IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「はーあ。何で俺が……」
俺、五反田弾は家族に頼まれて近所の神社の篠ノ之神社に向かってる。
理由は可愛い妹の蘭に合格祈願のお守りを買ってやるため。
それはいい。それはいいんだけど……
「なんでこんな責め苦を……!」
そう。道の至る所でカップルどもがいちゃついてやがる。
至るところで見るイチャイチャしる光景がスゲー神経を逆撫でする。
はっきり言って羨ましい。そんでもって妬ましい。
「俺以外の男、爆発しねーかな」
正月早々そんな暗いことを考えてしまう。
「い、いやいやいや! 俺にだって虚さんがいる!」
首をブンブンと振って邪念を取っ払う。
彼女いない歴一五年の俺にもついに、ついに彼女ができた!
相手は一夏と同じIS学園の生徒で、なんと二つ年上、高校三年生の布仏虚さん。
一目惚れでした。ええ。そりゃもう、ビビビーッって来ました。
相手が相手なだけあって、会える機会も少ない。
初めての恋愛は遠距離恋愛……いいじゃねえか! 素敵だと思う!
それに、虚さんは『卒業したら、今より少しは会える時間が増える』って言ってたし!
そのことを考えるだけで、テンションが上がる。ギターがあれば即興で歌が歌えそうだ
新年の挨拶メールだって、他の誰よりも真っ先に送った。返事がまた可愛いんだこれが!
携帯を取り出して、虚さんからのメールを見る。実は家を出る前から、何度も読み返しているのは内緒だ。
『新年あけましておめでとうございます。まだ年が明けて何分も経ってないのにこんなに早く送ってくれて嬉しいです。お互いに今年もいい年であるといいですね。
P.S.
お正月は会えなくてごめんなさい。でも今度の休日にまたデートしましょうね♪』
絵文字もなんもないけど、最後の『♪』が虚さんらしいぃぃぃぃ!!
(くうぅぅぅぅぅっ!!)
……っとといけね。近くを歩いてた人に変な目で見られた。
俺は咳払い一つして本来の目的を思い出す。
(そうだった、蘭にお守り買ってやるんだった)
蘭はもともと有名な私立学校の『聖マリアンヌ女学院』の中等部に通っていて、アイツの成績ならそのまま高等部に上がれるんだが、IS学園の試験を受けるために猛勉強中。『一夏に追いつきたい』という本人の強い希望を受け、俺も含めて家族は了承。
じいちゃんも『蘭のあんなにまっすぐな目は見たことがねぇ』って一言も文句を言わずに頷いてた。
兄としては少々複雑だが、蘭自身のことは蘭に決めさせてやりたい。
だからこうしてカップルがいちゃついてるのを見せられているのを耐えて歩いているのだ。
「……やっぱ、こいつら爆発しねーかな」
だから少しばかりの負の感情は許してもらいたい。
「おい、おいったら!」
「ぐえっ?!」
いきなり後ろからコートの襟を引っ張られて驚く。
「ったく、何度も話しかけてんのにことごとく無視しやがって」
振り返ったところにいたのは友達の御手洗数馬だった。
「おう、数馬か。いつのまに?」
「お前以外の男が爆発しねーかとかなんとか陰鬱なこと言ってる間だよ。かと思ったら携帯見ながらニヤニヤしやがって。キモいぞ」
「んだよ、うっせーな。俺は蘭に合格祈願のお守り買いにいってんだよ。キモくねえ。妹思いの兄ちゃんだ」
俺が口を尖らせながら言うと、数馬のやつは驚いたように目を丸くした。
「えっ? そうなの? てっきりあの掲示板見て来たのかと思った」
「掲示板?」
俺が首を捻ると、数馬はこれだよ、と携帯の画面を見せてきた。
「えーっと? 『篠ノ之神社にすっげー可愛い巫女がめちゃくちゃいる。正月からいいもん見れた』……? なんだこれ?」
聞くと数馬はかぶりを振った。
「なんだよ知らねーのかよ。この言葉の通り、篠ノ之神社に美少女巫女ちゃんがいるんだよ。なんでも金髪美少女もいるらしいぜ」
「き、金髪美少女……!?」
ゴクリと喉を鳴らす。
「で、俺はどうせ何もしないよりかはマシかと思ってこうやって歩いてるわけよって、おい弾?」
俺は歩調を速めて歩き出した。
「ど、どうしたんだよ急に」
「こうしちゃいらんねえ! 早く拝みに行くぞ!」
「ええっ!? お前、彼女できたってウザいくらい自慢してきたくせにそんなのに惹かれちゃうの!?」
「…………………」
ぴた、と足を止める。
だがすぐに歩き出す。いや、もはやダッシュと言っていいだろう。
「遠くの彼女より、身近な一時の誘惑だ!」
虚さんごめんなさい! 決して、決して! 浮気なんかじゃありません!
