IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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伝うべきもの、守るべきもの 〜または副官の教えは常軌を逸する〜

学園の寮に戻ってきた俺とラウラが最初に会ったのはセシリアだった。

「お、セシリア」

「瑛斗さん。ラウラさんも。今お帰りになられましたの? では……」

 

「うむ、終わったぞ」

 

「マドカは無事だ。まったく、えらい目に遭ったぜ」

 

「申し訳ありません……。今回のことは、なんと言ったらいいか……」

 

「セシリアが謝ることではない」

「そ! 万事解決!」

 

セシリアの目の高さまで、持っていた紙袋を上げた。

「なんですの? それは」

「何だと思う?」

俺はニヤニヤと薄く笑って紙袋を上げてみせた。

「わかりませんから聞いてるんですわ。意地悪しないでくださいまし」

セシリアは頬を膨らませた。

「ふっふっふ……。これはな……」

紙袋の中から箱を取り出す。そしてパカッと開けた。

「じゃん!」

「あ……!」

セシリアが驚いたように目を見開いた。

「こ……これはもしかして……?!」

「うん。コアだよ。サイレント・ゼフィルスの」

「………………」

セシリアの動きが止まった。

「篠ノ之博士に頼んで、コアを初期化をしてもらった」

 

「す、少し待ってください」

 

セシリアは胸に手をやって、すぅ、はぁ、と深呼吸。

「……詳しく、お話ししてくださるかしら?」

「わかった。まあ、立ち話もなんだ。俺の部屋に来いよ。ラウラも来てくれ」

「私も?」

「証人がいれば信憑性も高まるだろ?」

「そ、そうだな」

ラウラはこくこくと二回頷いた。

「よし、じゃあ行こうぜ」

俺はラウラとセシリアを連れて自室に向かった。

……

 

…………

 

………………

 

……………………

「……そういうことでしたの……」

俺とラウラがセシリアに事情を話すと、セシリアは俺が出したお茶をすすった。

「勝手にこんなことをしたのは悪いと思ってる。けどマドカを守るにはこれしかなかったんだ」

「それは分かっています。サイレント・ゼフィルスのことは、わたくしが政府に話しておきますわ。元は亡国機業だったとはいえ、今のマドカさんに罪はありませんし」

「ああ。そう言ってもらえると助かる」

サイレント・ゼフィルスのコアは箱に入れた状態で小型金庫に入れてある。部屋に一つ必ずあるその金庫は生徒の貴重品を入れておくためのものだが、まさかこんな事に使うことになろうとは。

「あの、それで……話がガラリと変わってしまうのですが……」

 

「ん?」

いきなりセシリアは下を向いて赤くなった。

「い、一夏さんは? 今日は戻ってきまして?」

「んー、どうだろうな。多分今日は帰ってこないと思う」

「え?」

「だって、ほら」

俺はポケットから携帯電話を取り出して、一夏からのメールをセシリアに見せた。

「えっと『今日は千冬姉とマドカと一緒に家に泊まることにするから、何か聞かれたらそう言っておいてくれ』………?」

「そういうことだ。織斑先生が家に戻ってきたのは、マドカに制服を選ばせてやるためだったんだとよ」

「……制服、ですか?」

「ああ。この冬休みが明けたら、マドカは俺たちのクラスメイトだ。だから制服もいるだろ?」

「そ、そうなんですの……」

少し残念そうにするセシリア。なぜだ?

