元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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11話、眷属守護者

 時間はベルがヘスティアと別れた時まで遡る。

 

 ヘスティアはベルが去った後、すぐに隣の居住区から出られる通路を走りぬけ、ベルがいる場所へ向かう為に人工の迷宮の中を走る。

 

 別に彼女はベルと一緒にシルバーバックの戦闘に参加する訳では無い。彼女の頭の中にあるのは一つだけ。

 

(ステイタスを更新すれば、ベル君はきっとあのモンスターをやっつけられる)

 

 追憶戦線、ベルのステイタスの成長を促進させるレアスキル。彼の場合、ヘスティアがいない時もダンジョンにもぐり、他の子供達よりも多くの経験値を蓄積させているはず、それを更新することができれば、ベルはシルバーバックを難なく倒せるはずだ。

 

 ベルと別れた場所の方角と離れた場所から聞こえるモンスターの咆哮でベルとシルバーバックの居る位置をだいたいの方角で割り出して、そこに向かうようにヘスティアは駆けて行く。

 

 彼女のたった一人の眷属を勝利させる為に……。

 

 だけど、彼女はミスを犯していた。

 

 一つ目は追憶戦線をベルに知らせなかったこと、これは情報の齟齬による二人の意識の違いだ。ベルはヘスティアに比べて自身の成長率に頼るほど楽観していない。精々、前回と前々回のステイタスの上昇値を比べて大まかなステイタスを割り出してから使えないと断じている。ステイタスの上昇自体がベルの肉体における精密な動きを難しくするからだ。

 

 今回の戦いは多少のステイタスの上昇よりも精密な動きでシルバーバックを翻弄する必要がある。だからこそ、ベルは別れるときにステイタスを更新せずに戦いを赴いている。

 

 二つ目はヘスティアがベルの勝利、もしくは戦い方を信じることができなかったこと、ヘスティアにとってベルは唯一の眷属、第三者を介さないベルの過去の戦いによる自己申告より、神友であるヘファイストスからのステイタスの話、そしてこの前のベルの防具なし六階層の進出による怪我の具合により、ヘスティアはベルの勝利が絶対的なものではなくステイタスを更新すれば勝てるという思いがある。

 

 三つ目はタイミングだ。こればかりはどうしようもない。彼女がベルの近くまで辿り着き声をかけるタイミングとベルが勝負を決めるが被ってしまった。もし、ベルが轟剣を繰り出す時だったら、ベルは轟剣を閃断に変えて、すぐにヘスティアのもとへと駆け寄ったし、ベルが勝負を決めた後だったら、二人で喜びを分かち合い、良い思い出になっただろう。しかし今回ばかりは間が悪かった。

 

 ヘスティアは右へ曲がるとシルバーバックが手前、ベルがその向こうにいるのを確認し、大声で自分の眷属の名前を呼んだ。

 

「ベル君っ!」

 

 その時の光景を彼女は忘れることができるだろうか?

 

 自分の眷属の表情が驚愕に変わり、その直後に爆風。シルバーバックが怒り狂って、棒立ちになっている眷属を壁に叩き付けた光景を……。

 

 ヘスティアはそれを喜びから絶望に表情を変え、壁に叩きつけられて倒れて動かないベルを呆然と見ていた。

 

 自分が何をしてしまったのか、遅まきながら気付いてしまった。でも、気付いたところで後の祭だ。ベルは帰ってこない。

 

 腰に力が抜けて、へたり込んでしまった。体に力が入らず、人形のように動かず、目の前の光景を目に映すだけ、こちらに近づいてくるシルバーバックの様子をどこか遠い出来事のように眺めている。

 

 シルバーバックの表情が歪んだ。あれは喜んでいるのだろうか? それさえ、どうでもいい。でも、できることなら、自分の眷属に謝りたかった。

 

「……ごめんね、ベル君……」

 

 

 

 耐久を鍛えなかったことを後悔するのは初めてだった。

 

 体が衝撃と痛みで指を動かすこともできない。

 

 シルバーバックは僕に目もくれず、神様に近づいていく。神様にいたっては力が抜けたのか動くことすらしない。「逃げてください」と言おうにも口も動かないし声もでない。

 

 このまま、僕は神様がシルバーバックに殺されるのを見ているだけなのか?

 

 グレンダンに戻ったとき、グレンダンは黒竜に襲われて、祖父は行方不明。いや、グレンダンから落ちたのなら、もう帰らぬ人なのだろう。

 

 たった一人の家族を失った時の喪失感を覚えてる。空っぽになってしまった胸の痛みを覚えてる。

 

 多分、祖父を失った時から、旅に出てからもずっと、僕は家族というものに飢えていた。僕は家族が欲しかった。

 

 だから、オラリオに着いたら、ファミリアという名の家族を作ろうと思った。そして、今度こそ家族を失わないように頑張ろうと思った。

 

 なのに、これはどういう事だろう。僕はモンスターに負けて、神様は目の前で殺されようとしている。

 

 なんのために僕はここに来たんだ。なんのために僕は戦ってきたんだ。動けと心の中で喚いている。動くなと頭のどこかで囁いている。

 

「……ごめんね、ベル君……」

 

 神様の声が耳に届いた。

 

 動け。

 

 動けよっ。

 

 動いてよッ!

