ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第6話 アマテラスの正義

 

 白夜の捕虜達は、中央にある壁で囲まれた広場を避けるように、リンカとスズカゼのグループに分かれて進撃を開始した。

 見たところ、グループのリーダーである2人以外は剣士のようだ。

 

「来ますぞ! あの忍、なかなかの手練れの様子。奴めは私が引き受けます。アマテラス様はジョーカー、フェリシアと共にあの娘との戦闘を」

 

「分かりました。ギュンターさん、一つだけお願いします。どうか、あの人達を殺さずに勝って下さい」

 

 お父様の命令とはいえ、無闇に命を奪う気にはなれない。それに、お父様は『魔剣ガングレリ』の、いや、私の力がどこまでなのかを見たいと言った。

 私自身の腕試しの為に彼らを殺す必要は無いのだ。

 

「…ふむ。敵であろうと情けを掛けるとは……。やはり、あなたはお優しい方だ。だからこそ、仕える価値もあるというもの。いささか難儀な注文ですが、このギュンター、必ずやその命令を遂行しましょうぞ……!!」

 

 重厚な鎧で武装された騎馬の上で、老練の騎士は不敵な笑みを浮かべながら、その手に握られた槍を構える。

 

「アマテラス様を任せたぞ!!」

 

 手綱を引き、向かい来るスズカゼの一党へとギュンターは勢い良く駆け出した。

 

「言われなくともやってやるよ、ジジイ!」

 

 ジョーカーは、馬と共に走りゆくその背中を見ることもせず、ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべてリンカ達を見据えていた。

 

「アマテラス様、私達メイドやジョーカーさんのようなバトラーは杖で傷を回復する事が出来ます~。お怪我をされた際はすぐにでも仰って下さいね!」

 

 暗器を片手に、腰のエプロンに挿した杖を私に見せるようにフェリシアは軽く叩く。ジョーカーにも目をやると、同じく腰に挿した杖をそれとなく私に見せるように敵に注意を払っていた。

 

「分かりました。その時は頼りにさせてもらいますね。では、行きます!!」

 

 お父様から賜った魔剣を手に、私はこちらに走ってくるリンカに向けて駆け出す。

 

「ちょ!? アマテラス様、1人で飛び出されては……、もう言っても遅いか。行くぞフェリシア。俺達はアマテラス様が戦いやすいように、取り巻きどもを片付けるぞ」

 

「はい~! 殺しちゃダメですよジョーカーさん?」

 

 続けて、ジョーカーとフェリシアも後に続く。その視線は、自身が倒すべき敵と、守るべき主君に向けられていた。

 

 

「ほう? 王女自ら私に挑んでくるか…。暗夜の世間知らずの王女とはいえ、一端の戦士である事には違いないようだな」

 

 リンカと共にこちらへと来ていた2人の剣士は、すぐさまアマテラスを追い抜いた従者達によって、既にリンカから引き剥がされていた。

 

「手合わせ、願います」

 

「元より、こちらはそのつもりだ! 行くぞ、炎の部族の力、思い知れ!」

 

 リンカが叫ぶと同時、砲弾のごとく、彼女は棍棒で突進してくる。瞬時に、受けきるのは危険だと判断し、私は後ろに飛び退いて振りかぶりを回避する。

 

 ズガッ!!

 

 地面へと叩きつけられた棍棒は、いや、正確には金棒は、寸前まで私がいた地面を盛大に音を立てて叩き割った。もし、今のを剣で受け止めていたと思うと、ゾッとする。

 どうやら、リンカは見た目通りのパワータイプの戦士のようだ。

 

「凄まじい力です……!!」

 

 一発でも当たれば、致命傷となるのは確定的だろう。そして、力比べすら勝ち目は無いに違いない。鍔迫り合いに持ち込まれたら危険だ。

 

 パラパラ、と石の地面にめり込んでいた金棒が破片を落としながら持ち上げられる。金棒の表面は少しの傷が付いただけだった。

 

「お前、なかなか勘が良いな。お前のその軟腕(やわうで)であたしの攻撃を受け止めれば、骨が砕けていただろうからな」

 

 金棒を肩に担ぐように掛けるリンカは、さも当然の事だと言わんばかりに話す。それだけ、彼女は自身の腕力に自信があるのだろう。

 事実、今の一撃を目にしたために、それが強気でもなんでもないのは分かっていた。

 

