元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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一巻
1話、プロローグ


 ダンジョンの中をひた走る。背後から追いかけてくるモンスターの気配を感じながら息を乱さず、できるだけ真っ直ぐに、自分の後ろを走る牛頭人体のモンスター【ミノタウロス】の連続して聞こえてくる足音を正確に感じ取り、ミノタウロスの体長や体重等をだいたい予測し、その情報を補強するかのように曲がり道を曲がるとき横目でミノタウロスの体を見て情報を上書きしていく。

 

 このミノタウロスを前にして逃げるにしても倒すにしても、どちらにしても一瞬、相手の虚を突かないとどうにもならない。となると、僕は自然と走るペースを変えてミノタウロスの距離を調整して、この先、行き止まりであろう通路へと進む。

 

 目の前に段々近づく袋小路を目にして、後ろからミノタウロスの下卑た笑い声を聞いて笑みを浮かべる。確かに追い詰めた獲物を前にして笑いたくなるのはわかるけど、追い詰めた相手が反撃することも考えないと……

 

 故郷を出るとき餞別として貰った鋼糸の変わりとなる千変万化【クローステール】で弱点である魔石を狙い討つ。

 

 後、5歩で壁にぶつかる距離で足に剄を走らせる。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 脚力を大幅に強化し、高速移動を可能にする技だ。二歩目で真正面にある壁に向かって跳び、その壁を両足で蹴れるようにする。

 

 膝を最大限まで曲げて開放するとき、僕はミノタウロスの表情が驚愕に変わるのを見た。魔石を貫くためにクローステールの糸を細長い槍に変化させて右手で握ってから、跳躍。

 

 ミノタウロスを貫こうと体をねじったその瞬間に、ミノタウロスの体から剣が生えた。

 

「へ?」

 

 間の抜けた声が口から洩れる。こちらが虚を突かれてしまった瞬間、剣が生えた箇所からミノタウロスの血が噴出した。

 

「わあ!!」

 

 ミノタウロスの血を頭から被ってしまうが、空中にいるのと虚をつかれたためあまり身動きができない。ミノタウロスの血に塗れた槍が形を保てずに解け、糸が巻き取られていく。事切れていると思われるミノタウロスの右肩を左手で叩いて調整し、体を丸めるようにしてミノタウロスから跳び越えた。その時、ミノタウロスを倒したと思われる金色の長い髪をした女性を目にした。

 

 体を丸めたとは言え、十数秒でも転がり落ちて体を床や壁にぶつけ続けるのは痛い。止まったときにはしばらく体を動かせず悶えてしまった。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 悶える様を見られてミノタウロスを倒したと思われる女性に声をかけられてしまったが、声を出そうにも予想外の痛みで出なかった。

 

 お礼を言わなきゃ、そう思い相手の顔を見る、蒼い装備に身を包んだ金髪金眼の女騎士だった。その瞬間、懐かしいと思ってしまった。故郷の【グレンダン】を思い出すほどの強さと身のこなしを彼女から感じてしまう。

 

「アイズ、大丈夫か?」

 

 アイズ、彼女の名前なのだろう。ミノタウロスを倒しに来た彼女の安否を確認する男性の声が遠くから聞こえた。その声に僕は思わず体を震わせた。聞き覚えのある声だったからだ。

 

「……ゴルネオ?」

 

 彼女が呟いた名前で確信した。今この五階層にグレンダンの兄弟子、ゴルネオ・ルッケンスがいる。この近くにはいないが、この都市、オラリオに来ていることは知っていたし、自分からオラリオに来たことやヘスティア・ファミリアに入ったことも報告するつもりでいたけれど、こんなミノタウロスの血を頭から浴びている姿を見られたら、そう思うと恥ずかしさの余りに頭が真っ白になり、変な声を出して、気付けば足が動いて逃げ出していた。そしてあの人に助けて貰ったお礼を言うのを忘れたことをダンジョンから出てから気付いて自己嫌悪に陥るのだった。

 

 ダンジョンから出て、僕が一番初めにした事は北と北西のメインストリートに挟まれた区画にある【ゴブニュ・ファミリア】の本拠【三鎚の鍛冶場】に訪れてクローステールを見て貰うことだった。腰のベルトの後ろに付いている糸が巻かれてあるリールのような装備に違和感を覚えたからだ。ミノタウロスの血と体をぶつけた拍子に壊れたのかもしれない。そう思うと急いでここまでやって来てしまった。血塗れのままで、その所為でゴブニュ・ファミリアの皆さんに迷惑をかけてしまった。

 

 ゴブニュ・ファミリアの拠点でシャワーを借りて、借りたタオルで髪についていた水滴を拭き取っていた。

 

「何があった」

 

 机の上に血塗れのクローステールが置かれ、そのクローステールの状態を見て、小柄ながらも逞しい体つきの初老の男神のゴブニュ様が怪訝な表情で尋ねてきた。

 

「五階層でミノタウロスと遭遇しちゃいまして、目の前でそのミノタウロスが倒されて返り血が……」

 

