ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第9話 悪意の凶斧

 

 スサノオとアマテラス一行は、準備を整えるとすぐに城を出発した。目的地である白夜領の城砦があるのは、暗夜と白夜を隔てるとても険しく深い渓谷。そこはまるで終わりの見えない、果てしない谷である。

 そのあまりに深すぎる闇は、まるで底が見えず、また途方もない長さを誇り、この渓谷自体が国境として存在している程だ。

 

 好んでこの渓谷に訪れる者はいない程に、そこは危険な場所なのだ。この終わりの見えない渓谷を、人はこう呼ぶ。

 

 

 永劫に闇が蠢く谷、『無限渓谷』と……。

 

 

 

 

 

「へえ…、すごい高さだな。まるで底が見えない……」

 

 無限渓谷に掛かる吊り橋から、スサノオは身を乗り出して下を眺めていた。

 辺りには暗雲が立ち込め、常に雷が轟いている。そして、その雷が唯一の光源でもあった。

 

「あ、危ないですよスサノオ様~!?」

 

 と、落ちるのを防ぐためか、スサノオの腰にしがみつくようにフェリシアが主を抑えていた。

 

「ここは……?」

 

 不気味な場所だが、そのフェリシアとスサノオの和やかな姿に、内心では安心感を覚えているアマテラスが尋ねる。

 

「ここは無限渓谷…。暗夜と白夜を分かつ果てしない谷です」

 

 ボロボロではあるものの、ギュンターが重厚な鎧を着込んだ騎馬で乗れるくらいには頑丈に出来た橋のようだ。

 

「スサノオ兄さんの言う通り、底が真っ暗ですね……」

 

「はい。谷底は無限の闇が続き、落ちた者は決して戻らず…、空は暗雲立ち込め、飛行する者を雷が襲う。本来ならば避けるべき危険な道です」

 

 同行者であるアイシスとミシェイルに視線を送るギュンター。彼らは空を得意とする戦士だ。故に、ギュンターが言ったように、この無限渓谷ではその自由度の高い飛行移動が封じられる他、下手をすれば闇へと真っ逆様なんて事も十分あり得るのである。

 

「うぅ~…。いくらヒーローといえど、流石に雷様には勝てないよー」

 

「ふん…。ミネルヴァが雷に打たれるなど、以ての外だからな。決して谷の上は飛ばせん」

 

 その2人はというと、それぞれ天馬と飛竜に騎乗してはいるものの、飛行はせずに直接地面を、今は橋の上だが、歩く形となっていた。

 

「しかしながら…、吊り橋を渡らずに白夜王国に行くとすれば、大きく迂回せねばならず、ガロン王が命じた期限までに任務を果たすにはこの無限渓谷を渡る他ないのです」

 

 ギュンターの責任ではないというのに、申し訳なく言う彼に、スサノオとアマテラスは笑顔で答える。少しでも、彼から責任感を減らそうとして。

 

「そうか。でも大丈夫だ。こんな谷、恐ろしくなどないさ」

 

「そうです。あの高い塀に囲まれた城塞の中だけで生きてきた日々と比べれば、どんなものも私達にとっては、胸躍る冒険にしか思えないんです」

 

 その言葉に、幾分ギュンターも笑顔を取り戻し、

 

「おお、流石はスサノオ様にアマテラス様。私も臣下として誇らしい限りですぞ。では、参りましょう」

 

「ジジイはこの中では比較的重いんだから、行くなら最後にしろよ。渡ってる途中や渡る前に橋が落ちちまったら面倒だからな」

 

 ジョーカーの言っている事は確かに理にかなっているが、当然ただのおちょくりである。

 

「ひいぃぃぃ!!?? ゆ、揺れるわ!? こんな谷底落ちたらきっと死ぬわ……!!」

 

「ノルン…、こんな時こそあのお守りで豹変して下さいよ……」

 

 それぞれが、危険な渓谷であるにも関わらず呑気に会話(マジビビりしている1名を除く)をしているが、

 

「…………」

 

 ただ1人、ガロンより遣わされたガンズだけは、静かに一行を眺めるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 渓谷を渡っている途中、ようやく中間点である、渓谷の真っ只中に聳える崖へ着こうとした時だった。

 

「! 誰か来る……?」

 

 橋の向こう側、そこには、

 

