ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 作:キングフロスト
深夜、暗夜王都は不気味な程に静まり返っていた。軒並み並んだ民家には、まるで人気は無く、本当に人が生活しているのかも怪しい。
王城で見張りの薄い箇所を抜け、アマテラス達は王都入り口まで誰にも見つからずにたどり着いていた。
もちろん、生き残っている白夜王国の捕虜も連れて、だ。
「ここまで来れば良いだろう……」
マークスは背後を確認しながら、門番の居ない門の前で立ち止まる。
「いいか…、我が妹アマテラスの優しさに免じ、今回だけは解放しよう」
門の外へと手で指し示しながらマークスは言う。
「消えるがいい。我が王の目に触れぬうちにな」
白夜の捕虜達は、ある者は歓喜の声を上げて、ある者は喜びに涙を浮かべて、ある者は悔しさに苦い顔で、皆一様に違う顔を浮かべては門の外へと駆けていく。
「……」
スズカゼは、マークスの言葉のとある部分に違和感を覚えていたが、黙ってその場を離れた。リンカもそれに続こうとして、ふとアマテラスの前で立ち止まる。
「……どこまでもコケにしてくれる…」
明らかに悔しいというように、アマテラスを睨みつけ、
「お前、アマテラスと言ったな。次に会った時は後悔させてやる!」
指を突き付けて宣言するリンカに、アマテラスは柔らかな笑みを浮かべて、こう返した。
「いえ…私は出来れば、次に会った時は仲良くしたいです」
その言葉に、リンカは呆気に取られた顔をするが、すぐに警戒心丸出しの顔になる。
「なに? お前、分かっているのか? あたしは白夜王国の戦士…、お前達の敵だ!」
「はい。確かに、白夜と暗夜は戦争をしている敵同士です。ですが私は、出来ればあなた達と殺し合いなんてしたくありません」
心から、嘘偽りの無い本心をアマテラスはリンカへとぶつける。自分の望みを、彼女に語りかける。
「早くこの戦いが終わって、あなた達と平和に暮らせればいいと、心から願っています」
「お前……」
呆れたような溜め息を吐いた後、リンカはどことなく、可笑しそうに笑う。
「ふっ…。暗夜に世間知らずの王女がいるという噂は、どうやら本当らしいな。……次に会う時までその言葉が続くか…、見ものだな」
最後にちらりと、一瞬だけ真面目な顔に戻り、アマテラスを一瞥してリンカは走り去って行った。
「リンカさん……」
「つくづく、お前は甘い。いや、優しい子だと私は思う。だが、先程も言ったように、いずれお前は自身の優しさに苦しむ事になるかもしれん。その事だけは忘れるな、アマテラス」
マークスは、走り去る白夜の兵達の背を最後まで見送らず、背中越しにアマテラスへと言った。その言葉を、消えていく彼らを見ながら、アマテラスは静かに受け止めていた。
「分かっていますよ……」
翌日、朝だというのに、暗夜王都ウィンダムは薄暗い空に包まれていた。いや、これは王都に限った話ではなく、暗夜王国という国、土地そのものが常日頃から暗闇に満ちているのだ。まるで、光そのものから敬遠されているかのように。
そんな薄闇に包まれた国でも、野に咲く一輪の花の如く、華やかに笑顔を振りまく存在は確かに居た。
「おねえちゃん、一緒にがんばってあやまろーね」
クラーケンシュタイン城の玉座の間の前にて、エリーゼはパチリとウインクしてアマテラスに言葉をかける。
ぎゅっと握りしめられたアマテラスの手には、エリーゼの小さくて柔らかい感触と、暖かな感触が伝わってくる。
それだけで、ガチガチに緊張していたアマテラスの心も、優しく解きほぐされていくようだった。
「あたしも一緒にがんばる。そしたら、お父様もきっと許してくれるもん」
にこやかに笑みを向けてくる可愛い妹に、アマテラスもまたつられてにこやかな笑みを浮かべていた。
「はい、ありがとうございますエリーゼさん」
