ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第4話 旅立ちの日

 

「ああ……、たくましくなったのね。流石は私のアマテラス。お姉ちゃん、うっとりしちゃったわ」

 

「むぎゅぎゅ……!」

 

 カミラの熱烈な抱擁に、アマテラスは完全に口を塞がれた状態となり、辛うじて鼻で呼吸が出来ているといった状態になっていた。

 

「カミラ、アマテラスを溺愛をするのは構わんが、それではアマテラスが苦しいのではないか?」

 

 マークスは呆れたように、腕を組んでカミラに注意した。アマテラスの頭を撫でていたその手は、乱入してきたカミラによって行き場を失ったために、結果的に腕は組まれたのである。

 

「あら? 私ったらアマテラスの可愛さのあまり、つい夢中になってしまっていたわ」

 

 兄からの注意により、ようやくアマテラスを自分の胸から解放するカミラ。そこへ、訓練を見物していた残りのきょうだい達がやってくる。

 

「おねえちゃーん!!」

 

 猪突猛進でアマテラスへと飛びつくエリーゼを、アマテラスは慌てて受け止める。勢い余って、その場で一回転する程だ。

 

「もう、危ないですよ? 本当にエリーゼさんは甘えん坊なんですから」

 

 アマテラスは優しくエリーゼに注意するが、エリーゼは抱きついたまま、

 

「だってだってー! カミラおねえちゃんだけ抜け駆けしてズルいと思ったんだもん!」

 

 すりすりと、頭をアマテラスの腕に甘えるようにこすりつけながら言うエリーゼに、強く言えない自分も大概甘やかしだと感じるアマテラスであった。

 

「さて、これでようやく俺達はここから出ても良くなった訳だな」

 

「それにしても、ヒヤヒヤさせられたよね。まあ、結果的に認められて良かったんじゃない?」

 

「スサノオ兄さん、レオンさん……」

 

 エリーゼに遅れてやってきた2人の兄弟。そして、アマテラスはある事に気が付く。

 

「レオンさん、先程は魔道書を頂き、ありがとうございました。それと、その……。今気が付いたのですが、法衣が裏返ってますよ」

 

「……え」

 

 言われて、レオンはすぐに確認するが、確かに着ていた法衣は裏返っていた。すると、慌てるように隣にいたスサノオへと詰め寄る。

 

「スサノオ兄さん! どうして教えてくれなかったのさ!?」

 

「え? いや、えっと、最近の流行りなのかと思って、触れなかったんだけど……。外の流行りなんて分からないし、俺」

 

「くうぅ……!」

 

 次に、バッとカミラ達へと振り向いたレオンだったが、

 

「ごめんなさい。私も、オシャレのつもりなのかと思って……」

 

「それって普通に着間違えただけだったんだね? あたしもオシャレしてるんだと思ったよー!」

 

 あっけカランと言い放つエリーゼの悪意無き言葉は、レオンへのとどめの一撃となった。

 

「どこの世界にそんな流行りが存在するって言うんだよ!!」

 

 そう叫んで、レオンは塔の入り口へ向けて走り出した。どうやら、そこで裏返った法衣を着直すようだ。

 

「レオンは賢いが、たまに抜けているからな。さて、お前達は見事に私から認められた訳だが」

 

 マークスの言葉に、スサノオとアマテラスは立ちずまいをキチンと正す。

 

「試練を乗り越えたお前達に、父上からお言葉を預かっている」

 

「父上から……?」

 

「……お父様が?」

 

 突然の兄からの告白に、驚きと疑問を隠せない2人だったが、気にせずマークスは続ける。

 

「お前達が私を認めさせた場合は、『クラーケンシュタイン城』まで来るように、との事だ」

 

 『クラーケンシュタイン城』。暗夜王国の王都にして王城である、暗夜最大の城だ。そこに、暗夜王はスサノオとアマテラスを呼び寄せているのである。

 

「早速お父様からの呼び出しなんて、滅多にある事じゃないのよ? 流石は私のスサノオとアマテラスね」

 

 と、2人まとめて抱き寄せるカミラ。スサノオは先程のアマテラスのようになり、アマテラスは再び身動きを封じられるのだった。

 

「はあ…。カミラ、程々にしておけ」

 

「やったよー! これからはスサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんにもっと自由に会えるんだね!!」

 

 マークスが隣で姉を(たしな)めるにも関わらず、エリーゼはカミラに抱きしめられて身動きの取れない2人の背中に勢いよく抱きついた。

 

 

「僕が法衣を着直してる間に何があったんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 城塞を出るためにマークス達とは一旦分かれ、俺とアマテラスはそれぞれ仕度を整える為に部屋に戻っていた。

 

「これで俺達も晴れて自由の身、か……」

 

