IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「……はい。それじゃあ」
織斑家のリビングの入り口で俺は楯無さんに状況の報告の電話を終えて、息を吐いた。
「報告は済んだか?」
リビングからラウラが出てきた。
「ああ。事後処理については任せておけってさ」
「そうか」
「……で、そっちの方はどうなんだ?」
リビングのソファには、マドカが横たわっている。その傍らで一夏がマドカが目を覚ますのを待ち続けていた。
「今のところ問題はない。眠っているだけだ」
ラウラの言葉に、俺は安堵した。
「それにしても……どうするんだ?」
「何がだよ?」
「アイツのISだ。いつまた今回のようなことが起こるか分からないぞ」
「大丈夫だ。それについては俺に考えがある」
「考え?」
「そうだ。けどその為には少しばかり準備が━━━━」
唐突に、玄関の扉が開く音がした。
「……お前たち、何をしている?」
そこには、織斑先生がいた。なんてタイミングだよ……!
「せ、先生……?!」
「教官……」
俺たちの狼狽ぶりに織斑先生は眉をひそめる。
「もう一度聞くぞ。ここで何をしている?」
こ、怖い……。完全に目が攻撃色だ!
「い、いや、実はその━━━━」
「千冬姉! 帰ってきたのか!?」
俺が口を開くと、一夏がそれを遮るようにリビングから出てきた。
「ああ。で、一夏、こいつらはなぜここにいる?」
「実は……マドカが……」
「……?」
一夏の言葉を聞いて、織斑先生はリビングに入った。
そして、すぐに眠っているマドカの姿をその目で見た。
「………………」
先生は無言のままマドカの傍に行き、俺たちに背を向けたまま声を出した。
「……桐野」
「は……はい」
「答えろ。何があった……!」
振り返ったその目は、今まで見たことがないほど怖かった。
◆
「………………」
「………………」
日が少し傾きだした頃、俺とラウラは学園への帰路についていた。
織斑先生に学園に戻れと命じられたからだ。
しかし、荷物が一つ増えている。俺の右手には箱が入った紙袋が提げられていた。
ただ、その箱の中身が問題だ。
箱の中には、何と━━━━ISのコアが入っている。
「なあ……瑛斗」
「なんだよ」
「そのように運んでいいのか? 仮にもISのコアなのだぞ?」
「いいんだよ。こんな紙袋の中にそんなものが入ってるなんて、誰も想像しねえって」
ちなみにこのコアは《サイレント・ゼフィルス》のコアだ。
どうしてこうなったのかというと……。
◆
「あの……織斑先生」
俺は、状況を聞いて一夏とともにマドカの目覚めを待つ織斑先生に遠慮がちに声をかけた。
「なんだ」
「この状況で言うのもアレなんですが……」
「……言ってみろ」
「━━━━篠ノ之博士と連絡を取ることって、できますか?」
「………………」
先生が訝しんでいる。『こいつ何言ってんだ?』って目だよ。ヤバい。背中の冷や汗が半端ない。冬なのに汗がだらだら出る。
「できることにはできるが、━━━━なぜだ?」
「さ、サイレント・ゼフィルスをイギリス政府は破壊しようとしてました。ということは、向こうはサイレント・ゼフィルスを切り捨てたと考えていいはずです。またマドカが危険に晒される前に、予防策と言いますか、なんと言いますか……」
「……それと束がどう関係する?」
「博士はISの開発者です。あの人に頼みたいことがあるんです」
「………………」
織斑先生は沈黙した。
「千冬姉。俺からも頼む」
「一夏?」
一夏も頼んでくれた。
「瑛斗はISには詳しいし、きっと何か考えがあるんだ。だから、頼むよ」
一夏に言われ、織斑先生はため息をついた。
「……仕方ない。ちょっと待ってろ」
織斑先生は携帯電話を取り出し、カチカチとボタンを押し、俺に渡した。
「しばらくこうしたことはしてなかったが、アイツのことだ。私からの電話なら出ないことはないだろう」
「ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げて携帯を受け取り、リビングから出た。
数回の呼び出し音の後、電話は繋がった。
『やあ! やあやあ! やあやあやあ! 束さんだよ! ちーちゃんから電話なんてっ! うーれーしーいー!』
う、うおお。出出しから面倒くさい……
「あ、あの、博士。俺です。桐野瑛斗です」
『ふえ? ちーちゃんじゃないの? がっかりぃ~』
「無礼は承知の上です。ですが、少し急を要しまして……」
『急を要する? えっくんが慌ててる? 慌てえっくんだ~!』
「隠れなんとかみたいに言わないでください。それより、頼みたいことがあるんです」
『なになに? えっくんの頼みごとなら聞いてあげるよ!』
どうやら聞いてくれるみたいだ。
「サイレント・ゼフィルスってIS、覚えてますか? ほら、昨日の……」
『サイレント・ゼフィルス? あー、あの偽ちーちゃんが使ってたやつ?』
昨日の話だというのに、なんとまあ、ざっくりとしか覚えてないもんだ。ま、それはそれとして。
「そのISのデータを、博士側から消去することってできますか?」
『おやおや……束さんを誰だと思ってるんだい? 束さんだよ?』
「知ってますよ。で、できますか? できませんか?」
『んー……、ん! できるよ』
「マジですか!?」
『だ~け~ど~、どうしてそんなことする必要があるのか~? 束さん知りたいなぁ~』
俺はビシリと凍りついた。しまった。どうやって説明しよう……!
『道具は今から作るけどぉ、その前に理由が知りたいなぁ』
「………………」
『……えっくん?』
「……写真」
『うん?』
「うちの学園の写真部が激写した箒の霰もない姿の写真! それあげますから、どうか! どうか理由は聞かないでいただけませんか!?」
『ほ、箒ちゃんの霰もない姿の写真……?』
博士が電話の向こうでゴクリと唾を飲むのが聞こえた。いける! これはいける!
「写真です。ピー!で、ズキューン!なやつです」
『ぴ……ピー、で、ズキューン……』
「………………」
『………………』
しばらく沈黙が続く。
もしかして、ダメなのか?
「はか━━━━」
突然、視界の端をまばゆい光が覆った。
(リビングから!?)
俺が慌ててリビングに入ると、マドカの耳のイヤリングが光を放っていた。
その光が収まると、キューブ状の物体がマドカの頭の傍に落ちていた。
そう、ISのコアだった。
『……これで箒ちゃんの生写真が!』
「博士……?」
『それじゃあえっくん! 今度受け取りに行くからね! 忘れないでね!』
「あ、はか━━━━!」
プツッ
電話はそこで切れた。
「………………」
「………………」
「………………」
一夏と織斑先生とラウラの目が俺に向けられる。
「あー……えっと、や……やりました!」
俺はやや引き攣った笑みを浮かべ、親指をグッと上にしたのだった。
◆
……てなわけで、データを消去されたサイレント・ゼフィルスはコアだけになり、俺の手中にあるわけだ。
「……それで、この後はどうするつもりなのだ?」
「ん? どうもこうも。学園に戻る」
「そうではなくてだな。コアの話だ」
「ああ、これ。こっちは俺が新しいISに生まれ変わらせる」
ラウラは驚いたように俺の顔を見た。
「そんなことができるのか?」
「できるともできるとも。俺を誰だと思ってるんだよ」
初期状態のコアならば信号も出ることはないし、マドカが追われることもないだろう。いざとなればシラを切り通すこともできる。
「それに、先生にも頼まれてるしな。なーに、この冬休み中に、ぱぱーっと完成させてやるさ」
さあ、どんな機体に仕上げようか。今から楽しみだ。
「……時たま、お前が恐ろしい……」
「ん? 何か言った?」
「い、いや! 何でもない!」
ラウラを不思議に思いつつ、俺たちは学園へ戻った。