IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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聖夜に舞う、思いと想い 〜またはその手が繋ぐ温もり〜

「う……ううん……」

「あ、ラウラ。気がついた?」

目を覚ました私が最初に見たのは、ルームメイトのシャルロットの顔だった。

「私は確か……瑛斗と……」

「うん。瑛斗と一緒にケーキを切り分けようとしたら、倒れちゃったんだよ」

「……そうだったな」

思い出してみる。アイツの横顔。いつもとなにも変らないはずなのに、なぜか、ドキドキした。

「ラウラ? 顔が赤いよ?」

「なっ!? なな、なんでもない!」

私が顔をそむけると、シャルロットは面白そうに笑った。

「ラウラ、倒れるとき『しあわせだ~っ!』って言って倒れたんだよ?」

「!!」

反射的に身体を起こす。そそんな恥ずかしいことを言って倒れたのか!?

「あはは、ラウラ顔真っ赤~」

私の頬をつんつんと触りながら笑うシャルロット。

「うう、うるさい! そ、それでそのあとどうなった?」

「あ、それでね。結局最後まで勝ち残った僕たちがやったんだ。僕と簪は瑛斗とやったんだけど、箒とセシリアと鈴は一夏とやったんだ。美味しかったよぉ~」

「そ、そうか……」

(シャルロットと簪もアイツとしたのか……)

 

そう考えると、なんというか、少し悔しい。

「ラウラの分もちゃんと取ってあるよ。冷蔵庫に入ってるからね?」

「ああ。わかった。その……瑛斗は?」

「瑛斗も少し前までいたんだけど、生徒会の仕事でパーティーの片づけを手伝うって行っちゃった」

「そうか」

少し、ほんの少しだけ、ここにいるんじゃないかと期待してしまった。

「実は僕もすぐあっちに向かわなきゃいけないんだけど、ラウラ大丈夫?」

「問題ない。体調が悪いわけでもないしな」

「そっか。よかった」

そう言ってシャルロットは立ち上がった。

「行ってくるね。遅くなるかもしれないから、先に寝てていいよ」

「わかっている」

シャルロットが部屋から出るのを見送り、はぁと息を吐く。

「幸せ……か」

誇り高きドイツ軍の軍人である私が、そんなことを言って……。

━━━━ラウラは軍人である前にラウラなんだ━━━━

━━━━今日からお前はラウラ・ボーデヴィッヒだ━━━━

「………………」

ふと、アイツと教官の言葉が頭をよぎった。

「私は……私……」

私はベッドから降りて、冷蔵庫を開けた。

中には小さな紙箱が。開けてみると、三角形に切られたケーキが入っていた。その横には、サンタクロースの形をしたマジパンとやらが置かれている。

「………………」

それを紙の袋に入れて、コートを羽織り、私は外へ出た。

「……どうした。こんな時間に」

「ぶ、無礼はお詫びいたします。教官」

私は、織斑家へ来ていた。

 

なぜか分からないが、無性に教官と話がしたくなったからだ。

「まあ、とりあえず上がれ。ふと立ち寄った、というわけではなさそうだしな」

「は、はい」

教官に言われ、家の中に入る。

「その……こ、これ」

 

教官にケーキの入った箱を差し出す。

 

