ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
白夜との国境から、暗夜王都ウィンダムまで2日程で帰還してきたスサノオ達。帰って早々に、きょうだい達は報告の為に、父である暗夜王ガロンのいる王の間へと赴いていた。
玉座にて、マークス達の帰還を待っていたガロンと傍で控えるマクベス。マークスはきょうだいを代表して口を開く。
「父上、ただ今戻りました」
マークスの言葉に、ガロンはさほど関心を示さぬような声色で、
「…マークスか。此度の敗北、簡単に許されるものではない。それ相応の責がある事は分かっておろうな…?」
「…はい、父上。このマークス、どのような処罰であろうと、謹んで受け入れます」
頭を垂れ、マークスは跪いた。その様子を、他のきょうだい達は心配して見ている。
ガロンは肘をつき、マークスを見下してその罰の内容を口にする。
「良かろう…。本来ならば、敗軍の将は死罪としても良いが、お前は儂の子…儂とて、我が子を死刑に処すのはしたくない。よって、お前には任務を与える。その任務を遂行した時こそ、お前を許すとしよう」
「ありがとうございます。必ずや、任務を成功させてみせます」
「では、任務については追って報せる。それまで、待機しておれ…」
ひとまずの安堵感に胸をホッと撫で下ろす他のきょうだい達。そしてマークスは立ち上がり、再び報告を続ける。
「父上…良い知らせと悪い知らせが御座います」
ガロンは髭を撫でながら、マークスに続きを促す。
「まずは良い知らせを…行方不明になっていたスサノオが、無事に戻りました」
ピタリと、ガロンの動きが止まり、後方に控えていたスサノオへとようやく目が移る。
「スサノオが…」
スサノオは前へと歩み出て、ガロンへと見上げる形で対面する。
「…父上」
スサノオが下までやってくると、ガロンは、
「何をしに戻ってきた」
「え…?」
予想していなかった、ガロンの冷たき言葉に、スサノオは戸惑いを露わにする。それを見たマークス達も、父の怒りに疑問を感じずにはいられなかった。
「お、お父様…? どうしてそんな言い方…。せっかくスサノオおにいちゃんが帰ってきたのに…」
幼いエリーゼは、その疑問を口にせずにはいられなかった。
そんなエリーゼを見る事もなく、ガロンは怒りを顔へと滲ませて、スサノオを見下ろす。
「よいか…スサノオ。お前とアマテラスは行方不明になってから今まで、白夜王城に居たと聞く。そこで白夜女王より出自を聞かされたのであろう? 自分達が幼い頃に攫われた、白夜王国の王族だと。そして我が暗夜王国が、憎き敵国であると」
歯をギリギリと噛み締めて、ガロンはスサノオを睨み付ける。それを、スサノオは静かに受けていた。
「その証拠がマークスの言う悪い知らせというのであろう? アマテラスはここには帰らず、白夜へ付いたというではないか。にも拘わらず、お前がこの城に戻ってきたのは何故だ?」
ガロンの問いに、マクベスが被せるように続けてくる。
「もしや…敵側に取り込まれ、ガロン王様の暗殺を企てているのではないでしょうな?」
あらぬ罪を掛けられそうになり、スサノオは慌てて反論をする。
「ま、まさか…! 俺はそんな事…」
「はい。それはあり得ません」
と、マークスがマクベスの疑惑に対してはっきりと言い切った。
それを、ガロンは訝しげな目で、マークスへと問いを投げ掛ける。
「なんだと…? 何故、そう言い切れる?」
「スサノオは白夜の手先ではありません。その証拠にスサノオは、アマテラスを力ずくで連れ戻そうと、負傷までして闘いました」
マークスの言い分に、本人であるスサノオも黙って耳を傾けていた。ここで出しゃばるべきではないからだ。
「それにスサノオは、私達の目の前で、この暗夜王国に戻るという決意をしました。それがリョウマ王子の怒りを買うと分かっていてです。事実、私がリョウマ王子と闘わなければ、スサノオは実の兄に殺されていたかもしれません。自分の命も顧みずに、そのような危険な真似をするでしょうか?」
「……」
黙っているガロンだったが、その横から、マクベスが更に疑いの言葉を口にしてくる。
「ふむ…。ですが、それが芝居であった事も考えられますな」
「黙れ、マクベス。あれは芝居などではなかった。その場に居なかったお前に何が分かる。実の妹に、刃を向けたスサノオの覚悟が、貴様ごときに…」
