IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
マドカが学園にやって来て数週間。
学園の女子たちはすっかりマドカを迎え入れ、マドカの友達もできた。
そんな二月上旬のある日。
「♪~」
放課後、生徒会に出席するために俺が廊下を歩いていると……
「どわっ!」
突然襟首を引っ張られて壁に押しつけられた。
「だ、誰だっ!」
「しーっ! 静かにしてっす!」
慌てたように俺の顔の前に人差し指を立てたのは二年生の先輩のフォルテ・サファイア先輩だった。
専用IS《コールド・ブラッド》を持っていて、たまに見かけるので名前と顔は一致している。
それとなんとなくエリスさんとしゃべり方も似ているので、そういうところでも覚えていた。
「な、なんですか……」
「黙ってこれを受け取るっすよ!」
「え━━━━」
封筒のようなものを押しつけられて、そのままフォルテ先輩は走り去っていった。
「ん? んん?」
裏を見ても特になにも書かれていない。
「なんだこりゃ?」
封筒はシールが貼られて留められているだけだったのですぐに中を見れた。
「………………」
中身を見て、絶句した。
「H、A、T、A、S、H、Ⅰ……状?」
意味不明だ。なぜ『状』だけ漢字で書いているのだろうか?
「あ……」
かすれた声が近くから聞こえたので振り向く。
「?」
目の前にいたのはまたもや二年生の黛薫子先輩。手にはトレードマークのカメラ。
「す……す……スクープとったああああああああっ!! きゃっほおおおおおっ!」
喜んだような奇声を発し、そのままどこかへ行ってしまった。
「なんなんだ、いったい……」
嵐のような展開の連続でいまいち思考が追いつかない。
「と、とりあえず生徒会にいこう」
謎の紙の中身をろくに確認せず俺は遅れないように生徒会室に向かった。
「こんにちはー」
「あ、来た。遅かったわね」
「お、瑛斗」
「やっほ~、きりりん」
「こんにちは」
生徒会室に入ると生徒会のメンバーが顔を向けてきた。
「あれ〜? きりりん何それ〜?」
「ああ、なんか、フォルテ先輩から押し付けられた」
「フォルテちゃんから?」
楯無さんが近づいてきて俺の手から紙を取る。一夏もそれを見た。
「なんだ? このアルファベットの文字列」
「俺もさっぱり分からないんだ」
「は……た……し……ああ!」
楯無さんはポンと手を打った。
「瑛斗くん。コレ果たし状よ! 果たし状!」
「「果たし状?」」
一夏とハモリで素っ頓狂な声を上げる。
「果たし状ってアレですよね? あの、戦う相手に渡すやつ」
「そうね。とりあえず読んでみて。まだ読んでないんでしょ?」
俺はその果たし状なるものを受け取って中を開く。そこにはなんとか読める日本語の文章が書かれていた。
「えーっと……『二がつ二十日、三年生そつぎょーマッチで。ダリル・ケイシーと戦え』?」
なんだこれ?
「あの……これ、『果たし状』っつーより……」
「うん。『命令』だね」
「瑛斗、まだ続きがあるぞ」
「あ、本当だ」
一夏に指摘され、続きを読む。
「『このことをだれかに言ったら、あなたのみをふこーがおそうでしょう』……?」
……なんだこれ?
