ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第20話 世界を救う者───表裏一体の救世主───

 

 うなだれる2人に、ソッと声を掛けるアクア。自身もまた、息苦しさから解放されたばかりだというのに、アクアは他人の心配をしているのだ。

 

「大丈夫、アマテラス、スサノオ?」

 

「すみません、アクアさん。私のせいで…」

 

 アマテラスには、自分がアクアを傷付けた事が分かっていた。竜だった時も、微かにだがアマテラスの意識は確かにまだ残っていたのだ。

 

「いいえ、気にしないで。あなたが私を傷付けた訳じゃない。あなたの中にある…神祖竜の血がそうさせただけ」

 

 神祖竜の血…、その言葉に、スサノオとアマテラスには疑問が浮かんでくる。

 

「…神祖竜の血とは…暗夜王族のか? だが俺達は、白夜の生まれだったはずでは…」

 

 共に竜へと変化した身。それはスサノオとアマテラスが同一の存在であると言っているようなものだ。

 ただし、その形状は全くの異なるものだったが…。

 

 全ての怪物は既に倒し、ヒノカとタクミも既にこちらへと来ていたが、スサノオの疑問に答えたのは長兄であるリョウマだった。

 

「ああ。俺達白夜王族も、暗夜王族と同じく神祖竜の血を引いている。暗夜の闇竜と対を成す、白夜の光竜の血だ…。だが、竜の…神の姿になれる者など、神話の世界だけだと思っていた」

 

「そうね…、神祖竜の血を引く王族、中でも特に血を強く継ぐ者だけが、その姿を竜に変えられるというわ」

 

 遠い昔の伝承を語るアクアだったが、彼女自身もまた、スサノオ達が竜に変化した時には驚きを隠せていなかった。

 

「私も、見たのは初めてだけれど…」

 

「………」

 

 人間とはあまりにかけ離れた存在…竜。そして、その姿になる事の出来る自分達とは、一体人間か、それとも竜か…神か。

 どれが本質であるのか、もはや自分では分からなくなっていた。

 

 そして、ふと思ったのは、

 

 あれだけの力で暴れ回って、町は、民はどうなってしまったのか、という事だった。

 

「! そうです、町の皆さんは…?」

 

 顔を上げ、周囲を見るスサノオとアマテラス。

 

「…そんな…町が……!!」

 

 町並みは瓦礫の残骸へと変わり、あちこちで黒煙が上がっている。人々は、倒れる者、うずくまる者、他者へとすがる者、泣き叫ぶ者…と、まるで地獄を見ているかのように、悲惨な状態だった。

 

 失意の2人に、リョウマは語る。

 

「…いいか、スサノオ、アマテラス。これが暗夜王国のやり方だ。おそらくあの魔剣をアマテラスに持たせたのは、暗夜王ガロンだろう」

 

「はい…」

 

「…罠だったのだ。お前達が危機を乗り越え、白夜に救われて城に着く事までも…すべては奴の計画だったに違いない。そうやって…アマテラスと魔剣を送り込み、あの魔剣を以て、この国を……母を……」

 

 リョウマの言葉に、アマテラスは自身が、この悲劇を作り出してしまった事に思い至ってしまう。

 そして、スサノオもまた、それを企んだ父、暗夜王ガロンの企てに、動揺を隠せなかった。

 

「何故だ…。何故、そんな事を…」

 

「私は、どうやってお詫びすればいいんですか……」

 

 

 

 

「詫びて済むような話じゃないだろ!?」

 

 

 

 

 嘆くアマテラスへと向けられた叫び。それは、激しい怒りを隠しもしない、タクミからのものだった。

 

「!!」

 

「お前の、お前達のせいだ…!! お前達が来たから、こんな事になったんだ! お前達さえ現れなければ、母上も…町のみんなも……!」

 

「おい、タクミ…よせ」

 

「それは、今言ったって…」

 

 リョウマと、そしてアクアの諫める声を、タクミは乱暴に無碍にする。

 