熱が上がり始めたマークスであったが、ガロンがそれを止める。目を閉じ、そしてゆっくりと再び開き、マークスを見据えた。
「もうよい、マークス。お前の言い分は分かった」
それから、今度はスサノオへと視線を移すと、
「スサノオよ…お前の件、咎めはなしとしておく。マークスに感謝するがいい…」
「…ありがとうございます、父上」
スサノオはその場へと跪き、父へ礼の言葉を述べた。
だが、これで完全に疑いが晴れたという訳ではなく、更に過酷な試練がスサノオを待っていたのである。
「では、スサノオよ…。お前には1つ、任務を与える」
「はっ!」
そして、ガロン王がスサノオへと王命を下す。
「アマテラスを殺せ」
「……!」
その任務の内容に、きょうだい達全員が驚愕する中、スサノオだけは冷静に父の言葉を受け止めていた。
スサノオが驚かなかったのは、予想していたからだ。アマテラスへと与えられたあの魔剣…そして魔剣よりもたらされた爆発…。
あれらがガロンの企てた事であったなら、当然、裏切ったアマテラスを始末するように命じてもおかしくはない。
何故なら、自身の子として育ったスサノオやアマテラスが死んでしまっていたかもしれない計略を、ガロンは取っていたのだから。
スサノオは覚悟はしていた。ただ、実際にそれを命じられると、やはり心に重くのしかかるものがあったのだ。
「そ、そんな…アマテラスおねえちゃんを殺せだなんて…ひどいよぉ…」
「どうか、お考え直しください…! あの子は、白夜王国に誑かされただけ…どうか、私の可愛いアマテラスの命は…!」
暗夜の王女姉妹が涙を浮かべて、父に抗議の声を上げるが、それがガロンに届くはずもなく、
「どうした…? この任務を受けられぬというなら、お前はやはり白夜の手先として処刑せねばなるまい…」
「それが良いかと。白夜との戦端が切って下ろされた今、火種は早い内に消してしまわねば、いつ我ら暗夜王国への火の粉となるか分かりません故…」
マクベスが深々と、ガロンへと頭を下げて提言する。その様子に、マークスが怒りを込めて睨み付け、ガロンへと反論する。
「父上、どうかその命をお取り下げ下さい。アマテラスは私達の家族…今はただ、道を間違えているだけなのです! アマテラスの考えは必ずや私が正し、この暗夜王国へと連れ帰ってみせましょう。だからどうか、その任務を取り消してくれないでしょうか」
「いかん…。これはスサノオが暗夜の王族として為さねばならぬ儀式も同然。それが出来ぬと言うのなら、暗夜の災厄となる前に消さねばなるまい…」
「くっ……」
もはや聞く耳を持たないガロンに、スサノオは決意の言葉を口にする。それが、どういう意味を持つかを理解して…。
「分かりました…父上。ならば、その任務…放棄させて頂きます」
「スサノオ、何を…!?」
スサノオの選んだ答えに、ガロンを除くその場の全員が驚きを隠せない。
スサノオは、自分から死の道を選んだのだ。驚かない訳がない。
ただ、ガロンだけは感心したように、息を漏らしてスサノオを見ていた。
「ほう…。自ら死を選ぶか。それほどまでに、妹であるアマテラスが大切か…」
「お待ちください! どうか、どうか私から、可愛いスサノオを奪わないでください…!」
取り乱すかのように、カミラが必死の懇願で父にすがろうとするが、マークスがそれを抑える。
無茶な真似をして、カミラにまで咎が及びかねないからだった。
しかし、マークスもまた、スサノオの決断を受け入れる事が出来ずにいた。
「愚かなスサノオよ…ならば望み通り、お前を処刑し…………」
急に、ガロンの動きが止まる。不自然な程までに、ガロンは天井へと見上げながら、口をパクパクと動かせて、声に出ない何かを呟いていた。
それは、傍で控えていたマクベスですら聞こえない程で、むしろ何も言葉を発していないようだった。
「父上…?」
突然の父の奇行に、スサノオも僅かばかりの動揺を覚える。
その普通でない父の様子は、どこか寒気すら感じるくらい不気味なものだったのだ。
そして、やがてガロンは天井からスサノオへと視線を戻すと、
「…たった今、異形神ハイドラより神託があった。その言葉に従い…スサノオ、お前への任務を変更する」
「!! 本当ですか、父上!」