姉の笑顔に、一層気合いが入ったエリーゼは、何故か準備運動でもするかのように、
「よーし…! すー、はー、」
もう一度、呼吸を整えて気合いを入れ直すと、意を決して、
「…じゃあいくよ」
扉越しに、若干おどおどしながらガロンへと声を掛けるエリーゼ。
「あのーお父様。お話が……」
その時だった。
「ふははははははははっ!!」
突然の笑い声。それはエリーゼの勇気を振り絞っての言葉をいとも簡単にかき消してしまう。
「!」
いきなりの事に、エリーゼはびっくりした顔のままで固まってしまう。
「くはははははははははははぁっ!!」
なおも続く父の笑い声に、違和感を覚えたアマテラスは、思わず口を開いていた。
「お父様…!?」
「お、おねえちゃ…」
アマテラスの声で再起動したエリーゼが、慌てるように姉に声を掛けるが、
「ぬ…!? そこにいるのは誰だ!?」
既に遅く、ガロンは扉越しに誰か居るという事に気付いた。
「ご、ごめんなさい…お父様」
「申し訳ありません…」
別に悪い事をした訳でもないのに、何故か謝らなければ、と思った2人はそのままの扉越しで謝罪の言葉を口にする。
「お前達…、何の用だ?」
「えっと、アマテラスおねえちゃんはお父様に謝りにきたんです! ねっ、おねえちゃん?」
とっさに本来の目的を遂げようと、エリーゼはアマテラスに促す。
「はい…」
しばらくの沈黙が続き、やがてガロンの言葉が掛かる。
「…入れ」
入室を許されたアマテラス達は、静かに扉を開けて玉座の間へと入る。そして、不思議な光景を目にする事になる。
玉座にはガロンが座るのみで、室内には他に誰も人間が居ないのだ。それ自体は別段おかしな事はない。おかしいのは、他に誰も居ない室内で、ガロンは何故笑っていたのか、という事だった。
見たところ、ガロンは何かを持っている様子もなく、何故笑っていたのか、全く分からないのだ。
「さて…アマテラスよ」
と、辺りに視線を巡らせていると、ガロンに声を掛けられる。
「お前は王命に背いた。本来ならば、死で償わねばならぬ大罪だ」
「はい…」
「そんな……! で、でもお父様…」
エリーゼが慌てるのにも関心を向けず、ガロンは言葉を続ける。
「だが、お前はわしの子。このような事で死なせたくはない。アマテラスよ、お前に1つ任務を与えよう。見事やり遂げた暁には、特別にその罪を許してやろう」
突如湧いて降ってきた、そのまたとないチャンスに、アマテラスは動揺を隠せない。
「ほ、本当ですか! どのような任務ですか?」
動揺どころか、むしろ興奮しているぐらいだ。
「よいか。国境沿いの白夜領に…今は廃墟となった無人の城砦がある。そこへ向かうのだ。戦いは無用、ただの偵察で良い。分かったな、我が子よ。わしを失望させるな……」
「…はい。その任務、必ずや成し遂げてみせます!」
「やったね、おねえちゃん! あたし、他のみんなに知らせてくるね! 失礼します、お父様!」
元気良く、エリーゼは玉座の間から飛び出して行った。
「……」
「……」
そして、取り残されるアマテラスと、元からここにいたガロン。今まで会話らしい会話をした事が無い事もあり、実の親と何を話してよいか分からないアマテラスは、何か言わなければ、と必死に考える。
そして、ある事に思い至る。
「あの…お父様」
「…なんだ?」
変わらずの声音に、アマテラスはまた少し緊張しながら、尋ねる。
「私の、私とスサノオ兄さんのお母様とは、一体どのような方なのですか?」
「何故そのような事を聞く?」
「いえ、少し気になったので」
「お前達の母親は、死んだ。それ以外に教える事はない」
冷たい父の言葉に、アマテラスは意外と傷付いていなかった。心のどこかで、自分達の母親はすでにこの世に居ないという事は何となく分かっていたからかもしれない。
「…すみません。些末な質問をしてしまって」
「お前とスサノオは、マークス達とは違う」
と、話を続ける父の言葉に疑問を感じるが、黙って耳を傾ける。