「ケーキです。よかったら……」

「私にか?」

はい━━━━と言いそうになったが、それを飲み込む。

「あいつ……マドカに、と」

「………………」

教官は一瞬驚いたように目を丸くして、すぐに顔を綻ばせた。

「そうか。土産を持って来れるとは、なかなか気が利いてるじゃないか」

そう言って、私の頭を撫でてくれた。

「だが、悪いがアイツはもう寝てしまっている。顔見ていくか?」

「いえ……今日は、教官にお話しがあって伺いましたから」

「そうか。まあ座れ。茶くらい出してやる」

椅子に座るように言われて、一礼してから座る。

「あの世話焼きな弟がいてくれれば、何も言わずにやってくれるんだがな」

言いながら、教官は湯呑に緑茶を注ぐ。

「ほら飲め。暖まるぞ」

湯呑を受け取って、緑茶を飲む。熱すぎず、飲みやすい温度だった。

「それで、どうした?」

教官は私の向かいに座り、自分の分の緑茶を飲んでから私の顔を見た。

「あの……」

「ん?」

「今日は、学園でパーティーがあったんです。クリスマスの」

「ああ。そう言えばそんな話があったな」

「それで……その、嫁……瑛斗と、一緒にケーキ入刀をしました」

「っ!」

飲んでいた緑茶を少し吹いて、教官は震えはじめた。

「きょ、教官?」

「い……いや。なんでもない。続けろ」

「は、はあ。それで……その後、私、倒れました」

「倒れた?」

「はい………別に、体調が悪いというわけではなかったんです。その……なんと言うか……」

話していて、顔が熱くなるのが分かる。そんな私の様子が面白いのか、教官はニヤニヤとしている。

「し……『しあわせ』………と、言いながら、倒れたらしいのです」

「しあわせ? 幸福の『幸せ』か?」

私は無言で頷く。

「あ……あいつと一緒にできたのが、本当に……幸せでした」

「………………」

教官の顔は、見たことがないくらい嬉しそうだった。その顔を見て、私は一層恥ずかしくなる。

「な……なにを話してるんでしょうか私は! こ、こんなこと話しても━━━━」

「ラウラ」

「は、はいっ!?」

裏返った声で返事をすると、教官は私の近くまで来て、私と顔の高さを合わせた。

そして━━━━私を抱きしめた。

「きょ……きょう……かん?」

優しい、ささやくような声が私の耳を撫でる。

「よかったな。いい恋愛ができてるみたいじゃないか」

恋愛。

以前の私であれば、下らないと考えて捨てていたであろう言葉。

「私は嬉しい。もうお前は、あのころのお前とは違うと、改めて分かった」

「教官……」

ふと、自分が思い悩んでいた、あることを聞きたくなった。

「教官は、私を……」

答えを聞くのが怖くなる。

 

だけど、その恐怖に耐えて、問いかけた。

「私を、これからも見ていてくれますか?」

「……ああ。見ているさ。お前は、私の大切な守るものの一つだからな」

その言葉を聞いた途端、嬉しくて、視界が滲んだ。

「はい……!」

それから、教官と少しだけ話をして、私は織斑家を出た。

「………………」

夜の道は街灯の光もあってそれほど暗くはなかった。

イルミネーションの光が、街路樹を飾っている。

「………………」

だけど、そんなものに目もくれずに私は歩いていた。

(教官は……私を見ていてくれている……)

教官自身から聞けたその言葉がとてもうれしかった。しかし━━━━

(シャルロットに何も言わずに出てしまったからな……)

早く帰らなければ、また心配をかけてしまう。

 

「……む?」

やや早歩きで道を歩いていると、人だかりを見つけた。何かの取材のようだ。

「@クルーズ……」

いつかシャルロットとともに臨時のバイトをした店だ。

 

あの時は強盗団が乗り込んできたのだったな……。

「失礼何かあったのか?」

近くにいた野次馬の女性に声をかける。

「いえね。夕方に銀行強盗がまた乗り込んできたんですって」

「また?」

つくづく不運な店だ。

「でもね、それを怪力男前執事と超能力金髪メイドが華麗な手際でボコボコに倒したらしいのよ! どっちも高校生くらいだったって。しかもイケメンと美少女! 見たかったわー!」

「怪力男前? 超能力?」

「ええ。なんでも強盗団のメンバーの一人を壁にメリ込ませたり、大柄の拳銃を持った男を一撃で倒したとか」

「ほう」

「それで、その超能力メイドはどこからともなく銃を出して、その執事のサポートをしたんだって! 映画みたいよねー! しかもしかも! 仕事の報酬も受け取らずに、すぐどこかへ行っちゃったんだって!」

