ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第54話 闇の知恵者

 

「この辺りで良いかしら……」

 

 シュヴァリエ公国の市街地から外れた森の奥深く。そこでようやくシェイドは足を止めた。

 木々は鬱蒼とした葉を垂らし、それより下は夜の闇よりなお濃い漆黒の闇に包まれ、月明かりですら届かぬ人の未踏の土地。

 これだけ離れ、生い茂った場所なら、音や明かりですら市街地にも届かないだろう。

 

「……何をするつもりだ?」

 

 スサノオ一行はシェイドと同じく立ち止まり、彼女を訝しむように見つめる。その呟きは誰のものであっただろうか。しかし、その場の全員の気持ちを物語るものでもあった。

 

「うふふ……」

 

 疑念の視線を受けているのに、シェイドはちっとも気にする様子はない。彼女の視点はただ一点のみ。そう、スサノオだけにしか向けられていなかったからだ。

 

「ところで、皆さんは私が暗夜王城でどのような立場にあったか、覚えていますか?」

 

 相変わらず、スサノオから目を離さないシェイドであったが、その言葉はスサノオ以外へと向くものだ。

 そして無論、彼女の問いはライル達にとっては愚問でしかない。

 

「覚えているとも。貴様は王族の教育係を務めながらも、ノスフェラトゥの研究における一任者という役職でもある邪術士だ」

 

「正解です。でも、その答えじゃ100点満点中、70点よミシェイル」

 

 チラリと、答えたミシェイルに対し一瞬だけ目を向けるシェイド。妖艶に微笑み、すぐにミシェイルの答えに詳細を付け加えていく。

 

「私がノスフェラトゥ研究に秀でている理由も付け加えないと。その理由とは、私の生まれ───闇の部族が死霊、屍霊、霊魂といったジャンルで抜きん出ているからよ」

 

「あっ! そういえばシェイド、闇の部族の末裔って言ってたっけ」

 

 王族教育系だったのなら、エリーゼにその事を話した事もあるのだろう。エリーゼはピシッと手を真上に上げて、ハツラツとそれを口にした。

 

「その通りです、エリーゼ様。つまり、私を語る際に『闇の部族』というキーワードは外せないの」

 

「闇の……部族……?」

 

 当然ながら、スサノオはそんな事を知り得ず、初めて耳にしたその単語に、疑問符を浮かばせる。フローラとフェリシアの出身である氷の部族、白夜王国のリンカの出身は炎の部族だったはず。

 そして、シェイドが闇の部族……。これらを基に、スサノオが行き着いた思考の末とは、

 

「部族は氷や炎、闇の他にもあったりするのか?」

 

 氷、炎、闇と様々な部族があるのなら、自分が知らないだけで、他にも部族は居るのではないかという思考の帰結だった。

 

「そうですね…、僕が知る限り、暗夜王国では闇、氷、大地の部族が。白夜王国では炎、風、雷、光の部族が存在するとされています。ですが、大地と雷の部族に関しては既に滅んだとされていますね。あとは、伝説上の存在として『水の部族』という謎に包まれた───」

 

 淡々と、それでいて話し出したら止まらないライルが、いつものように眼鏡に手を掛けて説明していく。

 まさか白夜王国の方まで網羅しているとは思わなかったスサノオは、関心を示して聞いていた。

 だが、話の本題はそこではない。今はシェイドの話だった事もあり、その本人が直々に流れを戻すために、他の部族の話題を中断する。

 

「それについては、また後で追々話すとしましょう。スサノオ様が寝所で御就寝される頃にでも共に……」

 

「な…!? あ、あなた、何を言って……!!?」

 

 シェイドの言葉に突然取り乱すフローラ。しかし、悲しいかな、スサノオはその理由がフローラの恋故であるとは気付かない。

 一目で、フローラの気持ちを見抜いていた彼女のちょっとしたイタズラだが、フローラには効果覿面(てきめん)だったようである。

 その反応に笑みを零すと、ようやくシェイドは本題へと戻っていく。

 

「さて、話を戻しますと、私たち闇の部族は死者と密接な関係にあり、私はノスフェラトゥの研究という形で暗夜王国に貢献しています。ノスフェラトゥの管理なども、一部は私の管轄であり、私営兵としても所持しています」

