ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
「ハアァ!」
「フン!」
暗夜、白夜の第一王子の闘いは、どちらも一歩も引かず、ほとんど互角なものでなかなか決着がつかない。
互いに剣と刀を打ち付け合い、その度に火花が散る。しかし、闘いは熾烈を極めるというのに、どちらも傷という傷を一つとして負ってはいなかった。
「…やはり、強い。白夜の第一王子リョウマ…」
「それはお互い様だ。卑劣な暗夜の王族にしてはやるではないか。暗夜の第一王子マークス…」
距離を取り、再び睨み合いの状態へとなる2人。攻撃の機会を窺う2人だったが、そこに報せが入ってくる。それはマークスにであった。
「大変なのー!」
水色の髪で先端の方がピンクがかった髪を、左右でおさげにして、鎧を着込んだ少女がこちらに馬で駆けてくる。
「何事だピエリ。今は一騎打ちの最中、邪魔をするな」
マークスは振り返らず、視線はリョウマから離さない。一瞬の隙が命取りとなるからだ。
しかし、ピエリと呼ばれた少女は遠慮もなしに暗夜軍の現状を伝える。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないの! マークス様、軍がボロボロの状態なのよ!」
「なに!?」
その言葉に、マークスは振り返りようやく気がつく。闘いに集中しすぎていて気がつかなかったが、遠く背後では暗夜軍がまばらに散ってしまっており、まともな陣形には程遠いものだったのだ。
「何があった?」
「白夜の策だと思うの。急にすごい量の水がどばーって流れてきて、みんな流されちゃったのよ! これだと敵の良い的なのよ!?」
「く…!」
確かに、ピエリの言う通りこのままでは軍に多大な被害が出てしまう。騎士として、この一騎打ちは大切なものだが、それ以上に軍を預かる者として、兵を守る必要があった。
「クリスの策が功を奏したか…。退け、暗夜の第一王子よ! 間もなく我が軍が貴様らを殲滅せんと進軍を開始するだろう。この戦、我ら白夜王国の勝利だ! だが俺とて、無駄に命を奪いたくはない。だから退け、俺と同じく軍を率いる者よ」
リョウマが刀を仕舞いながら、マークスに撤退するように言ってくる。それはまさしく正論で、マークスが取るべき行動であった。
「…仕方ない。ピエリ、全軍に通達だ。無駄な犠牲を出さぬ為にも、我ら暗夜軍はこれより全軍撤退する!」
「了解なの!」
ビシッと敬礼をすると、ピエリは早馬で駆けていく。
それを見送って、マークスはもう一度だけリョウマに視線を戻す。
「この勝負、次に持ち越すとしよう。だが、今度こそ私が勝ち、アマテラスは返してもらう」
「戯れ言を。俺達が勝ったんだ、スサノオを返せ!」
「そうしたくば、直接我が暗夜王国まで取り返しに来るがいい。その時こそ、決着をつけよう」
手綱を引き、マークスは引き返していった。背後では、勝ったというのに、さほども嬉しそうになく、逆に悔しそうな顔をしたリョウマを残して…。
場所は変わり、少し離れた所でレオンとタクミの闘いが繰り広げられていた。
「はあ!」
タクミが走りながら風神弓で矢を放つが、
「甘いね!」
レオンが魔法により一瞬で生み出した大樹によりそれを防ぐ。大樹は矢を防ぐとすぐに消え去るため、互いに視界が奪われるのはほんの一瞬だけ。
そして矢を放ったばかりのタクミにも足元からレオンの魔法が襲いかかるが、タクミはそれを紙一重で避けていく。
「へえ…なかなかやるね、タクミ王子?」
「うるさい! くそ…、どうして当たらないんだ!?」
余裕を持つレオンとは違い、タクミには焦りがあった。母の仇を討ちたいのに、全く通用しない事に。
(このままいけば、勝手に自滅してくれるかな…?)
