ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第14話 白夜王女の涙

 

「てやぁぁ!!」

 

 数は少なくとも、徐々に強まってくるノスフェラトゥの攻勢に、ヒノカはなんとかサクラを庇いつつ切り抜けていた。

 

「ガガゲガ!!」

 

 倒しても倒しても、その度に次のノスフェラトゥが湧いて出てくる。流石に1人で相手にするには、分が悪すぎた。

 疲労はどんどん溜まる一方。敵を捌く効率もずいぶんと落ちてきた。このまま防戦一方では、かなり危険な状態である。

 

「次から次へと…キリがない!」

 

 再び襲ってきたノスフェラトゥの乱撃を、最低限の力で防いでいく。既に槍は幾度の暴力を受け止めて、ボロボロに擦り切れていた。

 そして、

 

「くっ!」

 

 バキッ!

 

 刃先付近の柄は、とうとう度重なる衝撃により砕けてしまう。

 すぐさまヒノカは予備として常備している折りたたみ式の槍を広げ、一気にノスフェラトゥの首の中心へと突き刺す。

 槍はノスフェラトゥの首を貫通し、ヒノカの手には肉を抉る嫌な感覚が伝わってくるが、気にせずに力強く引き抜く。

 

「ゴゴ…ガ…」

 

 異形の怪物の声にならない叫びと共に、ズブリという生々しい音が雪の世界に鳴る。

 

「まずいな…。早く切り抜けないと、これ以上は武器が保たない…!」

 

 予備の槍はあくまで予備。ヒノカはもしもの時の為に常備しているが、持ち運びに重点を置いていたため、強度は元々の槍よりも弱く、長時間の戦闘には向いていないのだ。

 

「ね、姉様…、私の事はいいですから、姉様だけでも逃げてください…」

 

 ヒノカの焦りに気付いたサクラは、自分が足手まといにしかなっていないと思っていた。しかし、事実はそうではないという事に、サクラ自身は気付いていない。

 

「何を言うんだ! そんな事が出来る訳ないだろう!」

 

「で、でもっ…、私は姉様の足を引っ張ってばかりで…」

 

 弱気なサクラの言葉に、ヒノカはギリギリと歯を食いしばる。それは、純粋に怒りからくるものだった。

 

「そんな事はない! 民が傷付いた時、私が傷付いた時、お前のその祓串が皆を癒やしたじゃないか! お前は立派に白夜の王女としてその役目を果たしているんだ!」

 

 天馬から飛び降り、サクラへと詰め寄るヒノカ。突然の姉からの叱咤に、サクラは怯えたようにビクッと震えた。

 

「それに、お前は私にまたあんな思いをさせるのか! 妹を、家族を失うなんていう、あんな辛い思いを、またさせようというのか!!」

 

「あ、う…それ、は……」

 

 サクラは知っている。サクラ自身は見た事も無いけれど、自分にはまだ見ぬ兄と姉が他にもいて、その2人が敵国、暗夜王国に連れ去られた時、ヒノカはひどく落ち込んでいたとリョウマやミコトから聞いた事があった。

 毎日のように涙で枕を濡らし、ろくに食事も摂らなかった、と……。

 

「…ごめんなさい、姉様…。私、姉様の事を何も分かっていませんでした…」

 

「いや、分かってくれたならいいんだ。私は、もう二度と家族を失いたくはない。あんな思いをするのは、もうごめんだ…」

 

 今は会えない、遠い弟と妹に思いを馳せながら、ヒノカはサクラの頭を優しく撫でる。

 

 そして、完全に油断しきっていた。

 

 

「ギギギグゴガグゲガガ!!!」

 

「!?」

 

 少しの間、敵の攻撃が止んでいた事もあり、油断してしまっていたのだ。戦場において、油断とは命取りになる。それが頭の中から飛んでしまう程に、ヒノカにとっては重大な事だったとも言えるが、完全に失策だったとも言えるのだ。

 

「しまった…!」

 

 天馬から降りた状態では、ヒノカは本領発揮が出来ない。敵と体格差がありすぎて、ノスフェラトゥの弱点である頭どころか首を狙うのも困難となってしまっているのだ。

 

「ね、姉様…!」

 

 ギュッと、サクラがヒノカの服を掴む。その手は、恐怖によってぷるぷると震えていた。

 

「くっ…! こんな事なら、天馬武者としての修練以外も積んでおけば良かったな……」

 

 槍を握る手が汗で滲む。当に絶体絶命。敵は1体だが、この状況は非常にまずい。

 

「ガガァァ!!」

 

 ノスフェラトゥの乱暴な拳がヒノカを襲う。ヒノカは後ろのサクラを押し飛ばし、自身はしゃがんでその拳を回避する。盛大に空ぶったその体に、ヒノカはノスフェラトゥの首を目掛けて槍を投擲した。

