ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第26話 死霊の館

 

「とりあえず…携帯食料は欲しいよな」

 

 俺は今、暗夜王都の地下に広がっている市街地へと訪れていた。

 

 エリーゼから聞いたのだが、暗夜王国の城下町には今はもう誰も住んでいないらしい。

 なんでも、野生化したノスフェラトゥは自国の民をも見境無く襲い、そのため表の街からは難を逃れる為に住民は消え去り、こうして地下街で王城からはひっそりとして生活しているらしい。

 この地下街の存在を、王城の者達はほとんど知らないらしく、知っているのは極僅かな者だけで、エリーゼはその内の1人だという訳だ。

 曰わく、「城の人達は、街のみんなが国外に逃げていったと思ってるんだよー!」との事だ。

 

 地下街とは言っても、そこは陰気な雰囲気ではなく、活気に溢れた町人がたくさんいた。確かに、貧民街も存在しているらしいが、それでも地下でこれ程の活気を生み出せているのはすごい事だろう。

 

「すまない」

 

 俺は様々な店が立ち並ぶ商店エリアで、食料を求めて出店を訪ねていた。白夜王国で見たのには及ばないが、こちらも賑わいに満ちている。

 

「はいよ! 何がお求めだい兄ちゃん!」

 

 年配のおじさんが、景気良い快活な声で俺に聞いてくる。

 

「日持ちする食料が欲しいんだが…」

 

「そうだなぁ…これなんてどうだい? 牛の肉を干したもんだ。これなら日持ちする上に、味も染み込ませてあるから美味いぞー?」

 

 店のオヤジがぶら下げている干し肉を指差す。俺は特に迷いもなく、何枚か吊られているそれを、まとめて買う事にした。

 

「じゃあ、牛の干し肉を7つほどもらおうかな」

 

「はいよ! 牛の干し肉7つで350Gだ」

 

 俺は懐の財布から、ちょうどの代金を取り出してオヤジへと渡す。

 

「にしても、携帯食料を買うなんて、どこかに出かけるのかい?」

 

 店のオヤジが干し肉を紙に包みながら尋ねてくる。俺はその手際よい様子を見ながら、何となしに答えた。

 

「ああ。ちょっと氷の部族の村まで用事があってな」

 

「氷の部族…て事は、天蓋の森を抜けるってのかい!?」

 

 あからさまに驚いた素振りを見せるオヤジに、俺は疑問に思い、

 

「そうだが…天蓋の森とは、そんなに恐ろしい所なのか?」

 

「何だい、アンタ知らないのかい? あの森には昔から死霊が住み着いてるって話だよ。しかも、聞く話だとここ最近じゃあ、あの森を通ろうとする旅人は恐怖に顔を青くして引き返してくるって言うじゃないか」

 

「…どうして?」

 

「なんでも、森のどこかに死霊の館って古びた廃館があるらしいんだが、どういう訳か旅人はみんなそこに迷い着いちまうらしい。そしてそこで、黒くて髪の長い異国風の女が、剣を持って追いかけてくるって話だ。噂じゃ、昔あの館に連れて行かれた奴隷の女の悪霊だって言われてるよ」

 

 天蓋の森を俺1人で行く事にマークス兄さん達が反対していたのは、どうやら森が深い事だけが理由ではないらしい。

 

「…っと、待たせたな兄ちゃん。ほら、干し肉7つだよ」

 

「ああ、興味深い話をしてくれてありがとう」

 

「兄ちゃん良い人っぽいからな。くれぐれも気をつけて行くこった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下街を出て、無人となった表の街へと出てきた俺は、真っ直ぐに街門へと向かった。

 通りながら、無人と化した住居の数々を見ていると、先程までの賑わいが嘘だと思えてくるくらい、シーンと静まり返っている。まるで死の街を歩いているような薄気味悪さだ。

 早足で街を抜け、街門まで来ると、門番に声を掛ける。

 

