元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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7話、

 目が覚めてから神様の顔が近くにあって、びっくりしたけど、それよりも驚いたことが時間を確認して丸一日眠っていたことだった。

 

 一日分の収入、新しい装備を買うための資金がまた遠くなっちゃったけど、体からそんな事を考えるよりも栄養をよこせと腹の虫が鳴きだし、朝食と昼食のお弁当を作る事にした。

 

 朝食は丸一日食べていなかったことから、薄味の野菜スープを前菜として、オムレツ、ソーセージ、お弁当に入りきらなかったサンドイッチと鶏肉の香草揚げをテーブルの上に並べていると神様が起きて料理を見て一言。

 

「今日は何のお祝いだい?」

 

 神様がそう言ってしまうほど作りすぎてしまったみたいだ。

 

 それから二人で朝食を食べた。

 

「無理に全部食べなくても良かったんですよ、神様」

「いーや、君の作った料理をボクが残すわけにはいかない、全部食べるね(キリッ)」

 

 ベッドの上で仰向けになり、大きくなったお腹を手で押さえながら、キリッとした表情で言った後に「ケプ」と可愛らしいゲップをする神様。だけど野菜スープを飲み干さなくても、薄味に作ったから余ればシチューにでもカレーにでも味付けを変えられたんだけどなぁ。

 

 それから食休みを挟んで、ステイタスを更新した。食べ過ぎたのか、神様の動きが止まった。

 

「神様?」

 

 大丈夫だろうか、胃薬を買いに行ったほうがいいのかという思いで神様を見るが、神様は「ごめんごめん」と謝ると作業を再開させた。

 

「ベル君、今日は口頭でステイタスの内容を伝えていいかい?」

「あ、はい。僕は構いませんけど……」

 

 紙に写せないほど限界なのだろうか、神様は僕のステイタスを語る。しかし、ステイタスの内容を聞くと神様の体調のことが頭から離れてしまった。

 

「とまぁ、熟練度が凄い勢いで伸びてるわけ。何か心当たりはある?」

「えーと、確か……一昨日は六階層まで行きまし、っがふ!」

 

 神様に殴られた。

 

「あふぉー!! 防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない! それとも君はグレンダンでは防具もつけずに戦いに行くというのかい!?」

「え、行きますけど?」

「グルゥアアアアアア!!!!」

 

 そこからは神様の説教タイムに突入して、僕は半裸のままで身を小さくするしかなかった。

 

「はぁ……本題に入ろう。今の君は理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長する速度が早い。どこまで続くかはわからないけど、言っちゃえば成長期だ」

「はあ」

 

 神様の言葉に僕は首を傾げるばかりだ。グレンダンでステイタスの成長期などという言葉を耳にしたことは生まれてから一度もなかった。いや、もしかしたらサヴァリスさんとか陛下はステイタスの成長期とやらがあったのかもしれない。確認するすべが今のところないけど。

 

「……これはボク個人の見解に過ぎないけど、やっぱり、君には才能があると思う。冒険者としての器量も、素質も、君は兼ね備えちゃってる。だからこそ、君はきっと強くなる。そしてそれは多分過去の君のステイタスを超えるものになると思う」

「……はい」

 

 過去のステイタスを超える。それはきっといいことなのだろう。僕の目的を達成するにはどうしても過去のステイタスを超える必要がある。だけど、速度が問題なのだ。成長速度が誰よりも早くレベル6になった頃、いつの間にか僕の周りにいた仲間がいなくなっていた記憶が蘇る。……また一人になるんじゃないかと。

 

 そんな僕の心を知ってか知らずか神様の口が開く。

 

「……約束して欲しい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと、誓ってくれ」

「神様?」

「強くなりたいという意志があるならボクは反対しない、尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう。……だから、……お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ」

 

 神様の言葉に、思わず目を見開いた。そうだ。僕は一体、何を勘違いしているんだろう。ここはグレンダンじゃない、それに天剣授受者でもなければ、ベル・ヴォルフシュテイン・クラネルでもない。一人になる? まったく思いあがりも甚だしい。ファミリアは一人だけで作るものじゃない。僕と神様、それにこれから増えるかもしれない団員達と築き育てあげるものだ。それに決めたじゃないか、神様を助けると。それに――――……。

「……はいっ」

 

 成長速度について考えるのはやめよう。どうせ、なるようにしかならないし、目的の一つである黒竜の討伐には何よりこの成長速度はありがたいと思えばいい。

 

「無茶しません。頑張って、強くなりにいきますけど……絶対、神様を一人にしません。心配させません」

「その応えが聞ければ、もう安心かな」

 

 決意を口にして、神様は安心したように微笑んだ。

 

 それから神様から服を渡して貰って着替えていると、神様は食器棚に飛びつき、ごそごそと何かを探していた。音からして書類っぽい。

 