焦りは戦闘においては禁物だ。油断や焦りが、手元を狂わせたり、判断を鈍らせたりする。
今のタクミは、ドツボにハマりかけている。このまま闘い続ければ、そのうち隙が多数生じるようになるだろう。
そこを狙おうとレオンはしていたのだが、予定が狂う出来事が起きた。
「レオンおにいちゃーん!」
遠くから、エリーゼが馬上で手を振っていた。
「なに? 見ての通り、今戦闘中なんだけど」
「マークスおにいちゃんがー、撤退するってー!!」
遠くなので、大声で間延びした声が戦場に響き渡る。
エリーゼの報せに、レオンはタクミから注意は反らさずに、チラリとだけ自陣に目をやると、暗夜軍の陣形は総崩れとなっていた。
「ちっ…。ここまでのようだね。僕としてはまだ闘ってもいいけど、そうすると兄さん達がうるさそうだし、ここは退かせてもらうよ。命拾いしたね、タクミ王子?」
「黙れ! 逃がさない…! 暗夜の奴は、僕が殺してやる…!!」
怒りの形相で光の矢をつがえるタクミだったが、レオンはため息を吐くと、
「めんどくさいね、君…」
タクミが矢を放つ前に、巨大な大木がレオンとタクミの間に生み出され、視界が完全に遮られる。
今度はすぐに消えず、タクミは急ぎ回り込んでレオンを狙おうとするが、既にレオンは馬で駆け出した後で、とてもではないが追いつけそうになく、矢を撃っても当たりそうになかった。
「くそ…くそ、くそぅ!!」
風神弓を手が痛いくらい強く握り締め、タクミはレオンの去っていく姿を睨みつけていた。
撤退を済ませ、軍の最後尾まで戻ってきていた俺とカミラ姉さんだったが、
「待っていてねスサノオ…すぐに杖を使える者を連れてくるから。エリーゼが近くにいてくれれば良かったのだけど…」
俺の傷を癒やすために、杖の使い手を探しに行ったため、今は1人だった。
「……イテテ」
俺は腹を撫でながら、先程のアマテラスとの戦闘を思い出す。
いつの間にか、アイツは強くなっていた。手を抜いていたとはいえ、まさか負けるとは思っていなかったのだ。
それに、早速竜の力を使いこなしていた。魔法の才能もさることながら、やはりアマテラスは自慢の妹だ。
それがたとえ敵に回る事になっていたとしても……。
「……はあ、アマテラス…お前は本当に『光』…なのか…?」
自分が元々別の世界で生きていた事を、幼少の頃の記憶を取り戻した時に同時に思い出していた。と言っても、それは他人事のような記憶ではあるのだが。
もはや、俺は『スサノオ』。『俺』の想いは受け継いでも、スサノオとして育った俺とは、完全に変わっている。
そういう意味では、アマテラスの生前が『光』であったとしても、俺と同じだと言えるのかもしれない。
そんな事をぼんやりと考えていたら、久しぶりに聞く声が俺に掛けられる。
「ご、ご無事でしたか~スサノオ様!」
「これはいけません! すぐに治療致しますので!」
「フェリシア…ジョーカー…」
メイドと執事が、わたわたと慌ててこちらに駆け寄ってきた。フェリシアはともかく、ジョーカーまでそんな風に慌てる姿に、俺は可笑しくて笑ってしまう。
「何が可笑しいのです?」
杖を翳すジョーカーが訝しげに尋ねてくる。見れば、フェリシアも同じく杖を翳しながら頭に?を浮かべていた。
「いや、何でもない。久しぶりにお前達に会えて嬉しかったからさ」
「はあ…そうですか…」
「あ、あのあの、ところでアマテラス様はどちらに?」
フェリシアとっては何気ない言葉だったのだろう。従者からしてみれば、主の不在を心配してなんらおかしな事はないのだから。
だが、俺はその言葉に黙り込んでしまう。
そんな俺の様子を見て、ジョーカーは察したのだろう。
「…まさか、白夜王国に残ったのですか?」
「え…そんな…」
ジョーカーの言葉に、フェリシアが泣きそうな顔になる。まあ、無理もないだろう。フェリシアはアマテラスに、こう言っては動物のようだが、懐いていた。
大好きな主が、自分達と敵対関係となってしまったのだから、泣きそうになるのも仕方ない。
「………」
でも、臣下にそんな顔をさせるのは主としていけないだろう。だから、俺はとある決断を口にする。
「スサノオ様…?」
「お前達に命じる。アマテラスの下に行け」
固まったように、ピクリともしなくなる2人だったが、すぐに再起動すると、
「な、何を仰っているのですかスサノオ様!?」
「そ、そうですよー! スサノオ様を置いていくなんて私には出来ないです!」
「これは命令だ。アマテラスの下に行き、アイツの世話を見てやってくれないか?」
「ど、どうして…?」
戸惑いを隠せない2人。当然の事と言えば当然だろう。もう1人の主君がいるとは言っても、そこは敵のただ中。それは、『俺を裏切れ』と言っているようなものなのだから。
だが、俺は意思を曲げない。
「アマテラスは白夜につくと決めた。ただ、アイツは何としても俺達暗夜のきょうだいが取り戻す。だからそれまでの間、アイツの面倒を見てやって欲しいんだ。白夜での生活に不慣れだろうし、向こうでは本当にアイツを昔から知る者は白夜のきょうだいを除けば、ほとんどいない。だから、頼む。アイツを傍で支えてやってくれ」
これは、アマテラスの為。アイツを取り戻すまでの間だけの話。
それに……。
「それに俺にはまだ、フローラが居てくれるからな。アイツが1人いれば、俺は何も困る事なんてないさ」
フェリシアとジョーカーは、苦い顔で俯いているが、やがて顔を上げると、そこには何かを決意したかのようなものがあった。
「…承りました、スサノオ様。私の主はあなたとアマテラス様です。主が言うのでしたら、それを聞かない訳には参りません。この身に代えましても、アマテラス様をお守りし、仕えさせて頂きます」
「…かしこまりました、スサノオ様。本当は寂しいですけど、主人の命に従うのがメイドです。スサノオ様が下さったこの新しい使命、頑張って務めさせて頂きますね」
2人は俺の治療を終え、杖を腰に差し直す。そして、名残惜しそうに俺に背を向けて離れていく。
自分で言ってなんだが、やはりこの2人と離れてしまうのは寂しいな…と思っていると、不意に2人は立ち止まり、振り返って言った。
「たとえ離れていても、」
「簡単には会えなくても、」
「私達は、」
「あなたの───」
「「───従者ですから」」