元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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6話、悪戯兎

 ゴルネオ・ルッケンスは溜息を吐く。

 

 酒場、豊饒の女主人で目の前のテーブルの上に乗っている料理と酒に手をつけず、溜息を吐くばかり、アイズも落ち込んでいるため、宴会が通夜になりかけている。

 

「店の雰囲気を悪くするなら帰ってくれないかい」

「まぁまぁ、ミア母ちゃん。今日は待ち人が未だに来ないゴルの慰安目的もあるから堪忍して」

 

 女将であるミアはゴルネオを一瞥して、自分の店の従業員であるシルの方が気になるのか、何も言わずカウンターの方へと向かった。

 

「ゴルネオ、お主、体を十分に休めておるのか?」

 

 ロキ・ファミリアの派閥首脳陣の一人であるドワーフの大戦士、ガレスがドワーフの火酒が入ったジョッキの片方をゴルネオに手渡し、話しかける。

 

「ガレスさん」

「お主に倒れられると雑務がラウルに集中するからのう」

「ラウルに雑務が集中することはいつものことですが」

「まあのう」

 

 ガレスとの会話にテーブルのどこかで『ひどいっす』という言葉が発せられたが、ゴルネオとガレスは気にしていない。それにゴルネオが倒れてラウルに雑務が1.8倍となって集中するからあながち間違いでもない。

 

「心配することが間違っているのはわかっています。しかし……」

「しかし?」

 

 ゴルネオはそこで渡された酒が入ったジョッキを手にとって一気に呷った。

 

「あの悪戯兎がピョンピョンと何食わぬ顔で五階層辺りを降りていると思うと俺は、俺は……――」

 

 そこでゴルネオはそこで意識が途切れる。ゴルネオが受け取ったジョッキには眠りへと誘う薬が入っていた。酒との相乗効果により即効性も付与されたようだ。自分で休めないのなら無理やり休ませてやるというロキ・ファミリア一同(一部対象外)のありがたい心遣いである。ゴルネオは料理が未だに入った皿に顔面から突っ込んで、眠りについた。

 

「悪戯兎?」

 

 ゴルネオが意識を失う前に発した単語に一人だけ反応した、ティオナだ。

 

「悪戯兎って、ロキがこの前、読んでた童話の悪戯兎?」

「ふぇ?」

 

 いきなり話を振られてすでに酔っ払い、できあがっていた主神が変な声を上げるが、誰も気にもとめない。

 

「ふーん、珍しいわね。ロキがそんなものを読むなんて、どんな内容なの?」

「確か、おじいちゃんの膝の上で英雄譚の話を聞いていた兎が英雄に憧れて強くなっていく英雄譚、その兎は周囲の忠告も聞かずにモンスターの住処でピョンピョンと戦っているから、周りから悪戯兎って呼ばれてて、怒られたり、呆れられたりするんだけど、兎は周囲の反応に気にも留めずに銀色の桜の妖精に導かれるまま強くなっていって、ついに天剣授受者っていう兎が住んでいる国での最強の称号と武器を手にするんだ」

「まるで小さい頃の誰かさんみたいだな」

 

 目を輝かせながら言うティオナに、その話を聞いてこの空気を変えられるのではないかとリヴェリアが誰かさんに向かって言う。通夜状態のアイズが少し落ち着きを取り戻したのかリヴェリアの言葉に少しだけ頬を膨らませる。

 

「それから悪戯兎は同じ天剣授受者である蜘蛛の先生から糸の扱いかたを教わったり、キラーアントクイーンっていうキラーアントを生み出すモンスターから二人のお姫様を助けたり、その二人のお姫様から求愛されたり、蜘蛛の先生と狼の三人で傷を負っても再生する山のように大きいゴーレムと三日間戦ったりと偉業を達成していくんだけど……」

 

 ティオナはそこで気まずそうにグラスに入った飲み物を口に含んで、口を湿らせてから続けた。

 

「神様のお願いで兎は銀色の桜の妖精を連れて遠い場所へ赤い十字架を手に入れる旅にでるんだ。でも、兎が旅にでていた間に兎が住んでいた国に黒い竜が現れて故郷をめちゃくちゃにされちゃってさ。兎が帰ってきたら住んでいる場所や、おじいさんがいなくなって、黒い竜が現れたとき、その場にいなかった兎が故郷の住人に責められるんだ。兎はその中で一ヶ月間、必死で働いて、その働いたお金を補償として納めてから、偉業や最強の武器を捨てて故郷を出た。一部の人達から貰った道具と武器を持って……」

 

 内容があんまりなバッドエンドなためにアイズの瞳から光が消えて固まった。その様子を見てティオナの姉であるティオネが怒る。

 

