ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第57話 イザナの神託

 

「姉様っ、具合はいかがですか?」

 

 一通りの治療を終えたサクラは現在、王の間において倒れていたアマテラスに、祓串をかざして癒やしの力を放っていた。

 

「……ええ。すごく楽になりましたよ。ありがとうございます、サクラさん」

 

 致命傷や重傷は負っていなかったアマテラスだが、蓄積されたダメージは確かにあった。それが完全に抜け去る事で、痛みによるストレスからは解放される。

 だが、その顔は晴れやかとは言い難いもので、苦虫を噛み潰したように、暗い陰が差していた。

 サクラを心配させまいと、無理に笑ってみせたのが逆に痛々しくさえ見える。サクラとて、そんな姉の気遣いや心境が読み取れぬ程は鈍くない。

 

「良かったですっ。…姉様、あまり気負いしないで。私は頼りない妹かもしれません。けどっ、私も姉様の力になりたい。姉様と苦難を共に乗り越えたい。姉様と一緒に笑っていたいんです。だから、その姉様が今抱いている苦悩も分け合いたい……。今まで一緒に過ごせなかった分、これからは私も、姉様の力になりたいんですっ」

 

 だけど、サクラは勇気を出して踏み込んだ。会いたかった、もう一人の姉は今、自分の目の前に居る。

 やっと紡いだ姉妹の繋がりを、もう手放さない為に。二度と失わないように。

 他のきょうだい達に比べれば、ちっぽけな勇気しか持たない末妹姫は、そのありったけの勇気を振り絞り、アマテラスの心へと手を伸ばしたのだ。

 

 サクラからの言葉を受けて、少し涙腺を刺激されたアマテラスだったが、グッと堪えて平静を保ち、どうにか作った笑顔で返した。

 

「ありがとう……妹に心配ばかりかけて、私はダメなお姉さんですね」

 

「そんなことっ……!!」

 

 言いかけたサクラを手で制するアマテラス。アマテラスだって分かっていた。妹が何を言わんとしていたかを。

 だからこそ、だ。それを妹の口から言わせるのは、姉として憚られた。今更帰ってきてお姉さん面するのはどうかと自分でも思う。

 だけど、お姉さんだからこそ、妹を心配させないように振る舞わなければなるまい。今まで共に過ごせなかった分、これ以上はもう心配を掛けないように。

 

「サクラさんのおかげで元気も出た事ですし、さあ、イザナ公王に会わないと! スズカゼさん達は無事に救出が出来たのでしょうか……?」

 

「姉様……、……きっと無事に助け出せたと思いますっ」

 

 サクラはまだ何か言いたげにしていたが、すぐに話題をアマテラスに合わせる。これ以上の追及は野暮だと理解したのだろう。

 そして、アマテラスは気を取り直して、今回の戦闘での、本来の目的の一つだったイザナ救出へと思いを馳せる。イザナの身に既に危害が及んでいない限りは、スズカゼ達が完璧に仕事をこなしてくれているはずだが……果たして?

 

 

 

 

 

 

 

「助かっちゃった~! キミ達は命の恩人だよ~! ほんっっっと、ありがとね~! ささ、お礼にどんどんご馳走食べちゃいなよ!」

 

 ───と、まるで心配の必要もなく、ピンピンとした姿で、ゾーラが化けていた時以上に軽いノリで話すのは、本物のイザナ公である。

 流石に意外過ぎて、アマテラスや仲間達も若干引いていた。

 

「に、偽物より軽い…」

 

「奴の変装は、かなりの再現度だったんだな…」

 

 姉妹揃って、頬を引きつらせるヒノカとサクラ。2人以外で驚いていないのは、実際に救出した忍の3人のみだった。

 後で聞いたところによると、

 

『いいえ、私達も最初は面食らってしまい、本物かどうか疑ってしまったものです。兄さんなんかは、偽物と怪しんで手裏剣を投げそうになっていましたから。カゲロウさんが止めてくれなければ、今頃イザナ公はどうなっていたか……』