「………………」

ラウラが俺の横で複雑そうな表情をしている。織斑先生にマドカを学園に編入させると聞かされた時と同じだ。

「ラウ━━━━」

話しかけようとした瞬間、ドアがノックされた。

「ん? はーい?」

「あ! 戻ってきてた! 入るよ瑛斗!」

勢いよく入ってきたのはシャルだった。

「あっ、ラウラ、セシリアも。何かあったの?」

 

「ちょっとな。で、どうしたんだ?」

 

「更識先輩が呼んでるよ。大至急だって」

「楯無さんが? なんだっけ」

俺は椅子から立ち上がった。

「で、では、わたくしは失礼しますわ。みなさん、ごきげんよう」

それにつられたようにセシリアも立ち上がり、部屋から出て行った。

「………………」

ラウラも何も言わずに立ち上がって部屋から出て行った。

「……瑛斗。僕たちも行こうか」

 

「あ、ああ」

 

部屋に鍵をかけて、廊下に出た。

 

「楯無さんの用って?」

廊下を進みながらシャルに聞く。

「うん。生徒会のクリスマス企画で出す特大ケーキの製作を手伝って欲しいんだって」

あ、そう言えばそんな話あったな。すっかり忘れて……って、あれ?

「え? なんでシャルがそれ知ってんの?」

「うん。僕もさっき聞いたんだ。一夏が今日は急用で学園に戻ってこれないから代わりに瑛斗を連れてきてほしいって言われたんだよ」

「あー、そういうこと」

「僕にも手伝ってほしかったらしくて、じゃあ、瑛斗と一緒に行こうかなって」

「そっか。シャルが一緒なら安心だ」

シャルは料理部に所属しているから、きっとケーキ作りもできるだろう。

 

「……でさ」

 

「うん?」

「何があったの? なんだかみんな様子が変だよ?」

「やっぱり、気になる?」

「もちろん。僕、のけ者なんて嫌だよ」

「だよなぁ……」

俺は今日何度目かの事情説明を始めて、シャルが理解する頃には、調理室の前についていた。

 

俺とシャルが到着した調理室は、楯無さん、のほほんさん、虚さんの三人だけの状態だった。

「楯無さん、瑛斗を連れてきました」

「あ、シャルロットちゃん。ご苦労様」

楯無さんがシャルに労いの言葉をかける。

「さて、瑛斗くん。どうして呼ばれたか分かるわね?」

「ええ。一夏の代わりにケーキのスポンジ作りを手伝えば良いんですよね」

答える俺はすでにシャルから受け取ったエプロンをつけ始めていた。

「そういうことよ。さあ! 役者は揃ったわ! みんな頑張って!」

俺たちは、おー! と揃った返事をした。

(一夏、こっちはなんとかしておくからそっちも頑張れよ)

俺は窓の向こうを遠い目で見た。

「きりりんが遠い目してる~」

「瑛斗? どうしたの?」

「あ、ああいや、なんでもない」

俺は笑って誤魔化し、ケーキ作りを始めた。

「へっくし!」

「どうした一夏? 風邪か?」

「い、いや。誰かが俺の噂してるのかも」

瑛斗たちが家から出て行って数時間。俺と千冬姉は、マドカを連れてある場所へ向かっていた。

「お兄ちゃん、その会わせたい人って?」

前を歩くマドカが振り返った。

「ああ、俺が中学生の時の友達だよ。それにそいつん家は飯屋だから、夕飯も食べようと思ってる」

「ふ~ん。お兄ちゃんのお友達か~。私のことは知ってるの?」

「いや、知らないな。マドカと会うのは初めてだよ」

「そっか……。仲良くできるといいな」

マドカはニッと笑って再び前を向いて歩き出した。

「……なあ、千冬姉」

俺は千冬姉にだけ聞こえるように話しかけた。

「なんだ?」

「これで……いいんだよな?」

「……ああ」

千冬姉は短くそう言った。

目を覚ましたマドカに、千冬姉はある話をした。

マドカが記憶をなくした理由。そして俺たち家族のことだ。

でも、本当のことを話したわけではない。

マドカは、最近になって日本に戻ってきた帰国子女で、俺と同じ日に生まれた父さんと母さんのもう一人の子ども。俺たちとは別に、父さんたちと一緒に戻ってきたが交通事故で記憶を無くしてしまった━━━━。

 

これが、織斑マドカの『設定』だ。

マドカを家族にすることは賛成だったが、まさかこんなまどろっこしいことになるとは想像していなくて、千冬姉からこういう話をすると聞いたときは驚いた。

 

