ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
「え…スサノオ…おにいちゃん…?」
ネネの言葉に、エリーゼが信じられないというように、へばりついていた竜をおずおずと見上げる。
その横顔は、到底人間の面影が感じられないが、不思議と怖さが感じられないのもまた事実。エリーゼは、見上げた竜の顔に、何故か安心感さえ覚えていた。
「…助けてくれたんだね、スサノオおにいちゃん」
どこからどう見ても完全に竜であろうと、エリーゼは確信した。この優しい雰囲気や、側に居るだけで安心出来るこの感覚は、スサノオと一緒に居る時に感じるものと全く同質のものであるのだと。
「この竜がスサノオ様だと…?」
聞いただけでは信じられないアカツキだったが、
「間違いないのです。私の目の前で、人間から竜に変わるのをはっきりと見ましたですから。それに、王族ならまだしも、普通の人間が竜の力を振るうなど、まずありえません」
スサノオが竜になる瞬間を目撃したネネの言葉に、疑う余地はなかった。このタイミングでネネが嘘をつく必要など、微塵もないからだ。
「…まあいい。この竜がスサノオ様かどうかはこの際問題ではない。今はこの状況を打破する事が先決だから、な!」
ブン! とアカツキが勢いよく刀を振る。
「グギャガ!?」
スサノオの討ち漏らしたノスフェラトゥが、徐々に溢れ始めていた。その1体の頭部を、アカツキは一刀両断したのだ。
頭を失ったノスフェラトゥの体が、膝からズシンと崩れ落ち、その体を青い炎が包んでいく。
「流石に数が多すぎる。私達も加勢するぞネネ!」
「です!」
アカツキがノスフェラトゥの群れに突っ込んでいくと同時、ネネもその手に握りしめた杖を持って、別の群へと特攻をしかけた。
「私は強い子です!」
本来は癒やしの力を行使する為の杖を、まるで鈍器でも扱うようにノスフェラトゥ目掛けて振り下ろしていくその姿は、およそその容姿に似つかわしくない攻撃方法ではあったが、確実にノスフェラトゥへとダメージを与えていた。
「グガガ!!」
ノスフェラトゥの体に杖がめり込んだ部分が、ジワジワと白く変色していく。それを、苦悶の絶叫を上げながらノスフェラトゥはもがき苦しんでいた。
杖の使い方としては間違っているが、元来、杖には聖なる力が宿っている。当然、死した怪物にそれをぶつければ、効果は絶大となる。
ただし、これはあくまで例外的な攻撃方法であって、全てのロッドナイトやシスター、僧侶が出来る訳ではない。
何故なら、杖を扱う者は本来非力であり、それを補う手段が仲間を癒やすという行為なのだ。だからこそ、ネネは例外中の例外だと言える。
おそらく、今まで杖でノスフェラトゥを殴るという暴挙に出たのは、彼女を除けば皆無だろう。
そんなネネの勇ましい姿に、同じく杖を扱う者としてエリーゼはキラキラとした視線を向けていた。
「か、かっこいい! よーし、あたしも…」
と、エリーゼが要らぬ影響を受け、小さな手にギュッと握りしめた杖で特攻を仕掛けようとするが、
『流石にそれはお前には無理だ、エリーゼ』
響くような声と共に、エリーゼの行く手を竜の尾が阻んだ。
「あー! その声、やっぱりスサノオおにいちゃんなのね?」
ノスフェラトゥの頭を握り潰しながら、スサノオは竜になってからようやく言葉を発したのだ。
『ああ。まさかこんなに簡単に信じてもらえるとは思わなかったが…』
「もう、あたしがスサノオおにいちゃんを間違えたりするわけないじゃない! だって、スサノオおにいちゃんが大好きなんだよ?」
よく分からない根拠ながらも、エリーゼの得意気に胸を張った姿に、竜の顔でスサノオは笑った。
『どうしてここに居るのか、それは後で聞くよ。今は彼女らの言う通り、この場を切り抜ける事が第一だ!』
「うん! 回復は任せて!」
エリーゼが脚から離れて馬に乗るのを確認すると、スサノオはノスフェラトゥの群れの中心へと飛び込み、その大きな尻尾で円を描くように、一気にノスフェラトゥ達を凪払う。
スサノオが回転した一帯が、まるでそこだけ暴風に晒されたかのようにキレイに吹き飛ばされていた。
『グルルルル!!』
すかさず次の群れへと向かい、目前のノスフェラトゥの胸をその強靭な竜腕で貫いた。
「ゲゲ、ゴ」
ズボッと一気に腕を引き抜かれ、胸に大きな風穴を開けられたノスフェラトゥはそのまま倒れ込み、活動停止する。
「ふむ、流石は竜の力…私も負けていられぬ」
スサノオの快進撃を見て、アカツキも手にした二振りの霊刀を強く握りしめる。
霊刀を包む青い炎が研ぎ澄まされていくように薄く小さくなっていき、やがて刀身をうっすらと包む程度になり、霊刀が青い光を帯びているように見える。