 

 とスズカゼは語る。彼もだが、サイゾウとそれを止める羽目になったカゲロウは、誠にご愁傷様としか言いようがない。

 

「いや~、今日ばっかりは無礼講だよ~! いつもは質素な料理しか出ないんだけど、命の恩人な上に大切なお客人なんだし、今日は奮発して料理を作らせたからさ~! じゃんじゃん食べて、飲んで、騒いじゃってよ~!」

 

 見た目は神々しいイズモの公王が、陽気に手をパンパンと鳴らして侍女に給仕をさせ始める。その合図を皮切りに、大広間に大量の料理が運ばれ始めた。

 山菜や果実に肉、魚や貝に海老と、山の幸と海の幸がふんだんに使われた料理を前にして、戦闘直後だったアマテラス達の腹は否応無しに反応してしまう。

 ぐ~、と鳴った腹の音は一体誰のものであったのか。もしくは、誰というでもなく、全員のものであったのかもしれない。

 

「やべー! 闘った後で、目の前にこんなご馳走だらけだと俺もう我慢出来ねえよ!!」

 

「この海老……リョウマ様に似てる。ごくり」

 

 今にも料理にかぶりつきそうなヒナタと、大きな海老を前によだれが出始めるセツナ。そんな2人の姿に、数日の断食なら平気な忍達と、一部を除いた面々が思わずゴクリと唾を飲み込む。

 

「あ、食べていかないとかはナシだよ~。せっかくのご馳走がもったいないからさ。出されたら料理は遠慮せずに頂くのも礼儀だよね~!」

 

 と、理性が残った内に断ろうかと思っていたアマテラスだったが、それを読んでかイザナが先制攻撃として、逃げ道を封じてしまう。

 が、しかし、確かにイザナの言う事にも一理ある。出された食事に手をつけないのは失礼だからだ。向こうが礼儀の話を持ち出してきた以上は、おとなしく料理を頂くしかないだろう。

 

「……そうですね。では、お言葉に甘えさせて頂きます、イザナ公。皆さん、このご厚意に甘えて存分に楽しみましょう!」

 

 諦めて仲間達に許しを出すアマテラス。その宣言を受けて、歓声(主にヒナタ)が湧き起こる。

 こうして、イズモ公国にしては珍しい、少しばかり豪勢な宴が開催されたのだった。

 

 

 

 

「なんとも美味そうなものばかりだ……」

 

「ふわぁ……こんなん見た事ないわぁ」

 

 ヒナタに次いで、感嘆の息を漏らして感動しているのは、ツクヨミとモズメである。

 風の部族の村は砂漠に囲まれており、海鮮物には縁遠いため、ツクヨミは初めて目にした海の幸を前に、興奮気味。

 モズメも、小さな村の生まれであったため、山の幸には恵まれていても、海の幸は口にした事がなく、ツクヨミと同じく感動していた。

 しかし、自分がただの村娘という事が尾を引いてか、数々のご馳走を口にするのが恐れ多いらしく、箸を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込め、を繰り返している。

 

「あらあら、子どもが遠慮をするものではありませんよ」

 

 そんなモズメを見かねたユウギリが、モズメが何度も箸を伸ばしては食べたそうにしていた料理を、何種類か小皿に取り分けて彼女へと手渡した。

 渡されたモズメの方は、本当に食べてよいのかと心配になるのだが、ユウギリが優しく諭す。

 

「良いですか? あなただってイザナ公救出に一役買っているのです。私やエマさんと一緒に、暗夜兵相手に勇敢に闘っていたではないですか」

 

「で、でも、あたいは全然敵を倒せへんかったし……」

 

「それでも、です。あなたが敵兵を負傷させたおかげで、私達も簡単に倒せた敵が少なくとも存在していました。戦闘経験の少ない身で、あれだけ出来れば上出来ですよ。だから、あなたも貢献者として胸を張りなさい。自分を卑下する事はありません。もっと自信を持って、自分自身を誇りなさい」