「なんか……脅迫されたんだけど」
「……脅迫だな」
フォルテ先輩の果たし状は『命令し、脅迫する手紙』という意味を持っているんだろうか。
「あと気になるんだけど、なんでところどころ平仮名?」
俺が首を捻ると、楯無さんが答えてくれた。
「フォルテちゃんね、日本語苦手なのよ。話せるけどあんまり書けないの」
「マジか。小学生でも書ける字も混ざってるのに」
横で一夏が顔を引きつらせる。
「なるほど。この、卒業マッチってなんですか?」
俺が聞くと楯無さんは扇子をクルクルと回しながら説明を始めた。
「もうすぐ卒業する三年生が学園の生徒の中から相手を選んで一対一の実戦形式で戦う、卒業式前の一大イベントよ。ここで勝てれば卒業式までの食堂のデザートメニューのタダ券がもらえるの」
またデザートタダ券かよ。と思ったけど言わないでおく。
「それだけじゃないわ。いろんな企業の視察も来たりするからいい成果を収めればスカウトとかもあるわ」
「へぇ。そりゃすごい」
「それに選ばれた相手も、三年生に勝つことは難しいだろうけど、貴重な経験が積めるわ。それに勝てればタダ券ももらえるの」
「挑戦された側にもメリットはあるわけだ」
「でも一つ気をつけなきゃいけないことがあるわ。三年生から指名された生徒は、断ることができない決まりなの」
「ふむ……」
俺は顎に手をやった。
「じゃあ俺はダリル先輩と戦うのか……」
ダリル先輩のIS《ヘル・ハウンドver2.5》は結構手強い。気を引き締め━━━━
「ううん。まだ決まったわけじゃないわ」
「え?」
「対戦相手はその三年生が申請を出さないと決められないの。だからこのフォルテちゃんの果たし状は意味なしね」
「なんだ。そうなのか」
俺はホッと息を吐いた。
「それじゃあなんでフォルテ先輩はこんなわけのわからんことを?」
「それはおねーさんにも分からないわ。でも」
そこで楯無さんは開いた扇子を口元にやった。
「何かあるのは確かよね」
「何かって言われましても……」
含みのある言い方が、俺にうっすら嫌な予感を感じさせる。
「あ」
「どうしたの?」
「そう言えばフォルテ先輩にこの手紙渡された時、黛先輩に見られた」
結構面倒なことになりそうかも。うーん……。
「ちょっと待ってて」
楯無さんは携帯で黛さんに電話をかけ、生徒会室に来るように言った。すると近くにいたのか意外とすぐ来た。
「どったのたっちゃーん?」
「ああ、来た来た。薫子ちゃん、さっき瑛斗くんがフォルテちゃんから手紙もらうの見たんでしょ? そのことだけど……」
「おお!? 最新情報!? なになに!?」
眼鏡をキラーンと光らせ、メモとシャーペンを取り出す。
「い、いえね。さっきフォルテちゃんが瑛斗くんに渡したのって……」
「ふんふん!?」
「果たし状だったの」
「へ?」
黛先輩の眼鏡が若干ずり落ちた。
「ああ、俺が説明します。つか、コレ読んでください」
俺は黛先輩に例の果たし状を見せた。それに目を通し、先輩は落胆したように肩を落とした。
「なぁんだ。こういうことかぁ」
「スクープじゃなくて残念でしたね」
「記事の下書きまで完成してたのにぃ~」
先輩が俺たちに文がびっしり書かれたメモ帳を見せてきた。
「はは……ま、まあ新しいネタ見つけたらすぐ教えますから」
俺が苦笑いを浮かべると先輩も苦笑いを返してきた。
「そうね。期待してるわ。じゃあ、私は仕事に戻るから」
そう言って黛先輩は手をひらひらと振って生徒会室から出て行った。
「……さて、それじゃあ私たちも生徒会の仕事を始めましょっか。虚ももうすぐ引退だけど、まだまだ頼りにしてるわよ?」
「………………」
しかし話しかけられた虚さんは無反応だった。
「虚さん?」
「お姉ちゃん?」
「えっ? あ、は、はい! 頑張ります!」
すぐにハッとした虚さんは席について書類を広げ始めた。
「ま、いいわ。ほらほらみんな席について。今日の議題は━━━━」
楯無さんの声の下、生徒会の会議が始まる。
(……?)
