ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第61話 野望、そして希望

 

 光の下に姿を現したのは、モズメの村を襲ったノスフェラトゥの群れのボス、その素材として使われたとされるガルーと非常に酷似していた。

 違う点を挙げるなら、かつて見たものよりもサイズが一回りほど小さい事か。

 

「コイツは、前にモズメの村を襲った奴の同種ではないか……!?」

 

 あの村でノスフェラトゥを直接調べたオロチが、驚愕の声を上げる。その驚きは何も彼女だけのものではない。初めてガルーを見る者、あのノスフェラトゥと戦闘を行ったエマ、ユウギリも同様だ。

 あの村での戦闘終了後に、停止したノスフェラトゥしか見ていない者に至っては、どんな動きをするかも分からず、警戒心をフル稼働させる。

 

『ガルルルル……!!!』

 

 首、手足に太く大きな枷を装着され、そこから垂れ下がった鎖を見るに、このガルーは普段から動きを抑制されているように見える。

 

 敵意を剥き出し、今にもこちらへと飛びかかって来そうなガルーに、前衛陣が武器を構える。

 ノスフェラトゥであるならば、弱点となる頭部さえ潰してしまえば、いくら死体から作られた存在とはいえ、活動停止は免れない───が、

 

「こやつ、生きているぞ!」

 

 呪術にて生体感知を行っていたツクヨミが、このガルーがノスフェラトゥではない事を告げた。正真正銘、生きたガルーであるのだと。

 

「生きた、ガルー……!!」

 

 その言葉に、アマテラスの思考が鈍る。夜刀神を握る手の力が僅かに弱くなるのを実感する。

 

 倒さなければ、こちらが殺される。

 それは分かっている。なのに、アマテラスは戸惑いを禁じ得なかった。

 

 アマテラスの異変に気付いたのは、彼女の親友を自称するサイラスだ。

 彼はアマテラスがガルーとの戦闘を躊躇う事に叱咤する。

 

「アマテラス、戦わないと俺達が死ぬんだぞ! まさか暗夜を見限るなんてムチャをやったお前が、こんな所で怖じ気づいたってのか!?」

 

「分かって、ます。でも───このガルーは、()()()()()()()()! 死体を操るのではなくて、生きて無理やりに従わされて……」

 

 ノスフェラトゥであったのなら、まだ踏ん切りがつく。死者を愚弄した存在であるならば、機能停止させてやる事がまだ救いであると思えるから。

 けれど、このガルーはそうじゃない。手枷足枷、そこから伸びる鎖が物語るのは、強制的な服従。

 ガルーに思考する能力が有るか分からないけれど。戦闘こそが喜びである種族かもしれないけれど。

 それでも、アマテラスにはあのガルーが、不本意な戦闘を強いられているようにしか見えなかった。

 

 故に、本当にこのまま戦ってしまって良いのか、決めあぐねていたのである。

 

「でも、サイラスさんの言う通りです。戦わなければ私達が死ぬ。なら、私が選ぶ道は一つです」

 

 懐に手を入れ、取り出したるは竜石。竜石を胸に抱き、アマテラスは石に封じられた力を解き放つ。

 すなわち、竜の力を。

 

『戦います。そして、殺さずに勝ってみせます!』

 

 白銀の竜と化して、アマテラスは高らかに宣言する。殺し合いの為に戦うのではない。自分達が生きて、尚且つ相手をも生かす為に闘うのだと。

 

『ガルーは私が抑えます! 皆さんはフウマの忍を対処して下さい!』

 

「いいえ。わたしもお供しますよ、アマテラス様!」

 

 アマテラスの言葉に他の面々が頷く中、唯一エマだけがアマテラスの隣へと並び立つ。

 まだあどけなさの残る顔に、しかし嬉々として獰猛な笑みを貼り付けて。ガルーへとその視線は一点集中していた。

 

「ガルーと闘えるなんて、またとない良い機会です! あ。安心してください。アマテラス様が望むように、殺すつもりはないし、殺されるつもりもありませんので!」

 

 言うが早く、エマはアマテラスの許可を待たずしてガルーへと突進を仕掛けた。

 

『ああ、エマさん!? もう、仕方ありません。いいですか、私とエマさんがガルーを抑えているので、皆さんはどうにか退路の確保を。これは殲滅戦でも、徹底抗戦でもありません。誰一人欠ける事無く、フウマ公国を押し通りますよ!』

 

