ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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※注意
このお話は本編第1話ではありません。ある程度読み進めてから、あるいはifの物語を踏まえていなければ、読む事をお勧めしません。



『if』の異聞録 泡沫の記憶編
『泡沫の記憶』 暗き夜刀神を継ぐ者


 

 これは、あたしの覚えている或る世界の話。戦乱の時代、秘境と呼ばれし『星界』でひっそりと育てられた子ども達がいた。彼らは長きに渡る戦争が終結した後、ついに元の世界へ戻る事となる。しかし待ち望んだその日、秘境に謎の兵が襲来。子ども達は父や母に庇われ逃げ延びたが、親達は揃って行方知れずとなってしまう。

 これは世界が崩壊し、父も、母も、故郷も、何もかもを失った『あたし』の記憶。雨に濡れながら進む『あたし』は知らない。その先にどんな出会いと別れが待ち受けているのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん…ひっく…お母さん…」

 

 少女、カンナは1人森をさまよっていた。その手には、父から託された刀、『夜刀神』が握られていた。

 行く宛もなく、これから先、どうすれば良いかも分からない。それどころか、この世界には光そのものが失われてしまったのかもしれない。

 

 突如、カンナの暮らしていた星界を襲った謎の軍隊は、瞬く間に星界を侵略していった。カンナの窮地に駆け付けた父も母も、カンナを逃がすために残り、その後どうなったのかは分からない。

 あれからしばらく経っている。もしかしたら、もう…。そんな嫌な想像ばかりが、カンナの頭の中で浮かんでは、グルグルと回り続けていた。

 

「うっく…ぐず…お父さん…お母さん……ごめんなさい…あたし…2人を守れなかった…」

 

 嗚咽は止まらず、しかし足を止める訳にもいかなかった。父と母が命懸けで守ってくれたこの命。もし追っ手が迫っているとしたら、足を止めるなんてしていい訳がない。それこそ、両親が残ってまで逃がしてくれた意味がない。

 

「あたしがもっと強かったら…お父さんやお母さんみたいに闘えたら…こんな事にはならなかったのに…」

 

 力が無いと嘆いていても、どうしようもない。ただ、ここで死ぬ事は許されない。死ぬ訳にはいかない。死んでいいはずがない。

 ある種の強迫観念にも似た想いが、ひたすらにカンナの足を動かせ続けていたのだ。ここで止まれば、死ぬ可能性が高まるのだ、と。

 

 これから先、どうすれば良いのかは分からない。戻ったところで、今のカンナには何も出来ないだろう。でも、両親を助けられるのなら、まだ生きているのかもしれないのなら、また会いたい。会って抱き締めてほしい。頭をたくさん撫でてほしい。また、あの優しい笑顔を向けてほしい。

 

 だけど、それはもう叶わぬ夢なのかもしれない。姿の見えない兵士達は、それはもう大軍で押し寄せて、それに引き替え、父と母はたったの2人きり。普通に考えて、助かっている筈がない。それは蟻と象が闘うようなものだ。

 だからこそ、両親はカンナを星界の外へと逃がしたのだ。我が子の命だけは何としても守るために。

 

 

 

 

 宛もなく、名も無き森をさまよい続けて、どれくらい経ったのだろう。カンナはひたすら歩き続けていた。変わらない風景を、変わらない速度で、手にカンナには少々重い夜刀神を地面に引きずるように持って。

 霧掛かった森を、真っ直ぐ、真っ直ぐと、意味があるのかも分からずに、雨に打たれながらも前だけに進み続ける。前を向いて、父がそうであったように。カンナも前を見て進み続ける。

 

 涙は枯れても、悲しみの感情が途絶える事はない。鼻をすすり、嗚咽は止まらないまま、歩みを進めていた。

 

 ただ、歩を進める中で、カンナは考えに変化が生まれ始めていた。この手に握った夜刀神。父から託されたこの神刀。どうして父はこれをカンナへと渡したのか。これを扱えるのは夜刀神に認められた父だけのはずなのに。自分が使った方が、より闘える筈であるというのに。何故、父はカンナにこの夜刀神を託したのか。

 

 もしかしたら、父はカンナに賭けたのかもしれない。夜刀神を継ぐ者として、世界を救う者として、誰かを助けられる力を持つと信じて。

 だから、この夜刀神を託したのかもしれない、と。

 

 

 やがて、カンナは前方に街が見えてくる事に気がつく。大きな壁がそびえるそこは、シュヴァリエ公国と暗夜王国の国境とされている街だった。もちろん、そんな事を知らないカンナは、ひとまず街へ入ろうと考える。

 もしかしたら、街で助けを求められるかもしれないからだ。そうすれば、両親を助けに戻れるかもしれない。一縷の希望を胸に、重い夜刀神を引きずって、カンナは街へと足を踏み入れる。

 

「…静か……おーい、誰かー! 誰か居ませんかー!?」

 