 

 ユウギリの言葉は真実だ。彼女やエマ程ではないが、確かにモズメも武器を持って闘った。倒せはしなかったが、手傷を負わせる事は出来た。

 それだけでも、ただの村娘だったモズメには、十分な成果と言える。

 

 暖かな微笑みを向けられたモズメは、少し恥ずかしそうにではあるが、褒められた事を心底喜んでいた。

 何故ならば、その相手が戦闘に関しては容赦ないユウギリだからだ。戦闘狂である彼女は、こと戦闘においては少々うるさい節があるのだが、その彼女に戦闘に関してで褒められるという事は、たいへん誉れ高い事でもある。

 実際、白夜王国においても彼女から戦闘関連で褒められた事のある者は少なく、彼女に褒められる事が、一種の武者として一人前であるという証明とも言われていた程なのだ。

 まあ、それも当然の帰結かもしれないが。なにせ彼女はその数多くの武勲を立てた栄誉のみならず、女王直属の臣下でもあり、王城においても有数の有力者であるのだから。

 

 が、モズメがそこまで知っているかはまた別の話である。ただ単純に、戦闘狂のユウギリに褒められたのが嬉しかっただけの話なのだ。

 

「……ありがとうな、ユウギリさん。あたい、もうちょっとだけ自分に自信持ってみるわ。だって、あたいが信じたらんと、誰があたいを信じるんやって話やろ?」

 

「ええ。まずは自分を信じてあげなさい。そうすれば、自ずと自信もついてくるでしょう。では、早速自信をつけるためにも、この料理を食べてしまいましょうか」

 

 小さくガッツポーズをするモズメと、それを見て朗らかに頬を弛ませるユウギリ。知らない者から見れば、まるで親子のように見えるくらい穏やかな空間がそこにはあった。

 

「よっしゃ! ほんならバンバン食べるで! 遠慮したら食材にも悪いもんな」

 

「はい。その意気ですわ」

 

 モズメの初めてのご馳走への挑戦が、密やかに始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴もたけなわといった頃の事だった。ひっそりと王の間へと向かうアマテラス。アマテラスは宴の途中ではあったが、イザナから呼び出されたのだ。

 最初のゾーラの時も呼び出されたので、少し疑いたくなってしまうが、今回は一人ではない。ヒノカやアクア、そしてジョーカーも傍で控えている。

 

「やあ~、よく来てくれちゃったね~!」

 

 王の間に入ると、玉座に腰掛けるイザナの姿が目に映る。どうやら、ここには彼だけのようだ。

 

「イザナ公、用件をお伺いさせて頂いても?」

 

 宴の途中でわざわざ呼び出したのだ。何か、あまり人に聞かれたくない話でもあるのかもしれない。

 ヒノカ達が見守る中、アマテラス単刀直入に切り込んだ。

 

「うーん、それなんだけどさ~……用件を言う前に、僕の話を聞いてもらえるかな?」

 

 先程までの陽気さは成りを潜め、改まって真面目な顔になるイザナ。こうしていると、本当に神々しいとアマテラス達は思わされる。

 

「僕の一族は代々公王を務めていてね~。というのも、先祖が神祖竜の血を引いている……つまりキミ達白夜王国や暗夜王国の王族と同じなんだよね~」

 

「え……!?」

 

 アマテラスにしてみれば、それは衝撃的な事実だ。神祖竜の血を継ぐ者が、白夜と暗夜以外にも存在していた。竜脈という強大な力を、中立国であるイズモ公国の公王も扱える、だからこそ、中立国で有り続けられるのか……。

 そんな風に思った矢先、出鼻を挫かれる台詞が、再びイザナの口から出たのだった。

 

「とは言っても、キミ達程に血は濃くないから、竜脈は操れないんだよね~。いや~、キミ達ホントスゴイと思うよ~!」

 