 

「グギィィィ!!?」

 

 槍は中間地点までノスフェラトゥの首に突き刺さり、動きが一瞬止まったところを狙って、ヒノカは思い切りジャンプしてその頭へと回転蹴りを決めた。

 それにより、ノスフェラトゥの首はあらぬ方へと曲がり、膝を付いて脱力していく。

 すかさず刺さった槍に手を伸ばしたところで、後ろからサクラの叫ぶ声がヒノカに届いた。

 

「姉様、前!!」

 

 妹の声にハッとして、倒れたノスフェラトゥの背後に急ぎ目を向けると、更にもう1体、新たなノスフェラトゥがその太い腕を大きく振りかぶっているのが見えた。

 

(仲間毎、私を攻撃する気か…!!)

 

 槍を急ぎ抜こうとするも、先程の蹴りによって、倒れたノスフェラトゥの首に食い込んでしまい、抜けそうで抜けない。

 

「姉様ぁ!!」

 

 サクラの悲痛な叫びが雪原に響く。

 ノスフェラトゥの攻撃は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

「くそ…、ここまでか……!」

 

 槍を放そうにも、今からでは間に合わない。覚悟を決め、観念したようにヒノカは目を閉じた。

 

 

「グオォォォ!!!」

 

 

 今、ヒノカの体にノスフェラトゥの凶撃が当たろうと───

 

 

 

「させるものか!!」

 

 

 

 突如、横合いから若い男の声が轟く。そして次の瞬間、ヒノカに襲いかかろうとしていたノスフェラトゥの拳は腕毎切断されて、クルクルと宙に舞っていた。

 

「な───っ!?」

 

 突然の出来事に、ヒノカは驚いて目を開けると、そこには全身から黒いオーラのようなものを放出させて立っている人間がいた。

 

 その男は、剣を構えるとノスフェラトゥの頭を一閃した。頭を横に真っ二つに切り裂かれたノスフェラトゥは、叫びを上げる事もままならないで後ろ向きに倒れていく。

 

「大丈夫か?」

 

 背中越しに尋ねてくる男に、ヒノカは最初こそ面食らっていたが、すぐに我に帰ると、

 

「あ、ああ。大丈夫だ。私なら何ともない。貴殿は…兄様の援軍か?」

 

 男は振り返ると、ホッとしたような顔で一息つく。

 

「まあ、そんなところだ。無事で何よりだよ」

 

「危ないところを助けてもらい、感謝する」

 

「では、ここで待機していてくれ。敵は俺達がなんとかするから」

 

「いや、私はまだ戦える。白夜王女の誇りにかけて、1人でも戦い抜いてみせる」

 

 ようやく抜けた槍を前に突き出し、男に向かって宣言するヒノカに、男は得心したというように頷いた。

 

「分かった。だが無理はしないでくれよ」

 

 再び背を向けて歩き出した男に、ヒノカは声を掛けた。

 

「おい、待て。まだ貴殿の名を聞いていなかったな。名は何というんだ?」

 

 男は顔だけをそちらに振り返って言う。ヒノカに多大な衝撃を与えるとも思わずに。

 

「俺はスサノオ。それでは、また後で」

 

 名乗るだけ名乗って、スサノオはサッサと走り出してしまった。

 後に残されたヒノカと、呆然と立ち尽くす姉に歩み寄るサクラ。

 

「ね、姉様…、あの御方はいったい…」

 

 サクラは姉に今の男の事を聞くも、ヒノカは放心状態となってしまっており、まるで聞こえていなかった。

 

「スサノオ…? スサノオ…まさか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはあっという間だった。ノスフェラトゥの軍勢は大半がリョウマへと引き付けられており、多少残ったノスフェラトゥ達は瞬く間にスサノオ達によって殲滅されていった。

 リョウマの方も、自分に集まってきた敵を全て葬り去ると、あらかじめ決めておいた合流点へとやってくる。

 

「これで全て片付いたようだな。無事だったか、ヒノカ、サクラ?」

 

 ヒノカとサクラも合流点へと共に来ており、2人はスサノオ達と向かい合うように立っていた。

 

「は、はい! この方達が危ないところを助けて下さいました…」

 

 リョウマからスサノオ達へと向き直ると、サクラがぺこりと頭を下げて礼を言う。

 

「ありがとうございます! 助けていただいて…。あ、あのあの、よろしければお名前を…」

 

 スサノオはサクラに困った顔を向け、アマテラスは自分がまだ自己紹介していない事に気がつく。

 

「俺は一応名乗ったんだがな…」

 

