ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第36話 結ぶ友情

 

「───っ、」

 

 私の言葉に、サイラスは呆気に取られたような顔で、言葉を無くしていた。

 更には、その私の決断に、他の者達も全員とはいかないが、驚いた様子で目を見開いており、信じられないとでも言わんばかりであった。

 

「…どうしてだ?」

 

 少しの間を置いて、サイラスが問いかけてくる。それもそうか、今の自分の置かれた立場を考えれば、殺されて然るべきなのだから、私の真意の是非を問うのは当然であろう。

 

 なればこそ、私は自信を持って答えよう。私の意思を。私の志す道を。

 

「私は殺す為に闘っているのではありません。私が闘うのは、この国を、この世界を平和にする為です。たしかに、平和を目指す上で犠牲が出るのは避けられません」

 

 いくら綺麗事を述べようと、今は戦争中。人の命が闘いの中で容易く奪われるのは、心苦しいが仕方のない事だ。

 罪の無い多くの人々が、大切な者の死に涙を流す。あるいは自身の死により、大切な者を哀しませるだろう。

 

 戦争とは、言ってしまえば命の奪い合いだ。そこには当然、血も涙も流れる。それは避けられない事実、それは避け得ない現実。

 

 それでも───。

 

「それでも、救える命があるのなら、私は救いたい。それがたとえ敵であっても、救った事で私の身に何か良くない事が起ころうとも…私は、奪わなくてもいい命を奪いたくない」

 

「…………」

 

 もちろん、それにより私の大切な人達に危険が及ぼうものなら、私はこの命を以て守るつもりだ。身から出た錆と言われようとも、私は私のケジメを自分でつける。

 

 私の想いが破綻している事は分かっている。救える命は救いたい。でも、それで大切な人に災厄が降りかかろうものなら、私は私を犠牲にする。それはつまり、自滅へと至る滅びの道に他ならない。

 それでも私は、この道を歩いていく。それが私の在り方だから。

 

 

 

 

 

 

 

 アマテラスの決断を後ろから見守っていた私は、その後ろ姿に母様を見たような気がしていた。

 母様はいつだって、命の貴さを説いていた。だからこそ、敵の戦意を削ぐ結界を良しとして、無用な殺生を避けていた。

 結界の維持は、まさしく己の身を削るようなものだっただろう。父様が討たれ、スサノオとアマテラスがさらわれて、直後激化した暗夜王国の攻勢を、母様は亡くなるその日まで食い止めていたのだ。その心労は、私では計り知れない。その上で、愛する我が子の身を何年もの間ずっと案じ続けていたのだ。日々苦痛との闘いであっただろうに、それでも母様は笑顔を絶やさなかった。

 だからこそ、私はスサノオとアマテラスをいつか取り戻すのだと諦めずにいられた。母様が頑張っているのだ。私が諦めてどうする。私は誇り高き白夜の第一王女。我が弟と妹を、必ず取り戻してみせる。

 そして、母様に愛しい我が子を返してやるのだ、と。

 

 しかし、母様は亡くなってしまった。私の密かな願いは、短い間しか叶わなかった。

 私は、母様に恩返しが出来なかった。アマテラスにも母様からの愛情を、少ししか与えてやれなかった。少ししか、残せてやれなかった。

 

 けれど、どうやらそれは間違いだったらしい。妹の中には、母様の意思が、心が、魂がちゃんと受け継がれている。私はそれを、アマテラスの背を通して見たような気がしたのだ。

 やっぱり、アマテラスは私の自慢の妹だ。もう二度と手放すものか。妹は私が命に代えても守ってみせる。そしてスサノオも……いつかきっと、取り戻してみせる。

 

 ならばこそ、私は姉としてアマテラスを信じよう。夜刀神に選ばれた勇者を、母様の想いを受け継いだ妹を。

 お前の選んだ道が、平和へと続いていると信じて。

 

 お姉ちゃんとは、そういうものなのだからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこちらを見るサイラスの視線を真っ向から受け止めて、もう一度答えを述べる。

 

「サイラスさん、私はあなたを殺しません」

 

「…殺さない、か。なら、俺をどうするんだ? このまま逃がして、もしお前に危害を加えたら?」

 