「馬鹿な…何故、白夜王国の軍隊がこんなに?」

 

 ギュンターが驚きの言葉を口にする。ここからでも分かる、対岸、つまり白夜領側には、20人前後の白夜兵が居たのだ。

 

 そして、橋の向こう側に、1人の白夜兵が走ってくる。

 

「待て!! やはり来たか、暗夜軍め!」

 

 その兵の大きな声は、向こう岸に見える砦、つまりスサノオ達の目的地である城砦にまで届く。

 

「なに……!? 暗夜軍だと!?」

 

 城砦を守っていた部隊長である、白夜の忍・モズは驚きを隠せなかった。何故なら、

 

「この橋は、両国の間で交わされた不可侵の掟に守られている! 速やかに引き返せ! さもなくば、武力をもって対抗せざるを得ない!」

 

 当然、その叫びもスサノオ達の耳へと届いていた。

 

「厄介ですね…敵に待ち伏せされていたようです。いかが致しましょう、スサノオ様、アマテラス様」

 

 ジョーカーは苦い顔をしながら、主へと問う。

 

「…無理な戦いは避けよう。ここは一旦引き返す」

 

「私も同意見です。皆さん、退きますよ」

 

 2人は、今無闇に戦う必要は無いと判断し、全員に撤退を指示する。

 

「はい…!」

 

 即座に踵を返そうとする一行だったが、

 

「…そいつは困るな」

 

 それを良しとしない者がいた。今まで沈黙を守っていた狂戦士、ガンズだった。

 

「なに?」

 

 ギュンターが振り向いた時には、既にガンズは橋を駆け出した後。一気に橋を渡りきると、ガンズはその先にいた白夜兵を、

 

 

「うおおおおっ!」

 

 

 その手にした鉄の斧で、凪払った。

 

 

「ぐわぁぁっ…!」

 

 抵抗する暇もなく、一振りで白夜兵が命を落とす。その光景にスサノオ達は茫然となる。

 ただ1人、ガンズだけは、その顔に狂喜の笑みを浮かべていた。

 

「がはははははははっ! 死ね死ね死ねぇっ!」

 

 もちろん、その突然の暴挙に、白夜側も黙ってはいない。

 

「くっ…! 貴様らよくも……!!」

 

 仲間を殺された白夜兵達が、怒りに満ちた顔で自身の獲物を力強く握り締める。

 

「ガンズ、貴様っ……!! 自分が何をしたのか、分かっているのか!!」

 

「……」

 

 スサノオの声に、ガンズはその背を見せたまま、振り返らない。

 

「どうして、どうしてです…! どうして勝手に、白夜兵を殺したんです!? 話し合えば分かるはずでした。一旦引いても良かったんです。それなのに…どうして?」

 

「ふふふ……」

 

 そのアマテラスの悲痛な叫びに、ガンズは可笑しそうに笑いをこぼす。

 

「噂通りの甘っちょろい王子様と王女様だ。その甘さのせいで、ここでくたばる訳だがな……」

 

 振り返り、歪んだ笑みを向けるガンズ。

 

「なんだと…!?」

 

 しかし、問いただす時間は、もはや無い。白夜兵達が進軍を開始したからだ。

 

「全軍に告ぐ!! 暗夜軍を生かして帰すな!」

 

「行くぞ…!」

 

 白夜兵達が、こちらに向かって動き始める。

 それを見たギュンターは、急ぎ武器を手にして全員に声を掛ける。

 

「くっ…! いかん! スサノオ様、アマテラス様、戦いの備えを! お前達、お2人を何としてでもお守りするのだ!!」

 

 全員が、己の獲物へと手を伸ばす。こうなってしまっては、もう今更退く事は出来ない。引いたところで、白夜軍は延々と追い続けてくるのだから。

 

「ちぃっ…! 戦闘だというのに、空中の機動性を活かせんとは……!!」

 

「うあーっ!? これじゃペガサスナイトじゃなくて、ソシアルナイトだよ!?」

 

 飛行部隊であるアイシスとミシェイルが、自身の持ち味を活かせない事を悔やむ。しかし、だからといって状況は変わらないのだ。

 

「嘆く暇があったら、この場を切り抜けるのが先だ!」

 

