元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか? 作:怠惰暴食
右手で握ったナイフで一閃する。
『ギャウ!?』
外でも狩りなれた【コボルト】を一撃で刈り取る。短く息を吐き、左手に衝剄を収束させる。
外力系衝剄の変化、九乃。
四本に収束された衝剄の矢を放つ。
『『グェッ!?』』
四本中三本の衝剄の矢は二匹のコボルトを倒した。残りは五匹。
『『『『『グルオァッッ!!』』』』』
僕は武器を構える。
「ヒュッ」
小さく息を吐いてその場から逃走した。
「まだ、追ってきてる」
コボルトの包囲網を突破して、僕の後ろを居ってくるコボルトの数は五匹から一匹も減っていない。
場所はダンジョン一階層。
視界を埋め尽くす薄青色に染まった壁面と天井。空の見えない天然の迷路の中を移動する。
早朝ということもあり他の冒険者の姿が全くないダンジョンの一階層で順調にモンスターを狩り続けていた僕は、先ほどのコボルトの集団に出くわした。コボルトは本来、あんなに群れることはないはずなんだけど、珍しく今回は八匹も群れていた。
(少し稼げるかな)
何故、逃げているのかと言うとその場で五匹ほど狩ると残りが逃げてしまうからだ。だから、倒した三匹からそんなに離れた場所には行かず、少し移動した程度だろうか、そこから反転して、追ってきていたコボルトの群れに突っ込む。
『グヒュ!?』
まずは一匹の喉笛を切り裂く。振り切りを利用して方向転換し、次のコボルトに狙いを定める。残った四体はわけもわからず呆然と立っている。
外力系衝剄の変化、針剄。
『グガ!?』
鋭い針となった衝剄が一匹のコボルトを壁に縫いとめ、そのまま命を絶つ。残り三匹。
ようやく、何が起こったのか理解できたのか、コボルト達は少しキョロキョロしだした。逃げようとしているのだろう。
でも、そうはさせない。
内力系活剄の変化、戦声。
剄のこもった大声で大気を振動させ、残ったコボルト達を威嚇する。二匹のコボルトは尻餅をつき、一匹のコボルトは僕に向かってきた。結果は言わずもがな、僕が勝ち残った。
「さてと……」
動かなくなったコボルトの群れを一つにまとめて、解体する。まぁ、解体というより胸を抉って魔石を取り出すんだけど……どっちにしてもワイルドというよりは頭がおかしい人だよね。
溜息を吐きながら、慣れた手つきでコボルトから魔石を取り出す。この魔石をギルドに持っていけば換金ができる。言ってしまえばこれがダンジョンでの直接の稼ぎになる。
いつ見ても、これが【魔石灯】や発火装置に生まれ変わったりするから不思議で仕方ない。
コボルトからとれる魔石は手の爪ほどしかない小ささで正確には【魔石の欠片】。換金額は低いけど、クローステールを失った僕にしてみれば貴重な収入源だ。魔石を取り除かれたコボルトはしばらくしたら全身が灰になって跡形もなく消える。それが魔石を失ったモンスターの末路だ。
魔石はモンスター達の【核】であり、これを基盤として彼等は活動している。故に魔石を狙うのはモンスターを倒す上での有効打にもなる。しかし、魔石が砕けてしまうと換金もできないから気をつけないと、砕くときは命が危なくなったときだ。
さてと、時間はないからさっさとしよう。僕は次々とコボルトから魔石を回収していく。
「ん……?」
最後の死体を処理すると、全て灰になるはずの肉体の中で、右手の爪だけがぽつんと残った。
「【ドロップアイテム】だ」
魔石を除去したモンスターは時折、こうして体の一部の原型を残すことがある。モンスターの中で異常発達した部位で、魔石を失ってもなお独立するに至る力が備わっているみたい。もしかして、これがコボルトの群れのリーダーかな。僕に立ち向かってきたコボルトかもしれない。
これも換金の対象になる。具体的に武器や防具の材料として使用するもので、ものにもよるけど、ほとんどの場合、魔石の欠片よりは高く引き取って貰える。
「ラッキー」