 早口で指示を飛ばすと、アマテラスもエマを追ってガルーへと駆ける。既にエマとガルーは互いが得物である薙刀と剛爪をぶつかり合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「だってよ。アマテラス様の命令だ。死んでも血路を開いてやらぁ!!」

 

 アマテラスとエマの雄姿を目に、自らも猛るヒナタ。襲い来る忍の刀を軽々と押し返し、即座に斬り捨てる。

 まるで、獲物が自ら斬られに来ているかのようにすら見える。

 

「バカなの? 誰一人欠けずにと仰ってたでしょう! せめて“死んでも”じゃなくて、“死に物狂いで”に訂正しなさいよ!!」

 

 ヒナタと背中合わせに戦うオボロが、危なげなく敵の攻撃を捌きながら彼を窘める。タクミの臣下同士、他の者よりも連携が上手い二人は、互いに後方へと流れた討ち損じを確実に処理していく。

 

「ハハッ! そりゃそうか! んじゃあ、死に物狂いで掛かって来なぁ!!」

 

「だから! そうじゃなくて!!」

 

 連携は凄まじいが、如何せん性格が噛み合わない。タクミへの忠誠と信頼という緩衝材が無ければ、絶対にこの連携は生まれなかっただろう。

 

「二人共、口より手を動かせ! 主君の僕のほうが臣下より仕事してるってなんだよ!?」

 

 次から次へと風神弓へと矢を装填し、目に映る忍ばかりか、姿を隠した忍さえも撃墜するタクミが、じゃれ合う二人に文句をぶつけた。

 狩りを嗜むタクミは、気配の察知は並みの兵よりも長けている。忍が気配を消すのが得意であってもここは戦場。そして周囲は開けた上に絶え間ない敵からの攻撃は、タクミに自身の位置を教えているようなもの。

 隠れていようと、風神弓を本気で引けば木くらいは容易く貫通するのだ。

 

 故に、隠れても意味などなく、タクミは察知した敵の居場所に矢を射るだけ。それだけでフウマ忍達は撃墜されていくのである。

 

 しかし、その活躍ぶりは敵からの目も引く。当然ながら、タクミの存在は無視出来るはずもなく、優先的に排除の対象とされる。

 

「お命頂戴!!」

 

「うわっ!?」

 

 弓兵は近接戦に弱い。それが戦争での定石だ。だからこそ、忍も有利に立ち回る為にタクミへ急襲を仕掛けた。

 

「……なんてね」

 

 だが、タクミに関しては、その常識は当てはまらない。

 忍の刀をスルリとかわすと、回避行動の流れのままに弓を構える。風神弓は、()()()()()()()()()()()()()

 敵に接近され、反撃の為に矢筒から矢を取り出すまでの時間こそが弓兵の弱点であるが、矢自体が風神弓から生み出される事で、その弱点を克服する一助となっているのだ。

 

 フウマの忍はあえなく光の矢に射抜かれ絶命する。勢いのあまり、死体さえも吹き飛ばしていく程に。

 

「風神弓の射手をナメるなよ。接近された時の対応なんて、散々訓練したに決まってるだろ」

 

 得意気に誇るタクミ。

 が、勝ち誇って油断を見せたタクミの後頭部目掛けて手裏剣が迫り来る。まだ、彼はそれに気付いていない───!!

 

「その弱点克服自慢は後ほどでお願いします。まだ戦闘中、気は抜きませんよう……」

 

 寸分の違いもなく、タクミを狙った手裏剣を暗器で撃ち落とすジョーカー。笑顔ではあったが、こめかみにうっすら血管が浮き出ていた。

 

「べ、別に自慢じゃない。それと、助けてもらわなくたって、あんな攻撃くらい避けられたし!」

 

「……フウ。アマテラス様の弟君でなければ、説教と折檻の二時間コースでしたよ。まあ、気を付けていただければ、それで良いのです」

 

 丁寧でありながらも棘のあるジョーカーの言葉。アマテラス以外には当たりの強い彼ではあるが、普段からアマテラスに辛く当たる事の多いタクミへは、一層強くその態度が表れていた。

 

 それでも彼がタクミを守るのは、タクミの死がアマテラスの悲しみへと直結するからだ。

 そうとは知らないタクミは、ジョーカーに対して苦手意識しかなかった。ともすれば、アマテラスのもう一人の臣下であるフェリシアのほうがまだ親しみを覚えるくらいに。彼女とて、暗夜の人間であるというのに、だ。