「この馬鹿ティオナ。どうして途中で止めないの!?」

「だってー、もう一回読もうとしたら、書庫にはないし、買おうと思ってもどこに行ってもそんな本はないって言われたし、絶対、あの本には続きがあると思ったから、誰か知らないかなーって」

 

 ティオナは周囲を見るというか主神を見るが、主神は酔いつぶれたのかすでに夢の国へと旅立っていた。無意識の内に上げて落とすをしたティオナにリヴェリアは溜息を吐いてから、ティオナに尋ねる。

 

「その本の作者の名前はわかるのか?」

「えーと、グレン・サリンバン?」

「確かか?」

「多分……」

 

 人名を覚えることが苦手なティオナに果たして、作者名が本当にあっているのか疑わしいが一応、探してみるかというリヴェリアであった。しかし、彼女は知らない。ティオナに聞かされた物語が実はゴルネオ・ルッケンスがある一人の弟弟子の人生をデフォルメして書いたものであり、自分の身に何かあった場合、その少年に対してある程度の援助を促すために主神に送った、この世界に存在する、たった一つの英雄譚であること、そして、その少年が先ほど、ベートが口走り笑いものにされていたことを、その場にいた誰もが知らなかった。

 

 

 

 翌朝というより明朝、一人の傷だらけの兎がギルドから出た。

 

 酒場、豊饒の女主人から出て、その女将に宣言した通りにダンジョンに潜った彼は八つ当たりのごとく、モンスターを屠り、そしてダンジョンの洗礼を受けてボロボロになっていた。

 

(まさか、本当にモンスターが壁から産まれるなんて……)

 

 彼は深夜、六階層でその目でウォーシャドウというモンスターが生まれてくる瞬間を目撃した。彼はそのモンスターを難なく撃破したが、新しく踏み入れた場所と新しく出てきたモンスター、そしてモンスターの出生頻度の上昇、その後に出てきたモンスター達の攻撃を全て捌けず、現在の追いはぎにあったかのようなボロボロの格好をしている。アドバイザーの忠告を無視した自業自得である。

 

 そして現在、彼はギルドの換金所で魔石とドロップアイテムを売り、そのお金で買い物をするためにとある場所へと向かっている。

 

 取れたての果物と野菜が販売されている朝市だ。今の時間帯でやっているかどうかは彼にはわかっていないが、ボロボロではあるがしっかりとした歩みで目的の場所へと向かう。

 

 彼の視界に複数の屋台が映っている、それぞれの屋台にはさきほど採れたと思われる野菜や果物が分類別に分けられていて、近くに行けば目移りしてしまいそうだ。もしかしたら、彼が見たこともない野菜や果物が置かれているかもしれない。

 

 ふと彼の頭の中で主神である女神が美味しそうに彼が作った料理を食べる姿が映り、思わず頬が緩む。しかし、主神はおそらく胃の調子が悪い、となると作るものは胃に優しいものになる。

 

 彼の頭に浮かび選択された料理はリゾットだ。それでいて彼女は健啖家でもあるから、あっさりでいて少し濃い目がいいのだろうか、矛盾しそうな味付けに苦笑しながらも何を作るか決めて屋台に向かって足を運んだ。向かった先で悲鳴をあげられることも気付かずに……

 

 

 

 兎がダンジョンから出て買い物に行っている最中、その兎の主神、ヘスティアはホームである教会の隠し部屋で、同じ場所を行ったり来たりと繰り返していた。

 

(いくらなんでも遅すぎる……!)

 

 腕を組み眉根を思い切り寄せ合わせ、焦りを顔に浮かべる。

 

 ベルの成長速度について本人からの追及をそれっぽい理屈でかわして、それ以上の追及を避けるために昨晩はバイトの飲み会に出かけたのだが、ヘスティアが帰ってくると、彼女を迎えてきたのはがらんとした静けさだけで、眷属であるベルはこの部屋にはいなかった。

 

 いつも手料理を作っているベルが料理を作った痕跡もなく、本当に食べに行ったのかと思うと、いつも頑張っているからこれくらいはという気持ちと、ベルが自分に黙って美味しいものを食べにいったことに対する不満が混ざり、もやもやとした気持ちでベッドへと横になった。

 

 なかなか寝付けずヘスティアの視界に入った時計が、十時、十一時、十二時と刻み、まだ少年が戻ってこない事に対してヘスティアは危機感を覚えた。ヘスティアはベッドから立ち上がり、部屋から飛び出してベルを探しにいった。

 

 しかし近隣を探しても手がかりがなく、もしかしたらと思って、つい先ほど帰ってみれば誰もいない。今の時刻はもう五時だ。

 

 昨晩、別れたときのことを思い出すが、別に不振なところはない。

 

(どこに行ったんだい、ベルくん……)

 

 両手で頭を抱え、行方も知れない眷族に対して涙がこみ上げてくる。そんな時だった。

 