 必要なものをあらかた揃えた俺は、今まで自分が過ごしていた空間を眺めながら、哀愁を漂わせるように呟いた。

 

「スサノオ様、感傷に(ひた)るのは分かりますが、これでこの北の城塞から完全に去る訳ではないのですから、そこまで深く考えなくとも……」

 

「分かってるよ、ジョーカー。ここはこの先何があろうと、俺達の家である事に変わりはない。ただ、やっと長年の夢が叶うと思うと、やっぱり胸に来るものがあるからさ」

 

 ジョーカーは俺達の執事だが、基本的に俺に付いてくれている。といっても、俺とアマテラスがそれぞれの私室にいる時の話だが。着替えなどの用意は、男の俺はジョーカーが、女のアマテラスはフローラ、フェリシア姉妹の方が何かと都合が良いからだ。

 

「さて、俺は先に(うまや)に行くとするか。アマテラスは女だからな。何かと用意に時間が掛かるだろうし」

 

「かしこまりました。では、私はアマテラス様にその旨を伝えに行って参ります」

 

「俺もこの部屋をあと少し眺めたら出るから、お前は先に行っていてくれ」

 

「はい。それでは、」

 

 失礼します、とこちらに一礼して、音を立てずにジョーカーは部屋から退出していった。

 

 静かになったこの部屋で、俺は1人呟いた。

 

「……なあ、見てるか? 俺はここで、『この世界』で懸命に生きてる。これからも、必死に『この世界』を生きていく。だからお前も……、きっとどこかで生きてるお前も、頑張れよ」

 

 もはや名前も思い出せないけれど、所詮は夢の出来事だけれど。

 何故か他人事とは思えなかった夢の人物に、届くはずもないエールを送った。 

 

 

 

 ただ、この時はまだ知らなかった。この夢が、俺を苦しめる事になるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオ兄さんが既に仕度を終えた事を知り、フローラの私へのお化粧スピードが割り増しになる。別にお化粧などしなくていい、と断ったのだが、

 

「いけません。仮にも王族のあなたが、化粧もせずに王への謁見に臨むなど、王城の家臣達の良い笑い物にされるだけです。私達従者がバカにされるだけならまだしも、主であるあなたに恥をかかせては、末代までの失態ですので」

 

 有無を言わさぬフローラの迫力に、私は言い返す事が出来なくなった。

 化粧といっても、そこまで過度なものではなく、最低限品のある程度に抑えられ、薄めの化粧でもみっともなさは全くない。

 

「ところで、『末代まで』と仰いましたが、フローラさんは好きな人はいますか?」

 

 気になったので、なんとなく聞いてみた。すると、普段は白くて綺麗なフローラの肌が、徐々に赤みを帯びていく。

 

「な、なな何を……!?」

 

「いえ、なんとなく。ただ私もお年頃の女の子ですから、少し気になって」

 

 私がニコッと微笑んで返すと、フローラは少し落ち着いたようで、つらつらと小さく言う。

 

「…気になる男性なら、その……、2人ほど……」

 

「それって、……いいえ。聞くのは無粋ですね。教えて下さってありがとうございます」

 

「アマテラス様は……、すみません。今までこの城塞から出られなかったのに、そんな事を聞くのは失礼でした」

 

 申し訳無さそうに、フローラが頭を下げてくるので、私は頭を上げるように言う。

 

「いいえ。私から振った話ですから、フローラさんが謝る事なんてないですよ」

 

 そこに、バタン! と、部屋の扉が勢い良く開かれた。

 

「はわわ! こ、転んじゃいました~!!」

 

 見ると、フェリシアがうつ伏せで部屋の入り口で倒れていた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 私は心配して声を掛けるが、フェリシアは立ち上がってスカートをパンパンと払うと、笑顔で、

 

「はい! いつもの事ですから~」

 

「私達はメイドなのだから、それを『いつもの事』で済ませてはいけないのよ、フェリシア? あなたは本当にそそっかしいんだから……」

 

「ところで、アマテラス様と姉さんは何のお話をしてたんですか?」

 

 フェリシアの問いかけに、私とフローラはキョトンとして、すぐに笑みを零した。

 

「内緒です」

 

「いいじゃないですか~!? 私にも教えて下さいよ~!」

 

「ところで、何か用があったから来たんじゃないの?」

 

「あ、そうでした! ギュンターさんが早く来て欲しいって!」

 

 確かに、待たせすぎたかもしれない。化粧は終わっているので、私は既に用意してもらっていた手荷物を持って立ち上がる。

 

「では、急いで行きましょう!」

 

 先にフェリシアが出て行ったのを見計らって、フローラに一言。

 

「さっきのは私達だけの秘密ですよ?」

 