「うるさいアクア! お前だって、同類だっ!」

 

「………」

 

 いつもの言葉でも、今回は事情が違う。アクアは、タクミに何も言葉を返す事が出来なかった。

 

「タクミさん…」

 

「お前達なんか、もう顔も見たくない…。出ていけよ、スサノオ、アマテラス! あんた達は疫病神だ…! 母上が死んだのも、あんた達の企みじゃないのか?」

 

 タクミはオブラートに包む事すらせず、辛辣な言葉を黙る2人へとぶつける。一切の躊躇もなく。

 弟の暴言に、ヒノカはようやく帰ってきた弟妹を気遣い、タクミを止めようと叱る。

 

「何を言う、タクミ…! もうやめないか!」

 

 そして、アクアも意を決して、タクミへと自身の想いを言葉にしてぶつけた。

 

「ねえお願い、聞いて。スサノオとアマテラスはあなた達のきょうだいよ。きょうだいで争わないで。私の事は信じられなくてもいい、でも、スサノオとアマテラスの事は信じてあげて」

 

「………。アマテラスのせいで母上は死んだ…。その事に変わりはない。この女は姉じゃない…。スサノオだって、アマテラスと同じだ…!」

 

 どうあっても、タクミには、スサノオとアマテラスを許す事が出来ない。信じる事も、出来ないのだ。

 

「………」

 

 と、スサノオとアマテラスは黙って立ち上がり、皆に背を向けて歩き始めた。

 

「…そうだ。タクミの言う通りかもな…」

 

「すみません、皆さん。…私達がこの国を出て行けば…」

 

 重い足取りで、歩いていくスサノオとアマテラスに、予想外なところから声が掛かった。

 

「お待ち下さい。それはミコト様の御遺志ではありません」

 

 白夜王国の軍師、ユキムラが、スサノオとアマテラスを引き止めたのである。

 そして、ユキムラの言葉に心当たりのない白夜のきょうだい達もまた、驚きの声を上げる。

 

「なんだと? 母上の御遺志とは、どういう事だ?」

 

 リョウマの問いに、ユキムラはつらつらと述べ始める。

 

「ミコト様はご自分の死を予感しておられました。これは避けられぬ運命だと…。だからこそ、ミコト様は死期が近いと悟り、スサノオ様やアマテラス様と過ごす時間を大切にしたかったのでしょう」

 

 ユキムラの言葉に、スサノオとアマテラスは思い出す。

 母と一緒にご飯を食べた事。母に自分達の覚えていない昔話をしてもらった事。今までの生活の中で、父やきょうだい達の可笑しな話を教えてもらった事。

 

 そして、アマテラスの大切な記憶である、

 

 ───母と一緒に眠った事。

 

 

「ですからスサノオ様、アマテラス様、貴方達のせいではありません。すべては、暗夜王ガロンの…いえ、もっと恐ろしい悪魔のなせる業…。ミコト様はそう仰っておられました。私は生前のミコト様よりお預かりした言葉をスサノオ様方にお伝えせねばなりません」

 

 そう言って、とある方へと指をさすユキムラ。

 

「…ご覧ください、あの像を」

 

 砕けた竜の像が立っていたその台座に、一振りの刀が突き刺さっていた。鈍く黄金に輝くその刀は、白夜の民なら誰もが知っていた。

 何故ならそれは───

 

「黄金の刀…?」

 

「まさかあれは、伝説の……」

 

「そうです。あれこそは、神刀『夜刀神』。リョウマ様が王から受け継いだ『雷神刀』、ミコト様がタクミ様に授けた『風神弓』が、闘いの神を宿す武具だとすれば…その『夜刀神』は資格持つ者だけが手に出来る、この世に救いをもたらす唯一無二の刀なのです」

 

 そう、白夜に伝わるおとぎ話や伝承に幾度と現れる黄金の武器、それこそが、伝説の刀、『夜刀神』なのだ。

 