「その心意気は認めるけど、お前男としてちょっぴり最低だ!」
そんな失礼なことを言う数馬を置いていく勢いで俺は
◆
「はぁっ……はあっ……! ど、どこだ……金髪美少女!」
肩で息をしながらも、無事篠ノ之神社に到着する。
「ぜぇっ……はあっ………なんで、正月から走んなきゃいけねんだよ……! 師走は終わったろーが……」
おなじく荒い息で数馬も追いついてきた。
「それで数馬! どこにいるんだよ!」
「え、えっとぉ……話ではお守り売り場に━━━━」
「はいはい、通るよ通るよー」
「え?」
ドゴッ!
「ごはあっ!?」
俺の背中に何かが激突。おかげで一メートルほど吹っ飛ぶ。
「お、おい弾!?」
「ありゃりゃ。だから言ったじゃん。通るよーって」
緩い感じの声が聞こえて、文句の一つも言ってやろうと思ってがばっと起き上がる。
「おい! 危ねーだろー……が?」
俺にぶつかってきたのは、見覚えのある顔だった。
「お前……桐野瑛斗か?」
ISを動かせるもう一人の男、桐野瑛斗が長着をひもで縛って、たすき掛けをした状態でバカみたいに大きな段ボールを運んでいた。
「ん? そういうお前は……」
俺を見た状態で止まる桐野。多分名前を思い出そうとしてるんだろう。
「……ああ! 二子玉川弾!」
「違う」
俺が言うと桐野は少し眉をひそめた。
「え~? あ、三軒茶屋弾、だっけ?」
「もっと違う! なんなんだよお前! 前よりボケがエスカレートしてるぞ! 五反田だよ! 五反田弾!」
「そうだそうだ。そうだったな。で、どうした? なんでそんなところで寝てるんだ?」
お前に突き飛ばされたんだよ! って言うより早く数馬が話しかけた。
「いやいや。それより君の恰好の方が気になるよ」
数馬が桐野の恰好を指摘した。
「おお。お前は確か、御手洗数馬!」
「なんでだよ! なんで数馬の方は覚えられてんだよ! 俺の方が名前が簡単だろ! そういう自負があるぞ俺には!」
俺が新年早々ツッコミを迸らせていると、神社の奥から一夏が来た。恰好が桐野と同じだ。
「瑛斗ー、なにしてんだよ。早く残りのお守りの在庫も運んできてくれって、雪子さんが」
「ん? よう! 一夏じゃんか!」
「数馬? それに弾も」
一夏がきょとんとした表情で俺と数馬を見る。
「ほら瑛斗、早く早く」
「ああ、悪いな。ちょっと話してた」
「急げよ。すごい人で、もうすぐ売り切れそうなんだ」
「あいよ。行ってくる」
桐野はタッタッタッと段ボールを人だかりができてるお守り売場に運びに行った。
「━━━━で?」
「何してんの? お前ら」
数馬と一緒に一夏に顔を向ける。
「あー……話すとちょっと長くなる」
「構わん」
「話せ」
「実は一時間くらい前なんだけど……」
◆
『巫女になって欲しい?』
千冬姉を除く女子一同が声を揃えて言う。場所は箒の実家。の居間だ。
「そうなのよ。今日アルバイトの予定だった人たちがいきなり八人もドタキャンになっちゃってね。お願い。今日だけ。ね?」
「そう言われても……」
「巫女、と言いますと?」
「ほら、アレよ。神社にいる女の人よ」
「シスターさんみたいなものかな」
「ふん、受けた仕事を途中で断るとは、情けない連中だ」
「わ……私……も?」
「あらら、今日はおねーさんが振り回されるのね」
「巫女さんになるの? 私たちが?」
箒たちもきょとんとしている。
「なあ、一夏。こういう場合って俺らどうしたらいいの?」
横にいる瑛斗が耳打ちしてくる。
「さ、さあ? 俺もわかんね」
俺たちが話している間にも雪子さんの話は進んでいく。
「お願い。今はまだピークの時間じゃないから今の人数でなんとかなってるけどこれからどんどん参拝客が来るの。回らなくなったらそれこそ一大事なのよ」
うーん、と唸る女子一同。
「もちろんお礼はするわ。おせちご馳走してあげる! ……って、食べ物に釣られるほど、みんな子どもじゃないわよね……」
はあ……と重たいため息をする雪子さん。
「千冬姉、なんとかなんないかな?」
