元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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8話、クトネシリカ

『ブォア!』

 

 向かってくる爪を危なげなく紙一重で避け、当たりそうな攻撃は短剣で弾く。

 

 それにしてもダンジョンの中でのゴブリンの声はよく響くなあ。

 

 何回も倒し、飽きもあるモンスターだが、その油断が命取りになる。僕は振り回される腕を何度も連続で空振りさせる。今、自分の動きがどのくらいのものになっているのか正確に確認しているのだ。

 

 グレンダンから抜けた武芸者達の大半は最初の戦闘で命を落とすことが多い。それは抜ける前のレベルが高ければ高いほど顕著になってくる。何故ならズレがあるからだ。例えば、一番多いのが相手の攻撃が見えているが体が思ったように動かず、その攻撃を避け、または受けきれずに致命傷を受けて死亡に繋がるケースだ。

 

 僕もグレンダンを出てから初めてゴブリンを相手に戦った時に戦慄した。ゴブリンの攻撃を認識するが、活剄を使ったときの自分の動きが予想よりもだいぶ遅く、威力が思ったよりでなくて手間取った。その時の感情といったら、色んな負の感情がごちゃまぜになって訳がわからず体が震えた程だった。

 

 最初の一、二週間を必死で体の状態を把握し、約二年間の放浪で自分の意識レベルというか認識レベルというか説明しにくいモノを下げて、ズレをできる限り小さくした。完全にズレを無くすことはできなかった。そして、そのズレは今もある。

 

 人間、ステイタスの成長の数値を知ってしまうと、それよりも高性能な動きができると勘違いしてしまう。それは期待と現実というズレとなって表れ、そのズレを突かれて取り返しのつかない状況に陥ってしまう。そうならないためにもきっちり把握しなければならない。ただでさえ今の僕は他の人よりもズレが大きいのだから……。

 

「!」

 

 ゴブリンの攻撃を避けながらも、頭の隅で警報が鳴る。

 

 目の前のゴブリンにではなく、視界の斜め上、壁に張り付き今にも飛びかかろうとするヤモリのモンスター【ダンジョン・リザード】に対してだ。

 

『ゲゲェッ!』

 

 僕の頭を覆いつくすほどの巨大な影が急降下してくる!

 

「よっと」

『グギッ!』

 

 僕はその奇襲が当たらないように躱し、飛んできたダンジョン・リザードの左前足を短剣で切り落とす。切り落とされた腕の吸盤のついた指がピクピク動いている。

 

 ダンジョン・リザードは自分が襲いかかってくることを誘われたという事を理解するとすぐにその場から離れようとするが、足を一つ切り落とされ、スピードが通常時に比べて落ちている。

 

『グゲエッ!?』

 

 旋剄を使わずに追いついて背中を一突きし、ダンジョン・リザードを倒すことができた。

 

「はああ」

 

 外力系衝剄の変化、九乃。

 

『グガッ!?』

 

 四本に収束された衝剄の矢を放ちゴブリンを倒す。目標であるダンジョン・リザードを、剄技を使わず倒すこと、そしてその間、一体のモンスターの攻撃をできる限り避け続けることという二つの課題を成功させた。

 

「……よし」

 

 短剣をしまって、その場で軽く屈伸。膝の調子は活剄の使用もあって、完治したといっても差し支えないだろう。

 

「ようやく、本調子……とはまだまだ遠いかな……」

 

 思わず溜息を吐いてしまう。

 

 現在位置はダンジョン四階層。周囲にモンスターの気配がないことを確認しながら、僕は短刀を再び抜いて魔石を回収し帰る準備をする。

 

 四階層から一階層まで上がるとき、何度か戦闘になるが何の問題も起きずにダンジョンから出る。

 

(そういえば、神様、今日も帰ってこないのかな?)

 

 神様がご友人のパーティーに出かけて二日経つ。神様自身何日か留守にすると言っていたし、そう心配することじゃないってわかってはいるけど、やっぱり一人で食べる食事は何か味気ない。そう思いながら人込みの中を歩いていると、見慣れない光景が飛び込んできた。

 

 巨大なカーゴ。箱型で底面に車輪が取り付けられてある物資運搬用の収納ボックス、それがダンジョンの大穴から少し離れた場所にいくつも置かれている。

 

 そのカーゴを眺めていると、唐突にガタゴトっとその箱が揺れた。

 

(ん?)

 

 まるで何かが檻に閉じ込められて、ここから出せと暴れているかのようだ。耳を済ませると獣のような低い唸り声まで聞こえてきて、カーゴの中身を確信してしまう。

 

(モンスターだ。でも、こんなところに連れ出してもいいのかな?)

