ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
それは、私が村の外の見回りをしていた時の事でした。
「……」
私たち氷の部族が、暗夜王国への反乱を企てているという情報が暗夜王国へと漏れていたらしく、近頃暗夜の密偵と思わしき者を村の近辺で目撃する事が増えてきていました。
そして部族の長の娘である私も、父から見回りを任され、何度か密偵を魔法で起こした吹雪によって遭難させもしました。
ここで直接殺さなかったのは、もし密偵を殺してしまえば私たちの計画が真実であると教えるようなものだから。
密偵を放つという事は、暗夜王国もまだ確信を持つまでには至っていないという証拠。ならば、村に入られる前に密偵にはお帰り願うのが良策である。それが父の考えでした。
無論、村に侵入された場合は、暗夜王国との関係は決定的に絶たれる事になるでしょう。村に侵入した密偵の血によって。
私は、スサノオ様とアマテラス様が留守にしているという好機を前に、以前から密かに連絡を取っていた父からの命令で、こっそりと北の要塞から抜け出し、こうして村に帰ってきたのです。
城を出る時、ここで過ごした様々な思い出が私の脳裏を過ぎりました。
私と妹であるフェリシアは、暗夜王国に子どもの頃、氷の部族から奉公に出されました。
表向きは、氷の部族が暗夜王国の配下として加わる事で、忠誠の印という形で私達は暗夜王国に預けられたのです。
ですが、実際には暗夜王国の強引なやり方による強制的な支配で、私達は人質として暗夜王国に連れて行かれたのです。
初めの頃は、嫌で仕方ありませんでした。でも、おとなしく従わなければ、部族のみんなの命が危ない。私はそう思い、なるべく態度には出さずにメイドの仕事をこなしました。
そして、私はある方に出会う事になります。メイドとしての仕事を一通り叩き込まれた私たち姉妹は、北の要塞に住むという第二王子、王女様の世話を言いつけられました。
それが、スサノオ様とアマテラス様でした。
フェリシアは出会い頭からドジをやらかしましたが、下の者であるメイドの失態を、お二方は笑って許して下さって、私の想像していた王族のイメージを粉々にされたのです。
暗夜王国のやり方を知っていた私は、その中心にあるはずの王族が、こんなにも穏やかであるとは思いもしませんでした。
それからというもの、私は自分が人質であると自覚すると共に、スサノオ様とアマテラス様の臣下として……いいえ、お二方は私の事を家族とおっしゃり、私もまた、スサノオ様とアマテラス様を身近に感じてお仕えしてきました。
ただ、それは忠誠心からのものという訳ではなく、スサノオ様とアマテラス様の人間性を信じたが故の事でした。
メイドとしての日々を過ごすうちに、私は次第に女として、人としても、王族としても立派なスサノオ様に、憧れに近い感情を抱くようになりました。
私たちと同時期にスサノオ様とアマテラス様に仕え始めたジョーカーの事も、なんとなく私と似ているような気がして気になっていましたが、ジョーカーの心にあるのはスサノオ様とアマテラス様の事だけ。もしこの感情が恋なのだとしたら、きっと叶わぬ恋。
そしてまた、私がスサノオ様に抱くこの感情も、身分違いの私では、絶対に叶わないと分かっていました。
だから、私は自分の想いを隠す事にしました。私は氷の部族から人質として暗夜王国に連れて来られた。私は仕方なく、スサノオ様とアマテラス様に仕えているのだ、と。
無理やりでも、私は自分の想いを隠すために、そう思い込もうと必死でした。必死に、クールに振る舞っていたのです。
でも、それももう終わり。
私は氷の部族、そしてその長の娘。妹を残して行く事は心苦しいけれど、スサノオ様とアマテラス様がきっと守って下さる。そう信じて、私は北の要塞を後にしました。
もう二度と、この城に戻る事は無いと確信して…。
そして、私は村に帰ってきて、長の娘としての務めを果たしていたのです。
今でも時折、スサノオ様たちと過ごした日々を思い出し、こうして見回りで1人になる時はぼんやりする事が多くありました。
この日も、そんな1日になるはず、でした。
「……人?」
私は吹雪の中、雪の白とは正反対の、黒く染まった布があるのを見つけたのです。見た目からして、それはマント。風にたなびく黒いマントの下に、人が居る事はすぐに分かりました。
でも、私はそれどころではありませんでした。
そのマントを、何故か懐かしく感じて仕方がなかったのです。
目を凝らし、雪に埋もれて倒れるその人影にゆっくりと近付いていき、もし密偵だったのならこのまま凍死されては、氷の部族が疑われる。そんな思いも抱きながら、私は倒れている人の側にたどり着きました。
「!!」
そして私は、目を疑いました。
何度も目にした軽くて丈夫な造りの鎧、その背にたなびくマントを、私は何度となく縫い直して……。
懐かしく思ったのは、間違いではありませんでした。だってこの人は、私のよく知っているお方だったのですから。
「スサノオ様?」
私の呼びかけに、スサノオ様は答えませんでした。
私は急いでスサノオ様の体温を確認して、体が凍傷をお起し始めているのを確認すると、私とスサノオ様の一帯だけを魔法で吹雪を防ぎ、スサノオ様を仰向けにひっくり返しました。
スサノオ様の体は、暖かい所から急に極寒の地に放り出されたようで、急激な温度変化のためか、意識は無いようでした。
「なぜ、スサノオ様がこんな所に…!」
私は慌てる心を必死に落ち着かせると、どうすればスサノオ様を助けられるかを考え始めました。
部族の村に助けを求めたくても、素性の知れないよそ者を村に招き入れるとは思えない。かといって、私だけではスサノオ様を助けるなんて到底不可能。
どうすれば、どうすれば、どうすれば…!
