ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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外伝 泡沫に微睡みて、幸福を噛み締める

 

 私には、どうしても忘れられない思い出がある。それは、私が暗夜王国より白夜王国へと連れ去られて、幾ばくか経った頃のお話だ。

 

 

 とある日の事だ。私はようやく白夜王国での暮らしにも慣れてきて、文化の違いにも順応出来てきていた事もあり、1人で街へ出てみようと思った。

 無論、皆には黙って、こっそりとだ。いわゆる、お忍びというものをやろうと思い至ったのである。

 別に、遊びに行きたかったとか、城から抜け出したかったとか、そんな理由からの計画実行という訳ではない。

 ただ、私はここでも1人でもやっていけるのか、どれくらい白夜の文化に馴染めたのかを知りたかったのだ。私だけの力で、どうしてもそれを確かめてみたかった。

 

 というのは半分は建前で、本当のところ、私はある事を知りたかった。

 

“『スサノオ王子』と『アマテラス王女』、この2人と交換するために誘拐された、暗夜王国の『アクア王女』を白夜の民はどう思っているのか”という事を。

 

 白夜にさらわれてからしばらく経ち、この国を治めるミコト女王は私を我が子のように愛してくれている。それこそ、暗夜王国で受けてきた仕打ちとは正反対であるように、私は暖かな愛情を久方ぶりにこの身に受け止めた。久しく掛けられなかった暖かい言葉に、思わず涙してしまったのは、今では少し恥ずかしい記憶だ。

 そうして、ミコト女王を筆頭に、他の者も私に気を掛けてくれるようになっていった。白夜の王子、王女達も、私を新しいきょうだいとして接してくれて、暗夜に居た頃は無かった繋がりを、私は得た気がした。

 

 だけど、所詮は余所者の私だ。それを物語っているかのように、タクミは未だに私に心を開いてはくれていない。タクミだけじゃなく、王城兵の中にも、私を良く思わない者、監視したり、警戒したりする者だって居た。私には気付かれていないとでも思っているのか。それとも、ワザとそんな雰囲気を醸し出させているのか。どちらにせよ、私を不安分子と見て掛かる者も少なからず居るという事なのである。

 

 だから、私は気になったのだ。城内でも私を良く思わない者が居るのなら、外はどうなのだろう?

 私は、白夜の民達からはどう見られているのか。どう思われているのか、を。

 

 

 まだ小さいサクラに、私の分の今日のおやつであるお団子を食べさせてやり、私は部屋でお昼寝しているから誰も起こさないように、と見張り兼門番を任せて、サクラが油断している隙にこっそりと部屋を抜け出した。

 

 余談だが、まだ1人で食べるのが苦手なサクラの口元に、私は親鳥が子に餌を与えるように、お団子を千切って少しずつ食べさせてやった。その時のサクラときたら、それはもう、非常に愛らしかったとだけ言っておく。その様子に癒されすぎて、危うく計画を忘れてしまいそうになったのは秘密だ。

 

 話を戻し、大人達も、私が昼寝をすると周りに言っていた事もあって、まさか城を1人で勝手に抜け出すなんて思いもしないだろう。

 ルートは、スズカゼやサイゾウの使っている道無き道だ。外側に接する面にある城内庭園、その雑木林の中にある抜け穴から、這って外へと通じる穴に出る。

 多少泥だらけになるが、問題ない。予め用意しておいた、そのまま外に出てもおかしくないような寝間着を着ておいた。それと、そのままにしていた長い髪も短く結って、侍女から拝借した頭巾の中にしまう。

 最後に、わざと顔に泥を付けて完成だ。

 

 これでどこからどう見ても、私は街中で遊ぶ子どもにしか見えないはずだ。まさかアクア王女がこんな泥まみれで汚れた格好をしているなど、街の人は思いもしないはず。それに、私は街に出る事はそこまで多くないから、私の顔をよく知らない人の方がほとんどだろう。

