ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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※それほど重要という訳ではないお話です。
ただただ、ささやかな祝福を。


外伝 それは優しくて暖かで、大切な───

 

 2の月19日。それは私や妹にとって特別な日。一年に一度、それは誰にも必ずやってくる。

 そう、誕生日だ。私と妹がこの世に生まれた日。私達が、両親に祝福されて生まれてきた、とても、とても大切な日。

 毎年、盛大に行われる誕生パーティーを、私と妹はやはり子どもらしく大いに浮かれ、喜び、楽しみ、笑い…それはもう、嬉しいイベントだ。

 その日だけは、少しくらいのワガママも許して貰えて、欲しいもの、したい事がある程度は許容してもらえる。子どもにとって、いや、それは大人になっても変わらない、大切な日なのだ。

 

 

 けれど、今年は違った。

 

 ある日の事だった。私達の村に、突然暗夜王国からの使者が訪れた。それは、暗夜王国に私達『氷の部族』は従えという要求で、これを拒否するなら実力行使を取るという、事実上の脅迫だった。

 もちろん、村の者達も難色を示した。しかし、暗夜王国の強大さも理解していた。それゆえに、無駄な血を流さないため、無駄な犠牲を払わないために、氷の部族の族長である父は、その一方的な命令を受け入れざるを得なかったのだ。

 

 それだけなら、まだ良かった。

 

 暗夜王国はその証として、部族の者を国に奉公に出させるよう要求もしてきたのだ。そして、その役目に私と妹が選ばれた。暗夜王国と氷の部族の友好のため…などという名目だが、ものは言いようで、要するに私達を暗夜王国への人質として差し出せ、という事を意味していた。

 父はずいぶんと渋ったようだが、向こうからしてみれば、私達は族長の娘という人質としては最高のカード。暗夜王国は私達以外の奉公は認めない、その一点張りで、結局のところ、私達は暗夜王国へと連れて行かれるしかなかった。

 

 暗夜王国に連れて来られてすぐに、私達は王族のメイドとして働く事になった。勤める先は暗夜王国でも北の端で、そんなヘンピな土地に建っている城塞だった。そこに住む王族の世話係、それが私達に与えられた仕事だったのだ。

 

 働き始めてすぐに、私はここに住んでいる2人の王子、王女殿下がこの北の城塞に幽閉されているのだと気付いた。

 それもそうだろう。なんせ、支給される日用品や食料は質素なものばかりで、世話係も最低限の人数だけ。極めつけは、お二方の外出を禁ずるというもの。

 これだけの材料が揃っていれば、殿下方がここに閉じこめられている事くらいすぐに分かった。

 妹は呑気なもので、本当に友好目的でメイドになったと思い込んでいるらしく、殿下方がここに幽閉されている事には気付いていないようだった。

 

 つまり、私が何を言いたかったかというと、私達はこんな辺境の地で、今までとは打って変わって寂しい誕生日を迎えなければならなかったという事だ。

 初めて迎える、質素な誕生日。それは私達が人質であるという事を嫌という程に突き付けてきているようで、私は誕生日を迎えるのが悲しくて、寂しくて、辛くて、どうしようもない気持ちでいっぱいになっていた。

 

 

 

 

「はあ……」

 

 朝から憂鬱で、それでもメイドの仕事はきちんと全うしなければならず、自然とため息が零れる。

 でも、いくら嘆いたところで、現実は変わらない。こうして気分が沈んでいる以上、これは現実。朝食の食器を並べる手に伝わる食器の感触が、それを物語っている。

 

 ここで働き始めて少し経つが、スサノオ様とアマテラス様は悪い方ではないのはすぐに分かった。それだけが、私やフェリシアには救いだったかもしれない。もし性悪な人の下で働いていたなら、もっと酷い目に遭っていたのかもしれないのだから。

 

「………」

 

 黙々とお皿をテーブルの上に並べ、次にフォークとナイフを用意する。そういえば、今日の朝食の献立にジャガイモのスープがあったので、スプーンも用意しておかなければ。

 メイドの仕事にも慣れたもので、私はテキパキと準備を済ませていく。案外、メイドの仕事は私の性に合っていたらしい。少し意外な発見で、元来、家事は得意だった事もあり、メイドという職業は私にとって天職であるらしい。あまり嬉しくはないが。

