ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
訓練が始まってから集中しきりだったアマテラス。既に2人の姉妹も到着しており、更には自分の訓練の様子を見守っている事には全く気付いていない。
その上で、先程決意を固めた事で更に集中力は高まり、戦う相手であるマークスしか視界には入っていなかった。
それは、既にこの場にいる事を知っているはずのスサノオとレオンの存在さえも忘れてしまうほどに。
「むん!」
アマテラスの飛びかかっての振り下ろしを、マークスは片手で受け止める。そして、そのまま力強く凪払うかの如く、剣ごとアマテラスを弾き飛ばす。
「……くっ!」
吹き飛ばされたアマテラスは地面に落ちる瞬間、転がって受け身を取り、即座に立ち上がって馬に向かって走り出した。
「ふっ。戦術としてはまずまずだ。が、」
アマテラスの狙いが分かるや否や、マークスは手綱を引き、馬が
「ッ!!」
丁度アマテラスが馬の前脚の下に来ると同時、上がっていた馬の前脚は一気に振り下ろされた。
「あぐぅ!?」
アマテラスへと馬脚が叩きつけられる寸前で、とっさに横へと飛び跳ね、回避には成功するものの受け身が上手く取れずに全身擦り傷だらけになってしまう。
「まだだ! さあ、いくらでも待ってやろう。早速竜脈の力を利用しろ!」
マークスは馬から降りて言った。訓練と言えど、愛馬への危害はなるべく避ける為の判断だった。それだけ、マークスはアマテラスが本気であるのだと実感したのだ。
それに、剣術の訓練ならば一対一の方が効率的でもある。
「はあ、はあっ…。!!」
疲労に加え、軽くとはいえ全身傷だらけの身で、足取り重く薄く水色に輝く地面へと移動するアマテラス。
すると、みるみるうちに全身の傷が癒えていく。これには流石に驚きを隠せず、アマテラスは自分の身体を思わずペタペタ触って傷の確認をした。
「すごい……。傷が一瞬で消えていく……」
しかし、身体のダルさはこれといって変化はなく、一向に疲労感は拭えない。
「それが竜脈の力だ。今回は治癒の力を発現させたが、竜脈には他にも効力がある。それこそ、大地を新しく作り替えてしまう事も可能だ。お前も王族の一員として、覚えておくといい。それとこれは言っておくが、あくまで『治癒』の力であって、身体の疲れまでは取る事は出来ん」
アマテラスの疑問が顔に出ていたのだろう、マークスが竜脈の説明と共に輝く地面の事にも軽く触れた。
「つまり、私の体力が保つ限り、という事ですね。私の体力の限界が、私にとっては終わりを意味する、と」
「そういう事だ。ならばこそ、お前は限界が訪れる前に私を納得させなければならない」
言うや、マークスは再び剣を構え、その切っ先をアマテラスへと向けて続ける。
「さあ、暗夜王家として
「言われなくとも……! 私は出ます。マークス兄さんを納得させて、必ず外の世界に出てみせます! スサノオ兄さんと一緒に!!」
一層、アマテラスの顔には真剣さが篭もる。今のアマテラスの頭にあるのは一つだけ。
その手に自由を掴み取るだけだ。
「ホント、見てられないね」
「!」
突然の背後からの声に、アマテラスは思わず振り返る。そこには、スサノオやレオンはおろか、既にカミラとエリーゼも居た。
そして、今声を掛けて来たレオンはというと、ブン、と手に持っていた魔道書をアマテラスに向けて大きく放り投げた。
「うわっとと……!!」
「アマテラス姉さんはさ、どちらかと言えば僕寄りの戦闘タイプなんだよ。それ、上げるからさ。サッサと終わらせて、マークス兄さんを納得させちゃいなよ」
「で、ですが…」
果たして、本当にこんなものを使ってしまっても良いのかと考えていると、
「別に良いよね、マークス兄さん? 一応、訓練には使える位にはレベルの低い魔道書だし。それに、アマテラス姉さんの真髄は剣じゃなく魔法だって知っているだろう?」