「第二王子スサノオだ。これから任務に出る。見張りご苦労だな」

 

「はっ。城より報告を受けています。お気をつけて」

 

 背筋を伸ばして敬礼する兵士に、俺は頷き返して街の外へと出た。

 目指すは南の方角。目的地である氷の部族の村は、ここから大体3日は掛かるらしい。何故なら、真っ暗な森を越えても、次に待ち受けるのは雪の降りしきる氷の大地。どれも進行速度を奪う地形や天候ばかりなのである。

 

「飯は朝と夕方だけにして、あとは早く部族の村まで突っ走るとするか」

 

 軽く準備運動をして、俺は走る。最初の関門である、天蓋の森へと…。

 

 

 

 

 

 

 

 森の中は薄暗いどころの話ではなく、かなり暗かった。普段から日の光が届かない暗夜王国だが、この森の中は特にそれが顕著で、まるで闇の中なのかと錯覚してしまう程に、暗く不気味な空気が漂っている。

 

「まるで光が届かない…なるほど、確かに『天蓋』の森だ…」

 

 空を覆い隠すかのように、頭上には無数の枝葉が生い茂っており、それによって下には光が入ってこないのだ。

 

 

 しばらくの間、延々と森の中を歩いていたが、何かおかしい。どういう訳か、同じ所をずっとグルグルと回っているような気がしてならないのだ。

 

「……」

 

 ふと立ち止まって、目の前の大きな木を見る。この木を、もう何度も見ているような気がするのは、果たして気のせいなのだろうか?

 

「…………、うん。迷った」

 

 おかしい。普通に真っ直ぐ歩いているだけのはずなのに、一向に景色が変わらない。

 もしや、噂の悪霊の呪いか何かなのでは…と思い、頭を振って考え直す。

 

(一度ルートを大幅に変えてみるかな…)

 

 今まで真っ直ぐに進んでいたのを止め、今度は直感で左の方へと突き進んでみる。

 すると、少し行った所で今までとは違う景色が広がっていた事に、俺は歓喜して、

 

「よし! これでひとまず何処かしらに着け……る?」

 

 視線の先にあるものに、気付いてしまう。

 

 

 木々の隙間から覗くように立っている、古ぼけた大きな館。窓は所々割れており、雑草が生い茂っているようで、まさしく廃墟がそこに鎮座していた。

 

「…着いて…しまったな…」

 

 恐らく、これが店のオヤジが言っていた噂の死霊の館だろう。

 

「………、」

 

 入るべきではない。今は任務を帯びている身なのだ。だから、早く任務遂行の為に先を急ぐべき…。

 と、分かってはいても、好奇心があそこに行けと囁いてくる。

 仕方ないだろう。俺だって男だ。冒険したいという気持ちだって当然持っている。

 それに、今まで北の城塞から出た事すら無かったのだ。…いや、正確には1回だけあって、その後大変な事になったが。

 ともかく、男として廃墟の探索という冒険心を嗜虐してくる誘惑に勝てるかと聞かれれば、俺は勝てなかった。

 

「任務も大事だが、特に期限を求められてはいないし…少しくらいの寄り道は大目に見てもらえるだろう…うん」

 

 意を決し、俺は噂の真相を確かめるべく、廃墟目指してグングンと進んでいく。

 その途中、奇妙な感覚に襲われる。なんとなく、木が俺を避けているような、変な錯覚がする。実際にはそんな事などないのだが、不思議な感覚だった。

 

 門の前まで来ると、その大きさがようやく把握出来た。前にエリーゼの屋敷へと行った事があるが、あの時よりも二周りは大きい館だった。

 門の柱部分には、もはやどこの貴族の家紋かも分からないくらいにボロボロとなった標識らしきものが掛かっている。

 

「これだけの大きさだし、昔は名のある家の館だったんだろうな…」

 

 門をくぐり抜け、扉の方へと進み行く。扉は固く閉ざされ、少々開くか不安に思いながら、取っ手に手を掛け、引いてみる。そして、

 

