ここからでは距離がありすぎる。何か手は……、!)
今から迂回するように向かっていては確実に間に合わない。幸い、お父様は動いているらしい白夜兵に狙いを定めようとしているため、中心を突っ切る事さえ出来れば、まだ間に合うかもしれない。
しかし、中心の壁に覆われた広場には瓦礫が積み重なっており、通過は不可能───
(これ、は……)
───かに思われたが、瓦礫の周辺から、何か大きな力の残滓のようなものを感じた。何も考えず、走りながら手を翳すと、力が手に流れてくるのを感じ取る。
もはや、直感的に、手に込められた大地の力を天高く掲げて叫んだ。
「竜脈よ、吹き飛ばせ!!!!」
すると、瓦礫に覆われていた地面が光り、突如として暴風の発生により、瓦礫はバラバラと天へと散っていく。
「道が出来た! 間に合って……!!!」
「こざかしい…、こうなれば、多少の威力範囲を上げて殺してやろう」
いい加減、動き回る白夜兵…スズカゼに狙いを定めるのに苛立ったガロンは、込める魔力を強める。
それと同時に、自分の正面にて竜脈が発動したのを目にする。
ガラガラと崩れながら天に昇る瓦礫の破片は、竜脈を使用したアマテラスによるものだった。
「ほう…、愚かとはいえやはり王族。竜脈を統べる力は持つか」
少しぽっちの感心はすぐさま消え、再びスズカゼへと魔法を放とう構えるガロン。もはや狙いを定める必要はなく、大きな爆発がスズカゼを襲おうとする。
ドガッ!!!!!
さっきの1発よりも一際大きな爆発が、スズカゼの姿を覆い隠した。当然、これほど大きな爆発を受けて、普通は生きてはいられない。
だが、
「……」
もくもくと消えていく黒煙の中から姿を現したのは、傷一つないスズカゼと、
スズカゼを守るようにして、剣を両手で前に構えて立ち尽くすアマテラスだった。
「…えっ?」
自然と漏れたスズカゼの声。彼もまた、死を覚悟していただけに、無傷の自分と、自分の前に立っている少女の姿に驚きを隠せず、呆然としていた。
「アマテラスおねえちゃん…!?」
「なんてことを……」
その光景を目にしたマークス達きょうだいも、驚きを隠せなかった。妹が、姉が、一体何をしたのかを。何をしでかしてしまったのかを。
そして、自身の放った魔法を防がれたガロンは、怒りが全身から滲み出ているようで、強くアマテラスを睨み付けていた。
「アマテラス…貴様…」
「父上、お許し下さい! アマテラスは外に出てまだ間もなく、何も分からぬ身故の……」
マークスがなんとか許しを得ようと父に進言するが、
「よいか…マークス。白夜兵どもを殺せ。逆らう者がおれば、諸共に殺せ」
父の言葉に、マークスは躊躇いを隠せない。
「し、しかし……!」
「やれ」
「……っ!」
有無を言わさぬガロンの言葉に、マークスは苦しそうな顔を一瞬するが、それもすぐに消え、静かに剣を抜く。赤黒い光を帯びた、暗夜に伝わる神剣を。
「ま、待ってくれ…、!」
ゆっくりとアマテラスに歩み寄る兄を止めようと、スサノオが足を動かせようとするが、
「止めなよ、スサノオ兄さん。父上も、マークス兄さんも本気だ」
「レオン…! 放せ、放せよ! アマテラスが…!!」
「今は黙って見ててよ。それにもしもの時は、僕が上手くやるからさ」
レオンの揺るぎない眼力と、自信に満ちた声で、スサノオは、それでも納得はしないが、ひとまず冷静さを取り戻した。
「本当に何かあった時は、俺も出るからな」
すでに剣に手を掛けて、スサノオはアマテラスとマークス達のやりとりを注視する。
いつ、何があっても良いように。
「下がれ、アマテラス。さもなくば……」
その言葉は、兄としてよりも、1人の暗夜騎士としての言葉。それでも、家族だからこそ、マークスはこうして警告していた。
「兄さん…!」
だが、アマテラスは引かない。ここで引いてしまえば、スズカゼ、そしてリンカ達の命は無いからだ。
「馬鹿者が……!」
アマテラスに引く気が無いと分かり、マークスは攻撃を開始する。
振り下ろされた剣を、アマテラスはガングレリで受け止めるが、アマテラスが一撃防ぐ間に、すかさずマークスは連撃を放つ。
「あぐ…っ!」
胴、腕、脚…、連撃は全てアマテラスへと命中するが、その全てが掠めた程度で済んでいるのは、マークスが手心を加えたからに他ならない。
ようやく、アマテラスは実感した。自分がマークスから1本取ったあの時も、兄は少しも本気を出していなかったのだと。
兄は、自分よりも遥かに先を行く存在なのだと。
それでも、アマテラスは引かない。魔剣を携えて、マークスの前に立ちはだかり続ける。
「アマテラス……何故殺さない? 白夜は我らの敵なのだぞ」
「敵…ですか。確かに、暗夜にとってはそうなんでしょう。ですが、私には何故かそうは思えないんです……彼らの事を……」
「先程、お前はあの女戦士に深手を負わされたばかりではないか。それだというのに、お前はこの者達を敵とは思えないと? そう言いたいのか」
「はい」
どこまでも真っ直ぐなその瞳に、マークスは騎士としての顔で、暗夜王女に問う。
「…覚悟は出来ているというのだな」
「すみません、マークス兄さん…」
その答えに、暗夜最強の騎士は深く溜め息を吐くのだった。