「ええ~……。さっきの私の驚きを返して下さいよ……。というか、ヒノカ姉さんとアクアさんは、その事について知っていたんですか?」

 

 普段からクールで、アマテラスの前では決して取り乱さないジョーカーはまだしも、ヒノカやアクアもあまり驚いた素振りを見せなかった事に、疑問を抱いたアマテラス。

 そして彼女の問いに対し、2人は肯定を返す。

 

「ああ。イザナ公にお会いした事はなかったが、イズモの公王が神祖竜の血を引いている事は、神祖竜のおとぎ話としてよく父上や母上からも聞いていたからな」

 

「私は、幼い頃にミコト女王が寝物語として聞かせてくれたわね。まあ、竜脈が扱えないというのは初耳だったのだけど」

 

 自分だけが驚いていた事に恥ずかしさが込み上げてくるが、それを知ってか知らずか、イザナは話を続ける。

 

「で、なんでそんな話をしたかって言うとね、竜脈は使えないんだけど、占いや神託には一家言あるんだよね~! 有り体に言えば、僅かに残された竜の力ってヤツさ」

 

 占い……というと、ここに訪れた理由は、オロチによる占いの結果だったはずだ。少し思うところのあったアマテラスは、直球でイザナへと質問をぶつけた。

 

「では、用件とは……占い、もしくは神託に関してなのでしょうか」

 

「その通り! 実は最近、とある夢をよく見ててさ~。ズバリ! キミ達がここにやってくるって内容だったんだ」

 

 それはつまり、予知夢ではないか?

 もしかしたら、オロチの占いも、元を辿れば彼の見た夢が影響を与えた結果だったのかもしれない。

 詳しい事はアマテラスには分からないが、呪いや占いといった神秘絡みの事柄は、見えない部分で人が知り得ない何らかの繋がりがあるのだろう。

 

「暗夜兵に捕らえられて、それが正夢なんだと確信してね~。アマテラス、キミに会えたら何かが分かるって予感がしてたんだ。僕の予感は7割当たる!! からさ~!」

 

 あはは~、と陽気に笑ってみせるイザナ。彼の言葉通りなら、それこそが、自分達がここへとやってきた事の理由なのかもしれない。

 つまり、ゾーラによって捕らえられたイザナを助け出したのは、偶然に過ぎなかったのだ。たまたま、イザナの予知夢とオロチの占いに重なる形で、ゾーラの介入があったのだろう。

 

「それでさ、実はキミの顔を見た瞬間、ビビッと神託が降りて来たんだ~! キミ達の行く末を占ってあげろってね」

 

「……神祖竜からの神託が!?」

 

「そうそう! いやいや、これだけハッキリと頭に響いたのは初めてだったね~。という訳で、早速だけどパパッと占っちゃうから!」

 

 アマテラスが驚くのよそに、軽いノリで玉座から立ち上がった彼は、その裏から何やらゴソゴソと探し物を始める。

 何をしているのかと疑問に思いながらも、しばらく待っていると、「あったあった~!」と呑気に振り返るイザナ。その両手には、人の頭より一回り程小さい水晶玉が抱えられていた。

 見た感じ、占い用の水晶玉であろうか?

 

「これを台座に設置して、と……。じゃあ、行くよ~!」

 

 イザナはせっせと占いの準備を進め、待つこと数分、ようやく準備完了したようで、目を閉じてムムム、と水晶玉に手を翳す。

 

「……」

 

「……」

 

 その間、必然的に手持ち無沙汰となるアマテラス達。イザナの占いが終わるまではする事がなく、ただ待つしか出来ない。

 

「こうして暇を弄ぶのもなんだし、アマテラスには神祖竜について色々とレクチャーしてあげるわ」

 

「ええ!? いきなりなんですか、アクアさん!?」

 

 唐突に静寂を打ち破ったアクアの声に、名指しされたアマテラスは急に呼ばれたために返事が裏返る。

 