必死に考えていて、私はある事に気付いたのです。
スサノオ様の腰に差された、黄金に輝く剣に。それはこの極寒の大地にあるにも関わらず、どこか暖かさを思わせたのです。
「! …そうよ。この剣と、私たちに伝わる伝承があれば、スサノオ様を助けられる!」
私たち氷の部族に代々伝わる伝承。それはどこか予言めいたものだったけれど、部族の者はその伝承を信じている人ばかり。これは利用出来ると、私は魔法を固定し、すぐにその場を離れました。
村までは少し離れているけれど、今は一刻を争う。スサノオ様を1人残していくのは心が痛んだけれど、この方の命を救えるのなら、このくらいの痛みはどうという事もないのですから。
私は村に急ぎ帰ると、父に告げました。
伝承に出てくるような、黄金の剣を持った人が倒れている。私だけでは助けられないから、人手を出して欲しい、と。
そして、すぐに父と2、3人の男手を連れて、私はスサノオ様を見つけた場所まで案内しました。
スサノオ様の姿が見えてくると、私は急ぎスサノオ様の状態を確認しに走りました。
脈を確認すると、弱々しくではありましたが、まだ脈はありました。
私はすぐに持ってきていた毛布でスサノオ様をくるむと、男性たちに担いでもらい、その場を後にしました。
「…あの腰に差した剣…確かにフローラの言う通り、我ら氷の部族の伝承に出てくる勇者の持つ黄金の剣に似ている」
父はスサノオ様を運搬しているのを見ながら、目を細めていました。
今の氷の部族にとって、まさしく伝承に出てくる勇者は求めしもの。だからこそ、父も見過ごせなかったのでしょう。
そして私は思惑通り、スサノオ様の命を救う事が出来たのです。
ですが、問題を後回しにしているという事は、私に暗い影を落としていました。
「…スサノオ様」
ベッドに寝かされているスサノオ様の脇で、私はスサノオ様のお顔を眺めていました。
スサノオ様を助けるという目的は果たせましたが、その後の事が問題でした。
父がスサノオ様を助けたのは、スサノオ様を伝承の勇者と関連づけたから。
もし、スサノオ様が暗夜王国の、それも王族であると知れたら、きっと生かして帰さない。
そうなっては、せっかく助けられたのに、意味がない。
「………」
スサノオ様が目を覚ましたら、誰にも気付かれないように村から出すしかない。吹雪を抜けるまで、私が守ればいい。
私はそれしか、スサノオ様をここから逃がす方法が思いつきませんでした。
スサノオ様がここにいる理由…なんとなくですが、察しはついています。
部族の反乱、それが理由なのでしょう。どういった経緯であるのかは分かりませんが、ガロン王に命じられたのでしょう。
氷の部族の反乱を平定せよ、と……。
だったらなおの事、スサノオ様をここに居させる訳にはいきません。
絶対に、父の怒りを買う事になるから。
「……、」
私は膝を床に付け、そっとスサノオ様の眠るベッドにもたれかかりました。そして、眠るスサノオ様の手を握りしめます。
体温は、どうやらもう問題ないくらいには戻っていました。
「スサノオ様、あなたを死なせたくない。死んでほしくない。あなたは本当なら辛い事しか無かったはずの暗夜での記憶に、暖かい思い出を下さったのです。だから、私があなたを助けます…だから、どうかあなたは、無事に帰って、フェリシアを守ってあげて……」
妹への想いも乗せて、私はスサノオ様の手を、両手で包み込むように握りしめました。
隠した想いは、私の胸の内に仕舞い込んだままに。