ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
時間は少し遡り、スサノオが天蓋の森をさ迷っている頃……。
「じゃあ、行ってくるよー!」
街門にて、エリーゼ率いる臣下とスサノオの部下達が天蓋の森へと向けて出発しようとしていた。
「ああ。くれぐれも気をつけてな、エリーゼ」
そして、その場にはマークスも見送りの為に来ていた。
カミラ、レオンもエリーゼ達がスサノオを追って出発する事は知っていたが、この場には居ない。何故なら、王族が揃いもそろって城内から消え、街門に集まっていては、せっかくマークスがガロンの隙を見て作ったこの計画も失敗してしまうかもしれないからだ。
「お前達も、エリーゼを、そしてスサノオの事を頼む。本当ならばもっと戦力を割いてやりたいところだが、一個師団を動かせば流石に父上に感づかれてしまうからな」
実のところ、エリーゼ達をガロンの目を盗んで送り出す事さえギリギリの駆け引きだった。それが分かっている事もあり、むしろこうしてスサノオを追う事が出来る事にエリーゼ達は感謝していた。
「いいえ、僕達だけでも十分ですよ。こうしてスサノオ様の後を追えるだけで、僕達にとってはありがたい事なんですから」
皆を代表し、ライルがマークスに感謝の言葉の述べる。その言葉を受け、マークスは皆の顔を見回す。全員が、自信に満ちた顔付きをしている事を見たマークスは、自身も満足げに笑みを浮かべた。
「よし、では行ってこい!」
「はーい! みんなー、いっくよーー!!」
エリーゼの元気な掛け声と共に、一同は天蓋の森へと向けて出発していった。
「……行った、か。何事も無ければいいが…」
マークスは妹の後ろ姿が消えていったのを確認し、門番へ口止め料として少しの金を渡して自身も城へと戻っていった。
王都を出て少しすると、エリーゼ一行の前に薄暗い森への入り口が姿を見せる。
深い闇へと誘うかのように、ぽっかりと口を開いたその入り口。
それこそが、天蓋の森の入り口だった。
「これが天蓋の森かぁ…」
興味津々といった様子で、アイシスは森の入り口に細めた目で視線を向ける。しかし、まるでその先は見通せるものではない。
「あたしも入るのは初めてだけど、カミラおねえちゃんから聞いた話だと、この森にはお化けが住んでるんだって!」
元来、肝試しや怪談といった催しが大好きなエリーゼは、この森に対して恐怖心よりも好奇心が勝っているようで、その目を爛々と輝かせて語る。
「むーん…、怪物退治ならば私にも出来るが、実体が無ければ難しいだろう…」
そう言って、腕を組んで唸るのは、エリーゼのもう1人の臣下、ハロルドだ。逞しい体格に割れた顎、紳士風な気性、そして何よりも正義を信ずる熱い男。街ではその性格もあり、何でも屋のような事をよくやっている。
ただし、彼自身は何でも屋ではないと否定しているが。
「私も、実体があるのなら何が来ようと握り潰してあげるんだけど…」
エルフィの手を握り開きする様を、一同は一部を除き顔を青くして見ていた。
「で、でも、本当に幽霊が出たら、ど、どうしようもないんじゃ…」
「…その時はその時だろう。いや、もしかしたらお前の御守りがあれば…」
本気で怯えるノルンと、ノルンの持つ御守りに関心を示すミシェイル。
「コホン。ここで話していても時間がもったいないだけです。僕が指揮を執りますので」
このままではまとまりが無いので、ライルがこの場を取り仕切っていく。
「まず、ミシェイル、アイシスには上空から森がどれほどの規模であるかを確認してもらいます。良いですね?」
「ああ。では、行ってくる」
「了解! アイシス、行ってきます!」