 

 今いる場所はモンスターが地上進出しないよう未然に防ぐために【バベル】というこの巨塔は建てられている。要するにここで大半のモンスターを食い止めているのだ。

 

 しばらくすると、またダンジョンに繋がる階段から新しいカーゴを運んでいる団体が現れた。多分、あの中身もモンスターなんだろう。

 

『今年もやるのか、アレ?』

『【怪物祭(モンスターフィリア)ねぇ……】』

 

 僕の近くでそんな話し声が聞こえる。

 

 ……怪物祭?

 

 聞きなれない単語だけど、もしかして、あのカーゴの中にいるモンスターが関連しているのかな?

 

 象の頭の描かれたエンブレム付きの装備を纏うファミリアの構成員達。彼らが大小様々なカーゴを引っ張っていく光景を、僕は周囲の人達と同じように眺めていた。

 

(あっ……エイナさん?)

 

 視界の隅に映った見慣れた髪の色、注視してみると、間違いない、僕の担当官であるエイナさんがいた。彼女は今、真剣な表情でもう一人いるギルド職員と入念に打ち合わせを行っている。

 

(仕事中、なのかな……)

 

 書類を片手に話し込んでいるエイナさんへ声をかけるのはためらわれた。まだ武器を買う為に必要な書類についても後回しになってしまうほど忙しいのだろう。それに武器については急いではいないし、クローステールの仕上がりについても確認しないといけないから、話しかけないでこのまま行っても大丈夫だろう。というか、この前、六階層まで降りたことを知られたくない。エイナさんが怒ってそのまま説教する姿が頭の中に思い浮かんだ。

 

 そう考えると、不思議とエイナさんに見つからないように僕は静かにこの階に設置されてあるシャワー室にむかっていた。

 

 

 

「またこいよー」

 

 ギルド本部で魔石とドロップアイテムを換金してから、クローステールの様子を見に三鎚の鍛冶場にやってきて、クローステールの状態を聞いてから、店からでた。

 

 どうもクローステールを徹底的に整備するつもりらしく、バラバラにして、部品の損耗箇所や糸の痛み具合等を調べあげ、それを直してから完璧に仕上げてみせると親方に言われた。

 

 精密部品は動かして部品を無くす訳にはいかないから見ることはできなかったが、桶に特殊な液体が入っている糸の部分を見せられた。まだミノタウロスの血が残っているらしく、液体の色が透明なピンク色になっており、糸に残っている血が全部落ちたら、痛んでいる部分を直すために別の液体にまた付け込んで丁寧に手入れをするそうだ。

 

 ――クローステールが使えるようになるのはまだまだ先らしい。

 

「日も暮れてきちゃったなぁ……」

 

 外はすっかり夕焼けの色に染まっていて、そろそろ夕食の仕度をしなければと食材を買う為に北西のメインストリートに出る。

 

 さて、今日の夕食は何にしようかな?

 

「ん? おお、ベルではないか!」

「あっ、神様!」

 

 石畳の道を歩いていると、正面からきた人物に声をかけられた。

 

 美麗な目鼻立ち。僕より目線がうんと高い長身の青年、灰色のローブを着ているのだが、そこからにじみ出る気品みたいなものが、ヒューマンや亜人とは異なることを伝えてくる。

 

 この人もヘスティア様と同じ神様、ミアハ様である。

 

 僕はミアハ様にお辞儀をした。

 

「こんにちは、ミアハ様。お買い物ですか?」

「うむ。夕餉のための買出しだ、わたし自らな。ベルは何をしている?」

「僕もこれから夕食のための買い物です」

「ふははっ、ヘスティアがベルの料理について褒めていた」

「そう言ってもらえると腕を振るうかいがあります」

 

 大きな紙袋を両手に持ったミアハ様が気持ちよく笑いかけてくる。

 

「あの、ミアハ様。ヘスティア様のことについて何か知っていませんか? 二日くらい前にご友人のパーティーに出席されて、その、まだ帰っていなくて……」

「ヘスティアが、か? ううむ……すまない。私には少しも見当がつかん。力になってやれそうにない」

「い、いえっ、気になさらないでくださいっ」

 

 神様に謝罪させてしまった僕は、滅相もございませんと慌てて手を振った。

 

(神様の情報がないなあ)

「やあ、ベル君、お困りのようだね」

 

 考え事をしていると後ろからオラリオの外で聞きなれた陽気な声が聞こえてきた。振り返ってみると、旅人の服に身を包んだ、羽付きの鍔広帽子を被っている橙黄色の髪をしている優男な神様、ヘルメス様が布で巻いた長い棒状のものを右手で掴んで、左手で気軽に挨拶するように、こちらに手の平を見せている。