「参る!」
殴りかかろうとするノスフェラトゥに対し、アカツキは攻撃される前に敵の懐に入ると、回転するように、神速の切り上げでその両腕を切断する。その両腕を上空へと蹴り上げ、更に間髪入れずにノスフェラトゥの両脚をいともたやすく切断し、同じく蹴り上げる。
「まだだ!」
そして、四肢を切断されたノスフェラトゥの胴体を小間切れにすると、刀の腹で打ち上げていく。
上空へと打ち上げられたノスフェラトゥの全ての部位が、青い炎を纏いながら次々と他のノスフェラトゥ目掛けて降り注ぎ、更に青い炎が周囲に広がった。
青い炎が隕石のように降り注ぐその様は、まるで流れ星が落ちるようで、美しく、儚く、それでいて恐ろしささえ感じる。
青い炎が周囲に広がっていく様子も、地獄の業火を連想させた。
「怪物共に有効な手段なら、いくらか心得ている。『流華炎星』…私だけの剣だ」
蒼炎の中心で、もがく屍達を冷めた目で見つめるアカツキは、言葉を理解していないと分かっていながらもそう告げたのだった。
一方で、流石にネネも杖で殴るだけでは辛く、徐々に後退を続けていた。
「ふう…ふう…やっぱり、杖で戦うのは慣れないですね」
杖で戦う事が既におかしいのだが、彼女は全く気付いていない。
「ていっ!」
近寄ってくるノスフェラトゥの脳天目掛けて、ジャンピングスマッシュで対応するが、
ベキッ!
と、杖が爽快な音と共に折れた。
「お、おお折れましたです!?」
若干パニックになるネネにすかさず次のノスフェラトゥが迫るが、遠くからの黒炎がノスフェラトゥに襲いかかった。
『大丈夫か!?』
スサノオが隙を見てネネを援護したのだ。ネネは目の前で燃える敵に、やっとの事で冷静さを取り戻す。
「あ、ありがとうございますです。助かりました」
『もう戦えないなら、エリーゼの所まで下がっているんだ』
ネネの手元にはもう武器になりうるものがない。ネネは素直にスサノオの指示に従い、走ってエリーゼの元まで下がる。
「ねーねー、あなたってすごいんだね!」
下がるや否や、エリーゼに嬉々として話し掛けられるネネ。
「へ? あの、何が…?」
当の本人は、何故褒められているのかが分からず、キョトンとしていた。
それを気にせず、エリーゼは続ける。
「だって、杖で攻撃するなんてあたし初めて見たよー!」
「…あー、言われてみれば、確かに…私も見たことないです…」
言われて初めて、ネネは自分がしていた事が異常なのだと理解したのだった。
『ぐ……』
次から次へと湧いてくるノスフェラトゥ。それらをスサノオとアカツキは確実に仕留めているが、いくらなんでも数が多すぎる。
着実に溜まっていく疲労が2人の動きを鈍らせ始めていたのだ。
そして、スサノオには疲労以外にも、とある異常が体に生じ始めていた。
(くそ…力が…抜けていく)
体を襲い始める虚脱感。それは着々と撃退数にも影響が出始めていた。
黒炎によるブレスでも敵を焼き尽くせなくなってきており、更に尾による凪払いでも完全に打ち払えなくなってきている。
明らかなパワーダウンが、戦闘にもスサノオ自身にも感じ取れていたのだ。そしてそれは、戦いを見ていたエリーゼ達にも伝わっていた。
「スサノオおにいちゃん! 大丈夫?」
心配するエリーゼの声に、安心させようと口を開くが、
『大丈夫…だ…』
意思と反して、スサノオの声は力無いものだった。そして、すぐにそれは形として現れる。
「ギギ!!」
『!!?』
死角からの攻撃に、スサノオはとっさに回避に移ろうとしたが、間に合わずノスフェラトゥの重い一撃を背に受けてしまったのだ。
『ぐお!?』
竜の体と言えど、流石にノスフェラトゥ程の巨体から繰り出される拳の一撃を受ければ、無事では済まない。
スサノオはそのまま前方に向かって投げ出され、地面に倒れ伏す。唸るスサノオに、更に異変が襲う。
『くっ…!?』
体が光に包まれ、どんどん体が縮んでいったのだ。やがて、完全に竜の姿から、うつ伏せで倒れる人間の体へと戻ってしまう。
しかも、事態はそれだけでは終わらなかった。
「くそ…力が、入らない……!」
起き上がろうにも、思ったように腕が動かず、それどころか全身に重ささえ感じるのである。
「スサノオおにいちゃん!?」
当然、異変はすぐにエリーゼ達にも知れており、それは少し離れた所で戦っていたアカツキにも伝わっていた。
「竜から戻ったのか…!? 何故このタイミングで…まさか!」
倒れるスサノオの姿に、アカツキは思い当たる事があったのだ。
「竜の力の代償…? やはり、『あの時のカタリナ』と同じ…!」
アカツキは反転し、即座にスサノオの援護に向かおうとするが、
「ガガガガグ!」
