元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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5話、豊穣の女主人

「ベルさんっ」

 

 僕は痙攣しそうになる口を封じ込めながら、無理やり下手くそな笑みを浮かべた。

 

 観念、しよう……。

 

「……やってきました」

「はい、いらっしゃいませ」

 

 シルさんは朝と同じ服装で僕を出迎えた。

 

 開きっぱなしになっている入り口をくぐり、澄んだ声を張り上げる。

 

「お客様一名はいりまーす!」

 

(……酒場ってこんなこといちいち言ってたかな?)

 

 居心地の悪さを感じながらも、店内へ進むシルさんの後に続く。

 

 初めてくる馴れない場所に体を縮こませながら、どこまで小心者なんだろうと苦笑を滲ませる。

 

「では、こちらにどうぞ」

「は、はい」

 

 案内されたのはカウンター席だった。

 

 こう、真っ直ぐ一直線に席が並ぶカウンターの中、ちょうどかくっと曲がった角の場所。すぐ後ろには壁があり、酒場の隅に当たる。曲がり角の席だから隣に椅子は用意されておらず、誰かが座ってくることはない。一人きりでカウンターの内側にいる女将さんと向き合う感じ?

 

 シルさん、入店初めての僕に気をつかってくれたのかな?

 

 これなら他の人に邪魔されることなく自分のペースで食事ができる。

 

 かなり融通してくれたのかもしれない。

 

「アンタがシルのお客さんかい? ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」

 

 ドワーフの女将さんに言われなれた言葉にむっとしながらも、自分でも自覚があるため溜息を吐く。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「? 僕は故郷にある家では料理を作りすぎで怒られることはありますけど、そこまで大食いじゃないですよ?」

「へぇ、アンタ料理が作れるのかい。いいお嫁さんになるよ、アンタ」

 

 女将さんに笑われながら肩を叩かれてるが、婿の間違いじゃないだろうか?

 

 とりあえず、背後を振り返ってみると、側に控えていたシルさんは目を逸らして、ふけない口笛を吹いている。

 

 犯人はやっぱり、この人だ。

 

「……えへへ」

 

 僕のジト目に耐え切れなくなったのかシルさんは愛想笑いをしてくる。えへへじゃないんだけどなぁ。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「故意じゃないですか!?」

「私、応援してますからっ」

「できれば、誤解を解いてほしいです」

 

 良い人じゃなくて悪女だった。銀髪紫眼の幼馴染みがダブって見える。

 

「大食いはしませんけど、少し奮発するくらいなら」

「ええ、それで大丈夫だと思います。ごゆっくりしていってください」

 

 この後、ダンジョンにもぐるから、あんまりゆっくりできないんだけどなぁ。僕は丁寧に用意されているメニューを手に取り、料理の内容より値段の方をみて重きを置く。

 

 今日の僕が換金したお金は6500ヴァリス。過去最高のモンスター撃破スコアに加えドロップアイテムが運よく発生し続けたおかげで、普段より大幅な収入を得られた。

 

 いつもなら4000ヴァリスを上下するくらい。

 

 一度の食事は50ヴァリスもあれば十分らしい、僕は少し物足りない気もするけど……しかし、冒険者の装備品やアイテムの相場はかなり高い。体力を回復するポーションだって最低でも500ヴァリスはするからだ。装備品自体の整備費もある。

 

 今使っている短刀も3600ヴァリスも払ったし、しかもギルドに借金という形で。防具も合わせて返済はやっと済ませたけど、新しい装備を買うには懐事情的に難しい。買うとしても、またギルドに借金する形になるだろう。

 

 とにかく諸事情によりなるべくお金は取っておきたい。貯金もしたいし。

 

 無難にパスタを頼んでおいた。それでも300ヴァリスかかった。

 

「酒は?」

「この後、ダンジョンにもぐるのでジュースで」

 