 

 動かなくちゃ!?

 

 たった一人の家族を助けられず、何が英雄になるって言うんだぁああああああああああああああああっ!!

 

「ああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 背中に刻まれたステイタスが燃える。空っぽだった体力がまだ動けると叫んでいる。四肢がまだ戦えると力が漲ってくる。頭がならば家族を守れと諦めて、勝つための行動を考えてくれる。

 

 まだ立ち上がれる。まだ動ける。まだ刀を握れる。まだ刀を動かせる。まだ刀を構えられる。

 

 まだ、戦える!!

 

 自分の器の中にあるものが押し広げられる。そこから力が溢れてくる。まるで僕が受けた攻撃は一撃で命を刈り取るものではなく、ただの雑魚が繰り出すちっぽけなものだと言わんばかりに痛みが消える。

 

 そして、この感覚は……ランクアップした?

 

(眷属守護者が……発動した?)

 

 家族が危機に陥ったときにランクアップするスキル、大切なものを今度こそ守るために僕が心の底から望んだ力。

 

 視線の先でシルバーバックが牙をむき出しながら僕を睨んでいる。

 

 僕は軽く息を吐いて、シルバーバックに向かって走る。

 

 

 

 ボロボロにされたシルバーバックは怒っていた。

 

 すでに最初の目的さえも忘れている。

 

 部屋を出るときに感じていた女神の魅了が消え去り、今はその残滓である小さい女神を捕まえることだけが残り、捕まえてからどうするかすらわかっていない。

 

 ようやく、鬱陶しい相手を叩き潰したと思ったら、その相手が雄たけびを上げて立ち上がってきた。

 

 痛い、鬱陶しい、面倒臭い、そんな単純な思いを怒りに変えて、シルバーバックは今度こそ、ヤツの息の根を止めようと思った。

 

 逃げるとか、降伏するとかの選択肢をシルバーバックは持っていなかった。ダンジョン育ちだからと言うわけではない。単純に目の前の相手がボロボロだったからだ。

 

 相手がまた目の前から消えた時、シルバーバックは両手を胸の前に置いた。ヤツの攻撃が自分の中にある魔石を狙っていることを理解したからだろう。だからヤツの攻撃を通さない両腕を守りにつかった。

 

 しかし、シルバーバックが気付くと両腕が無かった。何故だろうと一瞬首を傾げる。彼はこの時気付いていなかったが、彼の両腕は今、両方とも肩から切断されて宙を舞っている。

 

 そして、その直後、シルバーバックの視界に両腕の変わりに胸から刃が出てきた。先端には紫紺の塊が突き刺さり、割れて砕けた。それを綺麗だと思いながら眺めて、シルバーバックは事切れた。

 

 

 

 サイハーデン刀争術、逆螺子。

 

 シルバーバックの両腕を通り過ぎたと同時に切り落として、背後から左右の手から剄を放つと共に突きを繰り出す技。二つの剄は剣を芯に二重螺旋を形作り、切っ先に収束。シルバーバックの体内に送り込んで、内側から破壊する技なんだけど、威力が強すぎたのか、シルバーバックの魔石を体外に出して砕いちゃった。

 

 シルバーバックが目の前で灰になっていくのを眺めてから、刀を振り、刃についた灰を落としてから鞘に収める。

 

 ――キン…………。

 

『――――――ッッ!!』

 

 鞘に収めた時にでる残響音の後に歓喜の声が周囲から迸った。

 

 どうやら、シルバーバックとの戦いを見られていたようだ。

 

 ダイダロス通りの住民達が興奮を爆発させて、人家の中に身を潜めていた人達も窓から乗り出して次々と歓声を上げている。

 

 少し恥ずかしい。

 

 その恥ずかしさをごまかすように神様を見る。

 

「神様っ!?」

 

 路上に倒れている神様に顔が蒼白になっていくのを感じる。

 

 神様のもとへ駆け寄り、力なく横たわる体を抱き起こし、力なく閉じられている両の目を見て一層心が冷たくなる。

 

 僕は神様を抱えて、一目散に走り出した。

 

 

 

 とある人家の屋上。

 

 ベルのいる付近一帯を一望できる高所で、フレイヤは己が体を抱きしめた。

 

 顔は恍惚を浮かべ、まるで何かの余韻に浸っているかのように愛おしげにベルとシルバーバックが戦った場所を見つめている。

 

 今、彼女の頭の中にあるのは先ほどのベルの戦いだ。

 

 彼の技の一つ一つが宝石のように煌いて、思わず魅了されてしまった。

 

 途中でヘスティアが出てきたときはベルの煌きを台無しにされて、思わず、むっとしてしまったが、ベルの最後の炎のごとく蘇る不死鳥のような輝きは台無しにされたものを帳消しどころか、引き立てるほどのものを感じさせた。

 

「あの動きは……そう、器を昇華させることができるのね」

 