その執事とメイドとやら、なかなかに見立てがあるな。会うことができたら手合せ願おう。

「あ、みつけた。ラウラ!」

声をかけられて振り返ると、瑛斗だった。

「瑛斗?!」

「僕もいるよ」

「シャルロットまで……!」

瑛斗の後ろからシャルロットも出てきた。

「お、お前たち、どうしてここに?」

慌てている私を見ながら、楽しそうに笑う二人。

「シャルが『ラウラがいなくなったー!』って泣きついてきたんだよ」

「な、泣きついてなんかないもん!」

「嘘つけ。涙目だったろ。それで、IS使って探したらなんでか一夏ん家から反応があったから迎えに来たんだ」

「そ、そうか。すまんな。心配をかけた」

「いいんだよ。気にしないで。ねえ、ラウラ。一夏の家になにしに行ったの?」

「え……いや……」

 

「まあまあ、その話は学園に戻ってからでも遅くないだろ? 早く帰ろうぜ」

 

瑛斗はそう言ってシャルロットを止めてくれた。

 

「……目的は、果たせたんだろ?」

 

「………………」

 

したり顔の瑛斗。

 

(……さすがは、私の嫁だ)

「そうだな。早く帰ろう」

私も笑って、歩き出す。

「あ、おいラウラ」

「ま、待ってよ」

追いついたところで、冷たい風が吹いた。

「うぅ……夜になるとさらに冷え込むな……」

「軟弱だな。私の嫁ともあろう者が」

「ふんだ。どうせ俺は宇宙育ちですよー」

「だが、しかし……」

私は瑛斗の右手を握った。

「こ、これで少しはマシになったか?」

「ラウラ……」

横でシャルロットがクスリと笑った。

「じゃあ、僕も。はい」

そして私の左手を握る。私は瑛斗とシャルロットの間に立つように歩くことになった。

「こ……これは、少し気恥ずかしいな……」

「そうかな? 僕は全然そんなことないよ?」

「俺も。こうしていればはぐれる心配もないしな」

「そ……そういう問題では━━━━あ」

空から白い何かが落ちて来た。

「わぁ、雪だ!」

「おお、これが本物の雪……」

二人も気づいたようで、空を見上げている。

ドイツでも何回か見たはずの雪。でも、なぜか、初めて見るような感覚だった。

 

「積もるかなぁ」

 

「さあ? どう思う? ラウラ」

「………………」

「ラウラ?」

「どうしたの?」

「……綺麗だ」

 

思わず口走ってから、はたと気づく。

 

「………………」

 

「………………」

 

二人が、私を見ながら穏やかに笑っていた。

 

「な、なんだその顔は! 率直な感想を言ったまでであろう!」

 

「はは。照れるな照れるな」

「そうだね。キラキラしててとっても綺麗」

 

「う……ええい! バカにしおって!」

私は二人の手を引いて歩き出す。

「……メイドと執事?」

ぴたと足を止め、二人を見る。そう言えば、高校生くらいで、メイドは金髪だったとか……

「どうしたの?」

「なんだ? 俺たちの顔になんかついてるか?」

(……すまさかな)

「いいや。なんでもない」

「えー? なにー? 気になるよー」

「言えよー。なんだよー」

「なんでもないったら、なんでもない。早く行くぞ」

私は瑛斗とシャルロットの手を引きながら、学園への帰還の途についた。

 

その道は、雪が降る、されど暖かい道だった。

 

 

「戻ったわ」

クリスマスイブの夜。

 

亡国機業のスコールはどこかにある高層ビルの一室の扉を開けた。

「スコール!」

すると、フロアの奥から同じく亡国機業のオータムが駆け寄ってきた。

「おかえり!」

「あら。オータム。出迎えありがとう」

スコールはオータムの抱擁を受け入れる。

オータムはあることに気づいた。

「……アイツは? エムはどうしたんだ?」

いつも無言で仏頂面のもう一人のメンバーがいない。

 

正直いなくてもいいのだが、戻ってくる時は同じはずだ。

「………………」

すると、スコールの表情に陰りが出た。

「スコール?」

「……オータム、エムは━━━━死んだわ」

「!?」

その言葉を聞いて、オータムは身体を硬直させた。

「死んだ? アイツが?」

「ええ……」

鎮痛な表情のスコールを見て、オータムは嫉妬にも似た感情を胸にする。

そしてハッとする。

 