「アマテラスは世界の始まりと神祖竜について、あまり知らないみたいだから、この機に教えてあげようと思ったの。王族として、自らの起源については知っておくべきだし」

 

「うむ。それは私も賛成だ。己が何を祖とするか、知っておいて損はない。王族ならば知っていなくては恥をかく可能性もあるからな」

 

「良い機会です、アマテラス様。北の城塞ではガロン王の意向もあり、アマテラス様やスサノオ様は学びの機会が少なかったのですし、この機にアクア様からご教授されるのが良いかと」

 

 味方は居らず、むしろ他の2人はアクア側についてしまったので、助け舟は期待出来ないだろう。

 唯一の頼みの綱であるイザナも、さっきまでの勢いはどこへやら、一向に占いが終わる気配もなし。ここは潔く諦めるほかない。

 

「はあ…分かりました。せっかくですので、教えてもらう事にします」

 

「そう。じゃあ、少し長くなるけど、寝ないでね」

 

 

 

 

 

 

 ───昔、この世界は虚無だった。

 

 いや、正確には、混沌とした渦が存在しているのみ。生物という概念はなく、あらゆる存在意義が欠落した、混沌のうねりが永遠に続くだけ。

 

 しかしある時、そこにとある変化が起きた。渦を形成していたエネルギーが、長きに渡り渦巻く間に一カ所に凝縮され、異変が生じたのである。

 凝り固まったエネルギーはやがて、何度となく変化を重ねていき、一個の生命体として形成された。

 

 その生命体は、まず最初に混沌の渦を利用し、自身が降り立つ土台を形成した。次に、渦を制御して流れを自らのものにすると、それらを取り込んで、自身を膨張させた。

 それは、孤独から解放されるための手段だったのだ。自らに取り込んだエネルギーを胎内で別の形に練り直し、自分とは異なるまったく別の命として、先に作っておいた土台へと産み落としたのである。

 

 産み落とされたのは十二の命。それらは後に『神祖竜』と呼ばれる存在である。彼らを産み落とした母なるもの──後の世では、神祖竜を産みし原初の神、『真祖神竜』と呼ばれる存在は、我が子である十二の竜に深い愛情を注いだ。

 我が子らの為に、土台の上には食糧となる他の生命を作り出し、そして子ども達の奴隷として、“ヒト”を作り出した。ヒトは時に神祖竜達の手足となり、食事の用意や寝所たる神殿など、あらゆる礼儀の限りを尽くしたのである。

 

 時は流れ、やがて神祖竜達はある事に執心するようになる。満足のいく暮らしを続けるうち、内に秘めていた野心が成長を遂げていたのだ。

 もっと敬われたい、もっと楽をしたい、もっと力を示したい……。

 そんな欲が、彼らの心に滲み出し始めたのである。それには、他のきょうだい、そして母たる真祖神竜が邪魔となる。彼らの生みの親である真祖神竜は、自分達への多大な影響力と支配力を持つからだ。

 

 そして、その時だけ結託した竜達は、母を罠に陥れ、永劫の封印に掛ける。その時になって原初の神はようやく気付いた。自身の分身としてではなく、一個の命として生み出したが故の離反だったのだと。

 故に、己の力を誇示したいという欲を抱いてしまった……と。

 

 母を封印した竜はみな野心にあふれ……今度は世界の覇権をめぐってきょうだい同士で争った……。

 その過程で、竜は自らの力をヒトに与え、時に血を注いだ事により、竜の血を継ぐ人間が現れたとされている。

 皮肉にも、自分達の為に母が作ったヒトを、自分達の世話をさせるのではなく、自分達の武器として使ったのである───

 

 

 

 

 

「───それが、私達王族という存在の成り立ちだとされているのよ」

 

 時間にして20分。この世界の誕生についての伝説を語ったアクア。その彼女の語りを静かに、アマテラスは心も耳もしっかりと傾けて聞いていた。

 

「私達の、起源……」

 