 ひとまずの仕度を終え、洗濯物の回収に行こうと部屋を出るところで、

 

 

『ひゃ~~!!!??』

 

 

 と、遠くから可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。おそらく、またフェリシアがドジをやらかしたのだろう。

 遅れてジョーカーの怒る声が聞こえてくる。巻き込まれたジョーカーには、フェリシアの姉として、心の中で謝罪しておく。

 

 ジョーカーというのは、私達より少し前にここに仕えている執事見習いだ。そういう意味では、私達はメイド見習いという事になる。

 彼は元々、貴族の家の出らしいが、親に奉公に出されたらしい。本人が言うには、親に捨てられたという事だが、それもそれで、私達とはまた違った意味で辛い現実だ。

 それこそ、居場所はもうここしか残っていないのと同義なのだから。

 

 私は、ジョーカーには、何か近しいものを感じている。信じられるものは自分だけ…周りは自分を利用しても、必要とはしていない…。

 

 孤独。

 

 私にはフェリシアが居るが、それでも疎外感を感じていた。妹は、スサノオ様やアマテラス様とすごく仲が良い。あの底抜けの明るさと天然さで、すぐに親しい関係を築き上げたのだ。

 メイドとしてはフェリシアの、主を相手に必要以上に親しく接する態度はあまり褒められたものではないだろう。実際、フェリシアはギュンターさんにもよく『主に対して距離感が無さ過ぎる!』と叱られてはしょぼくれていた。まあ、その度にスサノオ様とアマテラス様に慰められ…そうしてループに陥っていくのだが。

 でも、私は正直、フェリシアの事が羨ましかった。私だって、いつ帰れるかも分からないのだから、ここで働く以上は主であるお二方と良好な関係を築きたい。

 しかし、どうしても『人質』という単語が頭の隅をかすめ、遠慮してしまう。いや、それは正しくない。結局のところ、私は怖いのだろう。もし、スサノオ様とアマテラス様と仲良くなってしまえば、私はいつか“氷の部族と暗夜王国”の間で板挟みになってしまうのではないか。もしそうなった時、私はどうなってしまうのか。

 そんな事は分かっている。私は氷の部族を選ぶだろう。部族の皆は、私にとって全員が家族のようなものなのだ。だから、私は部族を裏切れない。

 

 私は怖い。親しいスサノオ様やアマテラス様を裏切ってしまう事が。故に、私は心のどこかで、スサノオ様方と仲良くするのを拒否してしまうのだろう。そんな未来が来ないように。何の後腐れも残らぬように。

 

 何も後悔しないように……。

 

 ああ、だからこそ、私はフェリシアが羨ましい。何も思い悩む事もなく、2人と仲良く接する事が出来て。私には、簡単な事ではないから。きっと、フェリシアはスサノオ様やアマテラス様を信頼しているだろう。そして、心の底から、お二方に仕えているつもりなのだろう。本当にそうなら、いつか私達は別れなければならない。どうなろうと、それだけは避けられない。そんな予感がしていた。

 

 

 

 それから何事もなく、いつも通りの仕事を終え、夕方に差し掛かろうとしていた。

 いや、少し気になった事があった。なんというか、今日はフェリシア以外の人達が皆、どことなくよそよそしかった気がする。ジョーカーは普段から素っ気ない態度だが、今日はあのスサノオ様やアマテラス様まで私を遠ざけていた。何か、私に至らぬ点があったのだろうか。そう思ってギュンターさんにも尋ねてみたが、特に何も言われなかった。

 不思議な事もあったものだ。

 

「…夕食の仕度をしないと」

 

 一息つくと、私は自室から食堂へと向かう。下準備は昼に済ませてあるので、あとは簡単に調理するだけだ。

 

「……、あ」

 

 一通りの工程を考えて、食堂に差し掛かったところで、フェリシアが扉の前に立っているのが見えた。それにしても、何故フェリシアが?