 ガチャリとドアノブが動き、扉が開く音が聞こえた。

 

 ヘスティアが扉に視線を向けると、ボロボロになったベルがパンパンに膨らんだ紙袋を抱えて部屋に入ってきた。

 

「ただいま戻りました。帰りが遅くなってごめんなさい、神様」

「ベル君!?」

 

 いつもならほとんど怪我を負わない彼が服をボロボロにして、体に裂傷と打撲の後を残して戻ってくることはなかった。ヘスティアは血相を変えてベルに迫る。

 

「どうしたんだい、その怪我は!? まさか誰かに襲われたんじゃあ!?」

「いえ、そういうことはなくて、昨晩の夕食が高めについちゃって、さっきまでダンジョンにもぐってました。あ、今から朝食を作りますね」

 

 ぽつりと落とされた言葉にヘスティアは怒ることも忘れて呆然とし、腰に力が抜けてへたり込んでしまった。ベルはその隙?をついて台所へと入り、朝食を作り始める。

 

 ヘスティアが意識を取り戻したのは台所から甘酸っぱくて爽やかな香りがただよい、彼女の腹の虫が鳴いてからだった。

 

 テーブルの上に料理が乗った器を置かれて、ヘスティアはソファーに座る。

 

 湯気が立つ料理に手を伸ばす前に質問するべきことがある。

 

「……どうして一晩中、ダンジョンにもぐるような無茶をしたんだい? いつもの君ならそんな自暴自棄のような真似しなかったじゃないか」

 

 ヘスティアの諭すような言葉にベルは苦笑する。その反応にヘスティアはむっとして乱暴に料理にスプーンを突き刺してから掬いあげ、一口、料理を口に含んだ。

 

 口の中にシャリシャリとした食感と優しい甘みが広がる。

 

「リンゴ?」

「はい、リンゴのリゾットです。神様が昨日、胃を押さえていたので、胃の調子がよくないのかなと朝市でリンゴや米とか買ってきました」

 

 確かに昨日、ベルとの別れ際に胃の辺りを押さえていた。それはベルに嘘をついた罪悪感からだ。その時の瞬間をベルに見られ、この料理が今ここにあるのだろう。

 

 ヘスティアが呆然とベルを見ると、ベルはヘスティアが食事をするところを見て幸せそうに目を細めて眺めている。

 

「……シャワー、浴びておいで、傷の汚れを落として治療しよう」

「はい」

 

 ベルは軽く頷くとシャワー室を目指して歩いていった。

 

 料理を作る際、ベルは必要最低限に手と腕、顔と頭と汚れを落としたみたいだが、完全には落ちきっておらず、傷の周囲にうっすらと泥などの汚れが残っていたのだ。

 

 ヘスティアはベルがシャワー室に無事に行ったかを見送り、そして目の前にある料理に視線を落とし、物思いにふける。

 

 ベルがヘスティアを彼自身よりも優先している。その事に関してヘスティアは凄く嬉しい、感謝もしている、執心するくらい惹かれてもいる。しかし、彼に対して自分はどうだ。自分は彼に何をしてやれただろう。バイトをしているがベルの稼ぎよりもかなり少ない、料理にいたってはベルに頼りきりだ。掃除はヘスティアの方が多いが綺麗度的に言えばベルの方が上だし、自分が彼より優れていることの方が少ないだろう。彼が行き倒れたのを助けたのは自分のファミリアに入ってくれないだろうかという打算的なもので、彼の身を本気で案じたわけでは無い。考えれば考えるほど、ヘスティアは悪い考えに囚われ、我に返ったのは目の前の料理から漂う甘い香りだった。

 

「せっかく、ベル君が作ってくれたんだ。冷ますのはいけないよね」

 

 ヘスティアは自分に言い訳するように口に出して、ベルが自分のために用意してくれたリンゴのリゾットを平らげた。最初に食べた味と比べて塩っぽかったのはここだけの話である。

 

 ベルがシャワー室を出てから、ヘスティアは彼の手当てをしてベッドで寝るように指示を出し、彼が眠るまで頭を撫で、彼の手を握った。その時、ベルが見たヘスティアはいつもの幼さを思わせる表情ではなく、慈愛に満ちた母親みたいな表情をしていた。

 




 桜の妖精は念威操者ですね。ちなみにフェリではないです。フェリはレイフォンのだからね。

 リンゴのリゾットは食戟のソーマ6巻に掲載されているもの。もしくはアニメ、狼と香辛料にでてくる羊の乳を煮込んだムギ粥に林檎の切り身を入れて山羊のチーズを入れた料理でもいいですね。米よりも麦粥のほうが良かったか……でも味が濃そうだ。

 クラリーベル、ごめんね。出したかったけど、ベルの英雄譚の話を増やすために犠牲になってもらったよ……(泣)



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