 

「……ふん。もう油断はしないさ。死ねば終わりなんだ。死ねば───スサノオを殺せなくなるからね」

 

 別の敵へと向かうジョーカーの背を見送りながら、誰に聞こえるでもない言葉をこぼすタクミ。

 その暗く冷たく燃える炎は、彼の心の内でくすぶり続ける。鬱憤を晴らすように、フウマの忍へと風神弓を向け、撃ち放った。

 その眼が見据えるのは既にフウマではなく、もっと先の───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗夜から買ったガルーを解き放ち、既に十数分は経過している。もうそろそろ白夜王国の遠征軍を討ち取れた頃合いか。

 忍にはおよそ不釣り合いな玉座にて、ほくそ笑んでいたコタロウであったが、一向に報告が上がって来ない。

 それを不審に思った彼は、部下を呼び寄せ現状の報告をさせた。

 

「どうなっている? あの人狼を使えば、連中など容易く葬れる手筈だったろう。まだ殺せていないのか」

 

「ハッ。人狼を投入直後、敵に竜のような怪物が現れ、応戦されています。こちらも適宜増援を送っていますが、白夜軍は思いのほか手強く……おそらく、部隊全員が王族や王族臣下に匹敵する猛者かと」

 

 その報告に、コタロウは絶句する。

 僅かばかりの人数での遠征など、取るに足らずと考えていた。数、そしてガルーを用いれば容易に皆殺しに出来ると思っていた。

 

 竜。それすなわち、世界を作ったとされる神。

 その血を色濃く引く者たちこそ、暗夜や白夜の王族たちとされている。竜脈と呼ばれる、大地に流れる力さえも操るという、王族だけに許された神の力の一端。

 

 そういえば、とコタロウはとある噂を思い出す。曰わく、“暗夜の第二王子と白夜の第二王女が、ヒトの身から竜へとその姿を変えた……”と。

 

「白夜の第二王女───アマテラス王女か! 育ちの国である暗夜を捨て、生まれの国の白夜へと戻ったという……。いや、待て。竜になれるだと? それは……」

 

 険しい顔付きから一転、コタロウの顔が卑しい笑みへと変貌する。彼は良からぬ企みを思いついたのだ。

 

「聞けば、アマテラス王女は見目麗しいとの事ではなかったか? その上、竜の力をその身に宿すとは……。くは、ハッハハハハ! ならば、その娘を捕らえ我が物とした時、我がフウマは王族の血ばかりか神そのものを手にしたも同然ではないか! アマテラスの血を取り込み子を生ませれば、フウマは永遠なる王国として歴史に名を残すだろう。俺は、偉大なるフウマ王国の祖となるワケだ!!」

 

 下品な笑い声を上げて、コタロウは己が野望を口にする。もはや躊躇も遠慮も無い。この機を逃せば、永遠に次の好機は巡って来ないかもしれない。

 

「全軍に告げろ! 我がフウマの総力を以て、アマテラス王女を何としても生け捕りにする! 必ず生かして捕らえ、俺の足元に跪かせるのだ!」

 

 報告のために呼び寄せていた忍に伝令を言い渡し、コタロウも戦仕度を整える。総力には無論、コタロウ自らも入っていた。

 

「フッフッフ。思いもよらぬ拾い物よ。天運はフウマに味方しているようだ。こうなれば、俺直々に躾をしておくか……!!」

 

 

 アマテラスの預かり知らぬ場所で、アマテラスを辱めんとする野望が動き始める。

 もはや敗北は許されない。アマテラスが助かる道は、生きてフウマを脱出するほかない。さもなければ、彼女は生きたまま絶望の未来を辿る事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フウマの忍との戦闘を仲間に任せて、どれほどの時間が経っただろう。

 エマが先陣を切ってガルーと矛を重ね、なし崩し的に始まった戦闘は苛烈窮まるものだった。

 

 人間を優に越える図体と膂力、大きさに見合わない俊敏さで、爪を、牙を、剛腕を使って自在に襲い来る人狼。

 どの攻撃も、まともに受ければ重傷、いや。簡単に死に至る凶撃だ。

 

 竜化したアマテラスはともかく、華奢なエマの体型ではひとたまりもないのは明白。

 だというのに、彼女はむしろアマテラスよりも勇ましくガルーへと向かっている。勇猛果敢、とは彼女の為にこそある言葉だろう。

 攻撃を恐れず、怪我を恐れず、そして死さえも恐れず。もはや、死にたがりにすら見える程に、エマはガルーと演武を舞う。

 

