元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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9話、モンスターフィリア

 神様が出かけてから三日目の朝。まだ神様は帰ってこない。

 

 がらんとした教会の隠し部屋で、一人で迎える朝食はほんのちょっぴり寂しい思いをした後、僕は今日もダンジョンにもぐる準備をする。

 

 今日は、ヘルメス様から貰ったクトネシリカの使い勝手を確認するのでお弁当にも力が入る。

 

 今回のお弁当はちょっと変り種でいこう。料理を完成させたまま持って行くんじゃなくて、食べるときに完成させる。包むんだ。食材とソースを薄焼きの小麦粉でつくった皮で包む。

 

 そして、お弁当を作り終わってから気付いた。これって一人で食べるには寂しすぎやしないかと……もう、作っちゃったからどうしようもないんだけどね。

 

 溜息を吐いてからポーションが差し込まれたレッグホルスターを脚に装着し、短刀と刀を腰に差す。最後に防具の上からバックパックを背負って、バスケットを持ち装備を整えた僕は、誰もいないホームに「行ってきます」と言って扉に手をかけた。

 

(足も完璧に治ったし、今日こそは五階層から下に……)

 

 先日は暴走まがいにダンジョンに突っ込んで、逃げ帰るような形になってしまった。今度こそリベンジしたい。「フンス」とバスケットの取っ手を強く握りしめる。念のため、アドバイザーであるエイナさんの意見も聞いたほうがいい……のだろうか?

 

 昨日、頭の中で思い描いたエイナさんがまた怒った顔で出てきて、今日はやめておこうと思った。

 

 本日の予定を組み立てつつ僕は地下室を出発する。廃墟じみた教会を後にすると朝の澄んだ空気に包まれた。路地裏に飛び出した後、こなれた動きで何度も角を曲がり、西のメインストリートを出る。

 

 腰に差し込んでいる刀の柄に触れ、気分が高揚していき、足が自然と速く動く。

 

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭―!」

 

 そろそろ走りだそうかという時に白髪という単語に反応してしまい、僕は思わず足を止める。

 

 声のした方向に振り向くと、豊饒の女主人の店先でキャットピープルの少女がぶんぶんと大きく手を振っていた。

 

 ……酒場の店員さん?

 

 一度辺りを見てから白髪の人はいないだろうかと確認するが、誰もいなかったので自分に指を向けて「僕ですか?」と確認すると、こくこくと頷かれた。

 

 シルさんにもらったバスケットだったらもう返した筈だし……何なんだろうと思いながら、僕はウエイトレス姿の彼女に駆け寄った。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」

「あ、いえ、おはようございます。……えっと、それで何か僕に?」

 

 眼前でぺこりと頭を下げられ、こちらも頭を下げ返す。

 

 何だかよく躾けられたようなお辞儀をした店員さんは、早速とばかりに用件を切り出した。

 

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ。コレをあのおっちょこちょいのシルに渡して欲しいニャ」

「へっ?」

 

 手渡されたものは【がま口財布】だ。シルさんに渡すって意味がわからない。

 

「アーニャ。それでは説明不測です。クラネルさんも困っています」

 

 と、今度はあのエルフの店員さんが現れた。準備を行っていたカフェテラスの方から歩み出て、彼女は僕達に近寄ってくる。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。ニャア、白髪頭?」

「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、よくわかりました。そういうことだったんですね」

 

 ふぅー、ヤレヤレという顔をするアーニャと呼ばれたキャットピープルの店員さんを綺麗に無視して、リューと呼ばれた店員さんは謝罪してきた。僕も疑問が氷解して納得する。

 

 そして、その後の話を聞いてみると、シルさんは実際に店をさぼった訳ではなく、ミアさんの許可をとって休暇でお祭りに行ったらしい。

 

「……怪物祭?」

「はい。シルは今日開かれるあの催しを見に行きました」

 

 バベルの中で聞いた言葉。

 

 何も知らない僕は当然興味を引かれた。

 

「初耳ですか? この都市に身を置く者なら知らないという事はない筈です」

「実は僕、オラリオに来たのがつい最近で……よかったら、教えてくれませんか?」

「――ニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」

 