飛竜とペガサスが力強い羽ばたきで、天空へと舞い上がっていく。そしてその時の羽ばたきが風圧となって、ライル達の全身に浴びせられる。各々が目を隠したり、腕で顔を覆ったりしている中で、ライルだけは間に合わず、メガネが風で飛ばされてしまうのだった。
「……計算外です」
少しの間を置いて、アイシスとミシェイルが戻ってくる。
そしてその顔は、決して明るいものではなかった。
「…結論から言えば、この森は相当な広さを持つ上に、かなり深いようだ」
「奥に行けば行くほど、深くなっていく感じかな~。下の様子も、木が多すぎて全然見えないよー!」
2人が目にしたのは、見渡す限りの森、森、森。どこまでも続く果てしなさに、今からここに入るのかと思えば辟易とするのも当然だろう。
「スサノオ様、こんな所に1人で入っていったんだね。流石は王子様だよねー!」
先程の暗い顔から一転、アイシスが晴れやかにスサノオを褒め称える。それに同意するかのように、「だよねだよね! いえーい!」とエリーゼがアイシスとハイタッチをしていた。
「上空からの道案内は不可能のようですね。となると、やはり暗中模索で森を進むしかありませんね」
考えていた手が使えないと分かり、ライルは落ちたメガネの汚れを丁寧に拭うと、
「それでは行きましょうか」
「そういえば、こんな噂知ってる?」
誰が言い出したであろうか、街では最近こんな噂が流行っていた。
───曰わく、天蓋の森には悪霊が住んでいるらしい。
その噂につい最近追加されたものがある。それが、
「天蓋の森には死霊の館っていう廃屋があって、そこに近づく者を斬り殺そうとする、長い髪をした女の霊がいるんだって」
「ひ、ひいぃぃ!! 怖いぃぃ!?」
突然アイシスがそんな事を言い出すものだから、そういった話が苦手なノルンが異様なまでに怯え叫ぶ。
「と、突然何を言い出すのかね!?」
「あ、その噂、私も聞いたわ」
訳が分からないと言わんばかりのハロルドとは違い、エルフィはアイシスが言う噂を知っているようで、たいして驚く様子はない。
そして、ハロルド同様、その噂を知らなかったエリーゼは、目を輝かせて食いついた。
「そんな噂があるの? あたし、最近街には出てなかったから知らなかったよー!」
「ハロルドも街で人助けしているのに、知らなかったのね」
「し、仕方ないだろう。誰もそんな話は教えてくれなかったのだから…」
「…ハロルド、お前は不幸の星の下に生まれたような男だから、お前が厄介な目に合わぬよう誰も教えなかったんだろう」
「ぬぅ…それは喜ぶべきなのだろうか?」
話が逸れ始めたのを感じ取ったエリーゼは、早く噂の続きを聞くために促す。
「それで続きは?」
「えっとね~…死霊の館から旅人を遠ざけるのは、その中に何か大事なものがあって、それを守るためだから…とか?」
アイシスの声には自信が感じられず、どうやら彼女自身も、確固とした自信は持ち合わせていないようだった。
「待って。私が聞いた話では、悪霊は館から離れる事が出来ないから、自由に外を歩く人間に嫉妬と憎悪を持って殺しにくる…と聞いたわ」
負けじとエルフィも自分が聞いた噂で張り合ってくるが、やはりこちらも自信は感じられない。
「うーん…どれもあいまいな感じだね」
噂とは、尾ひれが付いて語られる事がほとんどだ。故に、どれが真実でどれが嘘かなんて自分の目と耳で確かめるしかない。
エリーゼも、言葉では残念そうにしているが、自分で噂の正体を確かめたいという好奇心が湧き上がっていた。
「ふむ…ですが、興味深いですね。他に何か情報はありませんか?」
ライルの問いにアイシスとエルフィは首を振るが、1名だけ、そろーっと手を上げていた。
それは、誰よりもそういった話を嫌っているはずのノルンだ。
「えっと、私もその噂は知ってるの…」
「えー!? だったら、どうしてあたしが言い出した時にあんなに怯えてたの!?」