スコールの金色の髪の毛が不自然に切られているのだ。

「スコール……これは?」

「ああ……ちょっと、ね」

「誰にやられた?」

「……桐野瑛斗。私としたことが、不意打ち気味にビーム攻撃を食らっちゃって」

「桐野瑛斗……アイツが……!」

 

オータムは呻くように瑛斗の名を口にする。

そんなオータムの頬に触れ、スコールはささやいた。

「いいのよ。あなたが気負いする必要はないわ。エムは死んだけど、私は死なないわ」

そして、オータムを抱き寄せ、頬にキスをする。

「私は、あなたの恋人だもの」

「スコール……」

オータムはうっとりしたように笑う。

「……さ、食事にでも行きましょうか。ずっと一人にして、ごめんなさいね。お詫びと言ったら何だけど、いい店があるの」

「ううん。いいんだ。私は、スコールがいてくれれば……」

「ありがとうオータム……。支度してくるわね」

「うん。私もしてくる」

スコールはオータムと別れ、自室へ入る。

「………………」

その瞬間、優しい笑みは消え、真剣な表情になる。

「どうやら、頭の隅には残っているようね」

その手には、黒いリング。

「次に会う時は必ず……そう……必ず……!」

黒いリングを握る手に、力がこもっていた。

 

「……それで、どういうつもりなんだ?」

ラウラが去ったあとの織斑家。千冬は二階のベランダで電話をしていた。

『良かったでしょ? 《迦楼羅》の使い心地は』

その相手は、千冬の友。束。

 

しかし、今は素直に『友』と呼べるかどうか千冬自身もわからない。

「ああ。文句なしの性能だった。だが、私の質問の答えになってないぞ」

『んー、迦楼羅を使って何がしたかったのかって聞かれてもなぁ……。強いて言うなら、暇つぶし?」

「それだけか?」

『うん。それだけ」

「…………………」

『…………………』

二人の間に、沈黙が訪れる。

「……わかった。『お前』がそう言うんだ。そうなんだろうな」

『うんうん。わかってくれて束さん嬉しい♪』

電話の向こうで、コロコロと弾む声がした。

『……ねえ、ちーちゃん』

「なんだ?」

『なんだか、面白いことに……なってるみたいだね』

束の声が、途切れ途切れの、苦しそうな声になる。

 

「……成り行きでな」

 

千冬は、ベランダに置いていた右手をぎゅっと握りしめた。

『大切に……してね。ちーちゃんにはもう、何も失ってほしくない』

束の声が、いつものうざったい位のテンションとはかけ離れた、細い声になった。

「お前に言われるまでもないさ」

『うん……じゃあ、ね』

 

「ああ」

そして千冬は電話を切った。

「………………」

しかし、千冬は感づいている。

「アイツ……また何か企んでいるな……」

束が何を企んでいるのかは分からない。だけど、嫌な予感はする。

「あの時のような無茶でなければいいが……まさかな」

千冬は自分の考えを一蹴した。

「もう二度とあんなことは起きないでほしい……。私にできるのは、そう祈ることだけ……か」

自嘲気味な言葉は、白い息と共に、雪が降る空に溶けて消えた。

「………………」

 

安楽椅子のような装置に腰掛けた束は、そばに佇んでいた目を閉じている少女の頭を撫でた。

「束さま?」

「……くーちゃん」

「はい」

「私は━━━━だぁれ?」

「え……」

『くー』と呼ばれた少女は、困ったように体を強張らせた。

「……誰と言われましても、『束さま』としか」

その返答を受けた束はクス、と微笑む。

 

「ぶっぶー! 私は、くーちゃんの『お母さん』だよ?」

「いえ、束さまは束さまです」

きっぱりと言われ、束は、まいったなぁと笑う。

 

そして、自分の斜め上を見上げた。月明かりが差し込んでいる。

「……今度は、もっと楽しいことが起こるよ」

つぶやくように言って、今度は足元に広がる光景を見た。

「待ち遠しいね。ちーちゃん」

 

透明な床の下、月光を浴びる()()()()()()()が怪しく輝いていた。


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