ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
2人の突然の変貌に、リョウマはおろか、その場にいて無事だった者達が唖然とする。
人間が、竜へと転身した───。
如実には信じがたい現実に、人である彼らは我が目を疑い、ある者は目をこすり、ある者は目をグッと閉じ、それが夢か幻ではないかと確かめるが、
『ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!! ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!』
その目に、その耳に、竜の咆哮が嫌という程にその存在を実感させてくる。
あれは、正真正銘、現実であるのだと。
「え…!? あ、あれは…!?」
タクミの言葉は、先程までの威勢が完全に消え去り、畏怖と驚愕に支配されていた。
「まさか…、いにしえの神……竜───」
伝承に聞く竜の姿に非常に酷使したその姿に、リョウマは畏敬の念を感じずにはいられない。
しかし、違和感も存在する。
アマテラスの姿からはとてつもない神々しさが発せられているのに、スサノオから発せられる気配は歪で、恐ろしささえ感じさせる程に邪悪な気配を全身から漂わせていた。
「…! 皆、戦闘態勢を取れ!」
竜に圧倒されて気付くのに遅れたが、先程の外套の人物の他に、更に奇怪な存在がリョウマの目に映ったのだ。
「なんだ、こいつらは…?」
ヒノカが驚きの声をあげて、敵を凝視する。
彼女が驚くのも無理はない。何せ、敵の姿は朧で、全身が透けているのだから。
辛うじて、時折だが、蜃気楼のようにその姿がぼやけて見えるのが唯一の救いか。
「…! 奴は……」
リョウマは姿の捉えづらい敵の中に、先程の爆発を引き起こした外套の人物の存在を発見する。そして、手にした刀、雷神刀を構えて外套の人物へと向けて走り出した。
「リョウマ兄様! くそ、行ってしまわれたか…! 皆、気を抜くな! 敵は姿が捉えづらい! 少しの異変も見逃すな!」
愛馬である天馬へと跨がると、ヒノカは手にした薙刀を縦横無尽に振り回す。
「やはり、私にはこれの方がしっくりくる…。行くぞ!! 母様の敵を討つ!!!」
涙を堪えて、白夜第一王女が天へと舞う。その眼が見据えるは、不可視の怪人。
「くそ…! 一体何がどうなってるんだよ!!」
タクミはタクミで、母の死でさえ受け入れきれていないというのに、唐突すぎる戦闘に戸惑いを隠せないが、それでも自身の得物である風神弓に矢をつがえて敵を探す。
今はただ戦う。そうすれば、グチャグチャになった心も元通りになるはずだから。
「母様…うぅっ…母様ぁ……」
母の亡骸を前に、ぺたりと座り込んで涙を流すサクラを、アクアは隣でそっと抱きしめながら、状況の把握に努めていた。
(まさか…白夜王国の内側に入り込んでいるなんて…迂闊だった)
アクアはこの謎の怪物達を知っている。いや、正確には、怪物ではない、哀れな兵士達だ。
ただ、知ってはいても彼らの事は誰にも話す事は許されないのだが…。
(敵は…おそらく20人前後…。白夜へと侵入出来る最低限の人数、という事かしらね)
注意を払うべきは、リョウマと相対する謎の外套の人物…おそらくは男であろう。奴は気配や、先程の爆発を起こした事からも、この怪物共の中では最も強く危険な存在に違いない。
そして、
(今、一番注意を払わなければならないのは…やっぱりアマテラスとスサノオね)
眼前での母の死という悲しみにより、竜の姿へと覚醒した2人。しかし、その力を制御出来てはいなかった。
咆哮を上げたスサノオとアマテラスは、見えないはずの透明な敵を、どういう訳か的確に襲いかかっては、その鋭く太い牙、爪、角、そして強靭な尾で敵を1人、また1人と確実に仕留めていく。
傷を負うと姿が一時的にだが、はっきりと視認出来るようになるらしい。そのせいで、
敵がその体を真っ赤に染めて、全身がひしゃげていく様が鮮明に目に映っていた。
『グオォオォオォォォォ!!!!!!』
2体の竜は、敵が死んでもなお攻撃を止めはしなかった。倒れ伏す敵の体を何度も踏みつけ、何度も切り裂き、何度も突き刺し、何度も抉り…。もはや人の原型すら留めてはいなくなってようやく、竜はその攻撃を終える。
彼らにとっての攻撃とは、敵対する者を完全にすり潰す事なのだ。
そして、敵がグチャグチャに壊れたオモチャのようになったのを見ると、竜達は新たなオモチャを探すように、視界に入った敵兵へとその翼を広げて突進していく。
(今の彼らにはまるで見境がない…。今は彼らが敵兵だけを襲っているのが唯一の救いだけど…それもいつまで保つかは分からない…)
いつ、スサノオ達が自身やリョウマ達に牙を剥くかも分からないのだ。今はまだ、辛うじて竜の意識に悲しみと怒りという人間としての感情が張り付いているから、母を殺した彼らに敵意が向いているが、その内スサノオ達の意識は完全に獣の本能へと塗りつぶされてしまう。
そうなる前に、彼らの暴走を止める必要があった。
「…私がやらないと」