レオンからマークスへと不安げに視線を移すアマテラスだったが、
「ふむ。確かに、レオンに一理あるか……。よし、ではその魔道書の使用も認めよう」
凛々しくも優しい笑みを浮かべる兄に、アマテラスもパーッと明るい笑顔で礼を言う。
「ありがとうございます! レオンさんも、ありがとう」
率直な好意に、レオンはそっぽを向き一言。
「べ、別にどうって事ないさ」
素直じゃない弟に、少しの笑みを浮かべて、アマテラスはすぐにマークスへと向き直る。
「行きますよ、マークス兄さん!!」
「お前の本気、見てやろう!!」
「ふう……」
さっきまで読んでいた魔道書はアマテラスへと渡してしまったため、レオンは手持ち無沙汰となっていた。
「優しいんだなぁ、レオン君?」
と、スサノオがからかい混じりでレオンを肘で突っつく。だが、レオンはそのちょっかいをスルーして答える。
「当然の事をしたまでさ。きょうだいっていうのは助け合うものだろう?」
ここぞとばかりに正論を述べる弟に、なおスサノオは良い笑顔でニコニコとレオンを見ていた。
「な、なんだい…? 気味が悪いんだけど」
少し引き気味のレオンだったが、ここで思わぬ所からスサノオの援護射撃がやってくる。
「ねーねー。最初から弱い魔道書を持って来てたってことは、レオンおにいちゃんたらアマテラスおねえちゃんを助ける気満々だったってことだよね?」
「ばっ、エリーゼ!?」
無邪気な笑みを浮かべて言う妹に、レオンは取り乱すが言葉が詰まってしまう。
「お前程の魔道士が、そんなレベルの低い魔道書を読んでる事自体が変な話だったんだよ」
「くっ……。正論に正論を返してくるとか……」
悔しそうにはしているものの、それが負の感情から来るものではないと分かってスサノオはからかっているので、結構たちが悪いのは否めなくもない。
「ところで、カミラ姉さんが全く絡んで来ないんだが……」
「そういえば、そうだね……」
2人が同時にカミラの方を見る。エリーゼも釣られて隣にいるカミラに視線を送ると、そこでは、
「うふふ…。久しぶりのあの子の笑顔、素晴らしく可愛らしくて素敵…。これで1週間は戦える……」
((何と戦うんだ、カミラ姉さん……?)) (何と戦うんだろー?)
身悶えるように体を左右に揺らす姉に、またしても3人は触れないでおこうと心の中でこっそりと思ったのだった。
マークスへと向き直ったアマテラスは、レオンから受け取った魔道書を、剣を持ったまま片手で開く。
魔道書は便利だ。魔法を使うのに詠唱がいらず、魔道書に直接魔力を通して、その魔道書に込められている魔法の名を口にするだけで発動する事が出来るからだ。
パラパラ、と勢いよく魔道書のページが風に吹かれるように次々とめくられていく。魔道書に魔力が流れ込んでいる何よりの証だ。
「ウィンド!!」
先手必勝とばかりに、アマテラスが魔法を放つ。生み出された風の砲弾が、マークスへと一直線に襲いかかるが、
「ハッ!」
見えない空気の塊は、たった一振りで霧散させられてしまう。
「まだです! ウィンド!!」
しかし、そんな事はハナから分かっていたアマテラスは、立て続けに今度は3発一気にまとめ撃ちをする。
「甘い! その程度で私の隙は生み出せるものか!!」
再び、マークスは剣を一振りするだけで、その風圧でウィンドを全て掻き消してしまうが、
「想定内です!」
アマテラスは三度、ウィンドを撃ち放つ。その度に、アマテラスが徐々に近付いて来ている事をマークスは見逃さなかった。
(確かに、こちらからは手を出さないと言った以上、私はここを動くつもりはない。なるほど、それを知っての上での作戦か)
歴戦の騎士であるマークスにとって、アマテラスの作戦はお世辞にも優秀とは言えないものだったが、それでも恐れを為してただ遠距離から攻撃をし続けるだけの臆病者に比べれば、俄然マシだと言える。
「ウィンド!!」