 僕の言葉に目の前にいる神様は呆れた表情をしていた。

 

「お前が正式にオラリオで冒険者になったのは最近のはずだ。いくら二年程、【ステイタス】を初期化したまま旅をして無事だったとは言え、ダンジョンでもその経験が通用するとは限らん」

 

 溜息を吐きつつ、慣れた手つきでクローステールの状態を確認しながらも厳かな口調で僕に助言をしてくれるゴブニュ様の言葉に、僕は深く恥じ入る思いだった。確かにダンジョンに入り気分が高揚していたし、クローステールがあるからという思いあがりもあったと思う。何のためらいもなく五階層まで行ってしまった。その結果が長年使用してきた餞別で貰ったクローステールを使用不能にしてしまった。

 

「流石にこれをすぐに修理し整備する事は難しい。代わりのものを用意することもできるがどうする?」

「いえ、代用品はいいです。しばらくは短剣で戦います」

 

 ゴブニュ様の提案に僕は首を横に振ってから断った。今は自分の実力をクローステール無しできちんと知ることだと思っているからだ。

 

「そうか。できる限り急がせる。時間ができたとき、また見にこい」

「あの、費用は?」

 

 今、所属しているファミリアでクローステールを修理するための費用は持っていない。というより、出せない。高額な借金をするくらいであればクローステールのことを諦めることもできた。

 

「必要ない。次からは整備費用の釣りくらい確認しておけ。今回はその釣りで足りる」

 

 もしかして、初めてオラリオに来たとき、真っ先にここでクローステールの整備をしたときのことだろうか、年単位ぶりの整備だったらしいので、その時、持っていた全財産を渡して、ファミリアに所属するためにあっちこっちに行って行き倒れてしまい、その時、ヘスティア様に助けていただいた。そしてヘスティア・ファミリアに入ってから、クローステールを受け取ったとき、ダンジョンに潜りたくなり、お礼を言ってすぐに三鎚の鍛冶場から出てしまった。その時、お釣りがあるなんて思わなかった。

 

「次からは気をつけろ、ファミリアの信用問題にかかわる。それからこの契約書に記入しておけ」

 

 ゴブニュ様が渡してきた契約書に目を通す。僕の身に何かあったとき、クローステールをどうするかという契約書だった。僕はその契約書に必要な項目を記入して最後に名前と所属ファミリア名を書いた。

 

 【ベル・クラネル】。【ヘスティア・ファミリア】と……

 

 

 

 ゴブニュ・ファミリアを出た後、僕は報告とついでに短剣をいくつか買うために借金できないか尋ねるためにギルドに向かった。

 

 ダンジョンを運営管理する【ギルド】の窓口に目的のハーフエルフの女性、エイナ・チュールさんが居た。

 

「エイナさん」

「ベル君」

 

 こちらを確認して優しげな表情で案じてくれているエイナさんにこの人が僕の担当でよかったと本当に思う。しかし、優しい時間はそんなに続かない。

 

「ごかぁいそぉ~?」

「は、はひっ!?」

 

 目の前で眉根を寄り合わせるエイナさんから怒気を感じさせるほどの間延びした単語に思わず変な返事をしてしまう。

 

 エイナさんに案内されたギルド本部のロビーに設けられた一室。僕とエイナさんはお互い椅子に座ってテーブルを挟んで向かい合い、今日会った出来事を報告したら、この様である。まぁ、エイナさんの忠告も聞かずに五階層まで降りた僕が悪いんだけれど、はぁ、クローステールもだけど、コートの方も孤児院でみんながプレゼントしてくれたものなのに……。

 

「――聞いてる?」

「は、はい」

 

 考え事をしていたら、エイナさんは怖い笑みを浮かべていた。

 

「もぉ、どうしてキミは私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンにもぐってるんだから、不用意に下層へ言っちゃあダメ! 冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」

「は、はいぃ……」

 

 エイナさんの説教にただただ僕は小さくなるだけだ。特にレベル1の駆け出しは肝に銘じておかなければいけないのだとか、冒険者に成り立ての時期が一番命を落とすケースが多いらしい。だからエイナさんは常に保険をかけて安全を第一にという意味を込めて忠告してくれる。

 

 五階層でレベル2にカテゴライズされるミノタウロスと遭遇するなんて誰にも予想できない。だからこそ、僕はどれだけ戦えるかを知るためにミノタウロスを誘導して撃破してみたいと思ったのだが……よくよく考えてみれば失敗すれば即、死に繋がることをすっかり忘れていた。そう考えると冒険をしすぎたと反省する。

 

 僕はエイナさんに言われたことを二度と忘れないと心に誓った。

 

「はぁ……キミは何だかダンジョンに変な夢を見ているみたいだけど、今日だってそれが原因だったりするんじゃないの?」

「あ、あはははっ……」

 

 自分がどれだけ戦えるか知るためにミノタウロスの喧嘩を買いましたと言ったら、きっと叩かれるだけじゃすまないよね。

 