隣で正座してる千冬姉に顔を向ける。
「ふむ……」
千冬姉は携帯を取り出すとカチカチとボタンを操作して俺に画面を見せてきた。
「一夏、桐野、順番に読め。何も考えずにな」
「「?」」
瑛斗と一緒に画面を見る。
「えーっと? お、れは、みたい、なみん、なのみこの……すが、た?」
なんだ? 全部ローマ字表記で読みづらいな。
『!』
「おれも、み……たいな? きっと、に、あう、ぞ? 」
『!!』
「よし。いいぞ」
千冬姉が携帯を上着のポケットにしまった。
「千冬姉、いったい何━━━━」
『やりましょう!』
「「え?」」
女子たちが同時に立ち上がった。
「え? いいの? 本当に? 箒ちゃん?」
雪子さんも驚いたように確認をとる。
「もちろんです! 雪子おばさんの頼みですから!」
ぐっと拳を握り、高らかに言う箒。
「そ、そうありがとうみんな! 助かるわぁ! じゃあ、さっそく着替えて着替えて!」
そして雪子さんに連れられ、女子たちは居間から出て行った。
残されたのは、ぽかーんとしてる俺と瑛斗。そして含み笑いをする千冬姉だけだった。
◆
「……ってなわけ」
一夏の説明を聞いた。
「へぇ。要するに頼まれたわけだ」
「………………」
「おい? 数馬?」
「こ……」
「え?」
「この幸せ者おぉぉぉぉっ!」
「おわっ!?」
数馬の右ストレートを軽くかわした一夏。 さすがはIS操縦者だ。
「な、なんだよいきなり!」
「だまれ幸せ者! 羨ましいぞコンチクショー!」
「な、なに? 何がだよ?」
「それじゃあ巫女のアルバイトしてる子たちって全員お前の知り合いってことだろ! ずりぃよ! お前ばっかり!」
「お、おお……ごめん」
一夏が数馬に謝っている。けど多分怒られてる理由は分かってないだろう。
「あ、そ、そう言えば弾」
「なんだよ?」
「この前聞いたんだけど、虚さんと仲良くしてるんだってな」
「お? 聞いちゃう? その話題聞いちゃう?」
「ず、ずいぶん嬉しそうだな……」
一夏が引き気味に俺を見てくる。
「まあなまあな! 俺にも春が来たんだよ。もう新年を祝うメールももらったしよ!」
一夏に携帯の虚さんからのメールを見せつける。
「今度もデートする約束したんだぜ!」
「そ、そっか。よかったな」
やや引き攣った感じの笑みを浮かべる一夏。
「う……」
「ん?」
数馬がぷるぷると震えはじめた。
「うあああああっ! みんな嫌いだあぁぁぁぁっ!」
「あっ! おい!」
「数馬!?」
俺たちの制止も振り切って数馬は猛スピードで走り去っていった。ちらっと見えたけど、目の端には光るものが。
「ど、どうしたんだ? アイツ……」
「さ、さあな……」
「で、弾は何しに来たんだ? 一人で初詣か?」
「んなわけねえだろ。お守り買いに来たんだよ。蘭に」
「蘭に? ああ、そう言えばアイツIS学園に受験するんだっけ?」
「ああ、じゃねえよ。アイツ頑張ってんだぞ。いっつも夜遅くまで勉強して」
「そうなんだ。それじゃあ合格祈願だよな。あっちの売り場だぞ」
一夏が指差す方向には、俺と同じなのだろうか、俺たちくらいの男が結構並んでいた。
「おう。サンキュ。じゃあな」
「あ、そうだ。弾、蘭に『受験頑張れよ』って言っておいてくれ」
ニカッと笑う一夏に、俺も笑った。
「おうよ!」
俺は一夏と別れてお守り売場に向かった。
それから数分並んで、俺の番。
「新年、明けましておめでとうございますわ」
「ど、どうも……」
俺に挨拶したのは、数馬の言っていた通り金髪の女の子だった。
しかも……結構……いや、すっげー可愛い。
「それで、どのお守りをお探しでしょうか?」
「あ、ご、合格祈願でお願いします……」
代金を渡し、お守りの種類を言う。
「わかりましたわ」
その子はニコリと笑って、お守りを渡してくれた。
「ど、どうも……」
ろくに話もできず、俺はそのままその売り場から離れた。
(すごく可愛かった……! ほ、他にはどんな子がいるんだろ!)