 僕がそう申し出ると、一瞬で蚊帳の外に置かれてうつむいていたキャットピープルの店員さんが名誉挽回とでも言うように鼻息を荒くして話し出す。

 

 怪物祭とは年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催の大きな催しで内容が闘技場を一日中まるまる占領して、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを格闘して大人しくさせて調教するまでの流れを見世物にしているらしい。アーニャさんと呼ばれている店員さん曰く、サーカスみたいなもの。僕から言えば、武芸者同士をトーナメント形式で戦わせる武芸大会みたいなものだと思う。

 

「ミャー達だって本当は見に行きたいニャ、でも母ちゃんが許してくれねーニャ。シルは土産を買ってくるとか言って、笑顔で敬礼なんかしていったけど……財布を店に忘れていくというこの体たらくニャ。シルはうっかり娘ニャ」

「アーニャ、貴方が言えたことではないと思いますが」

「はは……」

 

 まぁ、大体の事情はわかった。お土産の話はともかく、お金がないと何も買えなくて苦労するだろうし。シルさんには恩を受けてばっかりだから、これくらい引き受けよう。

 

「闘技場に繋がる東のメインストリートは既に混雑している筈ですから、まずはそこに向かってください。人波に付いていけば現地には労せず辿り着けます」

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつける筈ニャ」

「わかりました」

 

 背負っているバックパックは邪魔だろうと言われ預かってもらうことになり、バスケットも渡そうとすると

 

「その中身は昼飯ニャ? ニャら、そのまま持っていってシルと一緒に食べニャがら怪物祭について教えて貰うといいニャ」

 

 そのまま持っていくことになった。

 

 ある程度、身軽になった僕はシルさんの財布を受け取り、バベルのそびえる都市の中心、更にその奥で伸びているだろう東のメインストリートの方角を見つめる。

 

 怪物祭か……どんな感じなんだろ?

 

 暇があったら見てみたいなと思いつつ、僕は酒場の前から出発した。

 

 

 

 東のメインストリートの人込みを塗って、たまに減速し、時に足を止めて、闘技場へと向かっていく。でも、人波が凄すぎて前に進むのに四苦八苦してしまう。

 

 そんな時だ。

 

「おーいっ、ベールくーんっ!」

「え?」

 

 耳を叩いた自分の名前に振り向くと、僕は目を丸くしてしまった。

 

 所在のわからなかった神様が、人ごみをかき分けてこちらに駆け寄ってきていたからだ。

 

「神様!? どうしてここに!?」

「おいおい、馬鹿言うなよ、君に会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 答えになってない答えを、目の前で立ち止まった神様は何処か誇らしげに胸を張って言った。

 

「いえ、僕も会いたかったですけど、そういうことじゃなくて……あの、今日まで一体どちらに……」

「いやぁー、それにしても素晴らしいね! 会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて! やっぱりボク達はただならない絆で結ばれているんじゃないかなー、ふふふっ」

 

 何だろう、この寝る間も惜しんでやるべきことをやって、達成した後に寝不足で気分が高揚しているかのような感じは……本当に何があったんだろう。

 

「か、神様? すごいご機嫌みたいですけど、本当に何があったんですか?」

「へへっ……知りたいかい? ボクが舞い上がっている理由を」

「は、はい」

 

 先ほどからずっと相好を崩している神様は、手を後ろに回し、何かをごそごそとまさぐりだす。そして、ふと、僕の腰を見て動きを止める。

 

「……ベル君。その刀は?」

「これですか? これはヘルメス様から頂いたんです」

「っち、ヘルメスめー」

 

 ヘルメス様から刀を貰ったことを知ると神様は舌打ちをして悪態をつく。

 

「ベル君もベル君だ。ボクがいない時に誘惑されるだなんて、眷属としての心構えができてないんじゃないかい!」

「誘惑って……」

 

 プリプリと怒り、頬を膨らませ、唇を尖らせながらも神様はごそごそと何かを取り出した。

 