魔石の欠片を腰巾着、【コボルトの爪】を背にしょっている黒色のバックパックに放り込む。
さて、最初の二匹のコボルトの死体へ向かおうかな。
『ウオオオオオオオンッ!』
『ガアアッ!!』
「……連戦?」
鳴き声からして僕でも十分に狩れる。そのまま戦闘を続行するべく僕は構えて立ち向かう。
ダンジョンは不思議に満ちている。戦闘中、僕はそんなことを思っていた。
世界に一つしかないこの地下迷宮は神様が降臨する前から既に下界にあった。一説によるとダンジョンの最下層は地獄やら魔界やらに繋がっているとかいないとか。でもそんなあるのかないのか誰も確かめたこともないものより確かなもの、それは、ダンジョンは生きているということだろう。
生きているとはつまり、修復されるのだ。例えば、僕が先ほどコボルトを針剄で串刺しにした壁が一つも傷がついていない状態へと戻っている。
また、ダンジョンは中の日の光が届かずとも明るいし、更にモンスターが生まれ落ちる場所である。ここはモンスターの故郷でもあるのだ。
冗談のような話だけど、迷宮の壁から雛が卵の殻を破るように這い出てくるのを、実際にみた人も沢山いる。冒険者がどれだけモンスターを倒しても、その数がつきないのだ。戦闘狂のサヴァリスさんが一日中というより、迷宮内に家を建てて住みそうだ。
また、階層ごとに壁面から生まれるモンスターは決まっている。たまに生まれたモンスターが下の階層から上がってきたり、逆に降りたりするイレギュラーがあるらしい、ミノタウロスはそのイレギュラーなのだそうだ。
大体出てくるモンスターは階層で固定されていて、下層に行けば行くほどモンスターの力は基本強くなるらしい。そして、下層に行くには階段だったり、巨大な下り坂だったり、穴があったりと色々あるが、瞬間移動とかでたらめな行為はできず、基本は自分の足だけが移動手段である。
つまり、ダンジョンを攻略するためには僕自身が強くなるしかないのだろう。途中で考えるのが面倒になって極論を持ち出し、再び目の前にいるモンスターに意識を向ける。
「せいっ!」
『ゴブリャアッ!?』
通路の真ん中で突っ立っていた『ゴブリン』に衝剄を当て、小太りした体を吹き飛ばす。
「あっ、またドロップアイテム」
今度は【ゴブリンの牙】だ。
手を後ろにやって回収を終える。バックパックも結構な重さになったから一度地上に戻ろうか。
『ギシャアアッ!!』
活剄衝剄混合変化、金剛剄。
『グエッ!?』
ゴブリンの攻撃を活剄の強化と同時に衝剄の反射を行うリヴァースさんの技で無効化して弾き返してから
「さらに」
『ブベエ!?』
ナイフで一閃してゴブリンを倒す。
ゴブリンから魔石を回収してから、地上に戻って換金して、またダンジョンに戻ってモンスターを狩って、換金を繰り返した。
そして、夕刻、教会の隠し部屋に戻って、神様にステイタスの更新をして貰った。
ベル・クラネル
Lv.1
力 :I 82→H 120
耐久:I 15→I 45
器用:I 99→H 140
敏捷:H 175→G 225
魔力:I 0
«魔法»
【】
«スキル»
【眷属守護者(ファミリア・ガーディアン)】
・所属ファミリアを守ろうとする間、階位昇華する。
「……え?」
神様から受け取ったステイタスの用紙、その中に記される熟練度の成長幅が半端ではなかったからだ。
「神様、まさかとは思いますけど憧憬一途というスキルが発動していませんか?」
「……憧憬一途? 何だい、それは?」
「グレンダン・ファミリアに居たとき、発現したスキルです。効果は英雄達のことを考え続けると成長する。そのスキルが発動したときと同じくらいの熟練度の上昇だったので」
でなければ、特に耐久の部分、あの時の金剛剄で反射したときしか攻撃を受けていない。それなのにこの成長はおかしい。
「成程ね」
神様は溜息を吐いてから口を開く。
「残念だけど、憧憬一途というスキルは発動していないよ」
神様の言葉に首を捻る。もしかしてステイタスの封印が完全じゃないのかな?