訳は分からないが、スサノオに下った命が違うものになる事に、興奮を抑えられないスサノオ。
「アマテラスは殺さずに、儂の元へと連れて来い…。必ず、生かして、だ」
「ありがとうございます! その任務、必ずや果たしてみせます!」
突然降って沸いた好機に、飛び跳ねたくなる気持ちを抑えて、スサノオは頭を下げた。
「この任務に関しては、期限は求めん。そしてもう1つ、新たに任務を与える。ハイドラ神はお前に、氷の部族の反乱を平定せよと仰っている。暗夜王国の王族として見事その任を果たした暁には、お前を以前と同じように、我が子として迎え入れてやろう」
「反乱を平定…。分かりました。その任、必ず果たしましょう」
新たな任務を受けた事で、多少の落ち着きを取り戻すスサノオ。他のきょうだい達も、スサノオとアマテラスの命が見逃してもらえた事に安堵していた。
「心配するな、スサノオ。反乱を平定するなら私が軍を出す。人手さえあればそれほど難しい任務ではないだろう」
「うんうん、もし怪我した時のために、あたしも付いて行ってあげるね」
笑みを浮かべて提案してくる兄と妹に、スサノオは頼もしさを覚えるが、それはすぐさま否定される事となる。
ガロンは、マークスとエリーゼの言葉を聞くや、
「それはならぬ」
すぐさまこの提案を却下したのだ。
「ハイドラ神は、軍隊を連れずにたった1人で任を果たせと仰っている。スサノオには、1人で部族の村に向かわせる」
そのあまりにも無謀な命令に当然、マークス達も反対する旨の弁を述べる。
このままでは、せっかく助かったスサノオの命をむざむざ殺させにいかせるようなものだ。
「ええっ!? お父様、それは無茶よ!」
「まさか…反乱の平定をたった1人で行うなど、自殺行為です。それに、部族の村へ行くには、天蓋の森を越えなくてはなりません。城から出たばかりのスサノオに、それはあまりにも…」
「口答えは許さぬ」
有無を言わせぬガロンの言葉に、マークスは渋々といったように従うほかなかった。
「……わかり…ました」
目に見えて沈んでしまうマークスに、スサノオは、
「大丈夫だ。俺1人でも、何とかなるさ。前にレオンも言っていたが、どうやら俺は悪運が強いらしいからな。必ず、やり遂げてみせる」
きょうだいを安心させる為の言葉は、しかしマークス達の不安を完全に払拭出来はしなかった。それが分かっているから、スサノオは引き止められる前に早速任務に赴く。
「それでは早速、準備をしてくるか」
「期待しているぞ、スサノオよ」
「はい、父上…」
心配するきょうだい達をよそに、スサノオは王の間からそそくさと去っていった。
「心配ね…。スサノオ1人で天蓋の森を抜けるなんて…、ああ…あの子が寂しさで泣いてしまわないか、心配になってきたわ…」
「カミラ姉さんは大げさなんだよ。スサノオ兄さんだってもう子供じゃないんだ。そんな事くらいで泣いたりしないさ」
「んもー、そんなこと言ってレオンおにいちゃんも、心の底でスサノオおにいちゃんのこと心配してるくせにー!」
バシバシとレオンの背中に連続ビンタをかますエリーゼ。
「いたっ!? 痛いって! そう何度も叩くなよ…」
「それにしても、本当に心配だわ…。天蓋の森には死霊の館と呼ばれる廃館があるのに…迷子になって入ってしまったら…ああ、私の可愛いスサノオ…」
過保護な姉と、のうてんきな妹を前に、今日もレオンの心労は積み重なっていくのだった。
そして、そんな弟妹達のいつものやりとりから少し離れて、マークスは未だに父を見つめていた。
そんな事など気にも止めず、ガロンは愉悦の笑みを浮かべていた。
「ククク…。旅立ったようだな…。ハイドラ神の御告げ通り、たった1人で。…あやつは殺さぬ。生かしてやろう。その心が壊れ、死なせてくれと泣き叫んだとて…殺しはせぬ。生かし続けてやるわ…」
一つとして聞き漏らさぬよう、マークスは父の言葉に細心の注意を払い、耳を傾ける。
「人に絶望し、人を憎み、苦しむがよい…。スサノオ…そしてアマテラス…。お前達の苦しみが、ハイドラ神の糧となるのだ…。ククク…ハハハハハハハハ…!!」
「……父上…。まさか、先程の任はスサノオを苦しめる為のものなのか? だとしたら…私にも、考えがある」
父の計り知れぬ心の内に疑惑の念を抱き、マークスはその場を後にする。
少々の仕込みを準備するために……。