「ええ……。うふふ、私とアマテラス様だけの秘密です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 厩舎(きゅうしゃ)の前には既に、仕度を整えたスサノオと、他のきょうだい達が揃っていた。

 ジョーカーとギュンターも、スサノオの後ろで控えている。

 

「来たか。これで全員揃ったな」

 

 マークスがその場にいる全員の顔を見渡して続ける。

 

「さて、馬の用意は出来ているのか、リリス?」

 

 厩舎係である女中のリリスが、マークスに尋ねられて答えた。

 

「はい。あの子達も、みんな張り切っているようです。スサノオ様もアマテラス様も、あの子達をとても可愛がって下さっていますので、それはもうとてもよく懐いて…」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、リリスはスサノオ達に軽く会釈した。

 

「今回、私もギュンターさんの言い付けで、お供させて頂く事になりましたので、どうぞよろしくお願い致します」

 

 今度は深く一礼をし、ゆっくりと頭を上げていく。

 

「よろしく頼むよ」

 

「ありがとうございます、リリスさん」

 

 2人は頻繁に厩舎へと赴く事が多かったので、リリスとは気心の知れた仲だった。よく3人で馬のブラッシングや餌やりをしたものだ。

 

「あなた達は優しい子だものね。私が訪ねて来た時も、よく厩舎で馬と遊んでいる、なんて事もあったわ」

 

 カミラは懐かしそうに昔の思い出を語る。

 

「そういえば、本当にまだあなた達が小さかった頃、2人して怪我をした小鳥を助けて上げた事もあったわね。今も可愛いけど、あの頃のあなた達は本当に愛らしかったわ……」

 

 また自分の世界に入っていくカミラ。だが、今のカミラの話に、怪訝な顔をする者が1人。

 

「どうした、リリス? なんだか浮かない顔をしてるけど」

 

「あ、いえ。何でもありません」

 

「?」

 

 リリスはすぐに元通り、おしとやかな微笑みに戻るが、

 

「もう、おにいちゃんったら鈍感なんだから!」

 

 思わぬエリーゼからの不意打ちがスサノオを襲った。

 

「え…?」

 

「そんなの決まってるじゃない。スサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんを独占出来なくなるからだよ! だってリリスってば、おにいちゃんとおねえちゃんの事がとーっても大好きだもんねー?」

 

 無邪気な笑みは、エリーゼにこそ許された特権か。少しの悪気もなく、本心からの言葉に、リリスは顔を真っ赤にして、

 

「そ、そんな事は……」

 

 どんどんと尻すぼみになっていくリリスの言葉は、最後の方はもはや聞き取れないものとなっていた。

 

「でもでも、あたしだって負けないくらいスサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんの事が大好きなんだから!」

 

 近場にいたアマテラスへと駆け寄って、いつものごとく抱き付くエリーゼを、アマテラスは優しく抱き留める。

 

「リリスさんも、エリーゼさんも、他のみんなも、私はだいだい大好きですよ?」

 

「俺だってそうさ。アマテラスに負けないくらい、みんなの事が大切だ」

 

 負けじとスサノオが胸を張って言う。

 

「そういうところがあたしは大好き! 世界でいっちばんすきすきすきー!!」

 

「バカだなぁ、エリーゼは。それじゃどちらが一番か分からないじゃないか」

 

 レオンのツッコミに、エリーゼは頬をプクーッと膨らませて反論する。

 

「いいんだもん! 2人とも一番なんだもん!」

 

 幼稚な反論ではあったが、それがスサノオやアマテラスにとってはかけがえのない、エリーゼの素敵な部分なのだと感じていた。

 

「さあ、雑談はここまでにして、そろそろ出立するぞ」

 

 マークスの一声で、各々が自身の乗る馬の元へ向かう(カミラだけは飛竜だが)。

 

「ジョーカー、フェリシア、お前達も私について来い。フローラ、後の事は任せるぞ」

 

「はい、お任せ下さい。ギュンターさんも、アマテラス様とスサノオ様の事をよろしくお願いします」

 

「さーて、行きますよ~!」

 

「チッ、やっぱりジジイも同行か。年寄りの世話はしないからな」

 

「ふん。私も老獪の身だが、まだまだお前には追いつかせん」

 

「言ってろ。すぐに追い抜いてやる」

 

 ジョーカーとギュンターのいつものやりとりに、内心呆れながら、ぞろぞろと消えていく姿を、フローラはずっと見守っていた。

 

 




スサノオも、アマテラスと同じで夢を見ています。
自分であって、自分じゃない誰かの夢を。
ただ、2人とも似たような夢を見て、誰かに話してはいますが、不思議と互いにその事は耳に入っていないので、互いに夢を見ている事は知らないのです。

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