ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
私がまだ幼かった頃の話だ。ある日の事、私は母様とのお食事会を予定しており、子どもながらにうきうきとしてその時が来るのを待っていた。というのも、その日は私の誕生日。年に一度の、どんなワガママも許してもらえる、特別な日。いつもは忙しい母様が、今日はお昼のお食事会から一日中、私と遊んでくれるのだ。嬉しくない訳がない。
私は嬉しさを堪えきれず、朝からせわしなく動き回っていた。そうしていないと、お昼まで待ち遠しくて堪らなかったからだ。後で聞いた話だが、兄様や姉様は私があちこちを走り回るものだから、怪我をしないかハラハラしながら心配して、こっそり私を見守っていたらしい。
そして、ようやくお昼になろうかという時に、それは起きた。
待ち遠しかったお食事会の時間が近付いて来たので、私は母様と約束していた通り、母様の部屋に行こうとしていた。広い城内、高い階段、長い廊下…子どもの時分には厳しいそれらを何とか乗り越え、ちょっとした冒険気分を味わった私は、ついに母様の部屋にたどり着こうとしていた、そんな時だった。
母様の部屋まであと一歩といった所で、私は城の女中が数人たむろしているのに気がついた。何かを話しているようで、その時は分からなかったが、どうやら休憩中の世間話をしていたらしい。
私は何をしているんだろう、と気にはなったが、もう少しで母様とのお食事会が、母様とたっぷりと遊べる、と浮かれていた事もあり、気にせず通り過ぎようとしていた。
でも、
「そういえば、サクラ様───」
私の名前が急に出て来たため、私はついつい女中達の話に耳を傾けずにはいられなくなってしまったのだ。私は息を潜め、女中達にバレないようにそーっと近付いていく。幸い、彼女達の近くには、死角となる大きな壺が飾られていたので、私はその裏に隠れて話を、王族としては随分とはしたない事であろうが好奇心に負け盗み聞きした。
「今日がお誕生日ですってね」
「そうそう。お昼からの今日一日、ミコト様と一緒に過ごされるそうよ」
「そりゃ良いわ。なんてったって、今日はおめでたい日なんだし、たまにはミコト様にも休んで貰わなくちゃねぇ」
「そんな事言ったって、今日はサクラ様の遊び相手でお疲れになるんでしょうけどね」
「あはは! それもそうか!」
私はその言葉に思わずむくれてしまっていた。何も、母様を疲れさせるまで遊ぼうとは思っていなかったからだ。母様はいつも忙しい。それこそ、休む暇も無い程に。兄様や姉様も、お仕事を手伝ってはいるが、まだまだ子どもという事で、簡単な事しかしていないと言っていた。そんな毎日忙しくて大変な母様を、今日は私が独占出来るのだ。だから、ずっとじゃなくても、少しくらいは遊んで欲しいとしか思っていない。残りの時間は、一緒にお昼寝したり、お風呂にも入ったり、お話したり、夕ご飯も一緒に食べたり、そんな事しか望んでいない。
ただ、少しでも母様と一緒に居たいと思っていたのだ。
「サクラ様の誕生日…か」
「あら、どうしたの? 辛気くさいため息なんて吐いちゃって」
「いえね、スサノオ様とアマテラス様が暗夜王国に攫われたのって、サクラ様が生まれて間もなくだったでしょう?」
『スサノオ』と『アマテラス』という名が出て来た事に、私はムスッとしていたのも忘れて一心に耳を傾ける。その名前は、よく姉様に聞かされていた。私には、あと2人、兄様と姉様が居る、と。
『私はいつかきっと、スサノオとアマテラスを取り戻す。そうしたら、家族みんなでずーっと一緒に暮らしていくんだ!』
もはや口癖となっていた、姉様のその台詞。私はいつもそれを聞かされていたおかげで、意味までは全て理解出来ていなかったが、一字一句完璧に暗唱出来るようになっていた。
そして、それと同時に、まだ見ぬ兄様と姉様に会ってみたい、お話してみたいとも思うようになっていたのだ。
「そうね…当時のミコト様は、それはもう、酷く落ち込まれていて…見ているこちらまで辛くなるほどだったもの」
「そうそう。それでね、実はこんな噂があったのよね。本当は、スサノオ様やアマテラス様じゃなくて、生まれたばかりのサクラ様を誘拐しようとしていたらしいのよ」
……………、
「もしそれが本当だったら、サクラ様もお可哀想に…。自分の代わりに兄君と姉君が誘拐されてしまったという事だものね。サクラ様のお耳には入らないように気をつけないとね」
「そうね…自分のせいでスサノオ様とアマテラス様が居なくなって、ミコト様がとても悲しまれたと思われてしまうかもしれないし」
……………私のせい。
……………私の、せい?