マドカはサイレント・ゼフィルスについては何も知らず、誘拐されかけたことも覚えていないらしい。それはそれで都合がよくはある。

「本当のこと、いつか言うのか?」

「その『いつか』がいつになるかは分からないが、記憶がこのまま戻らなければ、あるいは……」

そこまで言うと、千冬姉はまあでも、と小さく笑った。

「そのことはまた今度考えればいいさ。今は、アイツが笑顔ならそれでいいじゃないか」

「……うん。そっか。そうだな」

俺が頷いて笑うと、千冬姉はマドカを見た。

「さて、守るものが一つ増えたな」

千冬姉の手が俺の頭に乗る。

「守るよ。俺も一緒に……」

俺がそう言うと、千冬姉は俺の頭をくしゃりと撫でた。

「なら、もっと上手く白式を扱って見せるんだな」

「言われなくても、そのつもりだよ」

「二人ともー! 早く早くー!」

マドカが手を振っている。

「ああ。今行く」

「そんなに慌てるなって」

俺と千冬姉はマドカを挟むように横に立って、五反田食堂に向かった。

 

 

「……そうか。そっちはそっちで上手くやれたみたいだな」

『ああ。ケーキ作成はいい具合に進んだよ』

そして夜。寝る準備を終えた俺は、自分の部屋でIS学園にいる瑛斗と電話をしていた。

五反田食堂に行ってから、マドカのことを五反田一家に話すと、全員快くマドカを受け入れてくれた。

弾には『分からないことがあったらこの兄の先輩である俺に聞け!』と言われた。

蘭はマドカの顔を見て数秒凍りついてたけど、その後すぐに『よろしくです!』と笑ってみせて、マドカとすっかり仲良くなっていた。

『それで……マドカは今どうしてるんだ?』

「寝てるよ。千冬姉と一緒に。マドカがそうしたいって千冬姉にねだったんだ」

『甘えん坊だな』

「ああ。すっかり織斑家の一員だよ」

『はは。そいつは何よりだ』

瑛斗が電話越しに笑っていた。

「今日はいろいろとごめんな。俺がやるはずだったケーキ作りまでやらせちまって」

少し遅くなったが俺は生徒会の仕事をすっぽかしてしまったことを謝る。

『いんだよいんだよ。気にすんな。シャルも手伝ってくれたからそんなに困ることもなかったしよ』

「シャルロットも手伝ってくれたのか。アイツにもお礼言っておいてくれ」

『あいよ。アイツも結構ノリノリで手伝ってくれたよ』

「助かるよ。ところでさ」

『おう』

「なんであの時、お前とラウラは家の近くにいたんだ?」

『………………』

 

急に瑛斗の声が静かなものになった。

「瑛斗?」

 

『……いや、ただの偶然だ。そろそろ寝る。兄ちゃん頑張れよ?』

「ああ……?」

何か言いかけてたけど、なんだったんだろう?

『じゃあな━━━━っとと! 明日はちゃんと来いよ? 生徒会メンバー総出でデコレーションするって楯無さんが言ってたから』

「おう。わかった」

『じゃ、おやすみ』

「ああ、おやすみ」

そして俺は電話を切る。

「……ふぅ」

長く息を吐き、携帯を机に置いてベッドに大の字で仰向けに寝転ぶ。

「『お兄ちゃん』……か」

俺をそう呼ぶマドカの声を思い出すと、なんだかくすぐったかった。

家族は千冬姉しかいなかったのに、突然、妹ができたんだ。

嬉しいような、緊張してしまうような、どう言ったらいいか分からない気持ち。

けど━━━━嫌いじゃない。

「……もしかしたら、千冬姉もこんな気持ちになったことがあるのかな。……まさかな」

俺は笑って、寝返りをうつ。

「おやすみ。千冬姉、マドカ……」

そして、俺は眠った。

「………………」

一夏との電話を終え、俺はベッドに倒れこんだ。

「そう言えば、昼頃はラウラと尾行した上に全力疾走したんだった……」

すっかり忘れていた疲労が、どっと身体にのしかかった。

「一夏が兄ちゃん、か」

俺の周りには、姉や妹がいるやつが多い。

のほほんさんには虚さんが。

簪には楯無さんが。

箒には篠ノ之博士が。まあ、この二人は仲がいいかどうかはこの際気にしない。

そして、一夏には、織斑先生が。その上、マドカという妹もできた。

(……羨ましい……ってわけじゃないか)

