ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
フェリシアとジョーカーを見送った俺は、撤退していく軍の中に暗夜のきょうだいを探す。
杖の使える者を探しに行ったカミラ姉さんはもちろん、マークス兄さんやレオン、エリーゼの姿も見当たらない。
カミラ姉さんは杖騎士を探しているとして、他のみんなは既に帰還してしまったのだろうかと思い、兵達の退却に加わろうとする。
グイッ。
と、俺のマントを引っ張られ、何事かと思い振り向くと、
《………》
リリスがジッと俺を見ながら、マントを咥えていた。
「どうした、リリス? あ…そういえば、ここじゃ話せないんだったな」
リリスの星界でないと会話出来ない事を思い出し、俺はリリスに異界の門を開いてもらう。
青白い光が俺達を包み、俺は再び星界へとやってきた。
しかし、そこは以前訪れた時とは変わっており、まるで暗夜王国にいるかのような空気に満ちている。
「見た目が…変わったな」
《はい。この星界の主は今やスサノオ様です。スサノオ様のご決断により、この星界もまた、あなたの心が反映されたのでしょう》
ようやくリリスと会話出来るようになり、俺は単刀直入にリリスに尋ねた。
「それで、俺に何か用があったんだろ?」
《…本当に、アマテラス様を置いていかれるのですか》
リリスの悲しそうな声に、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
出来るなら、また昔みたいにみんなで穏やかな時間を過ごしたい。
でも、アマテラスが白夜を、俺が暗夜を選んだ時点で、それはもう夢物語となってしまった。
俺達が再び手を取り合える日が来るとしたら、それは奇跡のようなものだろう。
「リリス…お前はどうしたい?」
《私、は…》
俺は自分が残酷な質問をしていると分かっていた。リリスは、俺達を心底慕ってくれている。そんなリリスに、俺は選択を迫っているのだ。
俺か。アマテラスか。どちらを取るか…を。
《……私は》
「なあ、リリス」
《…はい》
「俺は家族が大切だ。マークス兄さん、カミラ姉さん、レオン、エリーゼ…アマテラスもだ」
《……》
「それと、俺の家族はきょうだいだけじゃない。フェリシアにフローラ、ジョーカー、ギュンター…そしてリリス。お前達も俺にとっては掛け替えのない『家族』なんだ」
《っ…!》
「そんな大切な家族に、俺はひどい選択を迫ろうとしてるよな。だから、お前はもっと優しい奴の所に行くべきだ。俺は、お前には幸せでいて欲しい」
俺の言葉に、今まで俯いて目を閉じていたリリスだったが、その小さな体で精一杯に反論する。
《私だって、あなたやアマテラス様には幸せになってほしいのです…! あなた達は、私の命の恩人…。この命、あの時から私のものではなく、あなた達のもの。私には、どちらかなんて選べない…!》
「だから、リリスが選べないのなら、俺が決めてやる。お前は、アマテラスと共に歩め」
《…どうしてですか。先程のフェリシアさんとジョーカーさんとのやりとり、失礼ながら覗かせて頂いておりました。どうして、スサノオ様は私達を遠ざけるのですか…!?》
あれを見られていたとは…。フェリシアやジョーカーには黙っていたが、リリスを納得させるにはもう言うしかない。
「見てたなら知ってるだろ? 俺達はアマテラスを取り戻しにいく。だからそれまでの間、あいつの世話を任せるって。でも、本当はそれだけじゃない。俺の進む道は闇だ。暗夜の、父上のあのやり方を目にした以上、暗夜に正義などありはしない事は分かってる。それでも、俺は暗夜の第二王子として、進むと決めた」
《…私達に、闇の道を歩ませたくはない、と……?》
これを言ったら、フェリシアやジョーカーは頑なに俺の命令を拒んだだろう。
これを今、リリスに言ったのは、リリスがまだ迷いを持っていたから。迷いを持ったまま、流れでこの道を進ませる訳にはいかない。
辛い道のりになるであろうこの道に、来させる訳にはいかなかったのだ。
《…やっぱり、スサノオ様はお優しい方ですね》
リリスは穏やかに言う。それはどこか寂しさ混じりではあったけど、清々しい声音だった。
《あなたが昔から頑固な事は知っています。…もう私が何を言っても無駄でしょう》
そう言って、リリスは再び目を閉じた。すると、リリスの周りから不思議な力が漂い始める。この感覚からして、竜脈のようだが、それだけではない何かを感じる。
やがて、リリスの目から大粒の涙が零れたと思うと、それは地面に落ちる事なく、宙で1つへと集まっていく。すぐに、涙は林檎程の大きさの球体になり、それはどこまでも透き通っていた。