 サイラスは、意志の籠もった瞳で問いかける。でも、そんな懸念を自分から言ってしまう時点で、彼は私同様にお人好しなのだろう。それゆえに、私は彼の言葉を否定する。

 

「それを自分で言うのは、その時点でそれが答えという事ですよ。だって、黙っていればいいだけですもの。そうすれば、私の警戒心を促さずに済みますし、それに、あなたは私の親友なんですよね? 親友を殺さないと言ったのはあなたですよ?」

 

 私の返答に、サイラスは困ったように笑みを漏らし、

 

「…ははっ。それもそうだ。俺はお前を殺せない。命の恩人を、親友を殺すなんて俺自身が許せないからな。でも、だったら俺はどうしたらいいんだ? 暗夜王国に戻ったところで、任務失敗の責任で俺は処刑される。スサノオなら止めようとするだろうけど、さっきの話じゃアイツも俺の事を忘れてるだろうし…」

 

 チラッとジョーカーとフェリシアへ視線を送るサイラス。そんな彼の視線に、2人はうんうん、と同意を返した。

 

「スサノオ様が泣かなくなってから、スサノオ様が一度でもこの男の名前を口にしたという記憶は御座いませんので」

 

「スサノオ様はけっこう忘れっぽいところもありますので~。私も、スサノオ様に何度かお料理の特訓をすっぽかされた事がありますよ」

 

 フェリシアのそれは、おそらくスサノオ兄さんは忘れたというよりも、忘れた事にした方が都合が良かっただけだと思う。

 

「それでは、私達と一緒に来ませんか?」

 

 何と無しに、あっさりと口にしたその言葉に、ほぼ全員がポカンと口を開けて固まった。

 その様子が異様すぎて、その反応に私も少し硬直してしまう。

 そんな中、いち早く杖によるものではない自然発生のフリーズから解けたタクミが、息を荒立てて反論する。

 

「ちょ、ちょっと待て! アンタ、自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」

 

「タクミ様の仰る通りだ。アマテラス、貴様はさっきまで敵だったそいつを、仲間にすると、そう言いたいのか?」

 

 明らかな怒りを込めたタクミのその言葉に、サイゾウも同調するように続けた。

 

「馬鹿の一言に尽きるぞ。敵は敵だ。それはどこまで行こうと変わらん。特に、その男は暗夜の兵。我ら白夜の人間と相容れる訳がない」

 

「…私、アマテラスの事を信用しようと思っていました。それが我が主たるタクミ様のため、ひいては国のためだと。でも、私にはアマテラスがよく分かりません。いいえ、より分からなくなりました。暗夜の人間を仲間に引き入れるなんて…」

 

 魔王顔でサイラスへと視線を送るオボロ。意図していないのだろうが、彼らの言葉に、サクラの横に佇むアクアが顔を曇らせて、寂しそうに顔を反らしていた。

 私は、それを見逃しはしなかった。

 

「あなた達の言いたい事は分かります。さっきまで敵対していた上、彼は戦争中である暗夜王国の人間。そんな人を信用しろという方が難しいのは当然です」

 

 白夜と暗夜、互いに相容れぬ国と、そこに属する者同士、簡単に受け入れるのは厳しいだろう。

 

「さっきまで敵対していた事に関しては、私も反論するのは難しいです。ですが、」

 

 『暗夜の人間』という理由は、私として見過ごす訳にはいかないのだ。

 

「『暗夜王国の人間』だからという理由で否定するのであれば、それは暗夜で育った私や、暗夜の王女だったアクアさんも、あなた達とは相容れないという事です」

 

「そ、それは…」

 

「………」

 

 私の反論に、オボロとサイゾウが押し黙る。それを認めるのは、アクアをも否定しかねないからだ。

 しかし、タクミは平然として、

 

「前にも言っただろ。僕はアクアを姉とは思っていないし、信用してもいない」

 

「タクミ…! お前は何という事を…!」

 

「いいの、ヒノカ」

 

 ヒノカ姉さんが叱責の言葉を投げかけようとしたところを、アクアが事前に制止した。

 その顔に、悲しげな笑みを浮かべて…。

 

「……っ、そんな顔をしたって、僕は騙されないからな」

 

