ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
無事にヒノカとサクラを救ったスサノオ達が下山する頃には、既に日が暮れ始めていた。
道中、ヒノカはスサノオとアマテラスから絶えず離れる事なく、まだ2人がさらわれる前の話をあれこれ話し続けては、リョウマに同意を求めたりと忙しないものだった。
サクラは、自分がまだ生まれて間もない頃の話だった事もあり、話に入っていけない事を少し寂しそうにしていたが、それを見たアマテラスが気を使って手を握ってやると、サクラはどこか安心したような、嬉しそうな顔をして小さくアマテラスの手を握り返していた。
その時、確かなつながりを、アマテラスもサクラも仄かにではあるが感じ取っていた。
城内へ帰る頃にはすっかり日も暮れ、リョウマは報告に、ヒノカは流石に疲れも出ていたために自室へと帰っていった。
サクラは負傷した足を診てもらうために医術師の元にスズカゼとリンカに連行されていった。
何故連行かというと、これくらい平気だと、サクラがわざわざ医術師の手を煩わせたくない事を理由に拒否したからだ。
祓串や杖は他者を癒やす力はあるが、使用者を癒やす力は持ちえない。これもまた、戦場で回復役が肝となってくる要因の1つとなっている。
「よく、無事に帰ってきてくれましたね。それに、ヒノカとサクラも救出してくれて…、私は母として、あなた達の事が誇らしい限りですよ」
帰ってくるなり、ミコトがスサノオとアマテラスをまとめて抱きしめる。流石に抵抗する気はなく、されるがままに流れに身を乗せる2人。
「すまないが…俺はまだ、あなたを母親として意識する事が出来ない…」
疲れたので部屋に戻る、と言ってスサノオはミコトの抱擁を解くと、ゆっくりとした足取りで城内の角へと消えていった。
「スサノオ…。仕方ありませんね…私が母としてあなた達と過ごしてやれた時間は、とても短いのですから…」
泣きこそしないが、今にも涙を浮かべそうな…母の顔に、アマテラスにはどうしようもない申し訳なさが込み上げてきた。
それも仕方のない事。何故なら、アマテラス自身もまだ、ミコトを母親として見る事が出来ていないのだから。
「…そうでした! まだ、アマテラスには部屋を教えていませんでしたね。最初のお母さんの仕事として、私が連れて行ってあげましょうね」
先程までの悲しそうな顔はなりを潜め、にこにことアマテラスの手を取るミコト。笑顔の裏で、どれだけ辛い思いを隠しているのか、アマテラスにはなんとなくだが伝わっていた。
城の少し奥の方まで歩いて行くと、ようやくとある一室へ到着する。
ミコトに連れられて中に入ると、部屋の中には子供用のおもちゃがちらほらと散乱していた。
まるで、この部屋の中だけが、時間が止まってしまったような、そんな錯覚に囚われる。
「さあ、アマテラス。ここがあなたの部屋ですよ。自由に使ってくれて構いません」
ミコトの言葉に、おずおずと部屋の中心へと歩いていくアマテラス。すると、室内のとある一角に目が行った。
「これは…?」
少し大きめの紙に、何かの絵が書かれているが、グチャグチャとしていて何かまでは判別出来ない。
「それは、小さい頃にあなたが描いた絵ですよ」
ミコトはアマテラスの隣に来て、絵を拾い上げる。
「ほら、これが父上、これが私、それからこれがあなた…」
「………」
懐かしむように絵を指で説明するミコトだったが、アマテラスには全く覚えがない。
それに気付いたのか、ミコトも少しシュンとした表情で続ける。
「ここは、あなたが子供の頃に住んでいた部屋です。あなたがさらわれた後も、この部屋はずっとあの時のまま…。片付けてしまうと、アマテラスが、スサノオがもう戻ってこないと認めるようで……どうしても出来なかったのです」
時間が止まったような、ではなく、本当に、この部屋の中は『時間が止まってしまって』いたのだ。
「大きくなりましたね、アマテラス…」
心の底から喜びの声を上げるミコトだったが、アマテラスはその喜びに応える事が出来ない。
