ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第19話 遠い記憶は闇の中

 

 リョウマ達が見守る中、三つの異形なる者が睨み合っていた。

 

「クク…ククク…」

 

 外套の男は、自身へと向けられる一切の曇りもない殺意を、愉快そうに受け止めていた。

 

『グルルル……!!』

 

「ホウ…タガイヲナカマダト、ニンシキシテイルカ…。マダ、ヒトトシテノイシキガワズカニノコッテイルヨウダナ」

 

 変わらずの無機質な声音には、どこか嬉しそうな、楽しんでいるかのような気配が混じっている。この男は、対となる2体の竜と戦える事に、至上の悦びを感じていたのだ。

 

「サア…ミセテミヨ…」

 

 男は刀を大きく構えると、一気に振り下ろす。それにより生じた突風が、スサノオとアマテラスへと荒れ狂うように襲い掛かるが、その重い身体をピクリとも動かせられない。

 

『グオォォォ!!!!!!』

 

 突風が吹き止むのも待たず、スサノオがその大きな翼を羽ばたかせて、文字通り風を切って男へと飛びかかる。

 

「…!」

 

 鋭い竜爪を、体を捻る事でスッと避けるが、竜の尾が二段攻撃となって男を襲う。それを、手にした刀で受け流すが、勢いは殺しきれず、弾き飛ばされてしまう。

 

「ククク…」

 

 弾かれた体勢から、宙でクルッと縦に一回転して受け身を取ると、地面をズザザザ、と滑りながら着地した。

 

「!」

 

 着地の瞬間に、右斜め前方より、人の頭程の大きさをした水塊が男へと猛速で放たれる。

 それを刀で打ち払うが、違和感を感じ刀へと目をやると、刀には水の膜がうっすらと張り付いていた。

 

「!?」

 

 刀の異変に驚く暇もなく、上空よりスサノオが大きく口を開けて、黒い炎を男目掛けて吐き出す。

 黒き炎弾を刀で弾くには、大きすぎる。男は手にした刀を炎弾に向かって勢いよく投げ捨てる。

 武器を捨てて一時的に身軽になったその体で、一足で前方へと転がり込むように飛び込んで男は炎弾の着弾点から逃れる。

 

 投げ捨てられた刀は回転しながら黒い火炎弾へと飲み込まれて、そのまま炎弾の勢いのままに共に地面へと叩きつけられる。

 

「…ホウ」

 

 メラメラと、燃え上がる黒い炎の中心には、まるで炎が避けているかのように、男の刀が横たわっていた。

 

「…コイ!」

 

 男は刀へ手を向けて伸ばす。すると、倒れていた刀が独りでに、アマテラスからガングレリを奪った時のように男の手元へと飛んでいったのだ。

 刀をキャッチして、そのまま回転するように、自分へと突進してきていたアマテラスを迎え撃つが、

 

「!?」

 

 刀はアマテラスの頭に当たると同時、何か軟らかく、弾力のある物を叩きつけたかのように、ボン、と弾かれてしまう。

 それにより、隙だらけの男の胴へとアマテラスがその長い角を叩きつけた。

 

 刀へと纏わりついた水のベールの正体、それは敵の武器の威力を奪う緩衝材だった。

 切れ味鋭い刃はその鋭さを奪われ、重さを力とする鈍重な武器もその勢いを奪われる。

 それが男の刀を覆った水の膜の効果だったのだ。スサノオの黒炎を受けて何事もなかったのは、たまたまの副産物だったのである。

 

 

「グオォ…」

 

 メキメキ、と骨の軋むような音が男の中で響く。口から血を吐いた男を、角で力任せに投げ飛ばすと、

 

『グゥゥ…! コ、ロス、コロス、コロ、ス…コロスコロスコロスコロスコロス!!!!』

 

 上空へと打ち上げられた男の更に上空から、スサノオが急降下してその強靭な尾を以て、男を地面へと叩き落とす。

 

 ズガン!!

 

 大きな土煙を上げて、男は岩盤へとめり込んで、

 

「…ク、ヌケヌ…」

 

 這い出ようともがくも、あまりにも深くめり込みすぎて全く動けなかった。

 身動きの取れないまま、男はチラリと上空へと目を向ける。

 

『コロス! コロス!! コロスゥゥ!!!』

 

 先程までとは比べ物にならない大きさの黒炎の塊が、スサノオの顔の前で生成されていく。

 

 アマテラスは、その巨大な炎塊を見るや、即座に射程圏から脱した。獣の本能がそうさせたのである。

 

『コロシテヤル!!!!』

 

 スサノオの空間に響き渡るような大声と共に、巨大な炎塊が男へと向けて放たれる。

 その大きさゆえに、速度はゆっくりとしたものだが、関係ない。何故なら、男はまるで動けないのだから。

 

「クク、ククク…」

 

 徐々に近付いてくる死の宣告を前に、なおも男は愉快そうに笑っていた。その肌をジリジリと焦がしていくような熱気にも関わらずに、ただただ笑っていた。

 

「コレホド…カ…」

 

 瞬間、男を黒い炎が飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その恐ろしい力を目の当たりにし、リョウマ達は愕然としていた。