「救いをもたらす刀……やとの…かみ……」

 

「あれに選ばれた者は…救世主、という事か…」

 

 スサノオとアマテラスは、それぞれ遠くにある夜刀神に、畏敬の念を以て見つめていた。

 およそ、自分とは遠すぎる存在である、その刀。あれが救いをもたらすというのなら、竜である自分達は一体、この世界に何をもたらすというのだろうか。

 

 そんな事を考えていた2人の目の前で、異変が生じた。

 

 台座に突き刺さっている夜刀神が、急に浮き上がり、スサノオ達に目掛けて飛んで来たのだ。

 

 そして、その夜刀神に更に異変が起きる。両刃だった夜刀神は、飛んでいる途中で左右へと分裂したのだ。不思議な事に、2つの夜刀神は刃が片刃になっただけで、柄はまるで写し身のようにそのままだった。

 

「!!」

 

 そして、2つに分かれた夜刀神が、スサノオとアマテラスの手に収まり、光を放つ。

 夜刀神が、主を見つけたという証だ。

 

「ふ、2つに分かれた…!?」

 

「…『夜刀神』が、スサノオとアマテラスを選んだという事か…!?」

 

 当の本人達が一番驚いているが、周りも同様に驚きを隠せない。

 

「まさか、スサノオとアマテラスが…世界を救う英雄…?」

 

「スサノオ…アマテラス…」

 

「スサノオ兄様、アマテラス姉様……」

 

 タクミの言葉に、ヒノカとサクラは悟ってしまう。弟妹が、兄姉が、とてつもなく重い宿命を背負わされたという事に。

 そして、その重い宿命に、否応なくして立ち向かわなければならないという事に。

 自然と、2人の行く末を案じて声が漏れてしまったのだ。

 

 

「た、大変ですよー!!」

 

 

 と、静まり返った場に、素っ頓狂な叫び声が響いた。

 声のした方を見ると、クリス達3人組が息を切らして(ブレモンドは2人よりはるか後ろにいたが)走って来ていた。

 

「失礼します、殿下方。たった今知らせがありました」

 

 いつになく険しい表情のルディアに、リョウマ達は訝しむが、やがて衝撃を受ける。

 

「国境より、暗夜王国の大軍勢が、白夜王国に攻め込んで来ています!」

 

「おのれ暗夜軍…! 卑劣なやり方で母上を殺し、そこにつけこんで仕掛けてくるとは…」

 

 悲しむ暇もなく、攻め寄せる敵の危機に、リョウマは高らかに宣言した。

 

「行くぞ! 母上の仇を討たねばならん!」

 

 リョウマは雷神刀を皆を鼓舞するように高く掲げると、すぐに走り出していく。それに続き、ヒノカも天馬へと跨がり、空を駆けていく。

 タクミとサクラは、もう訳が分からないといったように、兄姉を追いかけて走り出した。

 

「クリスさん、知らせて頂き感謝します。走って知らせてくれて申し訳ないのですが、私達も急ぎ国境へと向かいましょう!」

 

 ユキムラもクリス達を引き連れて戦場へと向かう。(ブレモンドは悲鳴を上げていたが…)

 

 

 

 

 

「アクアさん…私達もリョウマ兄さんと共に国境に行きます」

 

「ああ…。もし暗夜王国が本当に攻めてきたのなら…俺達はそこに行かなければならない」

 

 握りしめた黄金の刀。今、リョウマ達と共に行かなければ、永遠に後悔する。そんな気がしてならなかったのだ。

 

「待って。あなた達の、その竜の血の事だけど…」

 

 と、アクアが走り出そうとした2人を止める。

 

「今のまま闘いに向かえば、あなた達はまた獣の衝動に支配されるかもしれない。竜の血に任せ、竜となって闘えば、いつかその心は獣に成り果ててしまうわ…」

 

「そんな…」

 

「なら、どうすればいい…?」

 