だけど、俺は虚さんの様子がどこかおかしいことが気になってしまっていた。
◆
生徒会の仕事が終わり、しばらく経って夕食時。
俺は一夏とともに食堂に続く廊下を歩いていた。
「そう言えばよ」
一夏が思い出したように言った。
「ん?」
「虚さんの様子、変じゃなかったか?」
「お前も気づいてた?」
今日の虚さんの様子はとにかく変だった。なんというか、『心ここに有らず』って感じ。
「どうしたんだろうな。いつもはあんな感じじゃないのに」
「俺にも分からないけど、なんか悩んでる感じだったよな」
一夏は顎に手をやって考え始めた。
「卒業後の進路、とかかな?」
「それは無いだろ。楯無さんが言ってたじゃん。布仏家は更識家の使用人の家系だって」
虚さんの進路は間違いなく楯無さんの専属のメイドだろう。だからこうしてギリギリまで生徒会に所属してくれているのだ。
「そうなると、のほほんさんは卒業したら簪の使用人になるのか」
「のほほんさんが使用人……」
一夏の発言からつい想像してしまう。のほほんさんがメイドってなると……うーん……。
「……ダルダルのメイド服って、ちょっとアレじゃね?」
「確かに……アレだな。それに簪が大変そうだ」
だよなぁ、と笑いながら食堂の扉を開けた。
「ん? よう。セシリア。マドカ」
すると目の前にセシリアとマドカが立っていた。
「あ、お兄ちゃん。瑛斗」
「こんばんは。お二人とも」
二人とも料理が載ったトレーを持っている。
「シャルロットたちもいるから、向こうのテーブルで待ってるね。セシリア、行こ?」
「え、あ、ええ。まいりましょうか。ではまた後で」
そう言って二人は食堂の奥の方へ進んでいった。
「じゃあ俺たちもあっちに合流するか」
「そうだな」
俺と一夏はそれぞれ煮豚定食とチキン南蛮定食を受け取って、いつものメンツがいる席へ向かった。
「よお。みんな、お揃いで」
「基本このメンツで揃ってるでしょ。さっさと座りなさい」
「へいへい。わーってるよ」
鈴に急かされて空いている席を探す。
「瑛斗、ここ空いてるよ」
「空いてる……」
「おう」
俺は空いているシャルと簪の間の席に座る。
「一夏。ここが空いているぞ」
「一夏さん。こちらが空いてますわ」
箒とセシリアが同時に自分の隣の席を一夏に示した。要するに二人の間の席だ。
「……………」
「……………」
なぜか睨み合う二人。
「あ、ああ。サンキュ……」
一夏は恐る恐るその席に腰を下ろした。
「……ふふっ」
そんな一夏の様子を見て楽しそうに笑うマドカ。俺は見慣れているからいいけど、来たばかりのマドカにとっては面白いものなのだろうか。
「こ、コホン。ところで一夏さん?」
「ん?」
セシリアが咳払いしてから一夏に話しかけた。
「一夏さんは、甘いものはお好きかしら?」
「甘いもの? 食べ物でか?」
「はい。その通りですわ」
突然何を聞いたかと思えば、なんのこっちゃ。
「まあ、嫌いじゃないぞ?」
「それは好きと捉えてよろしいかしら?」
「ああ、でもあんまり量は食えないかも」
「そうですか。分かりましたわ」
そう言うとセシリアは手帳を取り出して何かを書き記す。
「なんだったんだ、今の?」
「いえ。お気になさらずに」
セシリアはニッコリ笑うと再びスプーンを持つ手を動かし始めた。
「?」
一夏は何が何だかわからずに首を捻った。
「ね、ねえ……」
「うん?」
簪が俺の上着をクイクイと引っ張って話しかけてきた。
「瑛斗は……甘いの、好き?」
「え? どうしたお前までいきなり」
「いいから……答えて」
「好きだな。技術開発のアイデア出すには糖分は不可欠だからな」
「うん……わかった」
簪はコクンと頷いて、再び箸を動かし始めた。
「?」
今度は俺が首を捻るのだった。
それからしばらくはいつも通りおしゃべりしながらの夕食だった。
「あ、そう言えば。みんなは卒業マッチのことで何か聞いてるか?」
「そのことなら教官から少し聞いている」
今まで黙っていたラウラが口を開いた。
「三年生が卒業前に相手を指名して実戦を行うイベントであろう」
「そうそう。それそれ」
「確か……開催が二十日だったわね。申し込まれた方は断れないんだっけ」
鈴も会話に加わる。
「それがどうかしたの?」
シャルも聞いてくる。
「いや、みんなは申し込まれたのかなーって思って」
「その口ぶりからすると、お前は申し込まれたのか?」
ラウラが俺の顔を見ながら聞いてきた。
「んー……申し込まれたっつーか、なんと言うか……なあ?」
一夏に顔を向けると、苦笑いが返ってきた。
「そうだなぁ」
「どうした? 何があった」
箒が眉をひそめた。
「実はよ━━━━」
ポン
果し状のことを話そうとしたら、ふいに肩を叩かれた。
「?」
振り返ると果たし状を俺に渡した張本人、フォルテ先輩が。
「………………」
顔は満面の笑顔だけど━━━━その手が尋常じゃない力で俺の肩を掴んでいる……!