そして、その様子を先程から見ているカミラはというと、
「どうして…どうしてなの……? 優しい子だとは分かっていたのに、どうしてこんな事になってしまったの……? ああ、お願いだから、もうやめて…アマテラス……。私のアマテラス……」
苦悶に満ちた表情で、それでも父の言葉に逆らう事も出来ず、ただただアマテラスの無事を祈る事しか出来なかった。
「そんな、アマテラスおねえちゃん……。どうしよう、どうしよう……。マークスおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんがぁ……」
為すすべもなく、エリーゼも泣きながらその場にへたり込んでしまう。
「う、ひっく…、きょ、今日は、スサノオおにいちゃんと、アマテラスおねえちゃん、の、お祝いを用意、ひっく、してたのに……うぅぅ……」
泣き崩れたエリーゼを見て、スサノオもとうとう我慢の限界が来ようとしていた。
「くっ…! おい、レオン。俺はそろそろ限界だぞ…!!」
今にも飛び出して行きそうなスサノオに、レオンは、
「まったく…仕方ないな」
ようやく、その重い腰を動かした。
腰のショルダーに仕舞った魔道書『ブリュンヒルデ』に軽く手を触れ、魔力を溜めて、触れていない方の手をアマテラスへと向ける。
「!!」
アマテラスは突然の出来事に、呆気に取られた。兄に刃向かってまで守ろうとしたスズカゼは、いとも簡単に、突如地面から生えてきた樹木によって、弾き飛ばされたのだ。樹木はスズカゼを弾くと、10秒と経たずに幻のように消えていった。
「そんな、どうして……」
驚く暇もなく、今度はこちら側にいた白夜の兵が、1人、また1人と魔幻の樹木によって吹き飛ばされていく。
そして、それは元々アマテラスが戦っていた場所も同様で、焼け死んだ白夜兵以外の2人も吹き飛ばされていた。
「……な」
あまりに急すぎる展開に、悲しむどころか怒る事さえも出来ず、アマテラスはもはや無意味に、その手の魔剣を構えたまま、立ち尽くしていた。
生き残っていた白夜兵達が全員樹木に弾き飛ばされたのを確認したレオンは、他のきょうだい達と同じく呆気に取られているスサノオから離れ、父の前へと足を運び、跪く。
「父上。不出来な姉の代わりに、僕がトドメを」
「レオンか…」
別段、大して驚いた様子もなく、ガロンは息子を見下ろしていた。
「ですからどうか、アマテラス姉さんの事は……」
レオンは、代わりに自分が始末したのでアマテラスへの罰を許してもらおうとしていたのだ。
……本当の事は隠して。
「……もう良い。追って、沙汰を下す! それまで待機しておれ!」
興が削がれたと言わんばかりに、ガロンはアマテラスを一瞥してその場を去って行った。
ハッとしたアマテラスは、すぐさまレオンへと駆け寄った。無論、今しがた弟が行った事を問い詰めるために。
「レオンさん! なんてことを! いくら敵とはいえ、動けず戦意を無くしている相手を殺すなんて!」
レオンの胸ぐらを掴んで、怒り任せに怒鳴るアマテラスに、レオンは変わらず冷静に、そして尚且つ静かに、アマテラスへ耳打ちした。
「しっ。まだ父上に聞こえるかもしれないから」
「!! まさかレオンさん、あなた……」
そこに、アマテラスと対峙していたマークスが剣を仕舞いながら歩いてくる。
「おい。よせ、2人とも…闘いは終わった」
「……、」
「…アマテラス、お前のその優しすぎるまでの優しさ、いつか仇になるかもしれんぞ」
騎士としてではなく、兄として。その言葉を、アマテラスは静かに受け止めていた。
「はい…。ですが、たとえそうだとしても、私に悔いはありません」
対して、マークスも、妹のその言葉を、静かに受け止めた。
「…そうか。まあ、いい」
とりあえずは納得したようで、マークスは近くに控えていた兵を呼びつける。
「捕虜どもの持ち物を調べたい。死体を、私の別館に運んでおけ」
「はっ!」
兵はそそくさと白夜兵達を回収し始める。アマテラスはその光景を眺めながら、レオンへと尋ねた。
「レオンさん、さっきの攻撃は……」
「ああ。…威力を弱めておいた。命に別状はないよ」
どうという事もなさそうに、レオンは言う。実際、レオンにしてみれば、あの程度の小細工は遊びに等しいのだ。
「父上の命令通り殺しても良かったんだけど……」
「それをやったら、アマテラスが落ち込むし、カミラ姉さんやエリーゼまでその様子を見て悲しむだろうからな」
レオンの言葉を勝手に奪って話すスサノオ。レオンは少しイジケたようにソッポを向く。
「ありがとうございます、レオンさん。私はとても良い弟を持ちました」
「法衣は裏返しで着てたけどな」
「もう…! なんで思い出させるんだよ、スサノオ兄さん!」
ガバッと振り向きスサノオのスネを軽く蹴ろうとするレオンだが、スサノオは軽くかわして逃げる。
逃げるスサノオに追うレオン、である。
「レオンおにいちゃん、ナイス!」
「ええ。…でもきっと、このままじゃ済まないわ。お父様がこのままで終わらせるはずがないもの……」
憂いを帯びたカミラの言葉は、他の5人のきょうだいの胸に、重くのしかかったのだった……。