 驚く程静かな街は、森と同じく霧に包まれており、人っ子一人として出歩いてすらいない。雨は既に上がっていて、まだ寝静まるには早い時間なのに、霧が出ているからといって、街中に人の気配が無いのはおかしい。まるで空虚な街であるかのようで、誰一人として住人が居ないのではないかと思えるくらい、静まり返っていた。

 カンナの声は虚しく街へと響き渡る。その呼び声に、応える者は一人として居ない。

 

「そんな…もしかして、ここもあの姿の見えない怪物に……」

 

 自分の故郷を襲った謎の軍団。それがこの街にも現れたのではないか。住人は全て殺されてしまったのではないか。人の気配が全くしないというのは、街では異常であるのだ。街から人の気配が消えるなんて、ある訳がないのだから。

 

 それでも、誰か居ないかと探し続けるカンナだったが、

 

「…!」

 

 前方、建物で隠れた先から足音らしきものが聞こえた。それも、人のものではなく、おそらくは馬のもの。2頭の馬であろうか、蹄が石床を踏む音が、カンナの耳へ届いたのだ。

 街の人ではないだろう。街中を馬で移動する住人が居るとも思えない。もしかしたら、先程の怪物という可能性もある。もしかしたら、味方かもしれない。

 どちらともつかないが、その姿を確認しない事には、真偽は定かではないのだ。

 

 カンナは身構える。すぐにでも走り出せるように。もし敵だった場合、夜刀神を扱えないカンナでは、闘う事など不可能なのだ。だから、逃げ出せるように準備をしておく必要があった。幸い、街中では狭い路地など馬では侵入不可能な地形が多い。カンナは徒歩だが、十分逃げられる可能性はある。

 

 どんどん近づいてくる馬の足音は、やがてその姿をカンナの前に現した。透明ではなく、毛艶の良い鬣を靡かせ、逞しい体つきをしている2頭の馬。そして、それぞれに騎乗している一組の男女の姿がそこにあった。

 そう、透明な怪物ではない、『人間』がそこにいたのだ。

 

 向こうもカンナの存在に気付いたようで、警戒するようにゆっくりと馬を近付けさせていく。カンナは外に出て初めて人に会えた事で、気が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。

 

「…敵…じゃないよな?」

 

「あわわ、だ、大丈夫!?」

 

 へたり込んだカンナを見て、男は敵対の意思が無い事にホッと胸を撫で下ろす。女は、馬から飛び降りるとカンナを心配して駆け寄ってきた。カンナも、彼らが悪い人ではないと分かり、緊張感から一気に解放され、脱力してしまう。持っていた夜刀神はその拍子に、カランと音を立てて地面に倒れた。

 

「うん。ありがとう、大丈夫だよ…」

 

「こんな廃墟みたいな街に、子どもが1人で何してるんだ?」

 

 男は敵ではないと分かったが、まだカンナを警戒しているのか、訝しげに訊ねてくる。確かに、こんな所に子どもが1人で居るのは奇妙かもしれない。それも、人の気配がまるで無い、こんなゴーストタウンなら尚更だ。

 下手に誤魔化してどうなる訳でもないので、カンナは正直に話す事を選んだ。信じてもらえるかは分からないが、嘘をつくよりは良いだろう。

 

「あたし、故郷が透明な敵に襲われて…ここまで必死に逃げてきたんだ。でも、お父さんとお母さんがあたしを逃がすために残って…もしかしたら、もう…」

 

 もう死んだかもしれない、その可能性を口にして、再びカンナの目から涙が溢れ出す。考えたくはない、だけど大いにあり得るその可能性。絶望的なまでの物量差を、カンナは目にしていたから。

 

「透明な、敵…? それって…!」

 

 泣くカンナをよそに、女は驚きに目を見開いて男の方へと振り返る。男もまた、カンナの言葉を聞き、驚いたように口を開いていた。

 

「…、なるほど。お前も俺らと同類って訳だ」

 

「え…?」

 

「実はあたし達も、住んでいた所が姿の見えない怪物達に襲われて、逃げてきたの。彼ともたまたま同じ境遇で、一緒にここまで来たんだ」

 

 その言葉にカンナは驚きを隠せない。自分と同じような目に遭った人と、2人も同時に出会う事になろうとは思いもしなかったからだ。そして同時に確信する。世界は透明な怪物によって荒らされているのだと。自分達以外の他にも、同じように襲われた人が居るはずだ。だって、カンナは知っていたから。自分の他にも、秘境と呼ばれる星界で育った子ども達が居ると、父から聞かされていたのだ。

 彼らと出会える事を心待ちにしていたというのに、まさかこんな形で出会う事になるなんて…。

 

「俺や…っとと。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はディーアだ」

 

「あたしはゾフィー。それでこの子があたしの愛馬のアヴェルね!」

 

 伸びた髪を無造作に散らせ、目元に影を落としているのがディーア。髪をカチューシャで上げ、おでこを全開にしているのがゾフィー。カンナは2人の顔をよく見て頭に焼き付けるように覚える。

