IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
冬の日の朝。遅い日の出とともにシンボルであるタワーが朝日を受け始めたIS学園の敷地内で、一人の少女がランニングをしていた。
「………………」
ラウラである。
気温も十度近くしかないが、ISスーツでランニングをするのはいかにも軍人気質の━━━━というか軍人のラウラらしい。
風になびく銀色の髪をキラキラと輝かせながら、乱れないペースのまま走る姿からは、幻想的で、そして健康的な美しさが感じられる。
「………………」
しかし、ラウラの心は晴れやかではなかった。
(教官は……やつを受け入れるのか……?)
昨夜、記憶喪失のマドカを保護する名目で、千冬はマドカを自身と一夏の『妹』にすることを決めた。
その場にいた全員がそれを認めたが、ラウラだけは、すぐに首を縦に振ることができなかった。
(なんだ……。なんなのだ、この気持ちは……)
自分で思っていることを、自分の言葉で言い表すことができない。
(教官の言葉に逆らうつもりは欠片もない。では……この痛みはなんだ……!?)
やりきれない気持ちを叩きつけるように、一度強く地面を踏みつけて、ラウラはスピードを上げた。
「まだ上がるのかよおっ!!」
「む?」
後ろから声がした。
「……瑛斗?」
「やっと……! 気づいた……!」
膝に両手をついて、肩を上下させる瑛斗。口からは白い息がとめどなく漏れ出ている。
「おま……! 速すぎ……!」
「なんだ? まさか追いかけてきたのか?」
「その……その……まさかだよ……!」
荒い息のまま、瑛斗は身体を起こして答えた。
「ったく……何度も呼んでたのに、なんでお前気づかないんだよ!」
「すまん。少し……考え事をしながら走っていたのでな」
「昨日のことか?」
図星を突かれ、後ずさる。が、すぐに否定した。
「ち、違う!」
「顔に書いてあるぞ?」
「なっ……!?」
両手でパッと顔を隠すその動きを見て、瑛斗は笑った。
「おいおい、本当に書いてるわけないだろ」
「かっ、からかうな!」
噛みつくと、瑛斗は悪い悪いと、あまりそう思ってなさそうに詫びた。
「ラウラ、昨日の夜から様子が変だったからさ。心配でよ」
「私は正常だ! お前が心配するようなことは一つもない!」
断言するラウラ。
「……ふーん?」
瑛斗はそんなラウラに、含みのある笑顔を見せた。
「じゃあ、この話を聞いてもなんとも思わないよな?」
「な……なんだ」
「一夏のやつが今日さっそく、マドカを家に連れて行くらしい」
◆
青空の下、街を歩く二人がいた。
「ねえねえお兄ちゃん、あとどれくらいで着くの?」
「ん? んー……もう少しかな」
一夏とマドカの二人である。一夏はマドカを家族にするにあたって、家のことを教えてやらなければと考え、その旨を千冬に告げると、『好きにしろ』と了承をうけた。
(そう言えば、『準備は済ませておく』って千冬姉は言ってたけど……何のことだろ?)
一夏はマドカのいる医療室に向かおうとした時に言われた千冬の言葉が気になっていた。
そんな一夏を、先行くマドカの明るい声が呼んだ。
「お兄ちゃーん! はやくはやくー!」
「ああ、今行く」
一夏はやや小走りでマドカに追いついた。
「楽しみだなー。ふふっ♪」
「あんまりはしゃぐと転んじまうぞ?」
笑顔のマドカに一夏も笑って言った。
(それにしても、同じ人間とは思えないな……)
一夏はマドカの笑顔を見ながら考えた。
自分と瑛斗を誕生日に襲ったマドカ。自分を誘拐してまで千冬と戦ったマドカ。
そのマドカが、目の前で屈託のない笑顔を浮かべている。しかも自分の妹となって。
一夏は嬉しいような、照れくさいような、何とも言い難い想いを胸に抱いた。
「………………」
「………………」
そんな二人を、後ろからじっと見つめる者がこちらも同じく二人いた。
銀髪眼帯少女のラウラと、そのラウラに嫁にすると宣言された瑛斗である。
二人とも真っ黒なサングラスを掛け電柱の陰に立ち、手にはあんパンと牛乳の入ったコンビニのレジ袋を持っている。
「……瑛斗」
ラウラが瑛斗に話かけた。
