ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
夜刀神を突き付けられたゾーラは、もはや為す術もなく、青ざめた顔で魔道書を手放した。
アマテラスはゾーラの動きに警戒しながら、床に落ちた魔道書を馬神の円陣に向けて蹴り飛ばす。魔道書はクルクルと床を回転しながら、勢いよく炎馬の円陣へとスライドし、触れたと同時に、瞬く間に燃え上がっていった。
これで、ゾーラは簡易的な攻撃魔法を即座には使用出来ない。かといって、魔法自体は使えてもアマテラスがそれを許すはずもなく、完全にゾーラはアマテラスに従う他なくなったのである。
「……終わりだぁ。終わりだぁぁぁ~~!!!! 私はもう死ぬしかないんだぁぁ!!」
目に涙を浮かべて、情けなく叫び声を上げるゾーラ。その様子に、アマテラスは同情せざるを得ない。
たとえアマテラスがここでゾーラを逃がし、無事に暗夜王国に逃げ帰られたとしても、ガロン王は躊躇せずに彼を処刑するだろう。任務に失敗した彼は、王族のように特別扱いを受ける事はない。
待っているのは、誇り高き暗夜の名誉を傷つけた存在としての死刑のみ。任務の失敗とはつまり、暗夜王国の誇りを汚す事に等しいのだ。
それが、ガロン王の方針であり、統治であり、王政である。故に、失敗は許されない。許してはいけない。許す事などあって良いはずがない。
アマテラスは知る由もないが、今までそうやって、幾人もの暗夜王国の臣民は殺されてきた。ゾーラも例に漏れず、処断を逃れる事は出来ない。
唯一、彼がそれから逃れる道があるとするなら、それは暗夜王国を捨てて路傍をさまよう他にない。
そして、故郷を捨てる事の痛みを、アマテラスは嫌というほどに知っている。生まれた国ではなくとも、自身のこれまで育った国を、長い時間を共に過ごし大好きだった家族を、アマテラスは選ばなかった。
その胸を裂くような、言い知れぬ痛みを、アマテラスは知っていたのだ。
しかし、亡命が簡単ではない事は明白でもあった。イズモ公国を陥れただけでなく、その公王たるイザナを監禁し、あまつさえ公王になりすまして、白夜の王族達を罠に掛けたゾーラ。
イズモ公国の民と、白夜の仲間達が彼を許すとも思えない。どちらにしても敗北した彼に待つのは、過酷な運命のみなのだ。
「………」
アマテラスとて、彼を許そうなどとは思っていない。ゾーラは卑劣で、卑怯な策を講じた、敵でしかない存在。罪無き人々を巻き込んだ悪党。許す道理があるはずもない。
だが、待ち受ける未来が死しかないのは、あまりに哀れ過ぎる事には違いない。悪党と言えども、一方的に残酷な運命を押し付けるには、アマテラスは優しすぎたのだ。
「助けて……助けてぇぇ……!!!」
「………、」
必死に手を合わせて、祈るように、縋るように命乞いをする惨めなその姿は、アマテラスの目にはどう映っただろう。
いや、それを問うのは愚問かもしれない。彼女の人となりを知っているのなら、もう分かったはずだ。
彼女が、どんな決断をするのかという事が───。
やがて、アマテラス達を囲んでいた炎馬の円陣は、その勢いを収束させていった。アマテラスが周囲を軽く確認すれば、それぞれ倒れ伏す重騎士と邪術士の前で、ツクヨミとセツナが座り込んでおり、ツクヨミは一息つくように汗を拭っていた。
無理もない、式神を常時出し続けていた上に、戦闘もこなしていたのだから、その疲労の深さは計り知れないだろう。
また、そんな彼とは対照的に、セツナは後ろに手をつき、足を投げ出す形でぼけーっと座っており、思い切り寛ぎスタイルであった。
疲労困憊のツクヨミと、頭空っぽのセツナ。その両者の疲れ具合の差は、火を見るより明らかである。
「どうやら、そちらも片付いたようだな。やれやれ、式神の展開持続には、流石の私も疲れたものよ……」
円陣が消え、中のアマテラス達も決着がついた事を確認すると、顔に疲れを滲ませてツクヨミは顔を伏せる。
いつもの威勢もどこへやら。それだけ、疲れているという何よりの証拠なのだろう。