「ちぃっ!!」
それをさせまいと、ノスフェラトゥ達が行く手を阻む。
「ぐくくっ…!」
どうにか立ち上がろうするスサノオに、ノスフェラトゥが好機とばかりに押し寄せ始め、スサノオを取り囲むと、一斉にその拳を振り上げた。
「くそ、こんな所で…!!」
「スサノオおにいちゃん! スサノオおにいちゃん!!」
エリーゼの必死の呼びかけも、スサノオの体に変化をもたらさない。スサノオは、ノスフェラトゥ越しに見える涙を浮かべて叫ぶ妹の姿に、なお抵抗の意思を示すが、ノスフェラトゥ達は見逃しはしなかった。
振り上げられた拳は、獲物目掛けて一斉に振り下ろされ───
「させませんよ! 『ミョルニル』!!」
男の叫び声が森に響き渡った瞬間、刹那、スサノオを避けるように周囲を大量の雷が降り注いだ。
ノスフェラトゥ達は雷に貫かれ、黒い全身をより黒く焦がして、煙を上げて立ち尽くしていた。
「助けにきたよー! スサノオ様!」
呆気に取られているスサノオの上で、聞き覚えのある少女の声。それは、
「ア、アイシス?」
ペガサスに跨がったアイシスが、スサノオの真上に居た。
「よっと!」
アイシスはペガサスから飛び降りると、スサノオの体を起こし、自身の肩を貸して立ち上がらせる。
「うーん、鍛えてるけど、やっぱり男の人を抱き起こすのはキツいな~」
「すまん、助かった…」
「いいよいいよ! あたしはスサノオ様の臣下だからね! 主を助けてこその臣下だもん!」
アイシスはスサノオをペガサスの背にどうにか乗せると、自身も一足跳びで愛馬へと跨がる。
「しっかり掴まっててね~! はいよーカティア! エリーゼ様の所まで退くよー!」
力強い羽ばたきと共に、アイシスの駆るペガサスがエリーゼ達の方へと飛んでいく。
その時、スサノオはすれ違う一団の姿を目にした。
「後は僕らにお任せください、スサノオ様」
「ハーッハッハッハ! ハロルド参上だ!」
「貴様ら! よくもスサノオ様を痛めつけてくれたな! その身を以て、あがなうがいい!!」
「ノルンって、変わってるのね…」
「…怪物風情が、調子に乗るな」
頼もしい戦士達が、ノスフェラトゥの群れに向かって勇ましく突進していった。
しかしスサノオは、頼もしく思うと同時に、疑問に思わずにはいられなかった。
「どうして、みんながここに…?」
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」
※ここからは台本形式でお送りします。
ベロア「……」
ベロア「…………」
ベロア「…………はあ、どうしてわたしが、こんな面倒な事をしなければならないのでしょう」
ベロア「まあ、パパの毛の毛玉という超レア物のお宝を頂いた分は、しっかり働くつもりですが…」
ベロア「…働くと言った手前ですが、一体何をすればいいのでしょう…? あ、ママ。どうしましたか? …その紙に書いてある事を読めばいいんですか?」
ベロア「『このコーナーでは、招いたゲストとわたしが本編の解説をしたり、取り留めのないトークをしたりします』…だそうです。ゲストは基本的に子世代から呼ぶらしいですよ」
ベロア「…非常に面倒な事この上ないですね。…えっ? このコーナーを終える度に、スサノオの部屋にある宝物が頂けるんですか? ふふ、これはやらない訳にはいきませんね」
ベロア「あっ…それから、今日は初回ですから、わたししか居ません。ゲストは次回からです」
ベロア「では、本日のお題を終わらせて、早速スサノオの部屋で宝探しをさせてもらいましょう」
ベロア「本日のお題は『スサノオが弱っていったのは何故?』です。まあ、ここでネタバレさせてしまうのはダメだそうですので、簡単に解説しますね」
ベロア「まず、スサノオは本来の竜の姿とは異なります。バハムート…とかいう竜をモチーフにしているそうですが、それとは別にスサノオがアマテラスとは異なる部分がもう一つ。それが魔竜石です」
ベロア「魔竜石とは名前の通り、普通の竜石とは異なり、禍々しい力を秘めています。また、ネネさんが元の世界でお母さんに言われたように、若いうちから竜石を使いすぎると体を悪くする事を踏まえると、『ただでさえ禍々しい力はまだ体に慣れない上に、体が竜の力を受け入れ切れていない』という結論に至ります」
ベロア「…ふう。こんなところでしょうか。まあ、わたしはママのカンペを読んでいただけなのですが。では…今日は報酬分働いたという事で、スサノオの部屋に行きますね」
ベロア「あそこはわたしにとって楽園です。宝物はたくさんあるし、モフモフしてくださいますし…うふふ。とっても楽しみです…」
ベロアがスサノオの部屋に行ったため、収録はこれで終了となります。