 

 ここまで聞いて、既に何名かは嫌な予感がしていたが、そんな彼らをよそにシェイドの語りは終わらない。

 

「なので、少しくらい数が減ってしまっても、私の所有するものであれば問題はありません。それに、ノスフェラトゥは死体さえあれば、いくらでも新しく調達も出来ますし」

 

 ノスフェラトゥを調達する。それはつまり───死体を弄くるという事に他ならない。死者を冒涜するような存在であるノスフェラトゥ。それを作ると、平然と口にするシェイドという女性に、スサノオは少しの悪寒を感じ得ずにはいられなかった。

 流石にここまで聞けば、今から彼女が何をしようとしているのか、どうやってスサノオの力を測ろうとしているのかが、どれだけ鈍かろうと察しがつくだろう。

 

 にんまりと、にこやかに笑う彼女は、急にしゃがみ込み、地面に手をつくと、

 

「さあ、おいでなさい……私の可愛いノスフェラトゥ達……」

 

 地面についた手を中心に、シェイドの足元から円形の魔法陣が現れ、一気に巨大化して森の中を拡散していく。

 

「これは、もしやノスフェラトゥの召還陣…!!」

 

「見せて下さい、あなたの力を……その身に秘めた『竜』の力を……!!」

 

 直径100メートル程もある魔法陣のサークル内に、更に細かな魔法陣がいくつも生み出される。そこから生えてくるように上へと這い出てきたノスフェラトゥに、全員がギョッとし身構えた。

 

「やるしかないか…! 総員、戦闘態勢を取れ!! さっさと終わらせるぞ!!」

 

 夜刀神を抜き、スサノオは声を張り上げて叫ぶ。話に聞いていた通りなら、シェイドはスサノオの竜の力を知るためなら、一切の躊躇いなく掛かってくるはず。

 手加減に期待していたら、こっちが死んでしまう事になりかねない。故に、本気で敵と闘うつもりで向かわねばならないだろう。

 

「ひいぃぃぃ!!? な、なんでこんな事にぃぃぃぃ!!?」

 

「へっ……イイぜ。俺のこの太いのを、お前らの中にぶち込んでヤる。死人なら死人らしく、さっさと昇天しちまいな……?」

 

「エリーゼ様は私が守る……」

 

 まさしく、この状況に三者三様の反応を見せる仲間達。エリーゼやネネといった武器を持たない者達を庇うように、重騎士であるエルフィがその背に隠すが、

 

「非戦闘員はこちらにどうぞ」

 

 その声にハッとして顔を向けると、エルフィの目には召還陣を発動した地面にズブズブと沈んでいくシェイドの姿が。見れば、彼女の足元には黒い水溜まりのようなものが広がっていた。まるで底なし沼に沈むような姿の彼女に奇っ怪なものでも見たように固まっていると、すぐ背後で二つの悲鳴が上がる。

 守るべき存在であるエリーゼの声に、エルフィはすぐに我に戻り振り向くが、

 

「な、なにこれ……!?」

 

「沈むですー!?」

 

 既に遅く、エリーゼとネネはシェイド同様に闇へと飲み込まれ始めていた。

 

「エリーゼ!?」

 

 主君のピンチに、エルフィは思わず素が出てしまう。様付けではなく、親友としての顔が、咄嗟に表出してしまったのだ。

 その手を伸ばし、エリーゼの手を掴もうと必死で差し出すも、掴んだ腕は止まる事なく、黒沼へと落ちていく。

 

「どうした!?」

 

 やっと事態に気付いたスサノオも、エルフィの手助けに入るが、2人掛かりでも沈むのは止まらない。

 腕を竜化させようにも、鋭い鉤爪の生えた手ではエリーゼを傷付けてしまう。そして、

 

「私も助けてですよー!! もがが……!」

 

 そうこうしているうちに、ネネが完全に沈んでしまう。仲間達はノスフェラトゥと戦闘中、これ以上の助力は望めない。せめてエリーゼだけでも、と必死にエリーゼを引っ張り上げようとするが、

 

「おにいちゃん、エルフィ……!!」

 

 努力は空しく、エリーゼの体だけが闇へと呑まれ、スサノオとエルフィは地面に手をついて取り残される形になった。

 