「ヘルメスの後だなんて気に食わないけど、遅れたボクが悪いからね。はい、ベルくん。これを君に……」

 

 神様はびっくりさせようとしたけど、不発に終わってしまって仕方ないという残念な表情をしながら僕に白い布で大事に包まれた小さめの何かを差し出した。

 

「これは?」

「開けてみなよ」

 

 神様に促されるまま、包みを解くと中から出てきたのは黒い短刀だった。漆黒の鞘に収められた漆黒の柄を持つ短刀。一見簡素な作りに見えるけど、様々な武器を使った事がある僕にはとてつもなく凄くて素晴らしい武器だということがわかる。

 

「最初は剣とか、刀とか色々迷っていたんだけどね。でも、君が経験してきた話を聞いて、戦いだけじゃなく、冒険の最中にも使えるものをと考えたら短刀だと思ったんだ」

 

 優しげな神様の話し方は、漆黒の短刀に目を落としたままの僕の耳に心地よく振るわせる。

 

「戦いの役に立たなくてもいい。だけど、そのナイフが君の冒険の役に少しでも立てたらボクは凄く嬉しい。このナイフは君からして貰ってばかりの頼りないボクからの心からの贈り物だよ」

 

 頼りなくなんかないとか、そんなことはないとか叫び否定しようとした。けど、神様の慈愛に満ちた優しげな微笑に僕は何も言えなかった。

 

「受け取ってくれるかな、ベル君?」

 

 その言い方はとてもずるい。否定もさせてくれないなんてとてもとてもずるい。

 

「はい、神様……」

 

 神様から貰った黒い短刀を胸に抱き、そう口にした。今、僕がどんな表情をしているのか自分のことなのにわからない。

 

 でも、これだけは絶対に言える。

 

 ――僕の神様がこの(ヘスティア様)でよかった。

 

 

 

 神様からナイフを貰って落ち着いてから僕は神様に連れられて、出店を色々と回っていた。神様にお使いを頼まれていると言ったんだけど

 

「よし、じゃあデートしながら人探しをしようじゃないか。楽しみながら仕事をこなせて一石二鳥だ」

 

 とのことだ。これじゃあシルさんに財布を届けるように依頼してきた店員さん達に合わせる顔がない。だからと言って、神様を否定する気もない。神様と二人で羽目を外して出かける機会がそんなにないからだ。楽しそうな神様を見ていると、切り上げてシルさんを探しに行こうという気になれない。

 

 神様に手をつながれて、クレープやジャガ丸くん等を食べながら、シルさんを探すが、まぁそう上手くことが運ぶことはなく、円形闘技場まで来てしまった。

 

 闘技場の外周部でシルさんが困って、ここにいないだろうかと探しては見るが……

「ここにもいない……」

「やっぱり、もう闘技場に入っているんじゃないかい?」

 

 神様の言葉に観客でいっぱいの闘技場の中で知り合いを一人探すのはとても難しいので気合を入れるために両手で両頬を軽く叩いた。

 

「ベル君」

「あれ、エイナさん?」

「誰だいベル君、このハーフエルフ君は?」

 

 急に表れた人物に目を丸くした。しかし、神様の言葉にそう言えば、エイナさんと神様は初めて会うことを思い出して口を開く前に、エイナさんが手馴れた様子で会釈をして自己紹介をする。

 

「わたくし、ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを務めさせてもらっているギルド事務部所属、エイナ・チュールです。初めまして、神ヘスティア」

「ああ、そういうことか。いつもベル君が世話になってるね」

 

 恐縮ですと再びエイナさんが頭を下げるところを見るとやっぱり、エイナさんって凄いんだなと改めて思わされる。

 

 とりあえず、エイナさんに質問をしてみると、この祭はギルドも一枚噛んでいて、環境整備を手伝っているらしい、それでエイナさんはお客さんの誘導係を担当しているとのことだ。

 

 エイナさんにシルさんのことを聞こうと思っていたが、要領を得ない変な質問をしてしまいエイナさんは苦笑いをしてしまった。

 