 エイナさんが言っている変な夢は、まだ見ぬ美女美少女との巡りあい、それこそ英雄譚に出てくる運命の出会いのようなものに憧れてという不純な動機でオラリオの冒険者になった。ギルドの手続きの際に僕の胡散臭い情熱を目の当たりにしていたエイナさんの表情は未だに忘れられない。しかし、エイナさんに疑いの眼差しで見られ続けるのは精神的にきついものがある。そのため、すぐに話題を変えなければいけない。

 

「あの、エイナさんはアイズって名前の女性の冒険者をしっていますか?」

 

 僕の言葉にエイナさんは目を見開いた。五階層の説明のときにその人に助けられたことを言ったけど、それがどこのファミリア所属なのかわからない。

 

「ベルくん。キミ、【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインさんのことを知らないの!?」

 

 エイナさんの言葉に僕は頷く。するとエイナさんは目眩がしたかのように手の甲を額につけた。そこから、簡単にロキ・ファミリアについて教えて貰った。

 

 ロキ・ファミリア、女神ロキ様が恩恵を与えている最強のファミリアの一つで団長はフィン・ディムナ。そのロキ・ファミリアの幹部の一人がアイズ・ヴァレンシュタインさんらしい、レベル5で後一つ昇格すると天剣授受者になれる試合に出られそうだ。そして、幹部の一人にゴルネオ・ルッケンスの名前があった。あの面倒見がよく、戦場で跳び回っていたレベル1の僕を小脇に抱えて説教しながらグレンダンに連れて帰る兄弟子がレベル5で最強のファミリアの幹部になっていたことは純粋に良かったと思えた。最後に会ったときは悲しそうな表情をしていたから……。

 

「これでロキ・ファミリアの説明を終わるけどわかった、ベル君?」

「はい」

 

 つまり、ロキ・ファミリアには今のところ、できる限り接触しなければいいということだろう。ロキ・ファミリアに接触してゴル兄に今日のことを知られるよりは、ほとぼりが冷めてから改めて挨拶しにいったほうがマシである。アイズさんにお礼を言いたいけど、機会がないとは限らないし、その時、ミノタウロスのお礼を言おう。

 

「ところで、換金はしていくの?」

「……そうですね。一応、ミノタウロスに出くわすまでモンスターは倒していたんで」

「じゃあ、換金所まで行こう。私もついていくから」

 

 エイナさんの提案に頷きそうになるが、もう一つ用事があるのを思い出した。

 

「あの、エイナさん。できれば、新しい短剣をもう二つほど買いたいんですけど、ギルドでお金を借りれますか?」

「紛失したの?」

「違います。何と言うか、コートとか持っていた装備品がなくなって軽すぎて落ち着かないんです。それに予備の武器があると安心できますし」

「うーん、ギルドの規定だとちょっと難しいかな」

 

 お金を渡しすぎるとその返済できない可能性も出てくるのだろう。例えば、ダンジョンの中で命を落とすなど、それに誰かにお金を多く渡すと、他の人から「何故、そいつはレベル1なのに金を多く借りられるんだ」って苦情もあるのかもしれない。

 

 ギルドでの借り入れの話を切り上げてから僕達はギルド本部内にある換金所に向かい、本日の収穫を受け取った。

 

 ゴブリンやコボルトなどを中心に倒して手に入れた【魔石の欠片】。全て合わせて3200ヴァリスほど。いつもと比べ収入が低いけど、今日は思わぬできごとで普段より短い時間しかダンジョンへもぐっていなかったからだ。

 

 うーん、武器の整備や神様と僕の分の食事、それから短剣を新しく買うためのことを考えると、アイテムの補充はできないかな……。

 

「……ベル君」

「あっ、はい。何ですか?」

 

 帰り際、出口まで見送りにきたエイナさんに引き止められる。彼女は真剣な表情で僕を見ながら口を開いた。

 

「十枚」

「え?」

「後日、必要書類十枚、もしかしたらそこから更に二、三枚増えるかもしれないけど用意しておくから、それをベル君がきちんと記入してくれたら、短剣を二つだけ買うお金を融通できるかも」

 

 短剣の話を聞いてから今までずっと考えてくれた彼女に僕はみるみる内に笑みを咲かせた。

 

 勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返りエイナさんに向かって叫ぶ。

 

「エイナさん、大好きー!!」

「……えうっ!?」

「ありがとぉー!」

 

 顔を真っ赤にさせたエイナさんを確認して、僕は笑いながら街の雑踏に走っていった。

 

 




 千変万化【クローステール】:ベル・クラネルがグレンダンから出るとき、鋼糸の扱い方を教えたリンテンス・サーヴォレイド・ハーデンがベルに選別として与えたもの。ベルがオラリオにたどり着く前、二年程放浪しているが、クローステールがあったからこそ二年もの間、放浪できたといえる。ベルが短剣を使用する切っ掛けの一つでもある装備品。ゴブニュ・ファミリア作で不壊属性【デュランダル】、値段はアンティークの価値もあるが、使用者によっては無用の長物でもあるため、鑑定不能。
 登場作品:アカメが斬る


久しぶりの投稿というより、リハビリ作品です。
色々試していきたいと思っています。


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