ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
スサノオとアマテラス、2人が白夜王国へとやってきてから、もう数日が経っていた。
その間、ミコトは失われた時間を取り戻そうとするかのように、暇を見つけてはスサノオとアマテラスと時間を過ごすようにしていた。
アマテラスも、一緒に眠った日から徐々にミコトに対して心を開き始めており、笑顔になる事も増えていた。
スサノオは……いや、スサノオだけではなく、アマテラスも未だ自分の立場に悩み続けていた。
自分は何者なのか───。
白夜の王子、王女なのか。
暗夜の王子、王女なのか。
やがて、この選択を問われる時が必ずやってくる。それも、遠くない未来に……。
その時、自分は一体何者なのであるかを、まだ、2人は決められずにいたのだ。
───王の間。
スサノオとアマテラスは、いつものようにミコトのお願いとして呼ばれ、玉座の前まで来ていた。
「どうですか、スサノオ、アマテラス。白夜王国には慣れましたか?」
玉座の隣に立ちながら、ミコトは我が子へと尋ねる。その顔には、母の慈愛に満ちていた。
「…はい。白夜王国は私達の祖国である事が、なんとなく分かるような気がします。過ごしていくうちに、私の心は懐かしさをとても感じていますから」
「…母上、他の人達は?」
アマテラスは柔らかい笑みを浮かべていたが、スサノオは固い表情で、何故この玉座の前へと2人だけで呼ばれたのかが気になっていた。
「もうすぐ来てくれます。…ねえ、スサノオ、アマテラス」
ふと、真面目な顔へと変わるミコトは続けて言う。
「急でびっくりすると思いますが、あなた達に一つお願いがあるのです。もしよかったら、この玉座に座ってみませんか?」
「え…? ど、どういう事ですか?」
ミコトの言葉の通り、2人は唐突なお願いに驚いた顔をする。
「いいですか? この玉座には、いにしえの神…神祖竜の加護が宿っているのです。座る者は、真の姿、真の心を取り戻すと伝えられています。ですから、あなた達が座れば、もしかしたら……」
ミコトの願いは、残念ながらねじ曲がってスサノオ達に伝わってしまう。
「まさか…あなたは俺達が暗夜王国の魔法か何かで操られているかもしれないと…そう疑っているのか?」
「そんな…お母様……?」
我が子の疑惑の目に、ミコトは悲しそうに、
「いいえ、そうではないのです。ただ、もしもあなた達が暗夜によって記憶を封じられていたなら…私の事を思い出してくれるかも…そう思って…」
「………」
か細くなっていくミコトの言葉に、スサノオとアマテラスは不信感を抱かずにはいられなかった。
どれが本当で、どれが嘘なのか。
どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか。
すべてが本当で、すべてが嘘なのか。
2人は、ミコトを、母親を信じたくても、どうしても信じ切る事が出来なかった。
「ごめんなさい…私は、あなた達を傷つけてばかりですね…」
我が子の疑心に、心を痛めているのはむしろミコトなのに、ミコトはそれでも大切な子供に、謝る以外に出来なかった。
と、そこへ来訪者が現れた。ミコトの言っていた、他の者が来たという事である。
「失礼します、ミコト様。皆様お揃いになりましたよ」
男の報せに、ミコトは気を取り直して、笑顔で答える。
「ありがとう、ユキムラ。…スサノオ、アマテラス、彼と会うのは初めてでしたね。彼はユキムラ。軍師として白夜王国の政務を助けてくれています。私の、あなた達との時間が欲しいというわがままの為に、彼が私の分まで執務を肩代わりしてくれていたのですよ…?」
ミコトの紹介に、ユキムラは頭を下げてスサノオ達に礼の姿勢をとる。
「浅学非才の身ではありますが、どうかお見知り置きくださいませ」
頭を下げるユキムラに、スサノオは数日前の事を思い出す。
「あなたが…ユキムラ…。確かクリスが口にしていた名前か…」
「おや? クリスさんをご存知で?」
「あら、スサノオは彼らともう会っていたのですか?」
ミコトやユキムラの様子から、ルディアが言っていた事が嘘ではないと分かるスサノオ。