 フェリシアはそのドジっぷりから、家事がまるっきり下手で、皿を運べば落として割り、洗濯すれば干しても地面に落とし、お茶を淹れれば零し、焼き菓子を作れば焦がし…と、あまりにも家事をすればマイナスしか生み出さない様から、別名『破壊神』と呼ばれている。

 そんなフェリシアがどうして食堂前に…というか、何故中に入らないのだろうか。

 

「あ、姉さん!」

 

 私がしげしげと観察していると、フェリシアも私に気付いたようで、パタパタとこちらに駆けてくる。

 ああもう…そんなに慌てて走るとスカートが捲れて…いや、フェリシアの場合は転ぶ事を心配した方が良いか。

 

「どうしたの? あなたは食事当番ではないはずじゃなかった?」

 

「それが聞いてくださいよ! スサノオ様が呼んだから来たのに、中に入れてくれないんですよ~!!」

 

 プンプン、と可愛らしく頬を膨らませて怒るフェリシア。それにしても、スサノオ様が食堂に…?

 これはまた、どういう事なのか。何か用事があったはずのフェリシアも閉め出されているし…。

 

「理由を聞いても、ちょっと待ってくれってばっかりでぇ。そりゃあ、私は家事がだめだめですけど、いくらなんでもメイドの仕事をさせようともしてくれないなんて、あんまりですよ~!」

 

 しょんぼりとうなだれるフェリシア。いや、確かに食堂に入れないというスサノオ様の判断は正しいのだが、呼び出しておいてそれはヒドいのではないだろうか。

 

「私も聞いてみるわ。もしかしたら何かしているのかもしれないし」

 

 落ち込むフェリシアを置いて、私は扉の前に立つ。中で何をしているのかは知らないが、私だって夕食の用意があるのだ。このまま立てこもっていられる訳にはいかない。意を決し、扉をノックする。

 

「スサノオ様、フローラです。夕食の仕度をしたく、どうか開けて頂けませんか?」

 

 中からガタッという音が聞こえてくる。どうやら私だとは思わなかったようだ。

 

(に、兄さん! フローラさんももう来ちゃいましたよ!?)

 

(お、落ち着けアマテラス! まだ終わってないんだからダメだ!)

 

 アマテラス様も一緒らしい。兄妹揃って何をしているというのか。仮にも王族であるというのに、いたずらにしては子どもっぽすぎる。

 

「アマテラス様もご一緒でしたか。とにかく、お二人共、早く出てきて下さい。夕食が遅くなってしまいます」

 

 しばらくの沈黙が続き、自然と私も無言になる。後ろではフェリシアがオロオロと扉と私を交互に見ているのが不思議と分かった。

 

(……分かった。どっちにしろ間に合わないし、諦めるか)

 

 扉越しでも分かる、スサノオ様の落胆したかのような声音に、私は少しの申し訳なさを感じた。でも、夕食の用意を考えればこそだ。私はスサノオ様とアマテラス様のために夕食を作ろうとしているのだから。中で何をしているかは知らないが、諦めてもらうほかない。

 

 ガチャリ、と食堂の扉がゆっくりと開かれる。扉の隙間からは、フェリシアみたいにしょんぼり顔のアマテラス様が、顔を覗かせていた。さながら、悪さをした子どもが母親に叱られる時の顔のようだ。

 

「何をしていらしたかは知りませんが、中に入らせて頂きますよ」

 

「はい…。出来れば、内緒にしておきたかったんですが…」

 

 観念したのか、アマテラス様は扉を完全に開けきった。そして、そこに広がっていた光景に、私や、私の肩からひょっこりと顔を覗かせていたフェリシアは、思わず声を失ってしまった。

 

 

 壁やテーブル、椅子と、色とりどりに飾りつけられた食堂。一体どこにこんな材料があったというのかを疑いたくなる程に、それは多種多様で、よく見てみれば、素材はどれも統一されていないという事が分かる。

 

「昼から用意してたんだけどな…」

 

 頭を掻きながら、スサノオ様は残念そうに笑みを浮かべていた。

 

「飾りは終わって、あとはケーキを焼いて終わりだったんですが…」

 

 えへへ、とアマテラス様もまた、残念そうに微笑んでいた。

 

「えっと、その、これはどういう…?」

 