「一概には言えないけど、もしかしたら前のファミリアのランクアップの道筋ができているのかもしれないね」
「道筋……ですか?」
「うん、君は前のファミリアでランクアップを何回もこなした。例えるなら、そうだねぇ。君の前のステイタスを水路、熟練度を水にしようか、君はグレンダンから出たとき、水路から水を抜かれている状態だ。で、その後、二年程放浪しているから、その間に君の出発点を見失ったんじゃないかな? 僕のファミリアに入ったころは水路を見失った状態で水を流していた。そして、最近になって水路に繋がって、そこに水が流れたってところかな?」
神様の言葉に首を捻る。
「よくわかんなかったかな?」
「ようするにこのままいくと、前のステイタスに沿ってしまうってことでしょうか?」
「それに関しては君の頑張りしだいだと思うな。前の水路ができてるからって、そのまま流さなくても、水路を大きくしたり、深くしたり、広くしたりとか色々できるじゃないか。新しい水路だって作ることができると僕は思うよ」
なるほど、最終的には僕の頑張りしだいというわけか。
「じゃあ、ベル君」
神様は僕に背を見せ、部屋の奥にあるクローゼットへ向かい、扉を開けて、神様用に採寸された時の外套を取り出してから、羽織った。その小さな体に不釣合いな胸も覆い隠す外套とは一体……。そして僕の前までやってくる。
「僕はバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。悪いんだけど、今日は一人で食事をしてくれるかな? 君もたまには一人で羽を伸ばして、豪華な食事でもとったらいいと僕は思うな」
そう言って、神様は胃を抑えながら部屋のドアから出て行った。
胃の調子が悪いのかな? 今度、胃に優しい食事でも作ろうかな。んー、何だろ? 何か違和感があるんだよなぁ、話しかたがどこか違うような……。
「あ、そろそろ行かないと」
今日はシルさんのところで夕食を食べるんだった。神様にも料理を作ることを考えると夕食の後にダンジョンに潜るのもいいかもしれない。
教会からでると日は既に西の空へ沈もうとしていた。
消えかかっている紅い光の代わりに姿を現すのは、蒼い宵闇とうっすら輝く満月。
メインストリートに近づくと陽気な笑い声がだんだん大きくなる。仕事を終えた労働者やダンジョンから無事に戻ってきた冒険者達が一日の締めくくりとばかりに酒盛りに耽るのだろう。ほうぼうの酒場から景気良く大声が打ち上がり、後から怒声や大笑の声が続く。今日も一段と騒がしそうだ。
(朝、シルさんと会ったのは、この辺りのはずなんだけどなぁ)
人の往来が絶えないメインストリートを歩みながら、僕は迷子のようにキョロキョロと当たりを見回す。
周囲の光景は人気のなかった早朝とは様変わりしてしまい、記憶の中にあるお店を見つけるのも一苦労だ。本当に同じ場所だったとは思えない。
酒場を中心に盛り上がりを見せる大通りは熱気が漂い、様々な人種が行きかい、歌い、踊り、騒ぎ、客引きをしたり見ているだけで楽しそうだ。
メインストリートはすっかり夜の顔に移り変わっていた。
「……ここ、だよね?」
ようやく見覚えのあるカフェテラスを見つけ、僕はその店頭で足を止めた。
他の商店と同じ石造り。二階建てでやけに奥行きのある建物は、周りにある酒場の中でも一番大きいかもしれない。
シルさんの働いている酒場、【豊饒の女主人】。
凄い名前だなと飾ってある看板を仰ぎながら、まず入り口から店内をそっと窺ってみた。
最初に目に付いたのは、カウンターの中で料理やお酒を振る舞う恰幅のいいドワーフの女性で彼女がたぶん女将さんだろう。ちらりと見える厨房では猫耳を生やした獣人キャットピープルの少女達がてんてこ舞いに動き回り、そして客に注文をとる給仕さん達もさも当然のように全員ウェイトレス。多分、だけど店のスタッフがみんな女性なのだろうか。
……酒場の名前の由来をなんとなしに察した。
(うーん、でもこれ、僕には難易度高すぎる……?)
店員の中にプライドの高いエルフまで紛れ込んでいることに驚きながら、僕は頬を掻いた。その、こういう女性だけの店って苦手なんだよね。
店内は明るい雰囲気で、店員さん達はみんなはきはきとして元気がいいし、飛び交うのは笑い声ばかり、客はほぼ男性の冒険者で鼻を伸ばしている人も一杯いるけど、みんな純粋のお酒を飲んで楽しんでいる。料理も美味しそう。
どうしよう。入りづらいから撤退したい気分だ。
そんな時だ。
「ベルさんっ」
「……」
いつの間に現れたのか、シルさんは僕の隣に立っていた。
ヘスティア様の話し方は誤字じゃないですよ。
本音を言うとシル=フレイア様だと思っていた。