IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
フォルテ・サファイア先輩。
専用機《コールド・ブラッド》を持つ、ギリシャ代表候補生で一つ上の先輩だ。
今、彼女は学園の校舎の屋上のテラスの椅子に座って円テーブルに突っ伏している。
「はぁ……」
フォルテ先輩が重たいため息をこぼす。
「先輩……どうしてっすか……」
そしてポソリとつぶやく。だいぶ気落ちしてるみたいだ
「……楯無さん」
「なぁに?」
「なんで、こんな覗かなきゃいけないんですか?」
俺と楯無さんは屋上の入り口でフォルテ先輩の様子を伺っている。いや覗いている。
「だって、瑛斗くんが急にフォルテちゃんと話をしたいって言うから」
「俺はどこにいるか知らないか聞いたんですけど」
「いいのよ。私もいろいろ気になってたから。行きましょ」
「あ、ちょ!」
楯無さんは俺の手を引いてフォルテ先輩の前に立った。
「フォルテちゃん。いいかしら」
「ああ、更識さんっすか。どうし━━━━」
「どうも」
フォルテ先輩は俺の顔を見て凍りついた。
「瑛斗くんにも来てもらった理由……分かるわね?」
「…………………」
フォルテ先輩はコクリと頷いた。
「誰にも言うなって言ったのに……」
うう、フォルテ先輩が棘のある目で睨みつけてくる。
「あら、私が言いふらすようなキャラに見える?」
「俺も生徒会のメンツにしか話してません。大丈夫です。みんなには言わないよう言っておきました」
「……なら、いいっすよ。まあ、座ってっす」
フォルテ先輩は俺たちに椅子に座るよう促した。
「そんじゃ、単刀直入に聞きます。なんなんですか? アレは」
「そのままっすよ。桐野にダリル先輩と……戦って欲しいっす」
「だから、どうしてですか?」
「………………」
フォルテ先輩は、猫背な背中を一層丸めて、キュッと下唇を噛んだ。
「大丈夫です。理由を聞くだけですよ」
「フォルテちゃん」
「……が……」
「え?」
「なに?」
「ダリル先輩がぁ……! うえぇぇぇぇぇん……!!」
フォルテ先輩は声を出して泣き始めた。
……
…………
………………
……………………
「「ダリル先輩がISを手放す?」」
俺と楯無さんは声を揃えて言った。
「はいっす……」
ようやく落ち着いたフォルテは俯きながら小さく頷いた。
「少し前……噂で聞いたっす。先輩がプロボクシングのスカウトに応じたって」
「な……」
「まあ……」
ダリル先輩はボクシング部に所属していて、いろんな大会でも優勝しているらしい。
以前生徒祭の仕事で派遣された時も、素晴らしいパンチを見せてくれた。確かにスカウトが来てもおかしくはないだろう。
「そのことを問い詰めても、先輩は水を濁すばっかりで……」
「フォルテ先輩、濁すのはお茶━━━━」
「瑛斗くん、しっ!」
「これが本当なら、先輩はISを手放しちゃうっす……。先輩……約束してくれたのに……うぅ……!」
再びフォルテ先輩の目に涙が浮かぶ。
「約束って?」
「ダリル先輩が……卒業しても……私を待っててくれるって……」
「待ってる?」
「先輩の進路は、アメリカ軍の機関でISのテストパイロット……。それで、私の進路も同じっすから、それを聞いた先輩は『お前が来るのを待ってる』って言ってくれたっす……」
話すフォルテ先輩の声はだんだん震えてくる。
「だけど、もし、もし噂が本当なら……ほんとうならぁ……!!」
そしてフォルテ先輩はとうとう泣き出した。
「泣かないでフォルテちゃん」
楯無さんがフォルテ先輩を慰める。
「じゃあ、俺とダリル先輩が戦うっていうのは?」
「ひっぐ……それは……ぐすっ……先輩が、言ってたから……」
「なんて?」
「織斑と、桐野のどっちかと、戦うなら……桐野がいいって、言ってたから……!」
「そういうことだったのか……」
俺は顎に手をやった。
「だから……桐野と戦ったら……先輩も、考え直すかも……って」
「でも、向こうに戦う気がなかったら、瑛斗くんも戦えないわよ?」
「あの時は、どうしたらいいのか分からなくて……ごめんっす」
「いえ、別に謝らなくていいですよ。それと━━━━楯無さん、戦う気がないなら、起こさせればいいんですよ」
「え?」
「フォルテ先輩。ダリル先輩とは仲が良いんですよね?」
「……私が学園に入ってから、ずっと一緒だったっす。ペアで訓練したりして……部活も一緒っす。先輩は
もう引退寸前っすけど」
フォルテ先輩は頷く。
「そうですか」
なら、丁度いい。
「瑛斗くん? 何をする気?」
首を捻る楯無さんに俺はニヤリと笑って見せた。
「ちょっと、
◆
日の暮れかかったころ。
IS学園医療棟の清潔としか言い表しようのない廊下を走る者がいた。
三年生、ダリル・ケイシーである。
「はぁっ……はぁっ……!」
すれ違うほかの生徒と肩が当たっても、気にも留めずに走り続ける。