「アマテラス様……私、頑張って敵を屠った。褒めて……」
とても戦場に身を置いているとは思えない、のほほんとした口調に、アマテラスは気が弛みそうになるのをグッと堪える。
今、ゾーラから注意を逸らしてしまえば、ヤケを起こした彼が何をするか分かったものではないから。そうなった時に、すぐに対応出来なくては、目も当てられない。
「馬鹿者が。まだ戦闘の全てが終了した訳ではなかろう。そういう子どもじみた要求は、この戦闘が終わってからにするがいい」
セツナの催促を、ツクヨミが大人びた言葉で窘める。いや、確かに彼の指摘は正しいのだが、如何せん、子どもの彼がそれを口にするのは、背伸びした子どもにしか見えないのは、決してアマテラスの気のせいではない。
「あはは……。そうですね、まずはこの戦闘を終結へと導きましょう。ゾーラさん」
「ヒィッ!!?」
突然声を掛けられ、ゾーラは飛び上がる勢いで、怯えた目をアマテラスに向ける。もはや顔面蒼白の彼は、むしろ既に死んでいるのではないかとさえ思わせる。
「この闘い、軍を率いるあなたを倒した時点で、私達の勝利です。さあ、敗北の宣言を。それで、全てが終わります」
戦というのは、普通は将を落とせばそこで終わりを迎える。残党駆逐などは、言ってしまえば単なる事後処理の延長線でしかないのだ。
稀に、将を討ち取ったとしても闘いを続ける事があるが、それこそ稀なのだ。そう、当に死に物狂いで、後先を考えない特攻精神。そういった心持ちでもなければ、まず無い事象である。
「……分かりました、分かりましたから! どうか、命だけはぁぁぁ……!!!」
軍に身を置く人間としての尊厳さえ捨て去った、その哀れな姿。どこまでも醜く、生き汚いその様。
極限状態に追い込まれたゾーラの本性が、如実に浮き彫りとなっている。
「……」
彼の命乞いを承認するには、この国、そして仲間達を説得する必要があるだろう。そしてそれは、とてつもなく難しい事であるのは疑いようもない。
罠に嵌められ、更には命さえ奪おうとしてきた相手を許せる人間など、そうそう居ないのだから。
静かにツクヨミとセツナが見守る中で、アマテラスはじっとゾーラの顔を見つめる。
周りはまだ喧騒の真っ只中だというのに、この空間だけが静寂に支配されているような、不気味な感覚。あまりの重圧に、座っていたゾーラはへなへなと床に頭を伏せてしまう。
彼のような気の弱い性格で、耐えきれるはずもなかったのだ。
「……あなたの処遇は、私が決めます。命は奪わない……約束しましょう。だから、敗北の宣言を」
静かに、アマテラスは簡潔に言葉を紡いだ。ゾーラの命は奪わない。どれだけ困難であろうと、戦意喪失し助けを乞う相手を一方的に殺すのは、何か違う気がするから。
それをしてしまえば、ガロン王と何も変わらないと思ったから。
だから、ゾーラを殺さない。アマテラスはそう決めたのである。
アマテラスの答えに、ツクヨミはやれやれといった具合に、軽く息をつき、セツナは──相変わらずぼんやりしたように、何も分かっていない顔で天井を眺めていた。
そして、喜色満面の笑みを浮かべ、命が助かったという事に目から感涙の涙を溢れさせるゾーラ。
彼に手を差し伸べようと、アマテラスは手を差しだし───
「それは無理な話だよ、アマテラス姉さん」
瞬間、ゾーラの体が、アマテラスの目の前で、上空へと舞い上がっていた。
「………え」
突然の出来事に、アマテラスの思考がほんのわずかな間だけ停止する。
何が起きたのか、何故ゾーラは宙へと吹き飛ばされているのか、何が彼を空へと打ち出したのか。
そして何より、今の声は───。
「やあ、久しぶりだね。アマテラス姉さん」
アマテラスのはるか後方、そこから聞こえてくる、知っている男の声。
何度も聞いた、その声。
懐かしさすら覚える、その声の持ち主の名は……。
「レオン…さん……?」
呆けたように、アマテラスは弟の方へと視線を向けて固まっていた。
振り返った先に、暗夜王国に残してきた弟の姿が、今目の前にあるのだから、驚いても仕方ない。しかも、こんな暗夜からですら遠く離れた場所に、だ。