 スサノオは父から授かった魔竜石を握り締め、向こう岸と唯一繋がる橋に目を向ける。

 

「くそ、敵が多いな…。だが、それも当然か」

 

「確かに、向こう岸の敵部隊…厄介ですな。あの数は突破できそうにありません。橋はこの一本のみ、ですが…」

 

 ギュンターの視線が中間点である崖へと移る。

 

「スサノオ様方の『竜脈』ならば、新たな道が開けるやもしれません」

 

 同じく、スサノオとアマテラスもそちらに目を向ける。そして、彼らだけは、確かに感じ取っていた。

 

「感じます…。大地の力…、『竜脈』を……」

 

「幸い、橋の方へは愚かにもガンズが1人勝手に突進してくれています。我々はその隙に、崖の逆側へ移動しましょう」

 

 どんな時でも、メガネをくいっとして冷静に判断を下すライル。彼の言う通り、ガンズはすぐに橋に向けて進軍してくる白夜軍の元へと駆け出していったのだ。この状況を作り出したのは奴だが、こうなればガンズを利用するのは当然である。

 

「あのあの、急いだ方がよろしいかと~……」

 

 控えめに、フェリシアが提案する。その指差す先では、

 

 

「ぐっはぁぁっ!!?」

 

 

 呆気なく吹き飛ばされるガンズの姿が。

 

 

 

「おいおいおい! なんだよあいつ!? 全然時間稼ぎにもならねーじゃねーか!?」

 

 ジョーカーの叫びはもっともで、その場の全員が口を大きく開けて───

 

 

 

 

 

「ガーーーンズゥゥゥ!!! 貴様、それでも男くあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

「───な」

 

 突然すぐ側から響く特大の怒鳴り声に、スサノオ達はポカンとする。

 

「フハハハハハ!!! こうなれば、この私が! 貴様らを葬って……」

 

「ストップストーップ! どーどー。落ち着こうねーノルン」

 

 豹変したかのように、魔王のような顔で弓を構えるノルンを、何食わぬ顔で落ち着かせるアイシス。

 それを見て、ミシェイルとライルは深く溜め息を吐いていた。

 

「すまない。これは…あれだ。ノルンの持病なのだ。たまに人格が変わる時がある」

 

「ええ。その形相や、まるで魔王かのごとく、ひとたび子ども達に見られれば、蜘蛛の子を散らすかのように皆逃げていくのです」

 

「そ、そうか…って、こんな事してる場合か!?」

 

 スサノオはノリツッコミをかますと、すぐに白夜兵達に目を向ける。見ると、ガンズは生きていたようで、元来た橋を走って引き返している。

 

「今のうちだ! 走れ!! 俺とギュンターで時間を稼ぐ!」

 

 スサノオは手にした魔竜石を天高く掲げると、全身に黒いオーラのようなものが纏わりつくように溢れ出す。

 

「アマテラス! お前は竜脈であっちまでの道を作り、部隊長を倒せ! そうすれば、こいつらの統率も多少は乱れるはずだ!」

 

 ダッとアマテラスの返事を聞く間もなく、スサノオは凄まじい速度で向かい来る白夜兵達の元へと向かう。

 ギュンターもそれに続き、騎馬で駆け出した。

 

「…っ。行きます! 続いて下さい!」

 

 アマテラスは奥歯を噛み締めながら、スサノオ達に背を向けて走り出す。目指すは、竜脈の力を濃く感じる崖の縁だ。

 

「…はっ。わ、私は何を……」

 

「はいはい。今はいいから行くよー!」

 

「へ? 何? 何なの!? ひ、ひいぃぃぃ!!??」

 

 正気に戻ったノルンは、アイシスに襟首を掴まれて、ミネルヴァにそのお尻を押し上げられてアイシスの天馬へと上がらされる。

 

「あちらに兵が集まっている今がチャンスです。手薄となった城砦を一気に落としてしまいましょう」

 

「ええ!」

 

 幸運にも、崖はそこまで広くはなく、すぐに竜脈の地点へとたどり着けた。

 アマテラスは手を翳し、竜脈の力を感じると力強くその手を振り下ろす。

 

「竜脈よ、大地を動かせ!!」

 

 すると、ガラガラと周りの岩石が削り取られ、崖と崖とを繋ぐ岩の架け橋が出来上がる。

 