 僕の言葉に女将さんは目を丸くしてから、怪訝そうな表情をする。

 

「アンタ、まだダンジョンにもぐる気かい?」

「ええ、神様の具合が悪いみたいで、もぐって稼いでから胃に優しいものを作ってあげようかなって」

「はー、まぁ、いいけど、気をつけなよ」

 

 女将さんは葡萄ジュースを置いてくれた。甘さよりも酸味が少し強いかな? 甘いものが苦手な僕としてはちょうどいいかもしれない。

 

「楽しんでいますか?」

「……それなりに」

 

 パスタを半分以上食べたところで、シルさんがやってきた。

 

 楽しそうに騒いでいる人達を見ると、羨ましい気持ちが湧いてくる。今は僕と神様の二人だけだけれど、少しずつファミリアの人数が増えていくといいなと思ったのは心の中の秘密だ。

 

 シルさんは薄鈍色の髪を揺らしながらエプロンを外すと、壁際に置いてあった丸イスを持って、僕の隣に陣取った。

 

「お仕事、いいんですか?」

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分に間に合ってますので。今は余裕もありますし」

 

 いいですよね? とシルさんは視線で女将さんに尋ねる。

 

「アンタ代わりにキッチン入ってくれないかい? 給金はだすよ」

 

 女将さんは口を吊り上げて僕に向かって、そう言った。思わず僕は笑ってしまった。

 

「今回はやめておきます」

「そうかい、残念だ」

 

 ちっとも残念そうじゃない様子で女将さんは仕事に戻っていった。

 

「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございます。パン、美味しかったです」

「いえいえ、頑張って渡した甲斐がありました」

 

 やはり干し芋一つだけと違って力がでるから、ちゃんと朝食とるようにしておかないとなぁ。朝早くでるときは前日に朝食の仕込みしておこうかな。でも、朝食を作っている最中、寝ている神様を起こすのは忍びないし、どうしたものかな。サンドイッチなら具材を挟むだけだし、いけるかな。

 

「ベルさん?」

「あ、ごめんなさい、少し考え事を……」

 

 せっかく、給仕の仕事を休んで貰っているのに考え事はだめだよね。

 

 それからシルさんと、ここのお店のことについて少しだけ話をした。

 

 この【豊饒の女主人】は女将さんのミアさん(店員の人はお母さんと呼んでいるらしい)が一代で建てたもので、彼女は昔冒険者だったらしい。その時の話を少し聞いてみたいけど、教えて貰えるのかな? 所属するファミリアから半脱退状態らしく、神様の許しももらっているそうだ。

 

 従業員は女性のみ受け付けと徹底的。さっきのキッチンの手伝いは彼女なりの冗談だろう……そうであってほしい。何でも結構わけありな人が集まっているらしく、そんな人達でもミアさんは気前良く迎え入れてくれているのだとか。シルさんの場合は働く環境が良さそうと、同性だから気楽なのかもしれないな、と思わず納得する。

 

「このお店、冒険者さん達に人気があって繁盛しているんですよ。お給金もいいですし」

「やっぱり、ある程度は懐に余裕があったほうがいいですもんね」

「それだけじゃないんですけどね」

 

 シルさんに苦笑される。

 

「ここには沢山の人が集まるから、沢山の人がいると、沢山の発見があって……私、目を輝かせちゃうんです」

 

 確かに放浪しているとグレンダンとは違った新しい発見があったし、冒険や、出会いもあった。ここ、オラリオでも今まで僕が体験したことがないもので溢れているかもしれない。そう思うと心が弾む。

 

 シルさんは「こほん」と咳をつく。

 

「とにかく、そういうことなんです。知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというか……その、心が疼いてしまうんです」

「……結構すごいことを言うんですね」

 

 もしかして、シルさんはお店を通じて冒険しているのだろうか、自分が体験できないものを接客でその人の冒険談や体験談を聞いて想像する。まるで子供が童話や神話を聞いて頭の中で描いて憧れるような……流石にそこまでは考えすぎかな。