「…私を信用しなくてもいいって前にも言ったわね。でも、アマテラスはあなたの本当のお姉さんだから、信じてあげてとも…。今は彼女の言葉を信じてみてほしい…お願いだから」

 

 頭を下げて懇願するアクアに、さすがのタクミも悪いと思ったのか、

 

「…ふん。そこまで言うなら、他の皆はどうなのか聞いてみるといいよ」

 

 バツが悪そうに悪態をつくタクミ。私は彼の言葉通り、他の皆へとグルッと視線を送る。

 

「皆さんはどう思いますか? 彼を、私を…」

 

 信じてくれますか? そんな願いにも似た想いを込めて、一人一人の目を真っ直ぐと見る。

 

「わ、私はっ…姉様を信じます。その、アクア姉様の事も…」

 

 サクラが弱々しくも、芯のある言葉と共に、隣に立つアクアの手をギュッと握り締めて私へと意思を伝えてくる。

 その際、アクアは少し嬉しそうにはにかんで、サクラの手を小さく握り返していた。

 

「俺はどっちでもいいかなー。そもそも俺は白夜と暗夜どちらの出身でも、仲良く出来るならそれで良いからねー。アマテラス様に任せるよー」

 

「…あたしはアマテラス様に賛成、というかサクラ様と同意見かな。それに、サイラス…だっけ? その人の親友への想いはあたし、分かるからさ」

 

 ツバキ、カザハナは私の意見に好意的であるようだ。

 

「…私は…ヒノカ様に合わせる…」

 

「私もどちらでも構いませんねぇ。というよりも、正直どうでもよいのですが」

 

「私は…アマテラス、お前を信じている。だから、お前のしたいようにするといい。たとえどうなろうと、尻拭いは私も一緒にやってやるからな」

 

「…じゃあ、私も…ヒノカ様と同じで…」

 

 ヒノカ姉さん達も、否定派ではないらしい。

 

「私もアマテラス様を信じるとしよう」

 

「そうですね。私も反対ではありません」

 

「……チッ。お前達…」

 

 同じ、主を守る忍びたるカゲロウとスズカゼが賛成した事で、サイゾウはあからさまに不機嫌さを見せるが、

 

「サイゾウよ、そこまで信用ならんと言うのなら、お前自身が見張りをすれば良い。それならば、お前も納得するだろう。有事の際はお前が処断すれば良いのだからな」

 

「そうですね。それでどうでしょうか…?」

 

 思わぬ助太刀に、私はすかさずカゲロウの提案をサイゾウに向けてぶつけた。

 

「……ふん。それで良しとしてやる。が、少しでも妙な素振りがあるようなら、お前もそこの男も迷わず殺す。それをゆめゆめ忘れん事だな」

 

 条件付きではあるが、あの否定的だったサイゾウから肯定の言葉を引っ張り出せたのだ。それで十分上出来だろう。

 

「もちろんですよ、サイゾウさん」

 

 そして残るは、タクミとその臣下達のみ。

 

「俺もどっちでも良いぜ。タクミ様やヒノカ様、サクラ様に危険が無いってんなら、賛成だ!」

 

 快活に、鼻をこすりながら答えるヒナタ。反面、オボロは予想外にも賛成意見が多数だった事に、少し動揺しているようだった。

 

「わ、私、は…」

 

 今にも泣き出しそうな顔で、救いを求めるようにタクミへとおずおずと顔を向けるオボロに、タクミはため息を吐いて、

 

「いいよ、分かった、もう分かったよ。皆が賛成するんなら、僕はもう何も言わない。隊の和を乱したくないし。オボロも僕と同じ意見って事でいいよね?」

 

「…はい。自信はありませんが、協力出来るようにしたいと思います…」

 

 若干の魔王顔混じりで、オボロはサイラスを見ながら呟いた。

 

 これで、皆の意見を聞く事が出来た。私は、今まで黙ってやりとりを見ていたサイラスに再度、言の葉を紡ぐ。

 

「もう一度、聞きます。私と一緒に来ませんか?」

 

「……ここでその提案を飲んだら、死んでいった仲間に合わせる顔が無いじゃないか。それに、スサノオにも…」

 