「確かに、私程度では簡単に押し負けるでしょう。でも、その分スピードは落ちるはず!」

 

 パワータイプは基本的にスピードに劣る、幼い頃からの訓練ではそう教わっていた。だから、リンカをスピードで撹乱して、隙を見て畳み掛ける。

 

 今度は私からリンカに向けて走り出す。もちろん、剣を構えた状態ではスピードが出ないので、剣は握っているだけのぶら下げた状態でだ。

 

「ナメるなぁ!!」

 

 横凪に振るわれる金棒を、スライディングでかわす。立ち上がりざまに、こちらも横凪に剣戟を放つが、リンカは振り切った勢いのまま、それを受け止めた。

 力勝負に勝てるはずもなく、魔剣ごと私は体を押し飛ばされる。転がるように受け身を取って起き上がるが、やはりリンカの力は凄まじい。金棒の一撃を受け止めた右腕が、ジーンと痺れるようだ。辛うじて剣を放さずに済んでいるのである。

 

「フン。防いだ上に剣を落とさないとは、骨のある奴だ。それでこそ、戦いがいがある」

 

 対してリンカは、余裕しゃくしゃくといった様子で、こちらに大きく跳び上がりながら、兜割りを繰り出してくる。

 

「ッ!」

 

 とっさに、横へと飛び込むように避けるが、

 

「あぐぅぅぅぁぁぁあああ!!??」

 

 完全に避けきる事が出来ず、左足に重い一撃が入ってしまう。

 ヒドい激痛に、意識が飛びそうになるが歯を食いしばって耐え、縫い止められたように左足へと食い込む金棒から逃れるため、倒れた状態でも動く右足でリンカの胴に回し蹴りを放つ。

 

「ぐっ…!」

 

 綺麗に決まった回し蹴りにより、リンカがよろめいた隙に左足を金棒と地面の間から引き抜く。

 左足は痛みを感じる割に、感覚が曖昧で、動いているのかも分からない。

 

「チィ! しぶとい!」

 

「く…!!」

 

 一瞬で体勢を直したリンカが、這いつくばっている私に追撃を仕掛けてこようと金棒を高く振りかぶる。

 

 が、

 

「させるか!!」

 

「!!」

 

 声と共に飛来した暗器を、大振りに武器を構えていた事もあってリンカはかわす事が出来ず、腕に突き刺さる。

 

「アマテラス様! すぐに治療しますからー!!」

 

「じょ、ジョーカー、さんと…フェリ、シアさん……?」

 

 痛みを堪えながら仰向けになると、今にも泣き出しそうなフェリシアの顔と、私を守るようにリンカへと立ちはだかるジョーカーの姿がそこにあった。

 

「ごめんなさいごめんなさい!! 私がもっと手際よく敵を倒せていたら、アマテラス様にこんなお怪我なんてさせなかったのに……!!」

 

 杖を私の左足に向けて、必死な形相で謝るフェリシア。だが、これは私の未熟さが招いた、私自身の失態なのだ。フェリシアに落ち度は何もない。それはジョーカーにも言える事だ。

 

「いいん、ですよ…フェリシアさん。あなたは、立派に私のお願いを、聞き届けてくれました。むしろ感謝しているくらい、です…。ジョーカーさんも、ですよ?」

 

 左足に感じる心地よい暖かさに、痛みが少しずつ消えていく。ようやく余裕を取り戻せた私は、さっきまでジョーカーやフェリシアが戦っていた所を見た。どちらも倒れているが、ピクッと動くのが分かるので、生きている。気絶しているだけのようだった。

 

「しかし…、いえ。あなたはそういう人でしたね。お心遣い、感謝致します」

 

 そう言うジョーカーの顔は見えなかったが、どこか優しそうな笑みを浮かべているような、そんな気がした。

 

「…甘いな、暗夜の王女にしては。敵を殺さずに倒すなんて、お前は本当に暗夜の王族なのか?」

 

 腕に刺さった暗器を引き抜き、止血もせずにリンカは疑問をぶつけてくる。

 

「暗夜の王族がどうとか、暗夜の戦士だとか、そんなの関係ありません。私は、()()()()()()()誰かの命を奪う事が嫌なだけなんです」

 