「あの…私は…何も覚えていないんです」
「え…?」
「だから…今のお話に、どう反応すればいいのかが、分からなくて。あなたにとっては、私は愛する子だったかもしれません…。でも私にとっては、あなたは今日会ったばかりの人…。急に親子だと言われても…、その想いに応える事は出来ません…」
「アマテラス…」
「…すみません。あなたは私の、母親…なのに」
ミコトの顔を直視出来ず、アマテラスは俯いてしまう。自分が、どれだけ残酷な事を言っているのかが、理解出来ているからこそ、本当の母親の辛そうな顔を見れなかった。
「…いいえ。無理もありません…。あなた達はずっと、暗夜王国で育ってきたのですから…」
その言葉に、アマテラスは顔を上げると、ミコトの顔には切ない笑顔があった。
「でも…私は、奪われたあなた達との時間を、これから少しずつ取り戻したい。そして叶うならいつか…もう一度あなたと、あなた達と家族になりたい…。そう思っています」
「……」
「しばらくはここで自由に過ごしてください。城を見回ってもいい、外に出てもいい。あなたの自由にしていいのですよ」
そう言って、ミコトは穏やかに微笑んだ。
「そうだ、お母さんから1つだけ、あなたにお願いしてもいいですか…?」
「え?」
部屋を出て行こうとするミコトが不意に立ち止まり、振り返って尋ねてくる。
「今日は…私と一緒に眠ってくれませんか?」
「……白夜王国、俺の、俺とアマテラスの祖国…」
スサノオは、城内庭園にて空を見上げていた。
「…母上、か」
自分の部屋だと言われても、スサノオにとっては初めて訪れた未知の土地とほぼ変わらないのだ。そうそう簡単に眠れたものではなく、その上今日は色々な事がありすぎて落ち着かなかった。
なので気分転換に夜空でも眺めようと、庭園へと足を運んでいた。
暗夜王城とは違って、こちらには風情があって、機能性よりも感性に訴えかけてくる美しさが存在している。
「……俺は、どうすればいい? 俺は暗夜の者なのか? 白夜の者なのか…? 俺は一体何者なんだ…? 誰か…教えてくれよ…」
頭に浮かんでくる、暗夜の家族達、白夜の家族達…。スサノオの心は大きく揺れていた。
と、スサノオが思い悩んでいるところに、声が聞こえてくる。
「うーん! 今日もいい勉強が出来ましたね!」
「この国の楽器も中々に興味深いよなぁ…。シャミセン…だったか? バイオリンとはまた違った深みがあってよぉ…」
「どうして私がお守りなんかを…」
渡り廊下を、3人組の男女が歩いてきた。その姿は、およそ白夜に似つかわしくない、むしろ暗夜王国の格好に近いものがある。
「ああ!? バッカ、俺までお守りの対象にしてんじゃねーよ! こいつがほっといたら何するか分かんねーから俺とお前で見張り兼護衛してるんだろうが!」
よく見ると賊っぽい顔をした、人相の悪い男が分厚い鎧を着込んだ少女に怒鳴り散らしている。
「アンタは護衛してないでしょうが」
「ぐっ…、う、うるせー! どうせ俺には戦いの才能はねーよ!!」
「いやー、ユキムラさんの軍略は母さんとは違ったものがありますから、僕の母さん越えという夢を叶えるのにとても助かりますよ!」
この中では一番妙な格好(ボロボロで、変な模様が腕の部分についた黒いコートを着込んでいる)少年が、2人の口喧嘩とは全く別の事を1人ペラペラと喋っている。
そのあまりの奇妙な様子に、スサノオは警戒どころか呆気に取られて3人を眺めていた。
すると、向こうも気付いたようで、
「あれ? 誰かいますね。どうもこんばんは…っと、初めましての方ですか?」
「! バカ! 下がりなさい!」
「アンタ、白夜のモンじゃねえな…」
白夜の城内に、異国の装束を纏った者がいたら当然の反応だが、それは彼らにも言えた事であり、何とも滑稽な一面となっていた。
「そっちこそ、その姿…白夜王国の人間じゃないだろう」
「こっちは事情があって、ミコト様の元でお世話になってるって立派な理由があるのよ。それで? …どうしてだか、そちらには敵意が無いようだけど、あなたは何者?」