しばし固まってしまっていたアマテラスだが、どしゃあ、というゾーラが床に落下した音によって、ふと我に戻る。
気付けば、既にツクヨミとセツナもアマテラスの両隣で得物を手に、突如現れた敵への警戒態勢へと入っていた。
「何者だ……?」
「暗夜王国…第二王子レオン……」
ツクヨミの問いに答えるは、セツナ。いつものぬらりとした空気は成りを潜め、その眼光は鋭く敵へと向けて光っている。弓に矢をつがえて、いつでも射出可能な状態だ。
「いや、その紹介は間違いだ。僕は暗夜王国の第
弓で狙われているというのに、レオンはどうという事もないと言わんばかりに、余裕を崩さない。それどころか、余裕の笑みでさえ浮かべている。
いきなりのレオンの登場に、アマテラスは嬉しさと悲しさが入り混じったような複雑な感情を抱くが、油断だけはしないように気を張っていた。
彼はアマテラスの魔法の師でもあるのだ。そして、剣術訓練も見学していた事が何度もある。
だからこそ、レオンは暗夜のきょうだい達の中で、誰よりもアマテラスの手札を知っている。手の内が読めている。
最も警戒が必要な存在、それがアマテラスにとってレオンなのだ。
「レオンさん、何故ここに…?」
「ふーん……そんな事も分からないのか。ちょっと僕から離れている間に、勉強をサボったのかな、姉さん?」
アマテラスの問いかけに対し、レオンは小馬鹿にした態度を取り、呆れるように溜め息を吐く。少し失望した…とでも言いたいのだろうか。
「仕方ないから、答えを教えてあげるよ。簡単な話さ。そこのゾーラは勝手に作戦を実行し、独自の目的の為に軍を動かした。しかも、挙げ句の果てに失敗とまで来たんだ。暗夜の誇りを汚した罪を、償わせないとね」
冷酷に、冷血に、冷徹に。レオンは淡々とそれを語った。ゾーラを処刑する為に、ここに自分は来たのだと。
ありのままの事実、それゆえに慈悲も情けもない言葉に、アマテラスは知らずのうちに口の端を噛み締めていた。
「だからといって、殺す必要はないはずです! 彼は戦意を失っていました。闘う意思の無い者を、一方的に殺すなんて、あって良いはずがありません!!」
「だったら何? ゾーラを見逃せと? それこそ有り得ないよ。ソイツは暗夜の恥曝しだ。見過ごす訳にはいかない。暗夜の誇りに懸けてもね」
処刑が当然の措置だと信じて疑わないレオン。ここまで頑なに言い張る以上、レオンを説得など出来る訳がない。
だが、だとしても弟と闘いたいはずもない。
「ゾーラさんの処分は私が決めます! だからレオンさん、ここは退いて下さい! 私は、あなたと闘いたくはないのです!!」
「ハア? 何だい、まさか姉さんは僕に勝てるとでも思っているのか? だとしたら、僕も甘く見られたものだ。あなたの師が誰であったのか、もう忘れてしまったのかな……!?」
「ッ!?」
気付いた時には既に遅い。瞬きの刹那程の一瞬のうち、レオンは即座に魔法を放ってみせた。
暗夜王国が所有する神器が一つ、『ブリュンヒルデ』。
生命や重力を操るとされるその魔道書を彼が開いた瞬間に、既に魔法は発動していた。神速とでも言うべきその早業は、アマテラスが知る頃のレオンよりも遥かに上回っていた。
「くあぁっ!?」
「きゃっ…!?」
「かふっ…!!」
並んで立つ3人の真下から、ズズッと凄まじい勢いで飛び出した樹木は、先程のゾーラまでとはいかないが、宙へと3人を打ち上げる。
「そうら!!」
しかし、それだけには止まらない。打ち上げられたアマテラス達を、今度は重力を用いてそれぞれ別々の方向に飛ばしたのである。ツクヨミ、セツナはそれぞれアマテラスからは左右に吹き飛ばされ、アマテラスは真下へと床に向けて打ち付けられる。
「あぐ……かはっ……」
胸を強く打たれ、呼吸困難に陥ったアマテラスは、必死に空気を取り込もうと息を吸う。だが、息を吸うという行為自体に苦痛が伴い、軽いパニック状態となっていた。
そんな姉の姿を、見下したような目つきで見つめるレオン。今の攻撃は、彼にしてみればたいした事のないものだ。単に目標3人を引き離すと同時に、1人を戦闘不能に追い込んだだけの事。