 

 轟々と燃え盛る黒炎の跡には、もはや外套の男の姿形すら残っていない。

 

『アアアアァァァァ!! ウアアアァァァァァ!!!!』

 

 殺すべき相手を失って、行き場のない怒りが、スサノオとアマテラスの中で渦巻く。このままでは、その内完全に自我を失って、今度こそリョウマやアクア達にも危害を及ぼそうとするに違いない。

 

 幼子が母を求めて泣き叫ぶように、がむしゃらな叫びを上げてスサノオとアマテラスは天へと向かって鳴き声を上げる。

 

「…」

 

 その恐ろしい力を目にして、普通なら足が竦んでしまうというのに、無謀にも武器を持たずに歩み寄る者がいた。

 

「私が、止める」

 

 それはアクアだった。

 アクアは両手を広げ、スサノオとアマテラスへと語りかけるかのごとく、歌い始めた。

 不思議な力を持つ歌が、スサノオとアマテラスの動きを止め、その視線は自然とアクアへと向かう。

 

「止めろ! 危険だ!!」

 

 リョウマが、アクアを止めようと駆け寄る。リョウマの腕の傷は既にサクラによって治療されていたのだ。

 しかし、駆け寄るリョウマを、突如アクアの周りから現れた渦潮の柱が遮り、弾いてしまう。

 

 アクアは歌を止めず、視線だけを背後に向けて、

 

 ───私に任せて。

 

 と、目だけで語っていた。

 

 

『グルルル……』

 

 徐々に近付いてくるアクアに、スサノオは何故か翼から力が抜けて地面へと降り立ち、アマテラスは、怯えるように後ずさりをする。

 

 そして、歌うアクアがその手をアマテラスへと向けて差しだそうとしたその時、

 

『アアアアァァァァ!!??』

 

 アマテラスが腕を振りかぶって、その長い爪でアクアを追い払うかのように引っ掻いた。

 

「あう…!?」

 

 頬を多少掠るが、勢いのためにアクアが後ろへと倒れ込み、それを見たサクラが悲鳴を上げる。

 

 しかし、旋律は再び奏でられ、体を起こしたアクアは、アマテラスの竜の目を見つめて歌う。

 

『ア、ガ、アガァァ!!』

 

「うっ!」

 

 ガシッとアクアの首を掴み、地面へと押し倒したアマテラス。その手の力は徐々に強くなり、アクアの首を締め上げていくが、

 

「…殺しても…いい…。だから…お願い、だから…戻って…きて……」

 

 絞り出したような声で、アクアはアマテラスの頭を撫でて言う。自らの命と引き換えにでも、アマテラスを救いたいという気持ちが、アクアの心の中ではいっぱいだったのだ。

 

『………』

 

 アマテラスは静かになり、そして、アクアの首からソッと手を離す。

 そして、アマテラスに変化が起きた。抑えきれない獣の衝動が、頭から消えていく。それに伴って体も竜から人へと戻り始めたのだ。

 

 スサノオも同じく、苦しむように身をよじりながら人の姿へと戻っていく。アクアの歌の力が、スサノオの心を支配していた獣の衝動も解きほぐした結果だった。

 

 竜へと変化した時と同じ、紫色の光が全身から発せられ、光が収まる頃には人の体へと完全に戻っていた。

 

「……はあ……はあっ……」

 

「あっ…ぐぅっ…!!」

 

 天を仰ぐようにして膝を着く2人が頭を押さえながら、呟いた。

 

 

「思い…出した……俺は…」

 

「私は……あの時……」

 

 封じられし記憶が、鮮明に浮かんでくる。

 

 

 

『このような罠にまんまと掛かるとはな…白夜王スメラギ…放て!』

 

 暗夜王ガロンと、本当の父親である白夜王スメラギの背中。

 そして彼を襲う無数の矢に、スメラギは何か守るかのようにして受け止めた。

 

『ぐ……っ!』

 

 無数の矢を受けてなお、スメラギは膝をついても倒れはしなかった。

 

『…ふん』

 

『ぐおおああぁぁ!!?』

 

 そして、つまらないとばかりに、ガロンは手にした斧により、スメラギを一閃した。

 それにより、スメラギは倒れ伏す。その体はもう、微かにも動く事はなかった。

 

『……お前達は』

 

 倒れたスメラギの背後にいた子供達を前にして、ガロンはにやりと恐ろしい笑みを浮かべ、手を伸ばす。

 

『…お前達は生かしてやろう…。

 

 

 

────我が子としてな!』

 

 

 

 

 蘇る悪夢に、スサノオとアマテラスは大地に手足をついて、絶望する。

 

 暗夜王ガロンとの繋がりは、全て偽りの上に積み上げて来られたものだったのだ。

 

「お父……様……」

 

「…父上……何故……っ!」

 

 信じていたものは偽物で、本物も気付いた時にはもう、この手にはない。

 暗夜の父は偽物、本当の父である白夜王スメラギはもういない。母も、もう死んでしまった。

 もう、残されたのは、きょうだい達とのつながりだけ。

 

 でも、

 

 果たして、

 

 

 それは、一体どちらのきょうだい……?

 

 

 


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