気がつけば、私は駆け出していた。母様とのお食事会も忘れて、必死に、がむしゃらに、メチャクチャに…。すれ違う人からは呼び止められたが、そんなものも耳に入らないくらい、私はいっぱいいっぱいだった。
私が誘拐されなかったから、兄様や姉様は攫われてしまった?
本当は、私がここから居なくなるはずだった?
このあったかい場所から、私だけが居なくなっていたかもしれなかった……?
私は子どもながらに、恐怖した。もしかしたら、私が誘拐されていて、怖い目に遭っていたかもしれないという未来があったかもしれないという事に。もしも、兄様や姉様が攫われなかったら、私がそうなっていたかもしれないという事に。私のせいで、兄様と姉様が、ひどい目に遭ってしまったのだという事に。それにより、大好きな母様を悲しませてしまったのだという事に。
私は怖くなってしまったのだ。それも、どうしようもない程に。
知らない間に、私は桜の木の下にたどり着いていた。私と同じ名前の花を咲かせる、白夜王国で一番とまで言われる大きな桜の木。その時の私は、そうとは知らなかったが、ちょうど満開に咲き誇る桜を前に、私はしばし目を奪われていた。この桜を見ている時だけは、私は何もかも忘れていられたのだ。私は無意識に、もしくは本能的に、怯える心を落ち着けようとしていたのだろう。
どれほどの時間、そこで桜を見ていたのか。それが分からない程に、私は美しく咲き誇るも、儚く散り行く桜の花びらに見惚れていた。
「きゃ…!」
ふと、突風に体が煽られ、桜の花びらも盛大に風に乗って飛んでいく。春の烈風により、私は我に帰った。
時間がどれほど経ったのかは分からない。だけど、母様とのお食事会の時間はとっくに過ぎてしまっただろう。どうしよう。約束を破ってしまった私を、母様は怒るだろうか。怒られる事に怖さを覚えた私は、それによって先程まで、自分が何に怖がっていたのかを思い出してしまう。
私は、許されない存在なのではないか。約束も破り、母様を悲しませ、兄様と姉様がここに居られなくした。私は、ここには居てはいけない存在なのではないか…。
負の連鎖に囚われかけていた私は、このままどこかに消えてしまおうとさえ思い始めていたその時、
「サクラ!!!」
遠くから、張り裂けんばかりの呼び声がした。振り返り、そちらを見ると、息絶え絶えの母様が、膝に手をついて立っていた。その顔は、今にも泣き出しそうで、母様が息を整える事もせず、息切れしているそのまま私の元へと駆け寄ってくる。
私は怒られると思い、思わずギュッと目を閉じていると、怒声や平手打ちなどではなく、気づけばギュッと優しく抱きしめられていた。
「心配したのですよ…。約束の時間になってもあなたが来ないから、様子を見に行ってみれば、あなたが泣きながら城を出て行ったと言うではないですか。もしサクラの身に何かあれば、私は……」
優しく、痛いくらい優しく、母様は私を抱きしめる。暖かくて、心地良くて、穏やかで…。どれだけ母様が私を愛してくださっているのかを、全身で感じ取っていたのだ。
その暖かな優しさに触れ、私の目からは勝手に涙がポロポロと零れ落ちていく。堪えきれずに、大声で泣き叫んで、母様にしがみつくように抱き付いた。
「母様…わたし、わたし…」
「何ですか、サクラ…。ゆっくりで良いから、お母さんに教えて…?」
「わたし…スサノオ兄様とアマテラス姉様が、グズッ、いなくなっちゃったのが、わたしの…せいだって…」
「……」
突然のその名前が出た事に、母様は少し表情が固まったような気がしたが、変わらず優しい笑顔を向けてくれている。
「わたし…こわくなって、わたしのせいで、わたしが連れていかれなかったせいで、兄様と姉様が連れていかれて…母様も悲しくなって…」
「…確かに、スサノオとアマテラスが連れて行かれた時はとても悲しかったです。でも、だからってサクラが連れて行かれても良いという訳がありません」
「母様…」
「私はサクラのお母さんで、サクラも私の大切な子ども…。サクラが居なくなっちゃうと、私はとても悲しいです。だからサクラ。私のせいだなんて言わないで? あなただって、私の愛する大切な子どもなんですから……」
「母様…母様ぁ!!」
私はわんわんと泣いた。母様の愛に触れ、柔らかで暖かな腕に抱かれて、母様の胸で子どもらしく泣き叫んだ。私が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと、母様は私を抱きしめてくれていた事を、私は覚えている。ずっと…ずっと……。
「サクラさん」