ただし、相手は王族と王族臣下、優れた才覚を持つ呪術師という、並の兵では苦戦を強いられる事は必至の3人だったのだが。
そんな3人を、一瞬で、それも同時に倒したのだから、レオンの力がどれほどのものかは、嫌でも理解出来ただろう。
「軽く本気を出しただけでコレだ。僕も大人気ないな…」
「…レオン、さん…」
ひゅー、ひゅー、と苦しくも過呼吸を必死に堪え、倒れたままレオンに視線を送るアマテラス。だが、レオンはアマテラスの隣をスーッと通り抜けると、倒れたまま動かないゾーラの元へと歩いていってしまう。
「……まだ死んでないか」
レオンはゾーラの首筋に手を触れ、まだ脈がある事を確認する。ゾーラは生きていたが、もはやここまで。レオンがすぐ傍に居るこの状況で、ゾーラを助ける者は傍には居ない。
「聞こえるか、オーディン! ゾーラを連れて行け! 僕らはこれより退却する!!」
入り口へと向けて、レオンが声を張り上げる。すると、そこから間もなく中に入ってきたのは、邪術士の衣装を身に纏った若い男。
「え~、俺が担ぐんですか!? というか、ここで処刑しないんですね? いや、まあ命令なら従いますけど。でも、どうせなら
「つべこべ言ってないで、早くしなよ。さっさと撤退して、僕らもスサノオ兄さん達に合流しなきゃならないんだし」
「! スサノオ、兄さん……!?」
レオンの口から出た、最も大切な兄の名前に、アマテラスはどうにかレオンを引き留めようともがくが、無情にも彼は待ってはくれない。
が、ピタリとアマテラスのすぐ隣で立ち止まると、レオンはアマテラスが望んだであろう事を口にした。
「そうさ。スサノオ兄さんは今、父上から任務を受けている。一つは教えられないけど、これは教えてあげてもいいかな。スサノオ兄さんが言い付けられた任務の一つに、アマテラス姉さん、貴方を捕らえるというものがあるんだ。だから、ここでは僕が貴方を捕まえる事はしない。だって、スサノオ兄さんが為さねば意味がないからね」
「……!!」
それは、アマテラスにとっては覚悟していた内容ではあったが、やはり改めて聞かされると、心に重くのしかかるものがある。
スサノオがアマテラスを連れ戻す任務を受けたという事は、ほぼ確実に遠からず、再びスサノオと闘わなくてはならないという事だ。
最後に闘った、あの時。あれは、たまたまによるところが大きい。まだ、竜の力を互いに深く理解出来ていなかったが故に、運良くアマテラスの機転が上手く行っただけに過ぎない。
だとすれば、今度会った時は、おそらくもっとスサノオは強くなっているだろうが、次こそアマテラスは負けるかもしれない。
そのための、この遠征だ。ならば、それまでに虹の賢者から力を得ねばならない。
「それじゃあね、姉さん。今度会う時には、せめて僕と対等に闘えるレベルには仕上げておいておくれよ?」
不敵に笑みを浮かべ、レオンはさっさと去っていく。ゾーラも既に、レオンの臣下らしき男に担がれて姿はもう見えない。
「くっ……そん、な……」
後に残されたのは、連れて行かれるゾーラを、ただ見ているだけしか出来ず、自身の無力感を嫌というくらい思い知らされたアマテラス。そして、
「ぐぅ…あれが、王族の力か……」
「痛い……もう帰って寝たい」
同じく無力感を植え付けられたツクヨミとセツナのみ。
ゾーラとの闘いには勝利したものの、突如現れたレオン1人に惨敗を喫したのだった。
「くそ……なんだ、あの女は!?」
王の間への入り口を前に、苦戦を強いられているのは、白夜の第一王女ヒノカだ。
そして、その彼女の鋭い視線の先には、重厚な鎧を身に纏った1人の女重騎士が。
「掛かってくるがいい、白夜の
いきなり乱入してきた彼女は、瞬く間にカザハナやヒナタといった剣士達を薙ぎ倒し、気付けば王の間入り口を陣取る形で、ヒノカ達へと立ちはだかっていたのである。
「これはキツいですねー……」