 これで、私の偽装は完璧に違いない。自信満々に、意気揚々と私は抜け穴のあった外側の雑木林を出て、城下町へと向かう。

 

 街はいつものように多くの人で賑わっており、そこかしこで楽しそうに笑う声が聞こえてくる。

 毎日がお祭りのようなこの街並みは、暗夜の地下街以上に、人による明るさで溢れかえっていた。

 

 何の気なしに、私は売り子をやっているお姉さんに小銭を渡して串団子を一つ買う。お金はミコト女王がくれるおこづかいをちょくちょくと貯めたものだ。

 

「はい、お嬢さん」

 

「ありがとう。…ねえ、一つ聞いていい?」

 

 この際だし、まずはこのお姉さんに『私』の事を聞いてみよう。

 

「うん? なあに?」

 

「アクア王女ってどんな人か教えてくれる?」

 

「アクア王女? あの暗夜王国から来たっていう? でも、どうしてそんな事を聞くのかしら?」

 

 やはりと言うべきか、質問に対する理由の問いかけが飛んできた。しかし、その辺の対策は抜かりない。

 

「私…最近この城下町に越してきたから、アクア王女の事はあまりよく知らなくて…それで少し気になって」

 

「そっか。えっと、アクア王女ね…うーん、私もよく知らないんだけどなぁ…」

 

 お姉さんはしばらく、うんうんと唸りながら考え込んでいたが、

 

「あ! そうそう、1回だけ私もアクア王女を見たのよ。遠巻きにだったけど、なんというか…こう…神秘的? 他の王族様方もいらしたんだけど、その中でも群を抜いて不思議な雰囲気を纏っていたわ。ああいうのが、滲み出る高貴なる気品っていうのかしらね?」

 

 なんだか、聞いてるこちらが恥ずかしくなってくる。しかし、まだ肝心な事を聞いていないので、話を中断する訳にはいかない。

 

「でも、アクア王女って暗夜王国の王族なんでしょう? それなら、きっとアクア王女だって暗夜王国の人みたいに悪い人だと思うけど…」

 

「うーん…確かに暗夜王国は私達白夜王国に対して酷い事ばかりしてくるけど、私がアクア王女を見た印象では、そんな風には思えなかったかな」

 

「どうして?」

 

「そうだねぇ…、うん。分かった! だって、リョウマ様やヒノカ様がアクア王女に本当の家族みたいに接してたんだもの。そんな人が悪い人な訳ないよ」

 

「…騙されてるだけかもしれないわ」

 

 自分で言っていて、なんだか嫌な気分になる。だけど、これだって正論に違いない。なら、それを挙げない訳がない。

 

「疑り深いなぁ…。まあ、大丈夫だよ、きっと。でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

アクア王女様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、何人かにも同じ事を聞いて回ったが、やはり同じような答えが多く返ってきては、私がそのアクア王女本人である事も見抜かれてしまっていた。

 

『自分でそんな事を聞いちゃうんだもの。アクア王女様は悪い人なんかじゃないって、私はむしろ確信しちゃったかな。それにしても、不安だからって、偽ってまで自分の事を聞いてくるところ、可愛いと思いますよ?』

 

 とは、最初に聞いたお姉さんの談。何もかも見透かされていたようで、すごく恥ずかしかった。自分の評価を聞いていた時よりも、ずっと恥ずかしかった。これはもう、新たな私の黒歴史が刻まれてしまったであろう。思い返すだけでも、恥ずかしさのあまり顔が赤くなってきそうだ。

 

 結果から言って、『私』は白夜の民達全てとはいかないが、受け入れてもらえているようだ。やはり、否定派も少なからずは居たし、本人を前にしているとは思ってもいない彼らは、それはもう、辛辣な言葉を『私』に向けて放っていた。それを私は、笑えているかは分からなかったが、愛想笑いを浮かべて聞いていたが。

 だけど、確かに私を、『アクア王女』を受け入れてくれている人もいた。その事実が、どれほど嬉しかった事か。

 今回の試みは、悲しいけれど、嬉しくもあり、やって良かったと心から思う。

 …恥ずかしいのはもうこれっきりで勘弁だが。

 