「ああ…。少々揉めかけたが、良い奴らだと思う」
アマテラスのみ、彼らの事を知らないので会話に入っていけず、目が点になっていた。
そして、暇になったアマテラスは王の間に数人が入ってくるのに気がつく。
リョウマ達、白夜のきょうだいだった。
「みんなも来ましたね…」
ミコトもそれに気がつき、改めてスサノオ、アマテラスへと向き合う。
「スサノオ、アマテラス、民の皆に、あなた達が戻ってきた事を知らせたいと思って、都にお触れを出しているのです。ユキムラ、知らせはもう回りましたか?」
「はい。炎の広場でお披露目が行われる事、民達に伝わっております。なにぶん急だったもので、国中に知らせを回す事に時間が掛かってしまいましたが…」
この数日は、それまでの時間を潰すようなものだったのである。ただ、ミコトにしてみればようやく再会した我が子との大切な時間であった事もまた確かではある。
「では、ヒノカ、タクミ、サクラ。あなた達きょうだいで、スサノオとアマテラスを『炎の広場』に連れていってあげてください。私は執務を終えてから、リョウマ達と一緒に追いかけて行きます。それまで城下町を案内してあげてちょうだいね」
名を呼ばれた3人が、スサノオとアマテラスの横に並び、ヒノカが代表して答える。
「承知しました、母様」
「……」
ヒノカの頼もしい言葉とは裏腹に、タクミと呼ばれた少年は、面白くなさそうな顔をしてスサノオ達を睨んでいた。
タクミとは、白夜王国の第三王子、つまりスサノオとアマテラスの弟である。2人はヒノカとサクラを救出した翌日に、タクミとも面会していたのだが、素っ気ないもので、自己紹介だけを済ませてタクミはさっさとどこかへ行ってしまった。
それからも城ですれ違う事があっても、食事を皆で摂る時も、タクミはスサノオとアマテラスには一切関わろうとはしなかったのである。
なので、他のきょうだい達の中でタクミの事のみ、スサノオ達もまだ全く把握出来ていなかった。
ミコトはタクミの様子に気づいてはいるものの、あえて触れはしなかった。時間が解決してくれると信じていたから。
「あなたも一緒にお願いできますか? アクア」
皆から一歩引いた辺りで立っていたアクアに、ミコトが声を掛ける。それにアクアは笑顔で答え、
「ええ、ぜひ」
アマテラスの前へと歩み出る。
「よろしくお願いします、アクアさん」
「よろしくね、アマテラス」
「………」
仲むつまじいその様子に、スサノオ、タクミ以外は和やかに見守っていた。
「あ、あのあの、スサノオ兄様、アマテラス姉様!」
と、いつもはおずおずとしているサクラが、小さな勇気を振り絞って大きな声を出す。その顔は、ほんのりと赤く染まっていた。
「この国の人達は、みんないい人ばかりですっ。どうか、兄様と姉様をご紹介させてくださいっ!」
そんな健気な妹の頭を撫でながら、アマテラスは微笑んで返す。
「はい、ありがとうございます」
「は、はひっ! …えへへ」
一瞬驚いたものの、サクラは嬉しそうに頬を緩ませて、撫でるアマテラスの手を堪能していた。
「では、行って参ります」
ヒノカの言葉を機に、6人が王の間を後にする。その姿を見送りながら、ミコトは我が子の名を小さく口にしていた。
「スサノオ、アマテラス…」
ミコトの悲しげな呟きに対し、ユキムラは、
「すぐに受け入れる事は出来ないでしょう。ただ…こうして帰ってきてくださった事は、天の思し召しに違いありません」
その言葉に、ミコトもスサノオ達が帰ってきてくれた事は、何よりの救いだと感じていたが、リョウマは渋い顔で、もはや姿が見えなくなった弟妹の事を考えていた。
「…だといいんだがな」
リョウマのその否定的な言葉に、ユキムラが問う。
「何故、そのような事を…?」
「…嫌な予感がするんだ。何か恐ろしい事が起こる、そんな予感が…」
リョウマはそれ以上は何も言わなかった。言ってしまえば、それが現実になってしまうような気がしたから。
「……」
ミコトはただ、子供達に何も起きない事を願うばかりだった。
城下町へと繰り出した6人は、大勢の人で賑わう露店街を歩いていた。