負傷したカザハナとヒナタを、後方の治療部隊であるサクラ、そしてそのサポートをするジョーカーの元まで運び終え戻ってきたツバキだったが、果たして戻ってきたところで勝ち目があるのか。
現在、この場で闘える近接兵と言えば、ヒノカ、ツバキ、オボロ、サイラス。そして遠距離攻撃要員としてはタクミ、オロチと、戦力的には十分な数だが、それでも女重騎士には届かない。
圧倒的。そう言うに相応しい実力を、彼女は有していたのだ。
「ツバキ、2人の容態は?」
「ひとまず安心ってところですねー。けっこう深手でしたが、命に別状はないそうです。でも、問題はこっちなんですけどねー……」
守りの堅い重騎士相手に、決定打に欠けるのが現状。唯一、可能性が有るとすれば、それはタクミだ。神器である風神弓ならば、あるいは───。
だが、それでも勝てないからこそ、苦戦を強いられていたのである。
「なんじゃ、あの鎧女!? わらわの呪術がまるで効かん!! ええい、一体どんな妖術を使っておるのじゃ!?」
オロチが若干の錯乱気味で怒鳴り散らすが、それも無理もない。本来、鎧など呪術を前に何の障害にもならないのだが、何故か、彼女にはそれが通用しないのだ。
原理が分からず、攻撃がまるで通じない事に、オロチのイラつきはどんどん蓄積されていくばかり。
「どうすんだよ!? この女もそうだけど、さっき王の間に入って行ったのってレオン王子だろ!? このままじゃ……!!」
タクミはイラつきだけでなく、焦りも募らせていた。彼女の登場から少しして、突然現れたレオン王子。彼はここを彼女と彼自身の臣下に任せると、自分は中に消えていった。
もしかすると、中のアマテラス達が危険な状態かもしれないのに、自分達は助太刀にすら行く事が許されない歯がゆさ。力不足故の不甲斐なさに、彼ら全員が苛まれていたのだ。
そんな中、ただ1人だけ、分厚い鎧を纏った彼女を前にして、強張った表情で武器を構えていたのが、サイラスだった。
「ハア…ハア……、ん? 何よ、戦闘に集中!」
彼の異変に気付いたオボロが喝を入れるが、まるで効果は見られない。それを不審に思ったオボロであったが、その理由はすぐに明らかとなる。
「……絶対に勝とうなんて思っちゃいけないんだ。今の俺達が束になっても敵う相手じゃない、あの人は。だって、だってあの人は───」
顔を青くし、決して自分からは仕掛けようとしないサイラス。戦士からして見れば、彼のその振る舞いは褒められたものではない。
しかし、彼は知っていた。彼だからこそ、この中で知り得ていた。自分達の絶望的な状況を。
「ったく…! せめて隙さえ見出せれば……」
魔王顔のままに、何か策はないものかと思案するオボロだが、まるでそれらしき隙が見つからない。
完全無欠というに相応しい構えは、やはり彼女の強さを物語っている。佇まいすら一流のそれ。ただの暴力的なまでの強さだけではない、型に嵌まった、武道における真の強さ。
彼女は武の極みを体現しているのではないかとさえ思わせる。
そして、その当の本人はと言えば、
「何だ。つまらぬな……。せめて私に一太刀入れる事も出来ぬのか」
白けた顔で、溜め息を零していた。
「白夜の王族とその臣下と闘えるからと、わざわざここまで出向いたというのに……。これならば、先程の小娘2人の方がまだやった方よ」
「2人…だと?」
その言葉に、ヒノカが眉間にシワを寄せて、女重騎士を睨み付ける。それが当てはまるとするなら、その2人とは───。
「リンカとフェリシア……だったか? あやつらは中々に骨のある戦士だった。楽しい闘いを興じさせてもらったぞ」
「!!? なんだと……!!」
リンカとフェリシア。この女重騎士がここに居るという事は、2人は彼女に敗北したに他ならない。
「ツバキ、急ぎ2人を見つけてサクラの所に連れて行け!!」
「了解です!!」
ヒノカの命令に、ツバキが天馬で駆けてその場を離脱する。
「生きていてくれよ……」
「他人の心配をしている場合か? 貴様等、もっと死ぬ気で掛かってこい。私は飽きる闘いを何より嫌う。私が飽きれば、その時点で貴様等を皆殺しにするぞ」
「おのれ、暗夜の者め……!!」