と言いつつ、手にした槍を下ろさない少女に、スサノオもまた両手を上げて、
「言うから、その槍は下げてくれ。…というか、聞いてないのか? そのミコト女王から」
「はあ? 何言って…」
賊っぽい男が睨みを効かせてスサノオに問おうとして、ボロボロコートの少年が先に言った。
「あ! もしかして、あなたがスサノオ様ですか!? いやぁ、初めまして! 僕はクリス。こっちの鎧マニアがルディアで、このキッタネエ賊みたいなのがブレモンドです」
そのヒドい紹介に、流石に他の2人も怒って、
「バカにしないで! 確かに鎧集めが趣味だけど、私は鎧を愛していると言っても過言ではないわ!」
「誰が盗賊だコラ!? 俺をあんな下品な連中と一緒にすんじゃねー!!」
1人、怒る論点がズレている気がしないでもないが、スサノオはそれについては深入りしないでおこうと密かに思った。もし聞こうものなら、延々と鎧について聞かされそうな気がしたからだ。
「と、これは失礼しました。先程の無礼、どうかお許しを」
ルディアがひざまずいて頭を下げてくる。ブレモンドとクリスもそれに倣い、スサノオに礼の姿勢をとる。
「いや、俺もまだ自分の立場を受け入れられてはいないんだ。だから、そんなにかしこまらなくてもいいぞ。なんなら、さっきまでの感じで気さくに話しかけて欲しい」
「では、失礼して」
そして立ち上がる3人。
「それで、スサノオ様は何故こんな所に1人でいたの? 確か、妹君であるアマテラス様も帰ってきたって聞いたけど」
「アマテラスは…あれだ。今日は母上と一緒に眠るらしい。さっき声を掛けた時にそう言っていた」
「なるほど…。それで、1人で物思いに耽っていたんですね」
このクリスという少年は中々に、ずけずけと物を言える性格をしているようだ。
「お前達はミコト女王…母上に世話になっていると言っていたが、お前達も白夜の人間じゃないだろう? どうして、ここにいる事になったんだ?」
その問いに、クリスとブレモンドは逃れるようにそっぽを向く。それを見て、ルディアは呆れるようにため息を吐いた。
「ミコト様とは何度か縁があってね。1度目はこのバカクリスが親から貰った大事な戦術書を落とした時に、たまたま街を回っていたミコト様に拾ってもらって、2度目はブレモンドが街で演奏していたのをミコト様がそれを見ていて、そして3度目が白夜兵がノスフェラトゥと戦っていたところを助太刀して、その時にその場に居たヒノカ様に礼をしたいと言われて連れていかれたこの城で、またミコト様と会ったのよ」
「こうして聞くと、不思議な縁があったものですよねー」
のんきに「あははー」と笑うクリス。そして、スサノオはギョッとする。クリスの隣では、男泣きをするブレモンドが居たのだ。
「ミ、ミコト様はよぉ…あんな綺麗な音色で演奏する俺が、悪い奴な訳がないって言ってくれたんだ…。俺は感動しちまったぜ…!」
「とまあ、色々あって私達は今に至るのよね。本当はクリスのわがままに付き合ってたら、流れでここに留まる事になったんだけど」
コツンとクリスの頭を小突くルディア。クリスはというと、申し訳なさそうに、小突かれた頭をさすりながら笑っていた。
「それで俺は決めたんだ。ここにいる間はミコト様の、この白夜王国の力になるってよ!」
「まあ、私としても、白夜王国と暗夜王国は戦争中だっていうし、私の武芸を磨くには丁度いいとは思っているしね。何より、この戦争は私達としても終わらせたいと思っているわ」
「そうか…」
「スサノオ様。何を悩んでいるかは僕には分かりません。ですが、スサノオ様が自分で選んだ道を後悔しないで下さい。僕の母も、苦渋の決断を選びましたが、結果として皆に笑顔は戻ってきました。スサノオ様も、自分の選んだ道がどんなものであろうと、信じて突き進めばいいんですよ」
それでは、と3人は一礼してその場を去っていった。
その後ろ姿を見ながら、スサノオはクリスの言葉を何度も頭の中で反芻させていた。
「自分の選んだ道を信じて…か…。俺は…俺が選ぶべきは……?」