「い、いくら知ってるからって、怖い話を怖い所で言われたら怖くなるんだもの…」
「えー? そんなもんかなぁ…?」
と、再び話が逸れ始めたので、再び軌道修正が入る。
「それで、ノルンが言いたかった事とは?」
「え、ええ…。私もその噂は2通り聞いたんだけど、どちらも一貫して同じ部分があるのよ…」
ノルンが挙げた同じ部分とは、こうだ。
①死霊の館に近づくと襲われる
②長い髪の女の悪霊が襲ってくる
③髪は黒色
④女の悪霊が持つ得物は『刀』である
⑤白夜の民が着る、『着物』という衣服に似たものを纏っている
以上が、噂の共通点である。
「…なるほど、噂をきちんとまとめて整理すれば、何かが見えてきますね」
「確かにな。ここまで共通する箇所が多いのは、それらが真実性が高いという事でもあるという事だ」
メンバーの中で比較的頭の良いライルとミシェイルがまとめに入ろうとするが、エリーゼにとって重要なのはそこではない。
「もう! そんなろんり的に話してるよりも、実際に見た方が早いよー!」
そう、彼女にとって重要なのは、噂の真相を自分の目で耳で感じ、知る事なのだ。
彼女は言うや、馬を駆り皆を置いて一気に先へと進み始めてしまう。
「なっ!? エリーゼ様ー!!」
「待って! エリーゼ様!!」
臣下が制止の声を掛けるも時既に遅し。エリーゼは闇の先へと姿を消した後だった。
「おぉ~…エリーゼ様って、案外お転婆お姫様?」
「そんな呑気な事言ってる場合か! 追うぞ!」
そして、急ぎエリーゼを追跡する一行。薄暗い闇の先へと向けて、スサノオだけでなく、エリーゼの捜索という新たな任務を背負って、彼らの姿もまた闇へと溶けるように消えていった。
エリーゼはというと、好奇心に負けて勢い任せに飛び出したはいいものの、目的のスサノオはおろか死霊の館とそれに付随するとされる女の悪霊が一体どこの話なのか、まるで見当がついていなかった。
つまり、エリーゼは現在、絶賛迷子なのである。
「うーん、死霊の館ってどこにあるんだろ~?」
かといって、落ち込んだ様子のないエリーゼ。そもそも彼女が1人飛び出したのも好奇心故なのだ。そしてその好奇心は未だ強い火を灯して、エリーゼの胸に宿っていた。
「あたしだって考えなしじゃないもんねー! スサノオおにいちゃんが噂を知ってるなら、絶対にあたしと同じ事するもん」
スサノオが噂を知っているなら、その真相を確かめるべく死霊の館に寄るはず。そう確信するが故の行動だったのだ。
更に、スサノオは任務を帯びた身だが、その任務に明確な期限が今回は定められていない。
幼い頃から知っている兄の事、そして今回の任務の事、それらを踏まえた上で、エリーゼにはかなりの自信があったのである。
そして事実、それは間違ってはいなかった。エリーゼが知る由もないが、スサノオは本当に死霊の館を現在進行形で探索中なのだから。
「ふーんふふふーんふふふーん♪ ふーふーふーふーんふふーんふふーん♪ ふーふーんふふふーん♪」
鼻歌混じりに森を進むと、やがて大きな木の根元までやってくる。
「んー、こっち!」
完全に勘に任せての方向選択だったが、奇しくも、その道はスサノオが辿ったものであった。
そして、スサノオと同じく、やがて前方に古びた大きな館がエリーゼの視界へと入ってくる。
「あー! あれが死霊の館かなぁ!?」
それらしきものを見つけ、少々興奮気味で馬を走らせるエリーゼ。
徐々に近づいてくるそれに、エリーゼの胸はドキドキとワクワクで高鳴り続ける。
そして、ようやく館の全景が見えようとした所で、
「止まれ」
突然の声に驚き、エリーゼは急ブレーキを掛ける。声が聞こえてきたのは背後から。それも、女の声で。
恐る恐る振り向くと、少し離れた所に、長い黒髪を艶やかになびかせて佇む1人の女が立っていた。
