ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第15話 湖の乙女

 

 夜、アマテラスは自分の部屋で、母と布団を並べて眠っていた。

 

「どうですか…お布団の寝心地は、良いですか…?」

 

 眠っていた、というよりは、眠れなくて、それが分かっているのだろう、ミコトはポツポツとアマテラスへと語りかけていた。

 

「暗夜では、地べたに直接ふとん? を敷いて寝ないので、不思議な気分です…」

 

「そうですか…。それじゃあ、これからはお布団に慣れていかないといけませんね…」

 

 うつ伏せのまま、アマテラスは向きを変えずにミコトの言葉を静かに聞いていた。見ていないが、おそらくミコトは優しく微笑んでいるという事が想像出来ていた。

 

「そうそう、お布団と言えば…昔、スサノオはよくオネショをしていたんですよ…?」

 

「スサノオ兄さんが…?」

 

 兄が粗相をしていたなど、初めて聞いたアマテラス。あの北の城塞で2人で幼い頃から暮らしてきたが、スサノオがそのような事をしたとは聞いた事がない。

 

「ええ…。よくオネショをしては、父上やリョウマに笑われて…うふふ。すると、スサノオったら終いには泣いてしまって…ヒノカによく慰めてもらっていました…」

 

「…そう、なんですか……」

 

 いまいち想像出来ないアマテラス。あのスサノオが、幼い頃はそんなに泣き虫だったとは思いもしなかったからだ。

 

「アマテラス…あなたはオネショはめったにしなくて、スサノオがヒノカに甘えているのを見ては拗ねて…私によく甘えに来ていたのですよ…?」

 

「え…」

 

「ああ…本当に、懐かしい…。あなたは覚えていないでしょうが、こうやってよく一緒に寝ていました…。その時は、あなたは私のお布団で2人並んで寝ていたのですよ…」

 

 アマテラスはソッと隣のミコトを見る。ミコトは目を閉じたまま、思い出に浸るように笑みを浮かべて語っていた。

 ただ、その目許には、涙が流れているように見えた。

 

「…本当に、本当に…よく帰ってきてくれましたね…アマテラス…」

 

「…お母様」

 

 ポツリとこぼしたアマテラスの呟きに、ミコトは口元をほころばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数刻程して、それでも眠れなかったアマテラスは、隣で眠っているミコトを起こさないように、静かに布団から抜け、部屋を出て行く。

 

 目的地もなく、ただふらふらと外へと歩いていく。今は無性に、外の空気を肌に感じたかったからだ。

 やがて、アマテラスは少し大きな湖へとたどり着く。湖畔は異様に静かで、小動物の鳴き声や、風のさざめく音さえ聞こえない。

 

「………」

 

 水際に立ち、水面に映る自らの姿を見つめるアマテラス。その顔には、苦悩が表れていた。

 

「…マークス兄さん、カミラ姉さん…レオンさん、エリーゼさん…。私は、私達は……」

 

 月が照らす中、アマテラスは思い悩む。自分がこれからどうなっていくのか、どうするべきなのかを…。

 

 そして、ふと…歌声が聞こえてきた。

 

 

「歌声……?」

 

 湖を見渡すと、桟橋が掛かっており、その上で歌う女性がいた。

 

 透き通るようなその歌声に、自然とアマテラスの足は彼女へと向かって歩き始める。

 

 そして桟橋の前にまで着くと、歌を歌っていた女性が静かに振り返る。

 歌は止み、彼女はゆっくりとアマテラスへ近づいてくる。

 

「……」

 

 女性は、アマテラスの目の前までやってくると、ジッとアマテラスを見つめていた。

 どこか、神秘的な空気を纏った彼女に、アマテラスは不思議と懐かしい気分を感じていた。

 

「すみません、つい聞き入ってしまって…。不思議な歌ですね。聞いていると心が落ち着くような……」

 

「あなた…アマテラス王女ね」

 

 女性は、アマテラスが名乗らずとも知っていた。その事に、アマテラスはより女性を不思議に思う気持ちが溢れてくる。

 

「あなたは…?」

 

「私はアクア。暗夜王国の王女……だった者」

 

「…だった?」

 

 何故か、聞かずにはいられなく、口は勝手に動いていた。

 

「ええ。あなたとスサノオ王子が幼い頃に暗夜王国にさらわれた後…白夜王国はあなた達を取り戻そうと手を尽くしたけれど、失敗に終わったわ。だから、あなた達と交換するため、忍達は私を白夜へ連れ去ったの。ちょうど、あなた達と反対の…対の人質として」

 

「なんですって!?」

 

 アクアの告白は、アマテラスを驚かせる。まさか、自分の知らないところで、それほどまでに大きな駆け引きが起きていたとは、知りもしなかったのだ。それに、誰もアクアの存在については一切教えてくれなかった。