「我が子よ。お前達双子は、生まれるべくして生まれてきたのだ。他の人間と違い、たまたまその『人間』として生まれ出たのではなく、お前達という『人間』として、神の意志によってな」
「それは、どういう……?」
「話はこれまでだ。しばし、ここで待っておれ」
言って、ガロンはゆっくりと腰を玉座から上げ、アマテラスの隣を横切って、玉座の間から出ていった。
「私と、スサノオ兄さんが…、マークス兄さん達とは違う……?」
胸には、父の言葉が大きなうねりとなって、渦巻いていた。
「困ったわねぇ…、本当に大丈夫なの? あなた達と従者達だけなんて……」
玉座の間には、先程きょうだい達を呼びに行ったエリーゼにより、暗夜王家きょうだいが勢揃いしていた。
そして、カミラは言葉通りに、腕組みをしていかにも困ったと言わんばかりに顔をしかめていた。
「ふっ…。心配いらないさ、姉さん。アマテラスの話だと、無人の砦を偵察に行くだけみたいだしな」
実は、スサノオもアマテラスの任務に同行する事になっていた。最も近しいきょうだいであるスサノオは、アマテラス1人を行かせる訳にはいかなかったからだ。
「そうですよ。戦いに行く訳では無いんですから」
「のんきなもんだね、アマテラス姉さん、それとスサノオ兄さん。父上直々の任務だというのに……。そんな調子じゃ、無事で帰れるとは到底思えないよ」
「レオンさん…」
いつもの調子で皮肉るレオンだったが、すぐさま反撃が飛んでくる。しかも、いつも通りの思わぬところから。
「やだもーっ、レオンおにいちゃんってば、心配しすぎっ! せっかくの旅立ちの時に、不吉なこと言わないでよっ!」
レオンのすぐ斜め後ろにいたエリーゼから、バシッ! とその背にそれなりに強烈な一撃がお見舞いされる。
もちろん、悪意なきビンタである。
「うっ! エ、エリーゼ、お前…脳天気すぎ…」
「ああ…、やっぱり、私も一緒に……」
カミラが近場にいたスサノオを抱きしめようとしたその時、カミラの提案を遮る者がいた。
「なりません、それは」
「軍師マクベス…。どうしてなの?」
軍師であり、有能な邪術士でもある彼は、暗夜王国の参謀として、ガロンに使われている。
卑劣な手を好む彼は、マークス達きょうだいからはあまり良く思われてはいない。
「いいですか? ガロン王様は、この偵察行を…アマテラス王女、並びに同行されるスサノオ王子への試練だと仰っています。スサノオ王子とアマテラス王女に、いずれはこの国を治める王族としての資格があるのか否か…。それを試されようとしているのです。それを他のきょうだい方が手助けをしては、意味がありません」
「そんな事、お前に言われるまでもなく分かっているさ。俺とアマテラスは北の城塞から出て間もない。だからこそ、俺も同行が許された訳だしな」
「ええ。必ずこの任務、成し遂げてみせます」
意気込む2人だったが、そこへ戻ってきたガロンから声が掛かる。
「…待つがよい、お前達」
「父上……?」
「この者を連れてゆけ」
と、ガロンの後ろからやってきたのは、大柄で逞しい体付きの大男。人相も悪く、いかにも力自慢なように見える。
「この男はガンズという。見ての通り、王国きっての怪力の持ち主よ。お前達の任務の助けになるであろう」
「ありがとうございます、お父様!」
その一連の流れを見ていたマークスは、静かにスサノオとアマテラスの後ろに移動し、内緒話でもするかのように、小声で話かける。
「…スサノオ、アマテラス。あの男…ガンズには気を付けろ」
「え?」
「それはどういう…」
マークスがガンズを見る目は、険しいもので、これっぽっちも信用していない事を表している。
「ああ。あの男は過去…、数々の略奪や殺人を重ねてきた重罪人だ。父上によって兵に取り立てられたが…、決して油断するな。心を許すな…」
「……」
無言のままに、2人は父と、不穏な存在であるガンズに視線を送っていた。