俺はワクワクを抑えきれず少し駆け足でおみくじを引きに行った。
「ここに代金を入れてそこの箱から一枚紙を取れ」
「え……」
銀髪眼帯の背の低い子が尊大な態度で命令してきた。
「どうした? 後ろが閊えているからさっさと引け。でなければ帰れ」
突き放すような物言い。
……だけど、嫌いじゃなかった。
「は、はい!」
言われた通りおみくじを引く。
「引いたならとっとと行け」
すぐ開こうとしたらギロ、と睨まれたのでそして少し離れた場所で開く。
「……末吉?」
び、びみょ~……。よくもなく悪くもないってか。
「えーっと、恋愛運は……『相手を待つだけではなく、自分から接していくと良いでしょう』か」
なるほど。参考になる。
「ん? まだある。『浮気をすれば、必ず天罰が下るでしょう』?」
なんだこれ? 浮気って……。するわけないだろ。
……待てよ? もしかして今の俺って、浮気してるのか………?
結構うつつを抜かしてる気がするけど……
「い、いやいやいやいや! ないない! そんなわけな━━━━」
「はいはい。通るよ通るよー」
ドガッ!
「ぐはあっ!?」
再びデカい段ボールを抱えた桐野に激突され、俺は数メートル吹っ飛ぶのだった。
おみくじって、結構当たるんだな……。
◆
「どっこいしょ……。ふう」
お守りの在庫補充のためにあっちへこっちへ右往左往した俺は、ようやく一段落することができて、社務所の裏に置いてあった長椅子に腰かけて息をついた。
「いやあ、ハードだぁ……」
ブラブラと振って、少し痛い腕をほぐす。
俺が二回目にぶつかったあと、弾はすぐに神社から出ていった。
(さあて、次会ったときはどんな間違え方をしようか……。アイツのツッコミ、面白いからなぁ)
帰ったと言えば、織斑先生も行ってしまった。
なんでもIS学園の教師の新年会があるそうだ。
去り際、『ラウラの巫女姿をもう少し笑ってやりたいところだったが、私にも正月の楽しみがある』とか言ってた。
本人の前じゃ言えなかったけど、織斑先生にも手伝ってもらいたかった。人手が多いに越したことはないし……。
「そしたら一夏が大変なことになりそうな気もするけどな……」
「……瑛斗」
「ん? 簪か」
独り言を言ってたら声をかけられた。そこには巫女装束に身を包んだ簪がいた。
「お前も休憩か?」
「うん……。あの……こ、これ」
差し出された手にはペットボトルのお茶が。きっとそこの自販機で買ったんだろう。
「くれんの? 俺に?」
聞くと簪は無言でコクリと頷いた。
「サンキュ。喉渇いてたところなんだ」
俺はありがたくそのお茶をもらう。
「んぐっんぐっ……ぷはあっ。あんがとよ。ほら」
「ふぇ!?」
俺が返したボトルを見て少し飛び上がる簪。
「? どうした? お前が買ったんだ。全部飲むなんて野暮なことしねえよ」
「え……? えぇ?」
困惑顔の簪。だけどその目は欲しいと訴えてる。
「お前も売り場の方で大変だったろ? 遠慮すんなって」
「あぅ……うん……」
伸ばしかけた手を引っ込める動作を二回して、簪はペットボトルを受け取った。
「こ……これって……か、か……かん……!」
ペットボトルを握る手をぶるぶる震わせて目をぐるぐるさせている。顔も火が出そうなくらい真っ赤だ。
「ど……どうした?」
「な、なんでも━━━━ないっ」
一度深呼吸して、なにかを決意したような表情でペットボトルを口につけた簪。
「………………」
お茶を飲んで、そのまま簪の動きが止まる。
「か、簪?」
「━━━━えへ」
「ん?」
「えへ……えへへ……」
赤くなった頬を隠すように頬を押さえて笑い始める簪。