「えっと、私は…」

 

 アマテラスが名乗ろうとしたその時、突然ヒノカが俯いたまま、黙ってスサノオ達の前に歩み寄ってくる。

 そして、ピタリとスサノオの目前で立ち止まると、

 

「…スサノオ…」

 

 ポツリと、こぼすようにスサノオの名を呟いた。

 

「え…?」

 

「ヒノカ姉様…?」

 

 事情が把握出来ていないスサノオ、アマテラス、サクラの3人は困惑した顔でヒノカの様子を見守っていたが、やがてヒノカに新たな動きがあった。

 

「!」

 

 ヒノカが、スサノオの胸に手をついて、頭も押し付けたのだ。その姿はまるですがりつくようだった。

 

「また…会えた…。ずっと…ずっと…私…」

 

 ポロポロと涙を落としながら、掠れた声を絞り出すように、嗚咽混じりに、ヒノカは長年の思いの丈を吐き出していく。

 やがて、ヒノカはスサノオの胸から顔を離すと、その隣に立っていたアマテラスを、自分へとギュッと抱き寄せた。

 

「え…」

 

「…分かるよ…アマテラス…。私の…可愛い妹…なんだ、から…。う…うぅっ…」

 

 今までこらえていたものが、とうとう決壊して、ヒノカは子供のように、泣きじゃくった。

 

「うわああああああん……!!」

 

 それを黙って見つめるスサノオと、困った顔をして抱きしめられているアマテラス。

 

「え…ええと…」

 

 助けを求めるようにリョウマに視線を送るアマテラスだったが、その様子をリョウマはにこやかに見ていた。

 

「スサノオ、アマテラス、ヒノカはお前達の姉だ。お前達が幼い頃にさらわれた後…、ずっとお前達を思って泣いていた。そして、それまで触れた事もない薙刀の修行に明け暮れるようになった。いつか、お前達を暗夜から取り戻すのだと言ってな…」

 

「………」

 

 リョウマの言葉に、アマテラスは抱きしめられているだけだったヒノカへ、抱きしめ返すのだった。

 

 

 

 

 しばらく泣き続けると、ヒノカはソッとアマテラスから離れる。

 

「す、すまない。少々取り乱してしまった…。スサノオ、アマテラス、よく戻った。姉として嬉しく思う」

 

 キュッと顔を引き締めて、ヒノカが凛々しい笑顔でスサノオ達へと笑いかける。

 

「あ、あなた達が…スサノオ兄様にアマテラス姉様…」

 

 サクラは、初めて目にした2人の兄姉に、どう接して良いか分からないようだった。ただ、そこには少しの戸惑いがあるだけで、嬉しさもしっかりとサクラの胸に湧き上がってきていた。

 

「よし、化け物どもは滅ぼした。皆…帰るぞ」

 

 リョウマの一声で、一同が雪山を降り始める。だが、スサノオとアマテラスはリョウマに聞いておきたい事があったので、少しその場に留まる。

 

「少しいいか…?」

 

「ああ、なんだ?」

 

「さっきの怪物…ノスフェラトゥとは一体何なのですか? リンカさんから聞きましたが、詳しい事は分からないので…」

 

「ああ…暗夜の邪術師が作り出した意志なき怪物だ」

 

「暗夜の邪術師が…?」

 

「母上…ミコト女王は結界を張り、この白夜王国を守っておられる。母上が生きている限り、暗夜兵はこの地へ侵攻出来ん。結界の中に入れば、たちまち戦意を失ってしまうからな」

 

 そこまで聞いて、スサノオとアマテラスもとある答えに思い至ってしまった。

 

「…だから暗夜王国は、人ではなく心を持たぬ怪物を送り込んでいる……」

 

「そうだ。それにより、以前から白夜王国に被害を与えようとしている」

 

「そんな…暗夜王国が、怪物を送り込むような真似を…」

 

 ショックを隠しきれない2人。まさか、父がそんな事までさせていたなんて、思いもしなかったのだ。

 

「あの怪物共は、すでに野生化し自国の民すら無差別に攻撃すると聞く。暗夜は戦に勝つために、民達を平気で犠牲にする…。俺は奴らの邪悪そのものな策を使う事が許せん」

 

「そして、」

 

 いつの間にか戻ってきていたヒノカが、いきなり口を挟んだ。

 

「卑劣な策を使う事もそうだが、何より幼いお前達を奪った事、決して許しはしない。お前達の受けた苦しみ…必ず奴らには報いを受けさせてやる」

 

「……」

 

 ヒノカの並々ならぬその迫力に、スサノオとアマテラスは何も言えなかった。

 

 

 決して、自分達は苦しみだけを受けた訳ではない、と……。

 

 


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