 

「お久しぶりです、ヘルメス様」

「ああ、久しぶりだ」

「何だ、ベル。ヘルメスと知り合いか?」

「はい、放浪中、何度かお会いしたことが……」

「おいおい、そんな他人行儀な、何度も助けられた仲じゃないか、僕が」

 

 ミアハ様の疑問に答えると、ヘルメス様が気楽に訂正する。しかし、その訂正の仕方は、あ、ミアハ様がジト目でヘルメス様を見ている。

 

「そうだ。ヘルメス様、ヘスティア様のことについて何か知っていませんか?」

「ヘスティア? ヘスティアならガネーシャのパーティーで女神たちと何か話していたぜ。まぁ、いつの間にかいなくなっていたが」

 

 空気を変えようとしたら、思わぬ収穫だ。となると本当に友人の女神のところへ泊まっているのかもしれない。

 

「そうだ、ベル君。遅くなってしまったがこれはプレゼントだ。君がオラリオに初めて来たことに対するお祝いさ。すぐに渡すつもりだったけど、色々と忙しくてね」

「ありがとうございます、ヘルメス様」

 

 ヘルメス様が右手で持っている布でくるまれた棒状の何かを差し出したので、お礼を言ってから受け取った。

 

「布をとってみな」

 

 ニヤニヤするヘルメス様の前で言われたとおりに布を取ると、中身は……刀?

 

 鍔や鞘に、狼や夏狐の装飾が施されている。少し引き抜いてみると綺麗な刀身が覗かせた、刀身を確認して鞘に収める。

 

「名前は【クトネシリカ】だ。珍しい名前だろ」

 

 刀につけるには珍しい名前だからという理由で贈り物に選ぶ、この神様らしい選定方法に思わず頬が緩む。

 

「本当にありがとうございます」

 

 久しぶりの刀の感触を手に改めてヘルメス様にお礼を言う。

 

「喜んでくれて、俺も嬉しいぜ。じゃあ、この後用事があるから俺は行く。また会おう、ベル君、ミアハ」

 

 ヘルメス様は片手を挙げて、そのまま人込みの中へと消えていった。いつも思うけど風のような神様だなあ。

 

「ヘルメスは相変わらずだな。しかし、ベル。そなたは刀を使うのか?」

「はい、でも正確には使っていました。刀は剣よりも耐久性が低いことが多いので、一度でも折れてしまうと金銭的に他の武器よりも高くついてしまうんです。だから途中から剣に代わり、放浪している時に剣よりも短剣の方が軽くて安いので短剣へと使っていく武器が変わっていったんです」

 

 クローステールを整備する必要もあるため、剣もしくは刀を買い、整備するより、短剣を複数購入して使い捨てていく。こっちの方が安く済んでいた。

 

 それに短剣とクローステールの相性は剣よりも高い。例えば短剣の取っ手にクローステールの糸を巻きつけ飛び道具にした後、回収したりとかだ。トリッキーな動きで相手を翻弄し勝利する。よく使っていた手でもある。

 

「なるほど、周囲の取り巻く状況により変わったのだな」

 

 ミアハ様はうんうんと頷いた後、何か思い出したように口を開いた。

 

「そうだ。ベル、わたしもこれをお前に渡しておこう。できたてのポーションだ」

「えっ!」

 

 紙袋を片手で支え、懐から二本の試験官を取り出したミアハ様は、それを気軽に差し出してきた。

 

「ミ、ミアハ様?」

「なに、神を助けた良き隣人に胡麻をすっておいて損はあるまい?」

 

 ミアハ様は優しげに笑いながら、男前にポーションを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 いつまでも差し出されたものを受け取らないという事は失礼だと思い、お礼を言ってからミアハ様からポーションを受け取った。

 

「ふはは、それではな、ベル。今後とも我がファミリアの御贔屓を頼むぞ?」

 

 片手を振りながらミアハ様は僕に背を向けた。

 

 一瞬、ぽかんとしていた僕は、雑踏に消えていくミアハ様の後ろ姿に、ぺこりとお辞儀をしてから、左腿に装備しているレッグホルスターに先ほど頂戴したポーションをしまい込んだ。

 

 貰ってばかりでは悪いから、今度おかずのおすそ分けをしよう。そう心に決めて、貰った刀を腰に帯刀してから、夕食の食材を買いに目的の場所へと移動する。

 




 ベル君の新しい武装、クトネシリカ(刀)です。

 これでサイハーデン刀争術が使えますね。

 ヘルメス様はベル君が放浪中に会っている設定です。

 しかし、ヘルメス様はどこでベル君が刀を使っていることを知ったんでしょうね?

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