 この2人は、カンナにとって初めて会った同年代。言わば特別な、初めての出会いなのだ。

 

「あたしはカンナだよ」

 

「よろしくねー!」

 

 そう言って、ゾフィーはカンナをギュッと抱き締める。カンナは友達が出来て嬉しいのだが、ゾフィーのゴツゴツした鎧が当たって少し痛いのだった。

 

「じゃ、話を戻すぞ。俺やゾフィーも、両親が助けに来てくれたんだが、カンナと同じで俺達を逃がして秘境…俺達の住んでいた所に残ったんだ。俺は父さんと母さんの姿を見たのは、それが最後だった」

 

「あたしも、アヴェルと一緒に必死で走って逃げてきたんだけど、でも、きっと父さんも母さんも大丈夫! だって、2人はすごく強いもん。簡単にやられちゃったりしないよ」

 

 2人とも、強がっているようだったが、それは空元気なのは目に見えて分かる。だって、ディーアもゾフィーも、どんなに繕ってみせても、悲しげな目は隠せていなかったから。

 

「あたしは信じてるよ。父さん達はきっと生きてる」

 

「ゾフィー…現実は甘くない。それに、よく考えなくても分かるだろ。あの大軍を相手に、俺の両親やお前の両親が無事だとは思えない」

 

「…! そ、そんなのまだ分かんないよ!」

 

「……、」

 

 ディーアの鋭い言葉が、ゾフィーやカンナの心を抉るように斬りつける。ゾフィーはそれを認めたくなくて、必死に反論する。でも、カンナはそれに言い返す事なんて出来なかった。カンナも、もしかしたら、と思ってしまったからだ。

 

「俺だって、父さん達には生きていてほしい。だけど、あれを見てしまった後じゃ絶望的すぎるだろ。俺が暮らしていた家や、世話をしてくれた人達は簡単に壊されて、全部グチャグチャにされて…。信じたくても、現実は残酷なんだよ。どうして父さんはあの時俺を逃がしたんだよって、今でも思う。あの時、俺も父さんの隣で闘っていれば…どうして俺なんかのためにって…」

 

 何も、ディーアだって本心から2人を傷付けるつもりなんて無い。自分も一緒に闘っていれば、隣に立っていれば、両親を守れたかもしれないのに…と、守られるだけの自分を歯痒く思っていたのだ。

 そしてそれは、彼だけに限った事ではない。ゾフィーだって、カンナだってそうだ。闘う力の無い自分を、どれだけ呪った事か。どうして、自分は両親に守られるばかりで、両親を守る力が無いのか。

 悔しくて悔しくて、情けなかったのだ。弱い自分が。

 

「だけど、そのおかげで俺は生きてる。父さんと母さんが繋いでくれた命、無駄にする訳にはいかない」

 

「…そう、だよね。あたしの命はあたしだけのものじゃない。それに頑張れば、なんとかなるよね! でも、あたしは希望を捨てない。父さんと母さんにまた逢えるって思い続ける!」

 

「あたしも信じてる。お父さんとお母さんに、きっとまた逢えるって! 一緒にお父さん達を助けようよ、ゾフィー、ディーア!」

 

 何度後悔したか分からない。でも、諦めたくなんてない。父からカンナへと託された夜刀神のためにも、透明な怪物達を野放しにはしておけない。自分と同じような悲しみを、これ以上他の誰かに背負わせてはならない。

 

 夜刀神を持つ者は、救世主とされていると、父は言っていた。ならば、父の背負ったその役目を、カンナは引き継ごうと決意する。今はまだ使えなくても、きっと使えるようになる。夜刀神に認められるように、努力すると。自分も、夜刀神に選ばれし者になるのだと。

 

「やられっぱなしは癪だしな。少しは抵抗してやろうじゃん。面倒なのは嫌いだけど、今回ばかりはそうも言ってられないしな」

 

「よーし! あたし達で世界を、父さん達を救っちゃおう! でも流石に人数が3人だけってのもだし、じゃあ、仲間集めからだね」

 

 カンナの言葉を受け入れる2人に、カンナは笑みを浮かべて頷く。頼もしい仲間が出来て、これから先はまだ何が待ち受けているのかは分からない。だけど、きっと大丈夫。そんな風に、根拠は無いのに、不思議と安心感を胸に抱くカンナだった。

 

「諦めない! 絶対、お父さんとお母さんを助けてみせるよ!!」

 

 

 

 

 

 そして、地面に倒れる夜刀神が、新たな主を認めようと、そしてある神器が接近し、それにより静かに胎動している事を、カンナはまだ知らない…。

 

 




 
カンナの誕生日を記念して、『泡沫の記憶』に関するオリジナルエピソードの冒頭に当たる部分を書きました。
本編の直線上にはない物語ですが、白夜、暗夜の両編が一段落ごとに上げていこうと思っていますので。

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