「どうした? なんか変なモンでも入ってたか?」
「ううん……。なんでも、ない。お手伝い……してくるね」
「お、おお……」
スキップしそうなくらい軽い足取りで簪はまた神社の方へ向かって歩いて行った。
「なんだったんだ……?」
首を捻っていると、今度は一夏がやって来た。
「あ、いたいた。瑛斗」
「おー、どうした?」
「次の仕事だぞ。台所に来てくれ」
「台所? 重いもんでも運ぶのか?」
「さあな。来てからのお楽しみだ」
「なんか含みのある言い方だな」
「いいから。早く行くぞ」
「わかったよ。そう急かすな」
俺は立ち上がって一夏の後について行った。
「雪子さーん。瑛斗連れてきましたー」
家に上がって廊下を進む。
「あ、二人とも。こっちよ。こっち」
台所から顔を出した雪子さんが手招きして俺と一夏と台所へ誘導する。
「それで、手伝いってなんですか?」
台所に入ると、大きな台の上には食材がごろごろ。
「二人とも、お料理できる?」
「料理、ですか?」
俺はきょとんとする。
「できなくは……ない、ですね。一応授業でやりましたし」
「あら、よかったわ。それじゃあ、一夏くんはそこの黒豆を火にかけて、瑛斗くんは煮しめの準備を手伝ってちょうだい」
「え?」
何を頼まれたのかいまいち把握できない。
「はい。わかりました」
一夏は頷くとそこにあったエプロンを着けて、水を吸っている鍋いっぱいの黒豆を火にかけ始めた。
「え、えっと? これは……?」
「おせち作るのを手伝って欲しいの。二人が作ったって聞いたら、みんな驚くわよ? 結構量があるから頑張って!」
柔らかい笑みを浮かべながら言う雪子さん。俺はぐいぐいと背中を押されて材料の前へ。
「ほらほら、早くしないと日が暮れちゃうわ」
「は、はあ」
「飾り切りの仕方も教えてあげるから、頑張りましょうね?」
「わ、分かりました」
そんなわけで調理スタート。
(この人、控えめそうなのに結構グイグイくるな……)
女性のしたたかさ? 的なものを感じつつ、雪子さんに切り方を教えてもらう。
「まず蓮根は花の形ね。こうやって、慎重にやるのよ」
「こ……こうですか?」
見よう見まねで蓮根を花の形に切る。
「そうそう。瑛斗くん器用ねぇ」
「そ、そうですか? 一夏、見ろ。俺が切った」
「おー、すごいな。初めてとは思えないぞ」
「ドヤァ……」
「はいはい。ドヤ顔してる場合じゃないわよ。まだまだあるんだから」
「はーい」
それからしばらく作業に没頭し、だんだんとコツをつかみ始める。
「……ねえ? 一夏くん」
さらに時間が経ったころ、調理しながら雪子さんが一夏に話しかけた。
「なんですか?」
「箒ちゃんのこと、どう思ってる?」
「箒、ですか?」
さといもの皮むきに悪戦苦闘している俺も突然の話題に聞き耳を立てた。
「ええ。瑛斗くんにも聞きたいわ。男の子たちから見たらどんな風に見えてるのか気になったの。親戚と言っても家族だもの」
「そうですね……。まあ、いいやつですよ」
「あら? それだけ?」
「いや、それだけってわけじゃないですけど………変わったなぁ、って思います」
「変わった?」
「はい。学園に入学して久しぶりに会ったときはアイツ、他人を寄せ付けない感じがあったんです。なんだか、自分から壁を作っていたような、そんな感じ」
「おいおい、なんか酷くないかそれ」
「だけど今は学園のみんなとも普通に話せてるし笑った顔も見ます。だから、変わったなぁって」
「そう……。瑛斗くんは?」
「俺ですか? 俺は……」
うーん、箒のことをどう思っているか、か。確かに、初めて会ったときとはずいぶん変わったよな。