 

 そんな事を考えていると、突如、どっと十数人規模の団体が酒場に入店してきた。あらかじめ予約をしていたのか、僕の位置とちょうど対角線上の、ぼっかりと席の空いた一角に案内される。

 

 一団は種族がてんで統一されていない冒険者達で、見るに全員が全員、生半可じゃない実力を持っている。

 

(って――)

 

 心臓がとび跳ねた。

 

 不意討ち気味に視界へ飛び込んできたのは、砂金のごとき輝きを帯びた金の髪。僕はその髪を見たことがある。

 

 あの人形というより御伽噺なんかに出てくる精霊や妖精のような人を僕は見たことがある。

 

 大きく際立つ金色の瞳に整った眉を微動だにせず、静かな表情で落ち着き払った美少女を僕は見たことがある。

 

 見間違える筈がない。五階層、ミノタウロスとエンカウントしたとき、ミノタウロスを背後から一撃で絶命させた人物、アイズ・ヴァレンシュタインさん。

 

『……おい』

『おお、えれえ上玉ッ』

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

『……げっ』

 

 周囲の客も彼らが【ロキ・ファミリア】だということに気付いた途端、これまでと異なったざわめきを広げていく。ところどころで顔を近づけあって密談を交わすようなひそひそ話も行われている。

 

 その聞こえてくるさざ波のような声には全て畏怖が込められており、中には女性の構成員を見て口笛を吹かす人もいる。

 

 一方で僕も落ち着きなんて保っていられない。

 

(ここにゴルネオ・ルッケンスがいるのではないか?)

 

 その思いが、僕に余裕を失わせていた。

 

 ど、どうする?

 

「べ、ベルさん?」

 

 今のところ、あの中にゴル兄がいる気配はない。今の内に助けてもらったお礼を伝えに……いやいやいや、伝えに言った時にゴル兄がやってきたら逃げた意味がないじゃないか。

 

 決めた。様子見だ。

 

「……ベルさーん?」

 

 背中からあふれ出す嫌な汗は噴き出したまま僕は顔をカウンターに伏せ、ロキ・ファミリアの動向を窺う。草むらにひそみ、追いかけてきた狩人から逃げる獲物のように、息を殺して獲物を見失い近くでたむろしている捕食者達の様子を観察する。奇行を演じる僕にシルさんが困った顔で声をかけてくるけど、生憎構っている余裕がない。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 一人の人物が立って音頭をとった。

 

 それからロキ・ファミリアの人達は騒ぎ出した。ジョッキをぶつけ合い、料理と酒を豪快に口の中へ運んでいく。

 

 ロキ・ファミリアが宴会一色の雰囲気に突入すると、他の客も思い出したように自分達の酒をあおり始める。

 

「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意さんなんです。彼らの主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

 

 僕が気配を殺すようにロキ・ファミリアを見ていることに気付いたシルさんが、耳に顔を寄せ、手で壁を作りながらこっそり教えてくれる。

 

 ワカッタ、もう忘れない。

 

 ここに来なければゴル兄に会う確立が減る。あ、でもヴァレンシュタインさんにも会う確立が減るから、お礼が言えないか……。

 

 様子を窺い、あの中に会いたくない人物がいないことを完全に確認してから、さてどうしよう。

 

「そうだ。アイズ! お前、あの時の話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

 

 ヴァレンシュタインさんから見て、席が二つほど離れた斜向かいの獣人の青年が彼女に何かの話をせがんでいるようだ。

 

 しかし、その青年の直後の会話を聞いて、今の僕の表情は苦虫を噛み潰したように歪むことになる。

 

 彼らの話題は五階層に出たミノタウロスについてであり、そのミノタウロスの血で血塗れにされた僕の話だったからだ。しかも、話的には十七階層に出たミノタウロスの群れを彼らが返り討ちにして、集団逃亡され上に向かって上がっていったという。何と言うか、巻き込まれるだけ巻き込まれて、装備を失った身としては何ともやるせない話である。