「!」
俺はあの果たし状の内容を思い出した。
━━━━このことをだれかに言ったら、あなたのみにふこーがおこるでしょう━━━━
ヤバい。何されるか分からない!
「……! ……!!」
俺は無言で頷きまくった。するとフォルテ先輩は一度ゆっくり頷き返して、そのまま食堂の出口へ行ってしまった。
「……な、なんだったんですの? 今のは……」
「あれって、二年生のフォルテ先輩……?」
他のみんなも呆気にとられている。
「……あ。それで瑛斗、卒業マッチがどうこうっていうのは?」
シャルが思い出して再び俺に顔を向ける。
俺はゆっくりと、しかしはっきりと言った。
「━━━━ごめん。やっぱ、なんでもない」
ダラダラと止めどなく流れる、冷や汗と共に。
◆
「…………………」
ありえん。
一年生の寮が、俺の部屋を含めた数部屋の水回りの点検中なんて……!なんてタイミングで点検してるんだよ!
おかげで俺は用を足すために仕方なく校舎まで行くことになった。
しかも校舎内で使える男用のトイレは数が限られているから、結構校舎の奥へ行かなくてはならず、今はその帰りで、廊下を進んでいる。
「こんな夜の校舎からは早く出ないと……」
廊下の明かりはついているけど、教室の明かりは消えている。なんだか嫌な感じだ。決して怖いとかじゃないけど。
「ん?」
ふと、前方の教室の明かりがついていることに気づいた。
「三年……二組?」
そこは三年生の教室だった。
(こんな時間に誰だ?)
俺は気になって中を覗いてみた。
「………………」
教室の中で、三年生のダリル・ケイシー先輩が、窓を開けて遠くを見ていた。
金色のホース・テールが、冬の夜風に吹かれている。寒くないのか?
それはそうと、水回りの点検をしているのは一年生寮だけのはず。
考え事でもしてるのだろうが、寮ではなく校舎に、しかもこんな時間にいるのは心配だ。
開いているドアをノックして声をかけた。
「ダリル先輩」
「………………」
返事がない。
「ダリル先輩!」
「うわあっ!?」
大きめの声で呼んでようやく気づいてくれたダリル先輩は、持っていた携帯電話を落としそうになってお手玉してから、勢いよく振り返って俺を見た。
「な、なんだ……。桐野か」
「何やってんですか? こんな時間にこんなところで」
近づこうとするとダリル先輩は俺の方に近づいてきた。
「なんでもない。ちょっと学園生活を思い出してただけだ」
そしてそのまま俺の横を通り過ぎて、教室から出て行ってしまった。
「……あ、そうだ。先輩あの━━━━」
フォルテ先輩のことでなにか知っているかもしれないと思って声をかけようと振り返ったが、
すでにそこにはダリル先輩の姿などなく、人っ子一人いない廊下が続くばかりだった。