俺には兄妹はおろか、家族すらいない。でも、エリナさんやエリスさん、学園のみんなもいる。

「そう考えてみると、俺ってけっこう大家族なのか?」

って、何言ってるんだろうな俺は。

「……寝よ」

俺は瞼を閉じた。

それから三十分くらい経ったころだろうか。

もぞ……

(ん……?)

もぞもぞ……

何かが俺のベッドに忍び込んできた。

「何だっ?」

俺が身を動かすと、謎の侵入者はビクッと動きを止めた。

「……お、起こしてしまったか」

その侵入者とはラウラだった。

 

黒い猫のパジャマに身を包んでいるが、その顔は窓から差し込む月明かりに照らされてラウラの肌の白さは一層際立っている。

「どうした?」

俺は目をこすって体を起こした。もはやこの状況に慣れてしまっている自分が恐ろしい。

「………………」

ラウラは黙ったまま目を伏せるだけで、何も言わない。

しかし、俺にはなんとなく分かっていた。

「マドカのこと……か?」

「………………」

 

ラウラは黙ったままコクンと頷いた。

「……今日の一件で、一夏と教官が本当にアイツを受け入れようとしているのは分かった。だが……その……」

ラウラは俺の横に座って、膝を抱えた。

「わからんのだ……。この、モヤモヤした気持ちが……どうしても消えんのだ……」

「ラウラ……」

やっぱり、ラウラもマドカのことを認めようとしている。だけど、織斑先生を慕う気持ちがそれを邪魔しているんだ。

「……ふふ、滑稽であろう? 軍人である私が、こんなことで悩んでいる……」

ラウラは自嘲気味に小さく笑った。

「………………」

俺はベッドで動き、ラウラと向き合うように座った。

「ラウラは確かに軍人だよ。けどな、ラウラは軍人である前にラウラなんだ。悩んで当然だろ?」

「……………………」

ラウラは少し驚いたように目を俺に向けた。

「マドカのことは一夏と織斑先生に任せよう。それに、マドカがいるからって織斑先生がお前を見ないことなんて無いんだ。織斑先生はお前のことも思ってくれてるぞ」

「教官が……?」

「ああ。たまに話してくれるよ。お前が周りと馴染んでることが嬉しいってな」

「………………」

ラウラは考え事をするように下を向いた。そして、何かを決心したように顔を上げる。

「……そうだな。私は、私だ」

そう言ってラウラは立ち上がって、トテトテとベッドから降りた。

「やっと……元に戻った感じだな」

「ああ、流石は私の嫁だ。礼を言うぞ」

「こういうことなら、いつでも話し相手になってやるよ」

「……瑛斗」

「ん?」

返事をすると、ラウラは俺の横にしゃがみ、右頬に顔を近づけた。

 

「━━━━え?」

俺は一瞬何をされたのか分からなかった。ただ伝わったのは、柔らかい何かが俺の頬に触れたこと。

顔を離したラウラは、クスッと笑って部屋のドアに向かった。

「部下の者に聞いた。これが日本の夫婦間の感謝の表し方らしい。ではな」

そしてラウラは軽やかに部屋から出ていった。

「………………」

俺は右頬に手をやった。

 

今の……確かに感じた、柔らかい感触は……!?

「あ……アイツは何を……!」

理解した瞬間に頭まで布団を被る。心臓が恥ずかしいくらい激しく脈打っていた。

それから朝まで、俺は一向に眠りにつくことができなかったのだった。


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