「ベルくんっ、ボクは今日の夜……いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

「えっ? あ、わかりました、バイトですか? お弁当、どうします?」

「いや、行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ。お弁当は量を少なめにして貰えるかな」

「わかりました。友達は大切ですから遠慮なく行ってきてください」

 

 神様はごそごそと部屋の中でパーティーに行く為の準備を始めて、僕は神様に言われた通り、小さめのタッパーの中にサンドイッチや鶏肉の香草揚げ、オムレツを入れなおして神様に渡した。神様はタッパーを受け取るとバッグに入れてドアに手をかけた。

 

「ベル君、もしかして、今日もダンジョンへ行くのかい?」

「そのつもりなんですけど……ダメですか?」

 

 つい先ほど約束を交わしたばかり、やはり自重しなければいけないかな?

 

「ううん、いいよ、行ってきな。ただし引き際は考えるんだよ? 君の場合、引き際を誤って散々な目にあっているし、それに今は怪我をしてるんだからね」

 

 唇を尖らせながら軽い注意をする神様に僕は頬を掻きながら苦笑を返すしかなかった。まさに返す言葉もありません。神様はジト目で僕を見たけど、その後、えくぼを作って部屋を後にした。

 

 

 

 神様が出かけた後、僕は冒険者用の装備一式を着用してバスケットを持ってから部屋を出た。

 

 時間は正午前、太陽が燦々と空に輝き、どこか景色のいい場所でお弁当が食べたくなるような心地だ。

 

 中のお弁当が崩れないよう、でも早くダンジョンに行きたいという気持ちが早歩きで表れ、人通りでこみ合っているメインストリートを進む。

 

 活剄を使っているから傷口の大半は治っているが、膝の傷はまだ痛んでいるので今日は無理をしないでおこうという気になる。

 

「ベルさん!」

 

 誰かに呼ばれた。声が聞こえた方を向くと、どこか安堵して泣き出しそうなシルさんの姿があった。

 

 それからシルさんは何も言わず、僕の手を握って導くように『Closed』と札がかかっている豊饒の女主人へ連れて行かれた。

 

 カランカランとドアをくぐった頭上から鈴の音が聞こえ、店の準備をしていた女性店員さん二人が驚いた顔で僕たちを見ている。しかし、シルさんはそんな二人を気にせず、僕の手を引いて店の中へ数歩進ませてから振り返り、抱きついてきた。

 

「!?」

 

 シルさんの思わぬ行動に僕は声にもならず口をパクパクさせ、ワタワタするしかなかった。トロイアットさんならキザな台詞を吐いて抱きしめるんだろうけど、僕には無理、不可能、あのスケコマシ!としか考えられない。

 

「……よかった」

 

 消え入りそうな声が聞こえる。しっかりと抱きつかれて顔は見えないけど、シルさんの声だ。

 

「……シルさん?」

「ベルさんが無事でよかった」

 

 どうやら、この前の帰り方は彼女を不安にさせたみたいだ。申し訳ないと思う。

 

 僕はおずおずと先ほどシルさんから手を離されて空いた右手でシルさんの頭をゆっくりと撫でる。

 

「大丈夫です。僕はちゃんとここにいます」

 

 安心させるように言葉もかける。この状況、天剣授受者になって初めて天剣を持って比翼連理で空を飛ぶ番の大型モンスターに丸呑みにされ、心配させた時のことを思い出す。あの時も抱きつかれて、大粒の涙を流しながら泣かれたので、頭を撫でながら「大丈夫」と言葉をかけてあやしていた。

 

「アンタら、一体いつまで店ん中でいちゃいちゃしてんだい」

 

 声がする方向に視線を向けると女将さんであるミアさんがカウンターバーからジト目で忠告してきた。というより、シルさんに集中してたから気付かなかったが、店の中ではここで働いている店員さん達が僕たちのことを好奇の目で僕たちを見ていた。

 

 シルさんがばっと僕から離れる。

 

「ご、ごめんなさい、ベルさん」

 

 シルさんは顔を真っ赤にして謝るが、僕はどうしていいかわからず、変な格好のまま石になったかのごとく固まっていた。

 

「シル、アンタはもう引っ込んでな。仕事ほっぽり出して連れて来たんだろう?」

「あ、はい……そうだ」

 

 シルさんはパタパタと急ぎ足でキッチンへ消え、そして僕が持っているバスケットと同じくらいの大きさのバスケットを抱えて戻ってきた。

 

「ダンジョンへ行かれるんですよね? よろしかったら、もらっていただけませんか?」

「えっ?」

「今日は私達のシェフが作った賄い料理なので、味は折り紙つきです。その、私が手をつけたものも少々あるんですけど……」

「えっと、その今回お弁当、持ってます……」

 

 シルさんにずっと左手で握っていたバスケットを見せると、彼女は表情を曇らせる。

 

「坊主、ちょいとそれを見せてみな」

 