《スサノオ様、これは私の竜の力の一部を固めたものです。それをスサノオ様の胸に抱き締めてください》
「…ああ」
俺はリリスの指示通り、リリスの涙を胸に優しく抱き締める。瞬間、涙が俺の胸に吸い込まれるように消えていき、胸の内にリリスの力を感じた。
それはとても暖かく、懐かしさを覚える。
《これで、スサノオ様はご自身の力で星界への門を開く事が出来ます。あなたの元を離れる私からの、せめてもの餞別です》
「ありがとう、リリス」
ソッとリリスの頭を撫でる。もう当分は、こうして撫でる事も話す事も、会う事も出来ないから。せめて今だけは、この時間を大切にしたかった。
しばらくして、俺は自分の力で異界の門を開き外に出る。青白い光と共に、俺達は再び夕暮れに染まった草原へと舞い戻ってきた。
「それじゃ…またな…」
《………》
リリスはこちらに小さく一礼して、アマテラスの元へと飛んでいった。その時、キラリと光る何かが。それはリリスの涙だった。
最後に見せた涙は、さっきとは違い、本当の涙だったのだろうか。
「ああ…心配したのよスサノオ。あなたの姿が見えないから、白夜に捕まったのかと思ったわ…」
カミラ姉さんが飛竜でこちらに向かってやってくる。後ろにはエリーゼが乗っているようだった。
「あー良かったー! もう少しでカミラおねえちゃん、白夜に特攻掛けるところだったんだよ?」
「…あはは、は」
カミラ姉さんなら確かにやりかねないので、その姿を想像した俺は思わず渇いた笑いが出る。
「…あら? スサノオ、傷はどうしたの?」
飛竜から飛び降りるや、すぐに俺の体を触って傷の確認をし始めるカミラ姉さん。
いくらきょうだい…血は繋がっていなかったが…だからといって、これは流石に恥ずかしいので止めてほしい。
「あー! おねえちゃんばっかりずるーい! あたしもするー!」
更にエリーゼが背中に抱きついてくる。
「その辺にしてあげなよ。スサノオ兄さん苦しそうな顔してるよ?」
いつから居たのか、馬の上ではレオンが頭を押さえながら、呆れた顔をしてその様子を見ていた。
「あら、私ったらちょっと見境を無くしていたみたい」
そう言って俺から離れるカミラ姉さんだったが、エリーゼはそのまま背中にへばりついたままだった。
「さっさと帰るよ。今のマークス兄さん、機嫌が悪くてさ、僕1人だと胃が痛くなるんだよね。…アマテラス姉さんを取り戻すどころか、撤退させられた訳だし、これは父上からどんなお叱りを受ける事か…。今から頭が痛いよ」
溜め息を吐くレオンだったが、なんとなく元気がない。彼なりに、アマテラスを取り戻せなかった事に負い目を感じているようだ。
何もそれはレオンに限った話ではない。カミラ姉さんも、エリーゼも、それにレオンが言う通りならマークス兄さんも、アマテラスを取り戻せなかった事が辛いのだろう。姉と妹も今は明るく振る舞っているが、その顔は今にも泣き出しそうなものをしているのだから。
エリーゼに至っては、背中からプルプルと震えているのが伝わってくる程だ。
大好きな姉と離れ離れになってしまったのだから、仕方ない。しかも、エリーゼは甘えん坊で、アマテラスは同じ女という事もあって、とても懐いていた。
エリーゼにとってはよっぽど辛い事なのだ。
「兄さん、分かってるとは思うけど…帰ってからが大変だと思うよ」
「ああ、分かってる。父上がアマテラスをどうするか…。そして俺をどうするか…だな」
「きっと、ただでは済ませないわ…。お父様がアマテラスを許すとは思えない…悲しい事だけど」
憂いを帯びたカミラ姉さんの言葉が、俺に重くのしかかってくる。
「だろうね。それに、スサノオ兄さんにも何かしらの試練があるかもね。今まで白夜に居た兄さんを信用するために…ってさ」
俺達の予想がどんどん暗いものへとなっていく中、エリーゼがどうにか場を明るくしようと声を張り上げる。
「だ、大丈夫だよ! きっとお父様も、スサノオおにいちゃんに無茶なことなんてさせないよ! それに、アマテラスおねえちゃんはあたし達が取り返すんだから、そうしたらお父様だってアマテラスおねえちゃんのことを許してくれるよ!」
エリーゼの必死な叫びに、俺達は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
俺達は父上がどういう人物であるかを分かっているから。
そして、俺は父上が白夜王国に何をしたのかを知っているから…。
重い空気の中、俺達は帰って行く。
俺が選んだ、暗夜王国へと……。