「では、言い方を変えましょう。サイラスさん、あなたの命、ここでもう一度、『私が』拾います」

 

「…!!」

 

 目を見開き、サイラスはハッとしたように顔を勢いよく私に向ける。

 

「……は、」

 

「サイラスさん?」

 

「はははっ! お前は変わらないな、意外と抜け目ないところとかさ」

 

 腹の底から可笑しそうに笑うサイラス。その表情は、今まで張り詰めていたものがゴッソリと抜け落ちたように晴れやかなものだった。

 

「あの時、ガキの頃はお前『達』に命を救われた。でも、今は『お前に』命を拾われたって事か。どのみち、俺は一回死んだようなもんだし、それにお前の行く末を親友として見届けたい。お前に付いて行けば、俺は生きてスサノオにも会えるだろうしな」

 

「それじゃあ…!」

 

 サイラスは立ち上がり、正面から私と向き合って、私への答えを返した。

 

「死んだ仲間には悪いとは思う。だが、俺やあいつらも、平和を望んで闘っていたのは同じだった。お前の進む道が平和につながってるっていうなら、それを叶えた時こそ、俺はあいつらに顔を合わせる事が出来る」

 

「そうですね…。サイラスさん、これからよろしくお願いします。白夜と暗夜の平和を…共に掴みましょう」

 

 私は手を差し出す。友好の証の握手を交わすために。

 

「白夜も暗夜も、どちらにも平和を…か。この道の先にスサノオも居る。道のりは困難だろう。でもいつか、スサノオも入れて3人で、また笑いあえる世界を目指そう、アマテラス!」

 

 差し出した私の手を、サイラスの手が力強く握り返してくる。少しゴツゴツしたその手は、昔と比べてずいぶんと逞しくなっていた。

 やっと思い出した親友の成長を実感しながら、私は彼の手の暖かさを心の中で噛み締めていた。

 




「キヌの『こんガガ──ん! おガ…つねガガガガんガガガガガガガガ─────







───ガガ、ザザザ、ジジジ


〈語られざる記録〉

 アマテラス達との交戦の後、姿の見えざる天馬武者は彼女らの拠点へと帰ってきていた。
 そこは全てが荒れ果てた城。ありとあらゆる装飾はボロボロに崩れ落ち、国が滅んで長らく放置されていたのが目に見えて分かる。

「ただいま帰還いたしました」

 天馬武者……女は城内の一室、いわゆる会議室のような場所にいた。

「ふむ。その様…任務は失敗したか」

 女の報告を受けるのは、彼女等を束ねる将たる男。彼は女の傷だらけの姿を見るなり、女が任務に失敗した事を見抜いていた。

「申し訳ありません。思わぬ邪魔が入ってしまい…」

「よいのだ。想定外であったのならば、それも仕方のない事だろう…」

 男はたいした事でもないと、怒りを見せる事もなく、女を咎めようともしない。それどころか、

「それで、アマテラスはどうだった?」

 嬉々として、獰猛な笑みを浮かべて女に『想定外の出来事』を尋ねていた。

「はい。竜の力を制御出来ているようでした。傍らに、『歌姫』が居りましたので、歌の力で竜の力を石に封じたのでしょう」

「そうか…自我を保ったまま、竜になれたか…ククク…!」

 男はその報告に、愉しいとばかりに喉を鳴らせて笑う。

「今度は竜としてではなく、『アマテラス』として闘えるという事か。ふっ、今から胸躍るというものよ」

「あの娘が、『あの方』への献上品である事をお忘れなきよう…」

「…分かっておる。こちらとしても、まだ傷は癒えておらんのだからな。ただ今は待つのみ。次にまみえた時は、殺さぬ程度に闘うとしよう」

「だと良いのですが…。それでは、私は傷を癒やして参ります。それと…『竜の血』、そろそろ私も賜って参ろうと思いますので…」

 女は軽く会釈をし、部屋を出て行った。残された男は、未だ笑みを浮かべて、虚空を見つめて口の端を歪ませている。

「ああ…今から愉しみだ。待っておるぞ、アマテラス、そしてスサノオよ。今一度、我が猛る闘争を解き放つその時を……!! ククク、クハハハハハッ!!」




────ジジジッ、ガガ、ザーーーーー


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