ようやくかなり近くまで迫ったアマテラスは、ウィンドを放つと、風の砲弾が撃ち出されるのを確認してから魔道書をマークスの足下近くに投げ捨てた。
「せっかくレオンから得た武器を捨てうつとは、血迷ったか!!」
間近で放たれたにも関わらず、マークスはウィンドを横凪に切り裂き、消し飛ばす。そこに、すかさずアマテラスが斬り込みを入れようとするが、一瞬で横に振り切っていたはずのマークスの剣がそれを完全に防いでいた。
「どうした! この程度がお前の策か!」
マークスの叫びに、アマテラスは、
ニヤリ、と勝ち誇った笑みを浮かべた。
「何が、」
何が可笑しい、と言おうとしたマークスの言葉は、アマテラスの渾身の叫びによって遮られる。
「ウィンド!!!!」
瞬間、突如としてマークスを衝撃が襲った。
「グッ……!!?」
不可視の一撃に、思わずマークスは衝撃が来た方向、下へと目を向けて謎の攻撃の正体に気付く。
自分とアマテラス、いや、アマテラスの足が先程投げ捨てたはずの魔道書を踏んでいたのだ。
「私は、折れたりしません!!」
やっとの思いで作った好機を、アマテラスは逃さず、渾身の力を以て剣の腹で思い切りマークスへと叩き付けた。
「ぐはっ…!!」
マークスは軽く吹っ飛び、体勢は崩さず、ズザザ、と地面に踏ん張って倒れるのを耐える。
「く…! まだ、倒れてくれないんですか……!!」
疲弊しきった腕で、もう一度剣を構えるアマテラスだったが、
「合格、だ」
「へ…………?」
マークスは剣を仕舞うと、アマテラスの元まで揺るぎない足取りで歩いていく。
そして、彼より幾分低い所にあるアマテラスの頭に、ポン、と手を置いた。
「上出来だ。合格点以上の成果だったぞ」
「え、あの、えっと…。へ?」
未だ頭が追いついていないのか、アマテラスは挙動不審気味に手をあっちこっちにせわしなくばたつかせる。
そんな妹の頭を、優しい手付きでマークスは撫でた。
「よくやったな。これでお前も、ようやくこの砦を出る事が出来るんだ。喜べ、アマテラス」
兄の言葉に、アマテラスはようやく自分がマークスに認められたのだと実感した。その途端、彼女の瞳からは自然と涙が零れ出し、いつしか大粒の涙へと変わっていく。
「わ、私、やりました。私、やったんです、ね?」
ポロポロと涙を落としながらではあるけれど、アマテラスは満面の笑みを浮かべていた。
「へえ、やるじゃないかアマテラス……」
先程の戦闘を見ていたスサノオは、予想もしなかったアマテラスの奇策に感嘆の息を漏らしていた。
「ねーねー。アマテラスおねえちゃんは何をしたの?」
エリーゼの疑問はもっともで、それはスサノオも知りたい事だった。
「アレかい? アレはね、魔道書を投げ捨てる前に魔法を放っていただろう? その投げ捨てる少しの間に魔道書に魔力を込めてから、マークス兄さんの足下へワザと投げたのさ。魔法を放った直後だったからマークス兄さんもそれに気付けなかったんだろうね。更に言えば、魔道書は使用者の魔力が籠もっていれば、身体の一部分が触れているだけでも発動出来る。魔道の専門じゃないマークス兄さんの意表を突くには持って来いの作戦だね」
「流石、お前に指導を受けてるアマテラスなだけはあるって感じの作戦だな」
「それでも、あのアマテラス姉さんがマークス兄さんを納得させられたんだ。ホント、スサノオ兄さんに負けず劣らず悪運強いよね、アマテラス姉さんはさ」
若干の皮肉も入っているが、内心ではアマテラスの事を祝福しているのは、バレバレだった。
「あ、カミラおねえちゃんが抜け駆けしてるー!」
と、エリーゼがアマテラスの方を指差しながら叫ぶ。見ると、カミラがアマテラスへと人知れずに歩み寄り、その豊満な胸に抱きしめていた。
「何というか、カミラ姉さんってエリーゼに負けず劣らずの自由人なところあるよな……」
スサノオの呟きは、既に走り出したエリーゼには届かず、側にいたレオンにのみ届くだけだった。