リョウマは、外套の男と向かい合い、互いに刀を重ね合わせていた。
「貴様、何者だ! よくも、あのような卑劣な事を!!」
「ククク…」
外套の男は不気味に笑うだけで、一向に話そうとしない。
しかも、白夜王国で最強のリョウマと互角以上に渡り合っているのだ。奇しくも、互いに刀という同じ種類の武器を持っている事から、リョウマはこの敵が格上の相手である事を肌で感じていた。
「くそ…! 厄介な…! 気を抜くな、皆! この怪物共、相当に手強い。今までの敵とは桁違いだ。迂闊に挑めば死ぬ!」
刀を大きく弾くと、リョウマは一度距離を取り、周囲を確認して全員に呼びかける。
ヒノカやタクミも、姿の見えない敵を相手に苦戦していた。何しろ、狙いがとにかく定め辛いのだ。
「くそ…勝ち目があるとすれば、スサノオとアマテラスの───竜の力か…」
「……ソウダ」
リョウマの呟きに、外套の男が初めてまともに言葉を発した。驚く程に冷たく無機質なその声は、およそ人間のものとは思えない。
「なに?」
「オマエニ、ヨウハナイノダ。…リョウマヨ」
「…! 気安く我が名を呼ぶな。暗夜の下劣が!」
離した距離を再び一気に詰めるリョウマ。その鋭い刃を滑らせるように外套の男へと放つが、外套の男はスッとバックステップで避ける。
「まだだ!」
横に凪いだ姿勢のまま、雷神刀から雷光が迸る。強い雷を帯びた雷神刀を、リョウマが再び、今度は逆向きに振る。
すると、刀から雷が狼をかたどって外套の男へと襲い掛かる。
「…フフフ」
が、襲い掛かる雷狼を、一振りで掻き消してしまうと、今度はその風圧がリョウマへと襲い掛かる。
「くっ…!」
凄まじい風に、リョウマは腕で顔を隠して目を守る。だが、それが間違いだった。
「…アマイ」
「グフッ!?」
一瞬で間合いを詰めた外套の男は、リョウマの胴へと回し蹴りを放つ。更に、倒れたリョウマの胸へと刀を突き刺そうとして、それをリョウマは体を捻る事により、間一髪で急所への一撃を回避する。
ただ、急所へは外れただけで、
「ぐぅ…ッ!」
左腕を刀が貫いていた。
「ぐ…くそ…! たとえこの命失おうと、貴様だけは……!」
手に握りしめた雷神刀に力を込めるリョウマ。その途端、バヂヂヂ! と雷神刀がけたたましい音を立てながら雷を放ち始める。
その様子を、外套の男はフードによって顔は見えないが、冷めた様子で眺めて、
「ムダナコトヲ…」
突き刺した刀を抜いて後ろへと飛び退いた。
「く…」
捨て身覚悟だったリョウマは、刀を杖にして立ち上がる。何故か、リョウマの捨て身の攻撃は外套の男に見抜かれていた。
「アソビハオワリダ…。コイ! スサノオ! ソシテアマテラスヨ!! オマエタチノハハヲコロシタモノハココニイルゾ!!」
外套の男の叫びに、敵を殺して回っていたスサノオとアマテラスの動きがピタリと止まる。ゆっくりと、その顔は外套の男へと向けられていき、そして、
『ガ、グガアァァァァ!!!!』
咆哮と共に、男へと向かって突進を開始した。
「ま、まずい…!」
その進行上には、膝をつくリョウマが。
「リョウマ兄様っ!」
と、リョウマの手がサクラとアクアによって引っ張られ、ギリギリのところで竜の行進から逃れる。
「サクラ、アクア…すまない、助かった」
「よ、良かったですっ…!」
さっきまで泣いていたとは思えない程に、サクラには元気が戻っていた。
「偉いわ、サクラ…。あなたが頑張ったおかげで、リョウマを救う事が出来た」
「ア、アクア姉様が励ましてくれたお陰ですっ」
顔をほんのりと赤く染め、ガッツポーズをするサクラ。
リョウマも立ち上がると、再び雷神刀を握り直す。
「とにかく、助かった。だが、この命に代えても奴だけは……!!」
険しい形相で、2体の竜と対峙する外套の男を睨み付けるリョウマだったが、
「リ、リョウマ兄様っ、だめですっ! 下がってくださいっ! お願いですっ、兄様達にまでもしもの事があったら、私…」
サクラの必死な頼みは、もう自分の大切な人達がこれ以上失われるのを恐れるが故だった。
「サクラの言う通りよ。今は下がって、リョウマ…」
「サクラ、アクア……。くっ……止むを得ぬ……」
雷神刀を握る手から、力が抜けていくリョウマ。リョウマの周りをガードするように、サクラ、アクア、リンカ、スズカゼが構える。
「済まんな、皆…」
「気にするな。お前はこの国の第一王子なんだろう? もっと大きく構えてろ」
リンカが得意気な顔をして言う。
「それにしても…スサノオとアマテラスのあの力は凄まじいな」
改めて、リョウマは周囲を見渡した。遠くではヒノカとタクミが互いに背を預け合うようにして戦っていたが、どうやら敵はスサノオ達がほとんど倒してしまったらしく、悲惨な敵兵の成れの果てがちらほらと散見出来た。
「ええ…。これが神代の…竜の力…。でも…」
と、アクアは少し言いよどむが、スサノオとアマテラスから目を逸らさずに言った。
「私には…泣いているように見える。力に囚われる事に…獣へと堕ちていく事に……そして何よりも、母を失った哀しみに…泣いている幼子のようにしか見えないのよ」