一本道には所狭しと、両側をたくさんの出店が構えており、食べ物や遊戯、お土産の置物や衣服に小物といった身に着ける物まで、様々な種類の店が客で溢れ返っている。
「すごい活気だな…」
その賑やかさに圧倒されるスサノオとアマテラスに、ヒノカとアクアは、
「ああ。白夜王国でも1、2を争う賑わいだからな。それだけ、白夜は豊かである証拠なんだ」
「それに、この通りだけではなくて、白夜王国には民の笑顔で溢れているわ。さっきサクラが言っていたように、この国の人達が良い人ばかりという何よりの証拠でもあるわね」
そのサクラはといえば、
『に、兄様と姉様に、この国一番のお団子を買ってきますっ!』
と言って、ヒノカから同行するように言われたタクミと共に、件の団子屋へと行っているため、今はいなかった。
『…なんで僕が団子なんかを…』
と、タクミは文句を言いながら渋々といった様子ではあったが…。
「アマテラス、タクミの事なら気にしないで…」
アクアの言葉に、アマテラスは顔に出ていた事に気がつく。
「タクミはいつもあんな調子なの…。私にだって、まだ打ち解けてくれてないわ…」
「え…? でも、アクアさんはここで暮らして長いんでしょう? なのに、どうして…?」
「どうして、でしょうね? タクミにもタクミの想いがある。そこに私がズケズケと踏み込んで良いものじゃないわ。だから、あの子が心を開いてくれるまで…私は待つの」
どこか、寂しげなその横顔に、アマテラスはどうにか元気づけようと露店を見渡す。
そして、美味しそうな匂いが漂ってくる事に気がつくと、その店の前までアクアの手を取り、引っ張っていく。
「え…? アマテラス、何を…」
「あらあら、そこのお嬢ちゃん方! うちの焼き芋に目を付けるとは、良い目利きだねぇ! どうだい、焼きたてのお芋でも1つ。うまくてほっぺたがとろけちまうよ~!」
店のおばちゃんが焼き芋を差し出して聞いてくる。アクアは戸惑っていたようだが、アマテラスはおばちゃんに笑顔を向けて、
「じゃあ1ついただきます」
お金を渡し、紙にくるまれた焼き芋を受け取ると、少し息を吹きかけてから口にした。
「ふー、ふー。あむっ。…あちち…はふ…うん、すごく美味しいです!」
満面の笑みを浮かべて、焼き芋を咀嚼するアマテラス。
「こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました」
「あはは! 正直なお嬢ちゃんだね。気に入ったよ! いーよ、じゃあもう1つおまけだ。そっちの彼女と仲良く分けな!」
「ありがとうございます、おばさん!」
もう1つの焼き芋を受け取ると、アマテラスはにこやかにアクアへとそれを差し出した。
「…アマテラス、あなた…なんて言うか、処世術が上手なのね…」
ありがとう、と焼き芋を受け取って言うアクアに、アマテラスはキョトンとした顔で一言、
「へ…? 私はただ、思ったままの感想を言っただけですよ?」
「…いいえ、私の勘違いね。あなたはただ、とても素直なだけなのね。それはそれで、私は良い事だと思うわ…。……はむ…うん…美味しい」
顔に疑問符を浮かべるアマテラスに、アクアもまた、焼き芋を口にして微笑んでいた。
一方、スサノオはといえば、
「スサノオ! これはお面と言ってな、顔に付けて仮装するもので、あれはリンゴ飴と言い、リンゴを溶かした砂糖で覆ったお菓子で、あれは…」
少々興奮気味なヒノカに引っ張られながら、色々な説明を受けていた。
「ヒノカ…姉さん、アマテラス達とはぐれてしまったようだが…?」
「何!? むう…そうか、仕方ない。アクアも居る事だろうし、集合場所の炎の広場で合流出来るだろう。まだ少し時間もある事だし、スサノオ! 私達もそれまで時間を潰そう!」
と、グイグイとスサノオの腕を引っ張るヒノカ。その様子は、はしゃいでいる子供そのものだった。
「……カミラ姉さんもそうだが、姉というのはこうも弟や妹を構いたがるものなのか…?」
「ん? 何か言ったかスサノオ?」
「いや、何でもない」
「そうか。お! くじ引きがあるぞ! よし、やっていこうスサノオ!」
目を輝かせて突進するヒノカ、引っ張られていくスサノオはぼそりと呟くのだった。
「…つ、疲れる……」