ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
第0話~終わりから始まる物語~
今日、両親が死んだ。
父も母も、バリバリの仕事人間だった。俺達双子の兄妹は幼い頃から家政婦に育てられ、いつも夜遅くに帰ってくる両親とはまともな会話すらままならない。それだけ、両親の仕事は多忙極まるものだった。
ただ、俺達が両親から愛されていなかったかと問われれば、答えは否だ。2人揃ってとはいかないが、貴重な休日を父と母それぞれが俺達兄妹と過ごす為に費やしてくれた。
たまにしか無い親と過ごせる時間。俺達はここぞとばかりに、ワガママを言いたい放題やりたい放題だったが、両親は嫌な顔一つせずに可能な限りお願いを聞いてくれた。
だから、そんな両親が、忙しくて中々一緒に過ごせないけど、それでも俺達は大好きだった。
「兄さーん! そろそろ出ないとお父さん達のお迎えに遅れちゃうよー!!」
「分かってるって! あとは電気の消し忘れだけ見たら終わりだから!」
居間のテレビを消し、明かりが他に点いていないかを手早く確認していく。洗面所良し、トイレ良し、キッチン良し……と、軽い視認で済ませて、妹が待つ玄関へと向かう。
両親は急な出張で、今は海外に出ている。同じ会社で働き、それがキッカケで両親は結婚した訳だが、何も揃って海外出張しなくても良いではないか、と思って愚痴を零したのだが、父曰わく、意思疎通の完璧な2人だからこその辞令だったらしい。
確かに、2人揃っての休みは殆ど無く、あっても稀だったが、両親が同時に休みを取れた時の休日の過ごし方といったら、見ているこちらが胸焼けしそうになるくらい甘々だ。まさか会社でもそんな風では無いだろうかと心配して聞いた事もあるが、会社では全くしていないとの事。
まあ、信用出来るかは今ひとつ微妙だが……。
そんな訳で、丁度夏休み中の俺達高校生は、タクシーを外に待たせて、久方ぶりに両親と会う為に出掛ける準備をしていたのである。
「オッケー。確認完了、さぁて下まで行きますか」
「1カ月ぶりだねー。あ~、早く会いたいなぁ」
両親が出張に出たのは夏休みに入る少し前。なので、俺達が学校に行っている間に、両親は既に飛行機の中に居た。まともに送り出す事が出来なかった事もあり、せめて迎えだけは、とこうして空港へと向かう事になったのだ。
「
「仕方ないよ。だって本当に久しぶりなんだし。兄さんだって先週くらいからずっとソワソワしてたじゃない」
「な、何を言っているのかな~……?」
正直なところ、図星だったので誤魔化す。
「でもさ、ホントこんな時は嫌になるよね。エレベーターってさ」
光がボタンを押すと、2階に止まっていたらしいエレベーターが上がってくる。
俺達の住む階はマンションの7階。確かに、
「文句ばっか言ってんな。せっかく父さんと母さんが帰ってくるってのに、そんなぶーたれた顔はよろしく無いぞ」
「分かってるよぉ……」
光が頬を膨らませるのとほぼ同時に、『ピンポーン』とエレベーターの到着音が廊下に響く。
「そら、行くぞ」
「はーい」
目的地である空港まで、タクシーで揺られること40分。ようやく両親の乗った飛行機が着陸する空港へと到着する。
「とうちゃーく……って、あれ?」
「なんだかヤケに騒がしいな……」
空港内に入ってようやく気付いたのだが、どうにも中は騒然としていた。中には、膝をついて泣く人や、係員に掴み掛かって問い詰める人もいた。
「ねえ、兄さん…。なんだか私、ちょっと不安になってきたかも……」
ギュッと俺の服の端を握り締める光。そんな光と同じで、俺の胸中にも言い知れぬ不安がざわめいていた。
「大丈夫、大丈夫だ。きっと、父さん達は関係ない。別の何かが起きてるだけだから……」
自信の無い声だったが、どうにか光を安心させないと、という一心で優しく声を掛ける。
近くに居た、比較的落ち着いた若い男性に事情を聞いてみるために声を掛ける。
「あの、何かあったんですか?」
「え? ああ。なんでも、飛行機が墜落したんだって」
「つ、墜落……? どの便がですか!?」
あるはずが無いあるはずが無いあるはずが無い。自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟くが、その男性の言葉によって、俺の、俺達の淡い希望は脆くも崩れ去った。
「13便…だったかな。アメリカから戻ってくるやつ」
葬儀は質素なものにした。両親と仲の良かった友人や会社の同僚、上司の人、お世話になった人など、呼んだのは出来るだけ少なくした。
光の要望だった。父と母の死を心から悼んでくれる人しか来てほしくない、という想いからのお願いだったのだろう。そんな光の気持ちを汲んで、葬儀は小さめにしたのだ。