 だが、人間とガルーではスタミナに差が有りすぎた。エマの動きに鈍りが見え始めているのをアマテラスは見逃さない。

 すぐさまエマとガルーの間に割って入り、少しでも体力の回復を言い渡し、今度はアマテラスが主体となって戦闘を続行する。

 

「はあ、はあ……!!」

 

 息切れは激しく、肩で息をするエマ。アマテラスとガルーの戦闘を第三者の視点で見つめ、彼女はようやく、ある小さな()()を自覚した。

 

(……違う。やっぱり、大きさが違うとかだけじゃなくて、もっと他に何かが……)

 

 違いとは、かつて戦ったガルー型のノスフェラトゥとの相違点だった。

 ガルーの特徴など、暗夜に住まう者でも全く知らない事がほとんどで、白夜の生まれであるエマはなおのこと知らなくて当然だ。

 けれど、このガルーとの闘いを通じて感じるものが、当人にはあった。言いようの無い、僅かばかりの違和感。それがハッキリとは理解出来なくて、エマの胸中を不快感で満たしていく。

 

(何が違うの? あの時のノスフェラトゥと、このガルー。違いは……何?)

 

 エマは戦いながらも思考する。アマテラスのサポートをしながら思案する。

 そんな折だった。機微を求めて天馬から降りて戦闘に臨んでいたエマだったが、彼女の愛馬である天馬、空助が嘶きを上げてエマへの羽ばたき寄ってくる。

 

「空助!? 危ないから空に避難しててって言ったのに……!」

 

 エマの心配をよそに、空助は鼻先でエマの尻を押し、自らの背に乗れと催促してきた。

 天馬は賢い生き物だ。その行動には何らかの意味があるのだろうが、果たしてそれが何を意味するのか。

 ただ、エマには何故か、空助の鳴き声がまさしく泣き声であるかのように聞こえてならなかった。

 

 そして、直感的に、空助の様子とさっきまで感じていた違和感とが結び付く。それはまるで稲妻に打たれたかのように頭に浮かび、また酷く残酷な結論だった。

 

「……あのガルーは、()()()()()()? まさか、子ども……!?」

 

 一回り小さく見えたのは、まだ成熟していなかったから。空助もまた、あのガルーが幼い存在だと認識したからこそ、悲しげに鳴いたのかもしれない。

 

 この推測が真実であったとしたら、余計に殺すべきではない。奴隷のように扱われる幼い命を、非道かつ不当に弄ばれたまま死なせて良いはずが無いのだ。

 

「アマテラス様! そのガルー、もしかしたらまだ幼体かもしれません!」

 

 憶測の域を出なくとも、エマはそれをアマテラスへと伝えた。元より殺すつもりは無いアマテラスだが、勢い余って殺してしまう事もあるかもしれない。

 相手がガルーとは言え、子どもであるなら尚更だ。手加減するな、とは言わないが、本気で戦えば向こうも無事では済まないだろう。

 

 アマテラスも、エマの言葉を受けて、改めてガルーを見る。言われてみれば、かつて見たノスフェラトゥ・ガルーよりも尻尾が短いかもしれない。牙も少しばかり小さい気がする。その肉体も、筋肉の付き方から、どことなく幼さを滲ませているように思えてきた。

 

 それが真実であるとして、フウマはそんな幼いガルーを兵器扱いしているのか。そして恐らくは暗夜から売られて来た可能性が高い。

 

 許せない。

 

 アマテラスの内で、怒りが爆発的に膨れ上がる。それと同時に、同じくらいの悲しみが押し寄せてきた。怒りで我を忘れそうになるも、悲しみがどうにか自我と理性を繋ぎ止める。

 今ここで怒りに身を任せて、竜の力を獣のように振るってしまえば、ガルーだけでなく仲間たちにまで危害を加えかねない。

 

 心を落ち着かせ、改めて目の前のガルーに臨むアマテラス。

 幼いとしても、このガルーは戦闘に慣れているらしく、闘いぶりからは微塵も幼さを感じさせる事はない。油断はしない。慢心もしない。けれど、全力は出さない。

 戦い方に工夫が求められる。殺さずに、出来るだけ手傷を負わせずに無力化させるには、どうすればいい?