 

 しかも笑い話にされているとは、グレンダンでもあったけど、嫌な気分は拭えない。今食べているパスタも味がせずに不快な食感を奏で、ジュースも嫌な渋みを感じさせる酸っぱさだけ、これ以上、食事を続けてもいいことはないか、ここらでお暇しよう。

 

「ベルさん?」

「すいません、シルさん。勘定をお願いします」

 

 無理やり笑顔を作り、未だに近くにいるシルさんに話しかけ、そのままお金が入った袋から確認せずまま彼女に渡す。今は早くここから出るのが一番だ。

 

「ベルさん!?」

 

 ここで殺剄を使うのは不自然なので店を出てからすぐに使おう。それまでは駆ける。後ろでシルさんが呼びかける声が聞こえるが、店内で注目されている今となっては立ち止まれない。店を出て、すぐに殺剄を使って気配を消し、ミアさんに言った通りダンジョンに向かって駆けていった。

 

 

 

 ゴルネオ・ルッケンスの足取りは重い。

 

 いつもは凛とした巌のような男が今は幽鬼のように歩いていると言えば、この男の落ち込み具合がよくわかる。

 

 頭を左手で抑えて溜息を吐く。彼がこんな様子になったのは今回の遠征から帰ってきてから、定期的に彼のもとに届いていた手紙が届いていなかったからだ。

 

 手紙が届いていないことに関しては別に構わない。何故なら、ゴルネオが受け取った最後の手紙の内容が、彼に手紙を送り続けていた主がオラリオに来ることだからだ。

 

 それから一切の連絡がない。ゴルネオが遠征に行っている間、本拠にいた団員達や女神からもゴルネオに会いに来た者はいないと言うのは聞いている。

 

「悪戯兎め……」

 

 あどけない笑みを浮かべてピョンピョンと危険地帯を跳びまわる兎のような少年を頭に思い浮かべて更に溜息を吐く。ゴルネオはどうしてもその少年の安否が知りたかった。同郷であり弟弟子でもある少年に何かあったのではないかとロキ・ファミリアの中でも面倒見がよく苦労人であるゴルネオは気が気でなく、遠征から戻ってきてからきちんと休めていなかったのだ。

 

 それに疲れているのか、ぼんやりと視界の隅で白髪頭が猛スピードでゴルネオから離れていく姿が見える。

 

「ん?」

 

 瞼を両手で擦り、もう一度、白髪頭が通った方向を見る。そこにはやっぱりゴルネオが安否を確かめたかった少年、ベル・クラネルはいなかった。

 

 今度はとても深い溜息を吐き、ロキ・ファミリアが宴会に使っている店に向かって歩くと、その店の外で二人の女性を見た。同じファミリアの団員であるアイズ・ヴァレンシュタインと主神のロキだ。

 

「何をしている、アイズ?」

「……」

 

 先ほど、ゴルネオが見ていた方向に向いて主神に絡まれている仲間に向かって声をかける。

 

「お、ゴルも来た。ほな、いこぅ、アイズたん、うちに酌してぇ」

 

 ゴルネオの質問にも答えず、主神にやんわり連れて行かれる仲間を見て、ゴルネオはまた溜息を吐いた。

 




 ゴルネオの登場、レイフォンと違ってガハ何とかさんとの確執がないし、ベルの兄弟子でもあるため、面倒見のいい苦労人となっています。どういうところがと言うとベルがレベル1の頃、危険な戦場にいるとゴルネオがベルを小脇に抱えてグレンダンに連れて帰ったりしています。


※ 銀髪紫眼の幼馴染はオリキャラではありません。かといって、だんまちとレギオスから登場するキャラとも違います。別作品から、チョイ役として引っ張ってきています。

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