両親には親戚がいない。というより、俺達以外に血の繋がった家族がいないのだ。父は若い頃に親を亡くし、親戚はどこに居るかも分からなかったそうだ。
母は幼い頃は孤児院で育ったらしい。捨て子だったと笑って話していたが、そのおかげで父さんとの今があると思えば、幸せな人生だったとも言っていた。
両親の死、それは残された俺達兄妹がたった2人きりの肉親である事を意味していた。
「……ひっく。グズ……」
「……、いつまでも泣いてると、父さん達が安心出来ないぞ」
葬儀も終わり、今はマンションに帰って来ている。両親が仕事人間だった事もあり、お金は少なくとも俺達が成人するまでの間は保つくらいには貯えがあった。
「そん、なこと、ひぐ、言ったって、割り切れ、ないよぉ……」
「……そうだよな。そんな簡単じゃ、ないよな…。ごめんな……」
消え入りそうな程に弱々しい光に、俺はある事を誓った。もう両親もいない。頼れるものは、自分だけ。守るべき存在である妹、光だけはどんな事があっても、自分が守ってみせる、と。
しかし、俺もこの時は両親の死で心が弱っていた。だから、細かな所まで意識が向かなかった。
「ん……」
いつの間にか眠っていたようだ。
居間で光の頭を慰めるように撫でていたが、そのままウトウトとして眠ったみたいだ。隣では、光がテーブルに突っ伏して寝ている。
「いくら夏だからって、何も無しで寝たら風邪ひくな……」
光を起こさないように立ち上がり、布団を取りに行こうとして、異変に気付いた。
どうにも、部屋の中が焦げ臭いのだ。
「なんだ……?」
違和感を感じた時点で、光を起こして部屋を出れば良かったのに、俺は違和感の元を探しに行ってしまった。
(キッチンからか……?)
マンションにしては珍しくキッチンと居間が続いていないので、扉越しにキッチンへと入る。そして、
「な……!?」
燃え盛る床が目に入ってきた。
「か、火事だ!」
消そうにも、もはや勢いが強すぎて消すに消せない。気が動転する中、俺は殊更勢いよく燃えている部分に気が付く。使い差しの油に、原因は分からないが何かが引火したのだ。
近くに転がった延長コード、もしかしたらアレが漏電して引火したのかもしれない。
とにかく、早く光を起こして逃げなければ……。
急いでキッチンから飛び出し、居間へ向かうが、その瞬間、ゴワッと一気に炎の勢いが増し、ギリギリの所を転がって回避した。
「あぐ…!?」
転がった際に足首を挫いてしまったが、無理にでも居間へと向かう。
「おい、起きろ!! 光!」
何度も強く揺さぶって、ようやく光が寝ぼけ眼を擦り始めるが、
「何…、兄さん?」
「火事だ! いいからさっさと外に……!!」
ゴウッ!
既に炎は居間まで侵食し始めていた。両親の死後、片付ける気力も湧かなかった為に、玄関や廊下にはゴミが少なからず散らかっていた。それに引火し、更に勢いが増したのだ。
「に、兄さん……!? なに、これ……!!」
怯えた表情で、目が潤む光。俺の服をギュッと握り締めてくる。
「大丈夫、大丈夫だから。絶対、助けが来るから」
震える光の手をソッと握り締め、落ち着かせるように声を掛ける。火の勢いが強すぎて、外に脱出するのは不可能。しかも、ベランダに出ようにも、厄介な事に居間にはベランダが付いていない設計となっていた。俺と光、そして両親の部屋にしかベランダは無い。
「けほっ、こほっ」
煙を吸わないように口と鼻を手で覆うが、防ぎきれない煙に、肺が焼かれるような痛みを感じる。
(く…、意識が……)
遠くなりつつある意識を、どうにかへばりつけて、完全に意識を失わないように保とうするが、
ズルズル。
服を掴んでいた光が、力無く崩れ落ちた。
「…!! 光!! 起きろ光!!」
何度も何度も揺さぶるが、光は目を覚まさない。
「チクショウ!! ふざけるな!! お前だけは守るって誓ったばっかなのに!! こんな、こんな所でお前を死なせちまう訳には……!!!!」
助けはまだか、何故すぐに来ない、早くしないと光が。そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る。だからだろうか、踏ん張っていたはずの意識が、さっきよりもずっと離れ掛けていた。
「ゲホッ! くっ……」
ドサッ、ついに俺も体から力が抜け、光の隣に倒れ込む。ただ、例え死のうとも妹だけは守りたい。その一心で、少しでも光に炎が及ばないように、彼女の上に包み込むかのように覆い被さる。
(お前だけは、俺…が……)
俺の意識は、そこで途絶えた。
「なんとまあ、可哀相な兄妹だ。親を失ったばかりで、今度は自分達がその命を落とすか。どれ、その魂、私が救ってやろう。ただし、魂だけだがな……」
生まれ変わる前の、2人のお話。
これ自体には大きく重要な伏線は無いけれど、全くの無意味という訳でもなく、
大切なのは、彼の誓いと『光』という名前の妹くらい。