 目的を果たした私は、城に帰る途中で、よく訪れる湖に寄る。この湖を眺めていると、昔の事を思い出す。まだ、お母様やお父様が生きていて、家族揃って穏やかに過ごしていた日々…。

 今はもう戻れない、あの懐かしき故郷での思い出……、

 

「やっぱりここにいたか」

 

 物思いに耽っている私の背に、今や聞き慣れた声が掛けられる。

 

「ヒノカ…」

 

「昼寝していると聞いてお前の部屋に行ってみれば、サクラがお前の部屋の前で昼寝していて、お前は昼寝どころか部屋に居ないときた。やっと見つけたと思ったら、どうして泥まみれなんだ?」

 

「ちょっと色々あって…」

 

「まあいい…。さあ、帰るぞ。みんな待っている」

 

「え? ちょっと、」

 

「そうだな、帰ったら私がお前を洗ってやろう。そんな泥まみれでは、せっかくの祝い事が台無しだからな」

 

 有無を言わせず、ヒノカは私の手を引っ張っていく。それにしても、祝い事、とは…?

 

 

 

 城に戻り、ヒノカに洗われて、全身綺麗になって清潔感のある着物を着せられた私は、やはりヒノカに手を取られて城を歩いていく。

 一体何があるというのか。不思議に思い、何度も問うがヒノカはニコニコと笑みを浮かべるばかり。

 

 そうして、私は大広間に連れて来られ、その光景に目を奪われた。

 壁一面に『誕生日おめでとう』と書かれた暖簾が掛かっている。

 

「これ…は…!?」

 

「今日はお前の誕生日だろう。お前は私達にとって家族も同然。家族の誕生日を祝わないでどうする」

 

「そうですよ」

 

 ヒノカの言葉に続くように、後ろからミコト女王の声が聞こえてきた。いや、ミコト女王だけじゃない。リョウマにサクラ、それにタクミもいる。

 

「あなたは私の、私達の家族です。だから、ほらね? みんなもこうして、アクアを祝いたいのですよ」

 

「ああ。兄として、妹の生まれた日は祝わねばな」

 

「ふん…僕は母上達が言うから仕方なく…しぶしぶだからな!」

 

「あくあねえさま、おたんじょうび、おめでとうございます!」

 

 皆が皆、私に笑顔を向けてくる。私の誕生日を、祝ってくれる。生まれた事を、祝福してくれている。

 

 暗夜に居た頃は、有り得なかった。けれど、白夜に居る今、その有り得なかった事が実現している。誘拐された身ではあれど、これほど幸せな事はない。

 

 お父様、お母様…私は、幸せな人生とは言えないかもしれません。それでも、今は幸せです。ささやかな幸せではあるけれど、私にとってはこれ以上ない幸せです。

 

 私は、生きています。命を繋いでいます。あなた達が、守ってくれたこの命を。

 だから、私はこの幸せを噛みしめる事が出来ています。あなた達が、私を産んでくれたから。

 産んでくれて、ありがとう。

 

 そして、祝ってくれて───

 

 

「ありがとう…みんな」

 

「ふふ…それじゃあ、お決まりのアレをやりましょうか」

 

 せーの、とミコト女王のかけ声に合わせて、きょうだい全員が声を揃えて口にした。

 

 

 

「アクア、誕生日おめでとう!!」

 

 

 

 

 

 

 今日は、忘れられない思い出が、二つも出来た。私は決めた。この白夜で生きていく。この白夜王国こそが、私の居るべき場所なのだ。

 

 私は、白夜王国と共に生きる。

 





という訳で、アクアの誕生日回でした。

あったかもしれないアクアの過去を楽しんで頂ければ幸いです。
あと、チビサクラは絶対カワイイと思います!

最後に、アクア誕生日おめでとう!!

ギリギリ間にあって良かった~……。

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