 ミアさんが僕のバスケットを刺しながら言う。

 

「えっと、はい」

 

 僕はカウンターまでバスケットを持っていくと、ミアさんがカウンターの内側から手を伸ばしてバスケットを取り、中身を確認した。

 

「あー、こりゃダメだね。中身がグチャグチャだ。シル、坊主の弁当がこうなったのはアンタにもあんだろ、坊主にソレを渡してやんな」

 

 ここまで来るときにバスケットの中身がグチャグチャになる要因はない、ミアさんは気を使ってくれたみたいだ。

 

「どうぞ」

「えっと、ありがとうございます」

 

 シルさんは僕の側まで来て、笑顔でバスケットを渡し、僕は相好を崩してバスケットを受け取った。

 

「ほら、とっとと仕事終わらせてきな」

「わかりました」

 

 シルさんがお辞儀をして仕事に戻っていく。

 

「ところで坊主、これアンタが作ったのかい?」

 

 ミアさんがお弁当について尋ねてきたので

 

「はい」

「やっぱり、あんた良い嫁さんになるよ」

 

 僕が頷くと、ミアさんは豪快な笑みを浮かべてそう言った。いや、だから嫁さんじゃないですって、しかしミアさんは僕の心情などお構いなしに「一つ貰うよ」とそう言って、躊躇もせずに鶏肉の香草揚げ一つ摘まんで食べ、その後、サンドイッチやオムレツと僕が作ったものを全部一つずつ食べてから、味わうというより何が使われているかを調べるような表情で嚥下した。

 

「坊主、やっぱりここで働いてみないかい」

 

 そして、真顔で女将さんにそう言われたとき、どうしたものかと固まった。

 

『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食が無くなってしまいますが……』

『あ、うん。お昼くらいは我慢できるよ?』

『というか、あいつが作った昼飯、ミア母ちゃんに認められたニャ』

 

 厨房の方が騒がしくなったような感じもしたけど、目の前で「ただの冒険者にするのはおしい」とか何とか呟かれている身としては、気にしている余裕がなかった。

 

「まぁ、この話はまた今度にするさね、ほれ坊主」

 

 ミアさんに何か入った小さめの袋を渡された。中身はヴァリスだ。

 

「この前の釣りだよ。シルに改めて礼を言っときな。アレが説得していなかったら、その金は今、あんたの手元に戻ってこなかっただろうさ」

 

 確かにこの前、置いたと思われるお金が幾らか少なくなって袋の中に入っている。

 

「それから気をつけな。ウチの連中はアタシも含めて血の気が多いヤツ等だから、例えばだ。アンタが飛び出した後、シルはアンタを追いかけていったみたいだけど、結局会わなかったんだろう? 塞ぎこんで帰ってきたシルを見て、ほれ、あのエルフのリューが真剣持って出ていきそうになってね。止めるのに一苦労したもんさ」

 

 つまり、一歩間違えれば先ほどのエルフさんに背後から一突きされていたのかもしれない。

 

(でも、そっか……追いかけてきてくれたんだ……)

 

 話を聞いて、気付かなかったことに申し訳ない気持ちと追いかけてきてくれた嬉しさにより、じんわりと胸の辺りから熱が灯る。

 

 本当にいつか恩返しをしたいと、そんなことを思った。

 

「……坊主」

「何ですか?」

「アンタは多分、わかってんだろうけど言っとくよ。冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね」

 

 あの時ミアさんもカウンターにいたから、僕の事情を見通しているのだろうか?

 

 ミアさんはニッっと笑みを浮かべる。

 

「結局、最後まで二本の足で立ってたヤツが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」

 

 成程、それは確かに勝ち組だ。武芸者も冒険者も死んでしまってはそこで終わりだ。無様であっても生き残ることができれば、次に汚名を返上できるチャンスがある。

 

「ま、アンタの場合、ここに置いていった金が多すぎて、良い食材を買う金がないから無茶して膝を怪我したんだろ」

 

 今、膝を怪我したことと怪我の理由をあっさりと言い破られた。五OOOヴァリスも置いてしまい、残った金額では食費はともかく、それ以外の費用が捻出できずに無理をした事が知られていたとは……ミアお母さん、恐ろしい人……っ!

 

「そら、そろそろ行きな。それとも店の仕込みの準備を手伝ってくれるのかい?」

「仕込みを手伝ったらダンジョンに行くことができないので今回はやめておきます。それから、ありがとうございます」

 

 ミア母さんに促され、僕は彼女に色んな意味を込めたお礼を述べてから店の外へと出る扉へと向かって歩く。

 

「坊主、アタシにここまで言わせたんだ、くたばったら許さないからねえ」

「大丈夫です、行ってきます!」

 

 背後からのミアさんからの激励に目を丸くして、まるで家から出発するような言葉を発し店から出て行った。後から思えば少し恥ずかしい気持ちになった。

 




 

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