 おそらくスキルの効果で一時的なものだろう、ヘスティアを抱きかかえて運ぶベルの姿を見るとシルバーバックとの初期戦闘と同じくらいの動きに戻っている。

 

「……もう、妬けちゃうわね」

 

 青空の下、自分もボロボロのはずなのにヘスティアを大事に抱きかかえて移動している少年に、どこか拗ねるように言葉を落とす女神は、しかしすぐに笑った。

 

「でも、素晴らしい戦いだったわ、思わずまたモンスターを逃がしてしまいそう」

 

 闘技場からモンスターを逃がす前と同じように慈愛と優しさの中に嗜虐の色を宿す女神はいけないと首を横に振って、熱い視線をベルに向ける。

 

「また遊びましょう――ベル」

 

 

 

 時刻は夕暮れ時。

 

 僕は今、豊饒の女主人に居た。

 

 あの後、僕はようやく怪物祭に来ていたシルさんと偶然出くわし、シルさんの勧めで意識を失っている神様を酒場の離れの二階にある一室のベッドで寝かせてもらっていた。

 

 シルさんに預かっていた財布を渡して、お礼と軽く話をした後、シルさんはお店を手伝いに行ってしまった。

 

 そして、現在、僕は神様が寝ているベッドの傍らに椅子を置いて、今も眠っている神様を眺めている。

 

 急に眠気がこみ上げてきた。振り返ってみると今日は色々と大変だったと苦笑が浮かぶ。

 

「ふぁあ~あ……」

 

 思わず大きな欠伸が出てしまった。

 

「……ベル君?」

 

 どうやら、僕の欠伸で神様が目を覚ましたみたいだ……恥ずかしい///

 

 神様は目に涙を浮かべて、僕に跳びかか……ろうとしたのか、ベッドの上で倒れた。

 

「か、神様!?」

 

 神様は頭からベッドにぶつけたのか痛そうに両手で頭を押さえている。

 

「……ごめんよ」

「え?」

 

 神様が突然謝ってきて僕は思わず面喰った。

 

「ベル君、ごめん、ごめんよ。あの時、ボクが君に声をかけなかったら……」

 

 神様はシルバーバックの戦闘中に起きた出来事について謝っていた。

 

「僕は気にしてませんよ」

「でも!」

「それによくよく考えてみるとアレで倒せるとも思いませんでしたし」

 

 あの時は倒せると思っていたけど、確実な方法でもなかった。

 

「だけど!!」

「最終的に倒せましたし、僕達も無事です。今はそれでいいじゃないですか」

 

 神様は言葉につまって俯いた。

 

「……ボクは、ベル君を信じることができなかった」

 

 神様の口から洩れ出た言葉は懺悔だった。

 

「君を置いて逃げるなんてボクにはできなかった、ボクは君を、守りたかったんだ……!」

 

 涙を流して顔をくしゃくしゃに歪めながらもはっきりとした神様の慟哭は僕の心を抉ってくる。時間を稼ぐと言っておきながら、刀に浮かれて目的がシルバーバックを倒すことになっていた。

 

 そう考えるとあの出来事は起こるべくして起こったんだと思う。自分勝手な僕と僕を心配して駆けつけてきた神様による出来事、多分、遅いか早いかの問題だったに違いない。

 

 小さい頃からみんなに制止されながらも危険な場所で英雄に憧れて戦っていたあの時から一つも成長していない自分が嫌になってくる。そして、成長していないってことはこれからも神様に心配をかけることになるんだろう。

 

「神様は間違っていないと思います。僕だって時間稼ぎをすると言っておきながら、シルバーバックを倒すことに拘っていましたし……」

 

 口を開いて自分の心情を吐露する。

 

「……変わったつもりでいたんですけどね。でも今回のことでわかりました。神様、僕はこれからも神様にいっぱい心配をかけさせるんだと思います。それでも、僕は神様のファミリアでいいですか?」

 

 僕の説明が下手くそな言葉に神様はどう捉えただろう。

 

「ボクのほうこそ、君に養われて……助けられてばかりで、今回だって迷惑をかけて……多分、これからもベル君にいっぱい迷惑をかけるんだと思う。それでも、君はボクのファミリアに居てくれるかい?」

「はい、喜んで」

 

 僕は首肯する。

 

「ボクだって、君がボクのファミリアに居てくれなきゃ嫌だよ」

 

 目の付近を真っ赤に腫らしながらも、僕がファミリアにいることを許してくれた。

 

 多分、これでいいんだと思う。ここに居ることを選択したのは僕だし神様だ。

 

「ベル君!」

「はい」

「これからもよろしくね」

「はい」

 

 僕達のファミリアはまだ始まったばかり、これから大変なこともいっぱいあると思うし、嫌なこともあるだろう。それでも、僕は神様と一緒に頑張っていきたいし、喜びも分かち合いたい。ここには何でもある、迷宮都市オラリオなのだから。

 




 これがあがったということは、今日が来週の日曜日ということだ。いいね?

 ちょいと駆け足になりましたが、この話で一巻が終わりました。

 しばらく休憩します。

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