腰に差された二振りの刀に、この間の白夜平原の際に見た、白夜王国で一般的に纏われる着物。
間違いなく、この女が噂の悪霊の正体。
「や、やっぱり、噂は本当だったんだ!」
「…何を言っているかは知らぬが、用が無ければここから立ち去れ。その先に行く事は、私が許さぬ」
鋭い眼差しは、それだけで人を殺せるのではないかと思わせる程に威圧感を放っていた。だが、エリーゼだって暗夜の王女。その程度の殺気で怯みはしない。
「ねえ、どうしてあの館に入ったらダメなの?」
「それは…あれだ。危ないからだ」
エリーゼが怯えて立ち去らなかった事がよっぽど意外だったのか、少し言葉に詰まる女。それを見て、エリーゼは更に確信する。
彼女は、霊などではなく、生きた人間である、と。
「いいよ別にー! あたしだって戦場に出た事があるもん。あれくらい、へっちゃらだよ!」
「なに? 戦場に出た事があるのか? 見たところ、まだ幼いようだが……」
女の『幼い』発言に対してエリーゼはぷくーっと頬を膨らませて反論する。
「もーう! あたしだって暗夜の王女なんだから、街の女の子たちとはばかずが違うんだもん!」
「ん? 暗夜の王女…、!? あ、あなたは……!!」
エリーゼの顔をまじまじと見るや、女は急に慌てるように膝をつき、
「失礼いたした! どこかで見た事があると思えば、あなた様は暗夜王国第三王女エリーゼ様とお見受けする。不躾な言葉の数々、誠に申し訳ない!」
深々と下げられる頭に、エリーゼは今度は困り顔になってしまう。
「あれ? あたしのこと、知ってるの?」
「はい。少し前まで、暗夜の王城にて仕えておりましたので。その際、あなたの事も何度か拝見した事があります」
意外な新事実にエリーゼは頭を捻って思い出そうとするが、どうしても彼女の事は思い出せない。
「ねえねえ、そういうことだから、あの館に入ってもいい?」
「…この際ですので言わせて頂きますが、その館は私と連れの者が寝泊まりに使っているだけで、これといって変わった事はありませぬ」
「そうなの? うーん、あそこで寝てて何か変わった事ってあった?」
「いいえ、特には…。…そういえば、食糧が何時の間にか減っていたような気がしますが、それも恐らく小動物の仕業ですので」
「そっか…なんかざんねん」
見るからにショボンとしたエリーゼ。そしてそんなエリーゼにどう対応すれば分からずにいた女だったが、
「! 何奴!」
突如、女が木々の生い茂る先に向かって怒声を飛ばす。
そして、
ガサガサッ!
木々の葉を大きく揺らせて、そこから出てきたのは、
『グルルァ!!』
黒い肌に、盛り上がった継ぎ接ぎだらけの筋肉、そして頭を覆う大きなヘルメット。
暗夜の邪術師が作り出したとされる死した怪物、ノスフェラトゥだった。
「何故ここにノスフェラトゥがいる!? 先程まで、周囲にそんな気配は無かったはずだ!」
女の叫びは当然だ。女は敵の影が無い事を確認しながらここに戻ってきた。その際も、怪しい気配は一切感じられなかったのだ。
それなのに、このノスフェラトゥは突然として現れた。それこそ、何も無かった所からいきなり現れたように。
「まあいい。1体程度、私だけでどうとでも……、!?」
女の顔から余裕が消える。何故なら、何時の間にか大量のノスフェラトゥに周囲を取り囲まれていたからだ。
またしても、突然大量のノスフェラトゥが現れたのである。
「え? どうしてノスフェラトゥがこんなにいっぱい!?」
流石に絶体絶命の危機に、エリーゼも恐怖と動揺を隠せない。
そして、女はそんなエリーゼを守るように背を向けて、腰から二振りの刀を抜きはなった。
白いオーラを纏った、その二振りの刀を構えるその様は、どこか神聖さに満ちていた。
「エリーゼ様、ご安心を。あなた様の命、必ずやお守りいたす。さあ、行くぞ化け物共! アカツキ、いざ参る!!」