 だから、アクアの人生が自分達のせいで大きく狂ってしまった事に、大きな責任を感じていた。

 

「いいえ…誤解しないで」

 

 それを見抜いたアクアは、アマテラスに語りかける。

 

「私はこの白夜王国で暮らしてきたけれど、少しも不幸じゃなかったわ。敵国の王女である私にも、この国の人達は優しくて……。ミコト女王は、私を実の娘のように愛してくれたわ」

 

「……」

 

「…こんな夜更けに1人でここに来るなんて、ミコト女王と、何かあったの?」

 

 それはアマテラスだけに言える事ではないが、アマテラスにはアクアにそう返す余裕がもうなかった。

 

「…分からないんです。どうしたらいいのか。急にあの人が母親だなんて言われても…何の感情も持てません。今感じているあの人への、この感情だって同情によるものが大きい…。でも、あの人は私を愛してくれています。リョウマ王子や、みなさんも…」

 

「…そう。分かるかもしれないわ…。私も今、もし暗夜に戻ったら、あなたと同じ気持ちになるのかも」

 

 目を閉じ、再び桟橋へと歩きながら、アクアは言う。

 

「私は暗夜で生まれ、白夜で育った…」

 

 アマテラスも、アクアの後に続き、桟橋に足を踏み入れる。

 

「私は白夜で生まれ、暗夜で育った…」

 

 桟橋の端まで行くと、アクアはもう一度、アマテラスへと向き直る。

 

「私は、白夜の民として生きていくわ。この国で、みんなと共にいたい。ミコト女王の平和を愛する心を知ってるから。そして暗夜王ガロンが、どれほど残虐な男か知ってるから…」

 

 嫌な事でも思い出すように、夜空を眺めながらアクアは眉間にシワを作ってガロンの名を口にした。

 やがて、再びアマテラスへと視線は戻り、彼女は問う。

 

「ねえ、アマテラス…あなたはどうするの?」

 

「……私は…」

 

 アクアの問いに、アマテラスは答えられなかった。未だ、答えは出ていない。自分は、どうすればいいのかを、まだ決められてはいない…。

 

「………」

 

「…そうよね。あなたにも、暗夜の家族がいるのでしょう…。そう簡単に決められる事ではないわ。…あなたとスサノオ王子は、確か双子だったわよね…?」

 

「……はい」

 

「たとえ、あなたがどんな道を選ぼうと、スサノオ王子がどんな道を選ぼうと…私はあなたの味方でいてあげる。あなたとスサノオ王子が手を取り合って笑う未来でも、あなたとスサノオ王子が道を違える事になる未来だとしても…私があなたのそばにいてあげる…」

 

 

───私だけは、あなたの味方で居続けてあげるわ。

 

 

 アクアはそれだけ言って、湖へと向き直ってしまう。

 

「どうして、私にそこまで…?」

 

「何故かしらね…」

 

 背中越しに伝わるその声。それはアクア自身にも理由がはっきりとは分かっていない事を物語っていた。

 

「ただ…強いて言うなら、あなたと私がどこか似ているから…かしら」

 

「私と…あなたが…?」

 

「さあ、もういいでしょう。そろそろ戻って眠りなさい。いつまでも戻らないと、ミコト女王も心配するわよ」

 

 そこで、アマテラスは疑問に思う。ミコトは確かに眠っていたはずなのだが、何故心配するのか、と。

 

「…ミコト女王が、そこの木の陰からずっとこっちを見ているのよ」

 

 そんな疑問に、アクアがアマテラスまで近づくと、アマテラスの背後のとある木へと目配せしながら小声で呟いた。

 

「え」

 

「大方、あなたが布団を抜け出して行ったから、心配になってついて来たのね。確か、今日はあなたと一緒に寝るってはしゃいでいたから」

 

 意外とお茶目な一面もあるのだと、アマテラスはようやくミコトへと親近感を抱いたのだった。

 

「早く帰ってあげなさい」

 

「アクアさんは…まだここに?」

 

「ええ…。私は普段から、たまにこうしてこの湖に1人で来てるから…。今日は1人ではなかったけれど…」

 

「そう、ですか…。分かりました。では、戻りますね。…アクアさんも、もう遅いので気を付けて下さいね」

 

 アマテラスは桟橋から引き返していく。チラリと木の方を見つめると、確かに、ミコトかどうかは分からないけれど、片足が少しはみ出ているのが分かった。

 

 

 

「アマテラス」

 

 

 

 不意に、アクアから呼びかけられる。

 

 振り返り、アクアに視線を送ると、アクアは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「さっき言った事…忘れないでね」

 

 


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