「エリーゼ! エリーゼ!!」

 

「くそ…!!」

 

 2人の消えていった地面に、何度も何度も拳を打ち付けるエルフィ。そんな彼女に、スサノオは掛ける声が見つからない。

 シェイドも既に消えてしまっており、怒りをぶつけようにも、ぶつける相手はもはや存在しない。

 

 と、思いきや、

 

『心配なさらずとも、エリーゼ様とネネは無事ですわ』

 

 何処からともなく、響くようなシェイドの声が耳へと入ってきた。辺りを見回してみても、シェイドはおろかエリーゼとネネの姿は見当たらないが、

 

「2人は何処だ!」

 

『闘う力の無い方は安全な所で控えています。ですので、存分に力をお見せ下さいね?』

 

『ごめんね、みんな。一緒に闘えないけど、ここから応援してるよ! それとエルフィ、あたしはだいじょうぶだから、心配しないでね』

 

 エリーゼの声が同じように聞こえてきた事で、エルフィは安堵したようにホッと息を撫で下ろす。声の向こうではネネの騒ぐ声も聞こえてきたので、どうやら2人は無事らしい。

 

「安心している場合か!」

 

 状況は分かっていても、ノスフェラトゥから手を離せないでいたアカツキが、安心のあまりへたり込んでいたエルフィを叱責する。

 

「エリーゼ様とネネの無事が分かったのなら、早く戦列に加われ! あの2人が居ないという事は、回復役が減ったという事だぞ!」

 

 杖使いである彼女達が抜けた分、杖の心得があるのは……。

 

「フローラは後方で援護と回復の支援に回れ! あと他に杖を使える者は……」

 

 すぐさま戦列へと戻ると、竜腕に変じた左腕をノスフェラトゥの頭部に突き立てて、攻撃の手を休めずにスサノオは指示を出す。

 フローラは速やかに陣の中心へと下がり、そしてスサノオの問いに答えたのは、

 

「はいはーい! あたし、杖使えるよ!」

 

 森の中で飛び辛そうにしている天馬騎士、アイシスだ。手綱を放して、槍を持つ方と反対の手に、高く杖を翳してアピールしている。

 

「ならアイシスは遊撃しながら、負傷した者の回復に向かうようにしてくれ!」

 

「了解だよ!」

 

 幸い、この森の木が低くなかったので、ペガサスでも飛行可能だ。そして、それは飛竜についても同じ事が言える。

 今度はミシェイルに向けて、スサノオは指示を出した。

 

「ミシェイルは劣勢の所があれば、都度そちらの援護に向かうようにしてくれ!」

 

「臨機応変という奴か…。了解」

 

 ミシェイルは手綱を軽く引き、相棒へと飛行する合図を送る。それに応えるようにミネルヴァのけたたましい咆哮が、ノスフェラトゥを威嚇するかのごとく森に木霊(こだま)した。

 

「ライル、俺は竜化で敵を引き付けるから、後の細かい指示はお前に任せる!」

 

「了解しました。ですが、くれぐれも力を使いすぎないように。戦闘中に倒れられては困りますので」

 

 ライルの忠告に、スサノオはニヤリと不敵に笑みを返すと、魔竜石を取り出し黒竜へと転じる。

 目立つ暴れ方をすれば、それだけノスフェラトゥ達の注意も引ける事だろう。竜化状態のスサノオは戦闘能力もさることながら、その肉体の耐久力も倍以上に跳ね上がる。

 いくらノスフェラトゥといえど、生半可な攻撃ではスサノオを殺しきる事は出来ないだろう。

 

 黒き竜の咆哮が、暗黒の森へと轟き響く。木々に隠れていた小動物達も、災害から逃れるように、我先にとその場から離れ始めていた。

 

『望み通り、この竜の力を見せてやる。シェイド!』

 

 今の咆哮で、ノスフェラトゥ達の注目を思惑通り集めたスサノオは、その刃の如き両翼を大きく開き、戦闘の構えを取る。

 暗闇の中でさえ黒き輝きを放つ、その漆黒の竜鱗は堅牢なる鎧が如し。その全身が剣であり、鎧であり、また仲間を護る盾である。

 黒き闇の竜は、その容貌に似合わず仲間を護る為に牙を剥く。敵が人間だろうと怪物だろうと一切の関係もなく、躊躇もなく。ただ護るという目的の為だけに。

 