その上からの物言いに、オボロは敵意を剥き出しに薙刀を構える──が、やはり構えるしか出来ない。
無闇やたらと攻撃したとて、逆にこちらが危険なだけだ。
「とは言っても、だ。そろそろレオン様の方も片が付いた頃合い。もっと楽しみたかったが、退き際といったところか」
「逃げるのか!!」
「いやさ、それは聞き捨てならん。やろうと思えば、私はいつでも貴様等を殺せる。だが、それでは面白くなかろう? なんせ、貴様等にはまだ伸びしろがある。最高まで育った貴様等を倒す事、それを今刈り取ってしまうのは惜しいに過ぎる。楽しみは後に取っておく、というやつよ」
言うや、女は槍を木板に突き刺すと、鎧の隙間から中に手を突っ込み、何かを取り出した。
それは古ぼけた一冊の魔道書。重騎士が扱うはずもない、魔道師の武器。それを、何故彼女は取り出したのか。
答えは無慈悲にも、あまりに簡単なものだった。
「そら、我が力の一端、見るがいい。『ギンヌンガガプ』!!」
それはまるで宇宙のようだった。小さな宇宙のようなエネルギー体を象ったそれは、収縮するや、爆発的に拡散し、周囲を巻き込みながら破壊を撒き散らした。
それはヒノカ達も例外ではなく、否応無しに彼女らも爆発に飲み込まれたのである。
「……ぁ」
それは誰のものだっただろう。か細い、絞り出したかのようなその声は、死屍累々としたこの惨状の全てを物語っている。
結論から言おう。女重騎士が放った魔法は、城の造りすらも破壊してヒノカ達を吹き飛ばした。炎ではない、単なる魔力による奔流は、下手をすれば炎よりも威力を持つものとなる。
直撃を受け、全員が散り散りに倒れ伏していた。魔力に高い抵抗力を持つオロチでさえ、瀕死とまではいかないが、立ち上がる事さえも出来ない状態だ。
ならば、対魔力の低い他のメンバーはどうか、容易に想像がつくだろう。
「ふむ…これは、ちとやり過ぎたか?」
この惨状を生み出した本人は、あれだけの魔法を近くで自分も受けていたはずなのに、傷一つ無くケロリとしていた。
それもそのはず。彼女は暗夜をしてこう呼ばれているのだ───暗夜の誇る将軍が1人、『城塞』のスカアハ。
サイラスが言おうとして、口に出来なかったその名前。そして、それに続くはずであった言葉とは───。
マークスに次いで暗夜最強の重騎士、スカアハ。
ジェネラルにして魔道をも扱う魔道重騎士、彼女こそは暗夜唯一の『ジェネラルマージ』である。
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」
※ここからは台本形式でお送りします。
キヌ「やあやあやあ! ついに白夜でも出て来たよ! 敵専用のおりじなる兵種!」
カムイ「ルナティック+並みの鬼畜難易度を目指す作者だけど、この敵専用兵種に関してはかなりエグい設定だね」
キヌ「じゃ、簡単に、超簡単にまとめておくよ!」
○スカアハ
暗夜王国の将軍の一人で、唯一の女将軍。
ユウギリとは違ったベクトルの戦闘狂で、ユウギリが敵を殺す事に快感を覚えているなら、彼女は強者との闘いにのみ興奮を覚える。生粋の武の心酔者である。
兵種は『ジェネラルマージ』。彼女の専用兵種となっている。
ジェネラルマージ…魔道を身に付けた重騎士。分厚い鎧を纏い、その下には自らの魔力で編まれた鎧と、二重で装備している。剣・槍・斧を極め、魔道にも精通したエリート騎士。
キヌ「うーん、とりあえずこんなトコかな?」
カムイ「能力値やスキルに関しては、またの機会に…だね。ちなみに、すごく有り得ないステータスとだけは言っておくよ」
キヌ「えっとね、今回は前々から考えてた作者自身のおりじなる兵種だったけど、頂いたおりじなる兵種の案は使おうと思ってるよ。多分、そのうち使わせてもらう事になるかな」
カムイ「なので、その時までお楽しみに!」
キヌ「あ、あとガルーを使ったノスフェラトゥはまだぷろと?たいぷ?だから兵種はノスフェラトゥだよ。そっちもそのうち固定されるかもね」
カムイ「それでは、次回もよろしくお願いします!」