 ギギギ…。

 

 音を立てながら、古びた扉がゆっくりと開かれていく。

 ソーッと中を覗き込んで見ると、中は薄暗く、そこかしこに蜘蛛の巣が掛かっており、長きに渡り人が住んでいない事が分かるようだった。

 

「……ん?」

 

 と、入ってすぐの2階へと続く階段の所で、ある事に気がつく。

 長い間放置されていたこの館は、埃が大量に積もっていた。しかし、階段部分の何カ所かは、足跡のように埃を踏んだような跡があった。

 気になって周囲を見回してみると、その足跡は階段だけではなく、どうやらあちこちに付いているらしい。

 

(他の旅人もここを訪ねて来たって事か…?)

 

 なんだか、一気に冒険心が薄れてしまったような気がして、しかし俺は館の探索を続ける。この程度の事で、わざわざ引き返しては男が廃るというものだ。

 

 階段を上っていき、廊下を進んでいくと、いくつかの部屋があるようだった。手前の部屋から1つずつ開けていく事にした俺は、早速最初の扉を開ける。

 

「………、ふうっ…」

 

 中は荒れ果てた椅子や机があるだけで、これといったものは特に無い。

 

 一息ついて、次は隣の部屋を開けるが、そこも先程と同じく、壊れた机に椅子、荒れ放題のベッドがあるだけ。

 残りの部屋は3つ。拍子抜けして、俺はテキパキと開けていく事にし、次の部屋もパッと開けた。やはり、同じような光景があるばかり。

 どうやら、ここらは客室といったところらしい。

 

「……なんか、白けた」

 

 不気味な廃館も、ただの廃墟。噂の悪霊など居るはずもない。

 そう思い、俺は残る2部屋は無視して1階の探索をしてみようと引き返し始めて

 

 

 

 

「……………す」

 

 

 

 

 何かが聞こえた。俺は立ち止まり、耳を澄ましてみると、

 

 

「…………です」

 

 

 やはり、何か聞こえる。どうやら声のようだ。それも、女の子のような…。

 途端、俺はとてつもない寒気に襲われる。全身に鳥肌が立ち、恐怖のあまり両腕で自分の体を抱き締める。

 

(嘘だろ…こんな森深くの廃墟で、女の子が1人で居るはずない…! そういえば、あの店のオヤジが言ってた…)

 

 

 ───黒くて髪の長い異国風の女が、剣を持って追いかけてくるって話だ。

 

 

「…!」

 

 思い出すべきではなかったかもしれない。思い出してしまったせいで、余計に恐怖心は大きくなってしまった。

 

 声はどんどんはっきりと聞こえてくるようになる。それはやはり、女の子のような声であった。

 

 

「……しいです。………これ………です」

 

 

 聞こえてくるのは、まだ見ていない部屋。それも、一番奥の。

 悪霊が、そこで何かを呟いているのだ……。

 

「…ゴクリ」

 

 たまらず喉を鳴らして、後ずさってしまう。そして──、

 

 

 ギシィ!

 

 

「!!」

 

 今までなるべく音を立てずに動いていたのに、恐怖のあまりそれも忘れて後ずさったため、木で出来た床が大きく軋む音を出してしまう。

 そして、それと同時に止まる少女の声。

 

 俺は呼吸するのも忘れて、ただただ奥の部屋の扉を見つめていた。

 開くな、開かないでくれ、何も起きるな。

 そんな事ばかりを念じて、頬を伝う汗が床に落ちるのにも気付かない。

 

 

 ガチャ。

 

 

 必死の祈りも虚しく、扉は無慈悲に、ゆっくりと開かれていく。そして、

 

 

 

 

「………で~す~」

 

 

 

 

 扉から、ひょこっと女の子の頭がこちらに顔を覗かせていた。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!!????」

 

「ですうぅぅぅぅぅぅ!?!?!?!?」

 

 


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