「やっぱり……俺も、変わったな、って思います」
「うふふ。二人とも同じなのね」
雪子さんは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、そんな変わった箒ちゃんとこれからも仲良くしてあげてね?」
にっこりとした雪子さんの笑顔に、俺と一夏も笑顔で頷いた。
それからも順調に料理は進み、すべての工程を終える頃は丁度夕食時となっていた。
◆
「さてと、飲み物も行き渡ったわね? それじゃあ、今年も頑張るわよ! かんぱーい!」
『かんぱーい!』
楯無さんの音頭で、俺たちは手に持った飲み物の入ったコップを掲げて飲んだ。
「みんな今日はありがとうね。本当に助かったわぁ」
雪子さんがお礼の言葉を言ってくる。
「いいんですよ。気にしないでください」
「いい経験でしたわ」
「なんだかんだ言って、最終的にはアタシたち結構ノリノリだったしね」
「うん。僕巫女さんの衣装なんて初めてだったよ」
「部隊のものに自慢できるな」
「楽しかったなぁ~!」
みんな口々に今回の出来事の感想を言う。
「………………」
「あら? 簪ちゃん? どーしたの?」
楯無さんが簪に声をかける。
「え? う、ううん。なんでも、ないよ?」
「そう? じゃあなんでそんなに大事そうに空のペットボトルを横に置いてるのかしら?」
「え? ……あ!」
気づいた簪は咄嗟にペットボトルを隠す。
「な、なん、でもない……! なんでもない、の!」
『?』
簪以外のメンツが首を捻る。
「ほ、ほら! 食べないと……なくなっちゃう……!」
そう言って簪は箸を動かして煮しめを食べる。
「あ」
俺は思わず声を出す。
「?」
「あ、いや。今お前が食った蓮根、俺が切ったやつだったなって」
「切った……? 瑛斗が……?」
簪の疑問に、雪子さんが答える。
「ここに並んでる料理はねぇ、ほとんど一夏くんと瑛斗くんが作ったのよ」
『えっ!?』
女子たちがおせちに目を落とす。
「二人ともすごい手際が良くて。一つ教えたら十は学んでたわ」
「いやいや。十はいきませんよ。八くらいですって」
俺と一夏と雪子さんであはははと笑っていると、じぃっと料理を見てる女子たちに気づいた。
「一夏の料理……また上達している……」
「まさか瑛斗までここまでのレベルだったとは……」
「瑛斗さん……侮れませんわ……!」
「すごいなぁ……」
「ふむ……さすがだ」
「すごい……」
「二人ともやるわね……」
「お兄ちゃんの料理……こんなにすごいんだ……」
「お、おい? みんな?」
「どうした?」
一夏と二人で少したじろぐ。
聞くのが微妙に怖かったが、聞いてみた。
「もしかして━━━━不味かったか?」
「「「「「「「「そんなことない!」」」」」」」」
全員同時にそういうと、みんなすごいスピードで箸を動かし始めた。
「そ……そっか。よかった」
「そいつは何より━━━━」
ほっとしたのもつかの間、
「うおお!? もう半分以上ねえっ!」
「ま、マジかよ! みんなペース凄すぎ!」
自分で作った料理だ。俺たちだって食ってみたい。
「負けんな一夏! 俺たちも行くぞ!」
「お、おお!」
そんなわけで俺たちも激戦区へ箸を伸ばす。
「あらあら、みんな元気ねぇ」
雪子さんのそんな声が聞こえた時には、俺と一夏の箸は見事に弾かれていた。
◆
『バー・クレッシェンド』。
その店は正月にも関わらず営業していた。
マスター曰く『お客様が飲みたいと思ったときに開いている店でありたい。が店のモットーです』である。
そしてカウンター席には二人の女性が。
織斑千冬と、山田真耶。