「ええ。でも、所詮は伝説。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかは誰にも分からない。当事者である竜がまだ存在しているなら話は別だけど、竜は遥か昔に滅んだか、肉体を捨てて精霊になったと言われているから、確かめようもないわ」

 

 伝説とは、そのほとんどが人間が作り出した物語だ。こうあってほしい、こうあったに違いない、と自分達で勝手に想像し、捏造する事で、如何にも神秘に溢れた存在は実在したのだと思い込ませる、ある種の自己暗示。

 だけど、全ての伝説が作り話かというと、それもまた違う。真実のみを語る伝説が本当にあるからこそ、どの伝説が本物で、偽物なのかを判断するのが難しいのだ。

 それこそ、真実かどうかを知るのは、それを経験した者か、直接見聞きした者に他ならないだろう。

 

「うーん、神祖竜に関しては、実際キミ達が竜脈を使えてる訳だし、まだ真実味があるよね~。かく言う僕だってその末裔なんだし」

 

 と、そこに割って入るのはイザナ公。玉座で暇そうにしていた彼は、アクア達の会話に乱入してきたのである。

 

「いえ、占いが終わっていたのなら声を掛けて下されば良かったのに」

 

 イザナの突然の乱入に、少し呆れ気味で返すアマテラス。少しずつ、この公王のクセが分かってきていた。

 

「え~? だって真剣に語ってからさ~。途中で止めるのもどうかと思っちゃってね~!」

 

 悪びれる様子もなく、見た目に似合わぬ快活な笑い声に、アマテラスはもはや動じない。最初のインパクトが強すぎて、既に驚く程の衝撃もさっぱり失せていたのである。

 

「ま、伝説は伝説。今を生きるキミ達に必要なのは、さっき出た占いの結果だよね~!」

 

「……!」

 

 いよいよ、イズモにまでやってきた理由、イザナの占いの結果が分かろうとしている。

 自ずと気が引き締まるアマテラス。キュッと手を握り締め、静かに聞く姿勢へと移行する。

 

 それを見て、イザナはニコリと穏やかな笑みを浮かべると、その占いの結果を口にした。

 

「占いで見えた言葉は二つ! それじゃ言っちゃうよ~!

 

 

 

 

『結ぶ血裔 亡骸 埋もれ狂い果てて』。そして───

 

 

 

 

 

 “光は闇に堕ち、闇は光となる。真実と理想を追う者達よ。決して油断だけはしない事だ。ゆめゆめ、それを忘れるなかれ”───ってね」

 

 










 
〈語られざる記録〉

 とある朽ち果てた王城にて。そこは生き物の気配はまるで感じ取れず、静寂に支配されていた。
 壁や床は崩れ、所々が風化した廃墟。かつての神聖さはもはや見る影もない。

 そこへ、足を踏み入れる影が一つ。
 その影は淀みなく歩を進め、かつてこの国の王が座っていたであろう玉座へと、グングンと歩いていく。

 そして、玉座の前に辿り着いた所で、ピタリとその動きは止まった。

「我らが王よ……。先日、黒竜砦へと派遣した臣下が帰還した。次の手は如何とするか?」

 影の主……外套を纏った男の声が、虚空に響く。しかし、その声に返す者が居た。

『──しばし時を待つ。当分の間、我は力を蓄える為に眠るとしよう。貴様は進行中である計画を指揮するのだ』

「計画……と言うと、ミューズ公国での企ての事であるか? 承った。アレはあやつに任せているが、機を見て適宜、指示を出すとしよう」

 おぞましい程に低く、腹の底まで響くような声音を受けてなお、外套の男は一切怯む様子もない。
 そして、用件の伝達も済んだ男は、さっさと去って行った。
 残されたのは、姿の見えない“王”のみ。愉悦に浸った笑い声を上げながら、彼は一人、誰にも向けていない言葉を漏らすのだった。

『くく……楽しみも見つけたのだ。まだ芽生えも小さく、夢の中ではあるが、せっかくの種子だ。せいぜい面白く、有効に使ってやるとも』

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