 闘技場に入るには僅かばかりの入場料を取るので、財布を持っていないシルさんは会場の中にいる可能性は低いことを教えて貰った。

 

「それじゃあ僕、もうちょっとこの辺りを回ってみます。もしかしたら行き違いになったかもしれないんで」

「うん。もし見かけたらここで待ってるように呼び止めておくから、見つからなかったらまたおいで」

「ありがとうございます。そうだ、エイナさん。これを……」

 

 ずっと持っていたバスケットをエイナさんに差し出す。近くに居た神様がぎょっとして、エイナさんは意味がわからないのか首を傾げている。

 

「お弁当です。本当は食べる予定だったんですけど、ここに来るまでの間、いろんな屋台で神様と食べ歩きをしていたら、おなかいっぱいになっちゃって、もしよければ、どうぞ」

 

 流石に急だったのかエイナさんが困惑した表情を浮かべている。

 

「むむ、誰かが困っている気配がする!!」

 

 象の仮面をかぶった、がっしりした肉体の神様が現れた。

 

「そうだ。俺がガネーシャだ!!」

 

 大きい肉声で象の仮面をつけてポーズをつけたガネーシャ様。

 

「むっ、そこにいるのはヘスティアか!?」

「いちいち声を張らなくてもいいよ、ガネーシャ。でも、どうしてここにいるんだい?」

「誰かが困っている気配を感じてな」

 

 ムンっと、どうどうとポーズをとって説明するガネーシャ様に僕はいろんな神様がいるんだなと思った。

 

「実は人を探しに行きたいんですけど、このお弁当を持っているとその人を探すのに時間がかかってしまうんです。でも、僕と神様は屋台でお腹がいっぱいだし、だからと言って捨てる訳にもいかないので困っていたんです」

「ならば、俺がいただこう!!」

 

 僕の説明にガネーシャ様が即答で問題解決とばかりにバスケットをうけとって、中身をあける。

 

「……これは、どうやって食べればいいのだ?」

 

 そう言えば、今回のお弁当は変わり種だった。中に入っているのは、薄く円形に焼いた特性生地と、ウインナソーセージと鳥のもも肉唐揚げ、ひき肉に味をつけて炒めた物等の肉料理、レタス、オニオン、トマト等の野菜、後は三つの瓶に入ったソース。

 

「これはですね」

 

 一枚のパンを取り、その上にソーセージとレタス、オニオン、トマトに赤いピリ辛のソースをかけて、包んでいく。その様子を神様達とエイナさんが興味深く眺める。

 

「どうぞ」

「うむ」

 

 ガネーシャ様は僕に渡されたものを手にとって、パクリと食べた。

 

「ピリ辛で美味いな!」

 

 次に唐揚げとレタスとオニオンと照り焼きソース。

 

「これも美味いな!!」

「と、こう自分好みに包んで食べていくんです」

「なるほど、よく分かった! もし店を出す時、俺を呼べ。この美味いものが皆食べることができるのならば、支援は惜しまん!」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 何故かお店を出すときの支援が受けられるようになったみたいだ。そして、いつの間にか周囲に人が集まってきている。主にお面をかぶっている人達とエイナさんと同じ服装をした人が、ガネーシャ様に差し上げたお弁当に視線を向けている。

 

「えっと、エイナさん、僕たちは行きますね」

「う、うん、行っておいで……」

 

 エイナさんが軽く頭を押さえていたけど、もうどうしようもない。神様が悔しそうにガネーシャ様が食べているお弁当を見ている。

 

「ほら、神様。行きますよ」

「ちくしょー、本当なら、あのお弁当はベル君の手でボクに食べさせて貰えるはずだったのにー」

『ガネーシャ様、何一人で勝手にメシ食ってんですか!』

『エイナァ~、私も食べたい~』

 

 後ろから声が聞こえるけど、僕は振り向かずに神様と一緒に外へシルさんを探しに行った。

 




 念願のヘスティア・ナイフを手に入れたぞ。

 初めてのルビ、多分使うのはこれで最後でしょう。

 もし料理関連の店をするときガネーシャ・ファミリアから援助を受けられるようになりました。

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