 足の感覚も戻ってきたので、立ち上がり剣を構える。視界にあるのは、白夜の勇敢な女戦士。もはや迷いはない。命を奪わずに倒す事。そのために多少傷付けてしまっても、死なせるより遥かにマシだ。

 

 今まで誰かを傷付ける事を恐れていた。それは今も変わらない。それでも、私は戦うと決めた。私のやり方で、戦うと決めたのだ。

 

 私は剣を構えたまま、脱力しない程度に全身から力を抜く。筋力はいらない。今必要なのは魔力のみ。

 両手両足へと魔力の流れを感じた私は、足の魔力を噴出させて爆発的なスピードでリンカへと走る。

 

「早い!?」

 

 突然、急激に速度を上げたためにリンカは驚愕するが、すぐさま冷静さを取り戻し、金棒を構えて不敵に笑う。

 

「来い! お前の全力、叩き潰してやる!!」

 

 勝負は一瞬で決まる。それが予感出来たのだろう。今まで以上にリンカの纏う空気は張り詰めたものになるが、

 

「!!?」

 

 気がついた時には、アマテラスの姿が視界から消えていた。

 

「どこに…、!!」

 

 瞬間、リンカの背筋にゾッと寒気が走るや否や、その寒気の正体は背後からやってきた。

 

 ドッ!

 

「な、に……!?」

 

 突然の衝撃。その衝撃は十分すぎる威力で、リンカから意識を刈り取る。

 薄れゆく意識の中で、リンカの視界が捉えたものは、

 

「………」

 

 ガングレリを逆向きに持ち、峰打ちを打ち終えた姿で佇むアマテラスだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな」

 

 アマテラス達の決着の瞬間を見ていたスサノオは、したり顔で呟く。

 

「スサノオおにいちゃん、アマテラスおねえちゃんは一体なにをしたの?」

 

 先程まではアマテラスの怪我に、泣きながらうろたえていたエリーゼだったが、回復したのを見て一安心とばかりに調子を取り戻していた。

 

「足に貯めた魔力を一気に爆発させて、あの女戦士の目に映らない超スピードで通り過ぎたんだ。そのまますれ違いざまに斬りつけてもいいが、それでは勢い余って殺してしまう可能性もある。それに、あいつは回り込むまで峰打ちの構えじゃなかったしな。一旦、剣を持ち直す必要もあったんだろう」

 

 続けて、スサノオの説明にレオンが付け加える。

 

「更に、手に込められた魔力により威力が増したその峰打ちが無ければ、あの女を気絶させられなかったろうしね。どちらにせよ、そのまま魔力でブーストされていた斬り込みをしていれば、あの女は今頃上半身が下半身とお別れしていただろう。まあ、要するに魔力を込めた一撃を斬撃から峰打ちに切り替えるタイミングが必要だったから、アマテラス姉さんは奴の背後に回り込んで時間を作ったのさ」

 

 澄まし顔で語るレオンに比べて、エリーゼは「?????」な顔で腕を組んでうんうん唸っていた。

 

「うー、難しくて分かんないよー!」

 

「はいはい。お前にとって重要なのは過程より結果だろう? ほら、アマテラス姉さんが勝った。それで良いじゃないか」

 

「むー…、なんかレオンおにいちゃんにバカにされてる気がする。スサノオおにいちゃーん! レオンおにいちゃんがいじわるするー!!」

 

 泣きつくエリーゼに、スサノオは困った顔をして宥める。

 

「いや、別にレオンはお前をからかってる訳では……」

 

「おい」

 

 と、そこに沈黙を守っていた長兄・マークスから3人に声が掛かる。

 

「お前達、カミラを止めるのを手伝ってくれんか?」

 

 見ると、マークスがカミラを羽交い締めにしていた。ただ、それでもカミラは拘束から逃れようとし、妖艶な笑みを顔に貼り付けていた。

 

「うふふ…。私の可愛いアマテラスをあんなヒドい目に合わせるなんて……。あの女、殺してあげる」

 

 目は笑っていなかった。

 

「父上の御前だという事も忘れていそうだな、カミラ姉さん……」

 

 自分ももし怪我をさせられたら、相手が大変だなぁ、と今更ながらカミラの自分とアマテラスへの溺愛ぶりに戦慄するのだった。

 

 


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