 

 

 

 

 

 

「……はあぁ…」

 

 喧騒から離れ、森を覆う闇に紛れるように、女───シェイドは熱い吐息を漏らす。片目を隠すように手を当てて、閉ざされた瞳で、離れた戦闘をここから見物しているのだ。

 黒竜の闘う姿をようやく自身で観察出来た彼女は、彼女の人生で最も恍惚とした顔をしていたに違いない。

 

「……」

 

 そんな彼女を、汚いものでも見るように、少し離れた場所で様子を見ている金髪おかっぱおさげのシスターと、親友や兄、仲間達の無事を祈って手を組んでいる末妹王女の姿があった。

 

 癒し手であっても、乱戦極まる戦場では武器が無ければ足手まとい。そこが隠れる場所も無ければ、身を守る障害物もない敵地の真っ只中では、逆に自分達を守る為に戦力を割かねばならない事になる。

 仲間を助ける癒し手ではあるが、自分の身を守れない上に、かえって仲間に負担を掛けてしまうような戦場では、活躍どころか迷惑になるのが関の山である。

 

「あまり心配はいらないと思うです」

 

 祈るエリーゼに、ネネは呑気にも背を木に預けて言う。その口振りには、彼女のエリーゼへの言葉通り、心配する気配がほとんど見られない。

 

「え? でも、ノスフェラトゥに囲まれてるんだよ?」

 

「いいですか。あそこには竜になれるスサノオ様を含め、強さだけは誰にも引けを取らないアカツキに、眼鏡が光るだけが能じゃない頭の回るガリ勉ライル、臆病だけどある意味最強のノルン……他にも、王族直属の臣下がたくさん居るです。それに、私達は一度ノスフェラトゥの群れを退けたですよ? むしろ心配する要素が見当たらないです」

 

 無論、ネネの意見は根拠のあるものとは到底言えたものではない。だがしかし、何故か不思議と説得力があるのもまた事実。

 エリーゼとて、彼らの実力を疑っている訳ではない。天蓋の森でのノスフェラトゥ襲撃の際、その光景を直で目にしているのだから、むしろよく知っている程だ。

 

「それはそうだけど……でも、心配になるんだもん」

 

「…そこら辺、私とは育った環境も、経験も違うので仕方ないですか。そうですね…スサノオ様にエルフィやハロルド、ゼロも実力に疑いはないですが、アカツキやライルといった私の昔馴染みの面子も生きる事には誰よりも図太いですからね。そうそう簡単には死にません。それは私が保証するです」

 

「すごいね。ネネは心の底から、みんなの事を信じてるんだね。……うん。あたしも、ネネを見習わなくちゃ!」

 

 ネネの考え方自体は、彼女の生きてきた人生が根底に存在するので、同じ考え方をしろと言われても不可能だ。でも、全てではなくても、少し、ほんの一部でも真似をする事くらい出来るはず。

 ただただ仲間を信じる事。それくらい、誰にだってやろうと思えば出来る事だ。

 なら、エリーゼにだって出来る。闘う力が無くても、仲間が無事に戻ってくると信じる事くらいは。

 

「別にネネを見習わなくてもいいですよ? 私よりもっと見習うべき人はたくさん居るですから。あ、でも…」

 

 と、ネネはエリーゼから視線を外し、再びニヤニヤと笑いながら頬を紅潮させているシェイドに侮蔑の視線を送り、一言。

 

「あれだけは見習ったらダメですからね」

 

 戦士のように力強い口調で、かつ迷える子羊を諭すシスターのように、エリーゼに釘を刺した。

 

「あ、あはは……」

 

 それには、エリーゼも渇いた笑いしか返せなかったのだった。

 

 




 
 
お久しぶりです。キンフロです。
忙しいというのもありましたが、若干スランプ気味であまり話が浮かんで来ない事もあり、1ヶ月ぶりの投稿となってしまいました。この拙い作品を読んでくださっている読者様方には申し訳ない限りです。

この投稿を以て、生存報告とさせていただきますので……。今回のガルーアワーズはお休みさせていただきます。
それでは次回もよろしくお願いします。

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