二人の手にはビールが注がれたグラスが握られている。
「すまないな。わざわざ付き合ってもらって」
「いえ。お正月も相変わらずな私ですから。いつでもお相手しますよ」
IS学園教師陣の新年会は終わり、解散となったのだが、千冬は真耶を誘ってこの店に足を運んだのだ。
「それにしても、通達を聞いたときは驚きました……」
グラスを傾ける真耶。
「あの子……マドカちゃんが、学園に編入されるんですね」
「………………」
「びっくりしました。まさか千冬さんが頭を下げるなんて、誰も想像しませんでしたよ」
「あの時はああするしかなかったんだ」
クスリと笑った真耶から顔が赤くなったことを隠すように逸らす千冬。
「でも、それでみなさん納得してくれたんですから、千冬さんの人望の厚さってすごいで━━━━」
「マスター。ビールおかわり」
千冬は照れ隠しのようにマスターに顔を向ける。
「はい。すぐに」
マスターは事情は知らないがいつもと違う千冬の様子に顔を綻ばせた。
「なんだマスター。ニヤニヤして」
「いいえ。なんでもありませんよ」
言ってマスターはビールをグラスに注ぎ千冬の前に置く。
「それで、マドカちゃんは一夏くんたちと一緒なんですね?」
真耶は鞄から書類を取出し、目を落とす。そこには千冬とまったく同じ顔の少女の顔写真と、バイタルデータなどが記されていた。
「ああ。今日は桐野たちと初詣に行っている。そろそろ家に帰って来るんじゃないか?」
「そうですか……。あ、それじゃあ桐野くんたちもマドカさんのことを受け入れてるんですか」
「そうだな。まあ、ラウラが一番大変そうだったがな」
「ボーデヴィッヒさんですかぁ……。うふふ」
「どうした? 急に笑い出して」
「ふふ、いえ。やっぱり千冬さんはすごいなぁって思っただけです」
「すごい? 何がだ?」
「だって、先生方からだけじゃなくて、生徒からも信頼されてるじゃないですか」
「…………………」
「私も、千冬さんみたいな先生になりたいです……。あ、これ私の今年の目標なんですよ」
真耶は眼鏡の奥の純粋な瞳を千冬に向ける。
「私なんてまだまだですけど、いつか千冬さんみたいに━━━━」
「真耶」
「は、はい?」
千冬はぐっとグラスの中のビールを飲んでから真耶の顔を見た。
「お前は、私のようにならなくていい」
「え……?」
「ああ、いや。別にお前の考えを否定するわけじゃない。ただ、その、私なんて見習ってもいいことなんてないさ」
「………………」
「……だがな、お前は生徒によく接している。そういうお前の姿勢は私は好きだ。私にはない優しさがある。真耶、お前はきっといい教師になる。私なんかよりも、ずっと素晴らしい教師にな」
「千冬さん……」
語り終えてから、千冬はハッと我に返った。
「……す、すまん。ちょっと酔いが回ってるみたいだ。今のは、忘れてくれ……」
千冬は顔をかあぁっと赤くするとそのまま顔を逸らした。
真耶はそんな千冬の、酒のせいだけで赤くなったわけではない横顔を見て、またクス、と笑った。
(やっぱり、千冬さんはすごいですよ……)
そしてマスターに顔を向けた。
「マスターさん。おつまみの盛り合わせください」
「はい。わかりました」
カウンターの隅に移動するマスターを見てから千冬は真耶の顔を見た。
「……真耶?」
「今日は私が奢ります。時間はありますから、いろいろ話しましょう」
「━━━━ふふっ」
真耶の笑顔を見て、千冬も笑った。
「そうだな。よしマスター。こいつの分もビール追加だ」
「わかりました。すぐに用意いたします」
千冬の笑みを見て、マスターは柔和な表情で頷いてみせたのだった。