 それを見ていたモズは、奇怪なものでも見るかのように、絶句していた。

 

「…馬鹿な!? が、崖が…!? い、いったい何が起きたのだ…? 大地を作り替えるなど…まるで…神か魔の所行……」

 

 面食らっているモズに、アマテラス達は好機、と一斉に進軍を開始する。

 

 一気に距離を縮めるが、迎え撃ってくる数名の白夜兵。

 

「アマテラス様の邪魔はさせないぜ!」

 

「よ~し、行きますよ~!!」

 

 それを暗器の先制攻撃により傷を負わせると、続く騎乗兵達が追い討ちを掛ける。

 

「アイシス、いっくよー!!」

 

「下らん…」

 

 すかさずアイシスの槍が白夜兵を地面へと叩きつけ、ミシェイルは斧の側面で敵を凪払う。

 

「ぐあっ!?」

 

 一撃で沈む白夜兵達に、隊長であるモズもアマテラスへと向けて手裏剣で攻撃してくる。

 

「よくも同胞を攻撃したな…。貴様はこのモズが討つ!」

 

「…くっ! もう、戦うしかないのですか……!」

 

 魔剣ガングレリを構え、襲い来る手裏剣を次々と打ち落としていく。

 

「ふっ!」

 

 脚を深く踏み込み、魔力による爆速スタートダッシュでモズへと迫るアマテラス。猛速の切りかかりに、しかしモズは身を反らしてかわす。やはり忍、その身のこなしはとても軽いものだった。

 

「速いな。貴様、ただ者ではあるまい!」

 

「もっと、速度を上げないと……!」

 

 力を、魔力を、全身にたぎらせる。早く決着を付けないと、スサノオとギュンターの負担が大きいままだから。

 

「! 援軍です! 南方より、天馬武者が5騎! ノルン、出番ですよ!」

 

「わ、分かったわ…。……、フハハハハハ!! 弓兵相手に天馬で向かってくるとは良い度胸だ! あの筋肉ダルマよりも骨があるではないか!!!」

 

 アマテラスの背後では、更なる敵の増援が押し寄せていたが、仲間達がそれを食い止める。

 

「私は、私に出来る事をするだけです……!!」

 

 アマテラスの魔力に呼応したガングレリが、その黒き刀身から禍々しいオーラを放ち始める。

 

「!! 妖刀の類か!」

 

 アマテラスの持つ剣の異変に気付いたモズは、アマテラスから大きく距離を取り、手にした手裏剣を連続で投擲する。

 

「当たりません!」

 

 だが、やはりその全てを打ち落とすアマテラス。しかし、先程までと違うのは、打ち落とした手裏剣の全てが完全に砕け散っているという事だった。

 

「くそっ!」

 

 もはや無駄と分かっていても、モズはアマテラスへと手裏剣の投擲を続ける。

 ただ、その全てが砕かれてしまうだけだというのに。

 

「遊びは終わりです!」

 

 やがて、手持ちの手裏剣を全て投げ終えてしまったモズに、アマテラスは剣を向ける。

 グッと脚に力と魔力を込め、一気に解放した。

 

「!!?」

 

 モズは一瞬、アマテラスの姿を見失うが、すぐにその姿を捉える事になる。

 

「ガフッ…!」

 

 一瞬で消えたアマテラスは、再び一瞬の間に、モズの胸へとその魔剣を刺し貫いていた。

 

「おのれ…暗夜軍め…」

 

 ガシッと、死に物狂いの力でアマテラスの腕を掴んだまま、モズは絶命した。

 

「すみません…。でも、もうこうするしかなかったんです……!!」

 

 崩れゆくモズの姿を、苦虫を噛み潰したような顔で見届けるアマテラス。自身の大切なものを守る為に、その命を奪った。せめて、最期の瞬間は目を反らさない、そう決めたが故の事だった。

 

「……、これで城砦は押さえましたね」

 

 敵の増援と戦っていたジョーカー達を見れば、最後の1騎をノルンが撃ち落としているところだった。

 

 

「あとは、スサノオ兄さん達を助けるだけ……」

 

 兄を助けに行かなければならない。それが分かっていても、初めて人を殺した、その感触が、手からは離れなかった。自分が正しい事をしたとは、到底思えなかった。

 

 


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