私は隣から掛けられた声に振り向く。私の隣で、私と同じく腰掛けていたアマテラス姉様は、不思議そうな顔をして私を見つめていた。
「どうかしましたか? ボーッとしているようでしたけど」
「はい…少し、子どもの頃の事を思い出していました」
私は頭上を見上げ、咲き乱れる桜の花に視線を向ける。ここはアマテラス姉様の星界。その星界の城に植わっている桜の木の下で、私はアマテラス姉様と花見をしていたのだ。いつか見た桜の木よりも小さいけれど、この城のあちこちで咲いている桜は、それにも負けないくらい見事なもので、たくさんの桜が満開で花開いていた。
「私が小さかった頃、ある事がきっかけで城を飛び出してしまった事があったんです」
「サクラさんでも、そんな事をした事があったなんて…少し意外です」
「うふふ…。城に帰った時は、兄様や姉様に散々怒られましたよ? …私が城を飛び出してたどり着いた場所は、白夜王国一番の大きな桜の木がある所でした。そこで、その桜に見惚れていた私を真っ先に見つけてくれたのが、母様でした」
「お母様が…」
「はい。その時に、私がどれだけ愛されているのか、それを知って…実は大泣きしてしまって…」
今思えば、かなり恥ずかしい。母様には2人だけの秘密にしてもらったので、私が言わない限りは誰にも知られる事はない。…今アマテラス姉様に話してしまったが。
「小さな頃のサクラさん…可愛らしかったのでしょうね。私も見てみたかったなぁ…」
柔らかな笑みを浮かべて、桜を見つめるアマテラス姉様。その横顔がとても近く感じられて、母様の面影を強く受け継いでいるアマテラス姉様に、私は勇気を貰い、切り出した。
「姉様…もし、暗夜王国の本当の狙いが私で、その代わりにスサノオ兄様とアマテラス姉様が攫われてしまったのだとしたら…アマテラス姉様は私を恨みますか…?」
「え? 何ですか、急に?」
「……」
「うーん…そうですね…」
黙って答えを求める私に、アマテラス姉様は考え込むように唸る。そして、
「いいえ。恨まないと思いますよ」
あっけらかんと、とても良い笑顔で答えた。私はその予想外の反応に、思わず唖然とするが、すぐにその理由を聞き返す。
「どうして、ですか…?」
「だって、私達が暗夜に攫われたおかげで、サクラさんを守れたのですから、お姉さんとして誇らしいですよ。あ、でも、小さなサクラさんを見れなかったのは寂しいですね」
ああ、やっぱりこの人は、ミコト母様の娘なのだ。自分の事よりも、他の人を大切にするところは、母様にそっくりだ。
アマテラス姉様が私の姉であってくれて、本当に嬉しく思う。でも、その反面で、スサノオ兄様がこの場に居ない事がとても悲しくも思える。攫われたりしなければ、スサノオ兄様もアマテラス姉様も、離れる事はなかったはずなのに。
「でも…どうしてそんな事を聞いたんです? サクラさん」
「いいえ。昔、噂を聞いたものですから。本当は、生まれたばかりの私が標的だったって……後で根も葉もない噂話だったと分かりましたけど」
「そうだったんですか…。でも、そんな事は関係ないです。どうであろうと、私はサクラさんのお姉さんなんですから、むしろ私がサクラさんのために身を張って守りますから!」
どこまでも明るく笑うその笑顔に、私は眩しく感じた。尊いこの人が、本当に私の姉で嬉しく思ったのだ。いつの日か、きょうだいみんなが揃って、ずっと笑顔で過ごせる日が来る事を心から願わずにはいられない。
「ありがとうございますっ…アマテラス姉様」
「あはは…なんだか照れますね。さあ、そろそろ行きましょうか」
顔をほんのり紅く染め、姉様は立ち上がる。そして私へと手を差しだし、私もその手をとった。
そうだ、今日は…、
「今日はサクラさんの誕生日。みんなが待っていますよ!」
「はい!」
姉妹で並んで、みんなの待つ食堂へと向かう。私は、幸せ者だろう。こうして心から祝福してくれる、大切な人達に囲まれて生きているのだから。
桜は満開に咲き誇りて、私達を見送っている。いつか私も、この桜達や、あの日見た桜のように、自分でも誇れるくらいに見事な『サクラ』を花開かせ、満開に咲き誇れる事を願って…私はその場を後にした。
もしも、その願いが叶ったならば…。母様、その時は…褒めて下さるでしょうか…?
という事で、今日は春の季節を代表する桜と同じ名を持つ、サクラの誕生日でした。書き上げた時間が僅か4時間足らずと、急ごしらえではありますが、楽しめましたでしょうか?
誕生日が過ぎる前に投稿出来てホッとしておりますが、とりあえず書けて良かったと思います。
サクラ、誕生日おめでとう!!