「ほら、今日ってさ、フローラとフェリシアの誕生日なんだろう? だから、日頃の感謝を込めて、俺とアマテラスで2人を祝おうってな」

 

「まあ、結局間に合いませんでしたけどね」

 

 そう言って、キッチンの方を見るアマテラス様。そこには、小麦粉や卵、ボウルなどが散乱していた。

 

「いや~、家事ってのは大変だな! 俺やアマテラスじゃ、ケーキ一つ作るのも満足に出来やしない」

 

「はい。改めて、フローラさん…とフェリシアさんには感謝しなければいけませんね。こんな大変な事を毎日してくれているのですから」

 

「……!」

 

「は、はわわ!?」

 

 お二方のその眩しさに、私は思わず俯いてしまう。後ろで慌てふためくフェリシアがいてくれて助かった。私は……嬉しさのあまり、泣いてしまうところだったから。

 

 期待はしていなかった。ここに来て初めて迎える誕生日。どうせフェリシアと2人、寂しく迎える事になるだろうと思っていた。

 でも、実際は違った。スサノオ様とアマテラス様は、私達の事を本当に大切に思って下さっている。私は必要以上に親しくしようとしていないのに、この方達はそんな私にも、仲良くしようとしていらっしゃる。

 

 部族の村での誕生パーティーは確かに恋しい。それでも、こんなに暖かな気持ちになったのは、きっとこれが初めてだ。

 ああ、こんなにも暖かな気持ちを知ってしまったら、触れてしまったら、もう私は戻れない。スサノオ様とアマテラス様のお気持ちを、無碍になんて出来ない。

 

「あ、この計画自体はスサノオ兄さんの考案ですよ。兄さんが、普段からお世話してくれるフローラさんとフェリシアさんを少しでも労れたら…って」

 

「それを言うなら、材料の諸々を集めてくれたギュンターやジョーカーにも感謝しなきゃだな。あと、材料を集めるのに協力してくれたカミラ姉さん達も」

 

「もう…男がねだるのは恥ずかしいからって、私がカミラ姉さんにおねだりしたんですよ? 私だって恥ずかしかったんですから」

 

 顔を赤く染めて怒るアマテラス様に、誤魔化すように顔を反らし、口笛を吹くスサノオ様。

 そんなお二方の様子に、私は思わず吹き出してしまう。後ろでは、フェリシアが涙を浮かべて私に抱きついている。

 なんと暖かな時間だろう。人質という立場ではあるが、少なくとも、今の私は幸福感で胸が満たされていた。これはもう、手遅れだろう。私はきっとこの先、苦しむ事になる。きっと後悔するかもしれない。

 それでも、今だけは、この方達と離れる事になる時までは

 

 

 

 

 この幸せを享受していたい。

 

 

 

 

 今日は私の、私達の誕生日。ここに来て、初めて迎える、予想外に暖かい誕生日。少しくらい、甘えてしまってもいい、特別な日。

 

 

「さあ、夕食の仕度をしますよ。それと、作りかけのケーキも完成させてしまいましょう!」

 

 絡みつくフェリシアの腕を解き、パンパンと両手を叩いて作業を促す。本来ならメイドの私がするべき事だが、今日だけは無礼講といこう。なにせスサノオ様とアマテラス様自らが率先して企画して下さったのだ。最後まで、やりとげさせてあげたいと思うのは当然だろう。

 

「よし、本人達にはバレたけど、やるか!」

 

「私も頑張りますよ~!!」

 

「「あ、フェリシア(さん)は座って待機で」」

 

 そんなー!? と大袈裟に叫ぶフェリシアと、それを笑ってキッチンに逃げていくスサノオ様にアマテラス様。そして2人はふと立ち止まって振り返り、満面の笑顔で、

 

 

 

「誕生日おめでとう! フローラ! フェリシア!」

 

 




 
 という訳で、フローラとフェリシアのダブル誕生日回でした。
時期的には本編よりも少し過去に遡るくらいですね。
フローラ達が北の城塞に来て間もなくくらいの想定ですね。そして完全にオリジナルな内容です。
そして、完全なオマケ回です。

それでは一つ、お祝いの言葉を。

フローラ、フェリシア、誕生日おめでとう!!

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