 戸惑う2人に、アクアは自身の首にかけ、胸の前で揺れる石を手にとって見せた。

 

「いい? あなた達の強すぎる獣の衝動を、この竜石に封印するの。そうすれば、人の心を保つ事が出来るわ。でも…」

 

 少し言いよどむアクア。だが、スサノオはその理由に察しがついた。

 

「竜石は1つだけ…封印出来るのも1人だけ…か?」

 

「…ええ。スサノオの言う通り、私の手元には今、これしか竜石がないの。だから、どちらかにはここに残って貰わないといけない」

 

「そんな…」

 

 苦渋の決断を迫るようで、アクアは辛そうに眼を閉じて言うが、

 

「…心配ない。竜石なら、ここにもう1つ…ある」

 

 スサノオは懐から、父より授かった魔竜石を取り出し、アクアへと差し出した。

 

「あなた…これをどこで…」

 

「マークス兄さんやレオンの持つ神器と同じ、暗夜に伝わる宝具の1つだ。これなら、どうだ?」

 

 スサノオの提案に、少しの戸惑いを見せるアクアだったが、

 

「…そうね、これなら可能よ」

 

「なら…」

 

「ただし、」

 

 スサノオの言葉を途中で遮るアクア。その顔にはいつも以上に、真剣さが表れていた。

 

「これは私の物ではないわ。だから、封印してから何か不具合が起きる可能性もあるという事だけは考慮しておいて」

 

 アクアの警告に、スサノオは噛み締めるように頷いた。

 

「じゃあ…眼を閉じて、2人共、私の言う通りにして」

 

「分かりました」

 

 言われた通りに眼を閉じるスサノオとアマテラス。アクアはそれを確認して、スサノオから受け取った魔竜石と、自身の持つ竜石に念を込める。

 そして、ゆっくりと2つの竜石は浮き上がり、淡い光を放ち始めた。

 アマテラスの力を宿した竜石は、澄んだ水色の光を。スサノオの力を宿した魔竜石は、形容のしがたい黒き光を。

 まるで、正反対かのような輝きを放つ2つの竜石は、再びゆっくりと、それぞれアクアの手と胸元へと戻っていく。

 

「…良かった。これで大丈夫。この竜石は、あなた達の一部。あなた達が大切に持っていて」

 

「ありがとうございます、アクアさん」

 

「礼を言う、アクア」

 

 2人はアクアから竜石を受け取ると、懐にそれをしまう。

 スサノオはそのまますぐに駆け出し、皆の後を追うが、アマテラスは少しだけ、アクアへと尋ねたい事があった。

 

「アクアさん…あなたはどうして私に親切にしてくれるのですか? 先程も、あなたは私を庇ってくれました」

 

「それは…」

 

「それは?」

 

 優しく微笑んで、アクアは語りかける。

 

「前にも言ったでしょう? あなたは、どこか私と似ている…って。あなたには、どこか近いものを感じるから。一緒にいると、安心する。でも、スサノオにもそれに近いものを感じるのは確かだけど、あなたの方がより強く感じる…。だから、無事でいて欲しいの」

 

「そう、ですか」

 

 場違いにも、少し照れくさくなるアマテラスだったが、アクアは更に追い討ちを掛けた。

 

「もし、私が男だったなら…あなたを抱いていたかもね」

 

「な!?」

 

「いいえ。その逆でも…あなたが男だったとしても、私は抱かれたいと思ったんじゃないかしら」

 

 とんでもない爆弾発言に、アマテラスは顔を真っ赤にして、

 

「お、お母様ーーー!!?」

 

 叫びながら走り出してしまった。

 

「…冗談のつもりだったのだけど…。やっぱり面白いわね、アマテラスをからかうのって…」

 

 笑みをこぼして、アクアもその後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 だがこの時、アクアはまだ気付いていない。

 

 

 

 

 スサノオの魔竜石に隠れるように宿っていた、他の竜の存在に───

 

 

 


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