 

 ───考えろ。きっと何かあるはずだ。何か忘れていないか。私には、それが出来る力があったはず!

 

『竜の力──水……。そう、そうです! 水を使えば……!!』

 

 水と言えども侮る無かれ。アマテラスが竜化した際に操る水は、ある程度アマテラスの意思の通りに操れる。更に、その水に弾力、粘着性を付加も出来るのだ。

 使い方さえ工夫すれば、水も強力な武器となる。

 

『エマさん、竜の水流を用いて、あのガルーの動きを拘束します』

 

 狙うはガルーの気絶。水塊で呼吸を妨害し、死なないギリギリのところで解放する。上手くいけば気絶、失敗してもかなり衰弱させられるかもしれない。

 

「了解です! なら、わたしは空からガルーを翻弄してみせましょう! 行くよ、空助!!」

 

 天馬の背に飛び乗るや、エマは勢いよく天へと駆けていく。もしかしたら、空助はこうなる事まで読んで、エマに騎乗を促したのかもしれない。

 

「待っててね。今から、あなたを助けてあげる……!!」

 

 もはや、戦闘を楽しもうとは思わない。今はただ、哀れなガルーをフウマの呪縛から救ってやりたい。それだけが、エマの心を埋めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「敵の数が多すぎる。幾ら何でも、少数相手にこれほどの戦力を投入するのは不自然だ」

 

 同じ忍として、忍の技で上回るサイゾウは、フウマの忍を易々と撃破していく。

 そんな中で、彼はこの過剰なまでの敵の増援に訝しみ始めていた。

 

 まるで、何が何でも倒そうという意思が見え隠れしているようである。

 

「もしくは、我々が王族とその直属の臣下である精鋭部隊と敵に感づかれたのやも知れぬ」

 

「カゲロウ……。いや、それが当たりかもしれん。明らかに忍として若造に過ぎる輩まで混じっている。戦力過多は敢えて、と見るべきだろうな」

 

 それが意味するところは、フウマの公王の何らかの企みによるものという事。

 フウマ公国の公王──コタロウ。彼は、何かを狙って呆れる程の戦力投入を行っていると推測される。

 それが何かまでは不明だが、ここでこちらを逃がすまいという魂胆なのは間違いない。

 

「フウマ公国は以前から良からぬ噂を耳にした。フウマによって『コウガ』が潰されたという話もある」

 

 サイゾウは思い出す。かつて、フウマと同じ忍の公国、『コウガ公国』が存在したが、それを滅ぼしたのがフウマ公国だという噂話を聞いた事がある、と。

 コウガ公国は白夜に仕える公国だった。故に、コウガが滅んだのは白夜王国としても、かなりの痛手となったのだ。

 

「コウガ、か……。それだけでないはずだ。サイゾウ、お前とスズカゼの……、」

 

 言いかけて、カゲロウの言葉は途切れた。サイゾウが、目で告げていたのだ。それ以上は、言わなくて良い、と。

 

「そうだ。フウマとの因縁なら、俺にもある。確証を得られる事はなかったが、俺は確信している。この古傷が、今でも疼き、そして俺に囁くのだ。先代サイゾウを───父を殺したのは、フウマ公国であると」

 

 サイゾウは片目を失っている。失った目には一閃の傷跡が残っていた。

 その傷跡こそが、このフウマ公国で付けられたものである。

 

 フウマに向かうと残して以来失踪した父。その真相を探るため、かつてフウマ公国に単独で潜入したサイゾウだったが、その際に重傷を負ってしまった。

 隻眼となったのは、サイゾウにとって未熟だった頃の自分の不甲斐なさの証明。それは忍として、サイゾウを継ぐ者として恥ずべき証として、刻まれたのである。

 

 だからこそ、サイゾウのクナイを握る手の力は、いつになく込められていた。フウマの忍を殺す手にも、一切の容赦はない。

 

「フウマ公王コタロウ。来るなら来い。俺の前に立った暁には、()()()()が殺してくれる……!!」

 

 眼光鋭く、フウマの忍を睨みだけで圧倒してしまう程の気迫。あるいは、悪鬼に見紛う怒気と殺気を放ち、サイゾウはフウマの忍を殺し尽くしていく。

 

 浅からぬ因縁、そしてサイゾウの抱く執念。彼を幼き頃から知り、そしてその事情も知っているカゲロウは、どうしても彼を諫める事など出来なかった。

 

 

 


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