そして目的の場所に着き、ぶっ壊さんばかりに乱暴にドアを開けた。
「フォルテッ!」
場所は第二保健室。そこに置かれた一つのベッドの上には━━━━
「ああ……先輩……すか」
身体に包帯を巻き、頬に絆創膏を貼ったボロボロのフォルテだった。
「大丈夫か!? 怪我は!?」
「はは……平気っす……このくら━━━━うっ!」
「無理するなって!」
苦しそうに呻くフォルテの肩を支える。
「……そうそう。無理しない方がいいですよ?」
「!」
後ろから声をかけられ振り返ると、開けっ放しのドアの向こうの廊下の壁にもたれ掛った瑛斗だった。
「我ながら、ボッコボコにしましたから」
瑛斗の表情は薄く笑っている。
「お前がやったのか……!」
ダリルの問いかけに瑛斗の笑みが大きいものになった。
「そうです、と言ったら?」
「━━━━っ!」
ダリルは瑛斗の襟を掴んだ。
「なんであんなマネを!」
「なぜかって? そうですね……。まあ、興味本位としか」
「興味だと……!?」
「いやぁ、フォルテ先輩ってどれくらいの実力を持っているのか、ふと気になりまして。それで模擬戦闘をしたんですよ」
瑛斗は淡々と話す。悪びれもせず、淡々と。
「案外、拍子抜けでしたねぇ。もう少し歯ごたえがあると思ったんですけど」
「この━━━━!」
ダリルの拳が瑛斗の顔面に迫った。
「やめてっす!」
「!」
フォルテの声でダリルの拳が止まった。
「フォルテ……」
「いいんすよ……。勝てなかった私が……悪かったんすから……」
「でも!」
「そうですよ。俺に勝てなかったフォルテ先輩が悪いんです」
「お前は黙ってろ!」
ダリルは瑛斗に吠える。しかし瑛斗は口を止めない。
「そんな弱いフォルテ先輩とペアを組み続けてるあなたも弱いんじゃないですか? ダリル先輩?」
「なに……?」
「二年のフォルテ先輩が一年生の俺相手にあのザマだ。こうなるとあなたの実力もたかが知れ━━━━」
「っ!」
ダリルの拳が壁を殴りつけて瑛斗を黙らせた。
「………………」
「黙れってんだよ……!!」
ダリルの拳は怒りで震えている。
「お前のこと、もう少しマシな野郎だと思ってたけど……見当違いだった」
「と、言うと?」
「お前が舐めきってる私の実力を見せてやるよ。丁度、もうすぐこういう後輩に持って来いなイベントもあることだしな……」
そう言うと、ダリルは掴んでいた瑛斗を突き飛ばし、早足でこの場から去って行った。
「………………」
尻餅をついた瑛斗は、ダリルを見送ると、息を吐いて保健室に入り、しっかりドアを閉めてからフォルテのベッドの前に立った。
「…………………」
「…………………」
フォルテと瑛斗の間に沈黙が流れる。
「ふっ」
「ははっ」
そしてお互いに笑みを浮かべた。
「「ぃやったああああああっ!! 大! 成! 功! だあああああっ!」」
そのまま二人はいぇいいぇーいとハイタッチして喜んだ。
「桐野お前すごいっす! ナイス演技だったっす!」
「いやあそれほどでも! フォルテ先輩も迫真の演技でしたよ!」
お互いの功績を讃えあいながら、ベッドから飛び起きたフォルテは包帯を解き、顔の絆創膏を剥した。
無論、フォルテの肌には傷などどこにもない。
「こんなに上手くいくとは思わなかったっすよ!」
「二人とも凄かったわね」
カーテンで仕切られた隣のベッドから楯無が顔を出した。
「あ、更識さん」
「楯無さんも見てました? 俺たちの演技!」
「見てた見てた。瑛斗くん凄いわね。あんな顔もできちゃうんだ」
「簪から借りたDVDのキャラを真似たんですよ」
「ふふっ。そうなんだ」
楯無は笑ってフォルテの使っていたベッドに腰を下ろす。
「私も頑張った甲斐があったわ。
「ありがとうございました。本当に」
今回の作戦はこうだ。
まず、楯無がダリルに『フォルテが第二保健室に担ぎ込まれた』と知らせに行く。
次に、瑛斗がダリルを挑発。卒業マッチで戦うことを決めさせる。
全ては、ダリルと瑛斗を戦わせるため━━━━。
名付けて『ダリル先輩を挑発して闘争心に火を点けちゃおう大作戦!』
ちなみに、作戦名は瑛斗のネーミングである。
「さて、これで明日にも俺に挑戦状が届くだろうな」
「そうね。……それにしても」
「どうしたっすか?」
「ダリル先輩って、本当にフォルテちゃんのことを想ってくれてるのね。あんなに怒るなんて」
「ですね。俺も表情崩さないようにするのが大変でした」
「そ、それは……」
フォルテは顔を赤くして俯いた。
「先輩は、や、優しい人……だから」
照れるようなフォルテを見て、ダリルが本当に好かれているのだと瑛斗と楯無は理解できた。
「その優しい人を、俺は見事ブチ切れさせましたけどね」
瑛斗は苦笑し、窓の外を見る。
「お膳立ては十分……。あとは、やるだけだ」
その口元に、わずかな、しかし楽しそうな笑みが浮かんだ。