「なんだ?」
「私たちは、なぜこんなことをしているんだ……?」
「なんでってお前、一夏がマドカを家に連れて行くって話をしたら、行くって言って聞かなかったのはお前だろ?」
「それはそうだが、何も私は尾行したいと言ったわけでは……」
「じゃあ今からアイツらのとこに行くか? それこそKYってやつじゃないか? 兄妹水入らずを邪魔したらいけねえよ」
「む……むぅ……」
ラウラは黙り込んでしまった。
「………………」
そんなラウラの耳元で、瑛斗はつぶやいた。
「……まだ、認めたくないんだろ? マドカのことを」
「っ!?」
ラウラはびくりと肩を震わせた。
「お前……」
「俺も、それこそ箒たちだって、マドカを完全に信じたわけじゃねえさ。だけど、それでもアイツを受け入れるって言った織斑先生と一夏を、信じてやりたいとも思ってる」
「……お前たちも、疑っていたのか?」
「まあな。さ、アイツらを見失う前に俺たちも行こうぜ」
瑛斗はそう言って別の電柱の影に移動した。
「ま、待て……!」
ラウラも慌ててそれに着いて行く。
しかし二人は気づいていない。
非常に目立っているのだ。
コソコソした動き。サングラス。手にはあんパンと牛乳の入ったレジ袋。極めつけはIS学園の制服。注目されないはずがない。
二人はそれほどまでにマドカと一夏に意識を集中させているのだろう。
前を歩く一夏たちも気づいていないのは、ある意味奇跡と言える。
この珍道中は、一夏たちが自宅に到着するまで続くのだった。
◆
マドカを連れ出した一夏を、瑛斗とラウラが尾行している頃。
千冬は、IS学園学園長室に来ていた。
そしてその千冬に向き合うようにして、大きなデスクの椅子に座っているの老人は名を轡木十蔵という。
IS学園の『実質的』管理者である。
その十蔵の前には、数枚の書類が。十蔵は無言でそれを手に取って黙読し、顔を上げた。
「……本気かね?」
「はい。無理は承知の上です」
「ふぅむ……」
十蔵は顎に手をやり、机の隣の本棚に歩み寄り、一冊の本を手に取る。
千冬は一歩前に出て少し語勢を強めて言った。
「無条件で、などとは言いません。ですが━━━━」
「うーん。織斑先生、どれがいいですかな?」
「……え?」
一冊の本のページをめくりながら、十蔵は明るい声で千冬に話しかけた。
「だから、妹さんの制服ですよ。編入させるんだったらこういうのも決めないといけませんよ?」
そう言いながら、十蔵は千冬に制服の一覧を見せた。
その少ない動きで、千冬は十蔵の意図を察することができた。
「……よろしいのですか?」
十蔵は軽い感じで、いいも何にもと答えた。
「私は更識くんから話を聞いた時点で、こうなるんじゃないかと思ってましたよ。さ、こんな老人が選ぶより若い人が選んだほうがいいですよ」
「は、はあ」
千冬は言われるままに十蔵の持っている本を見た。
「………………」
「どうです?」
「あ……あの……」
千冬は少し照れるように視線を逸らしながら言った。
「なんですかな?」
「で、できたら……自分で選ばせてやりたいのですが……」
十蔵は一瞬間を空けてから、顔を綻ばせた。
「ははは! そうですかそうですか! うん! それが一番いい! 持って行ってあげなさい」
一層明るい声で言いながら、十蔵は千冬に本を渡した。
「で、では……ありがとうございます」
千冬は十蔵に一礼してから学園長室を出た。
「……ふう」
千冬が部屋を出たのを確認して、十蔵は短く息を吐き、本棚の下の段をコンコンと叩いた。
「……もう出てきなさい」
すると、本棚の横がバカッと開き、中から人が出てきた。
「ぷっ……くくっ……!」
その人物とは、楯無であった。笑いをこらえて身体を震わせている。
「い、いいもの見れた……! あの……あの織斑先生のあんな顔……!」
「こらこら、笑っちゃいけませんよ。織斑先生だって、相当な覚悟でここに来たんですから」
「わ、分かっていますけど……お腹痛い……!」
ひーひーと小さく爆笑しながらもなんとか立ち直った楯無に、十蔵は真面目な声音を発した。
「それにしても……彼女の設定は、複雑ですね」
「行方不明の一夏くんと先生のご両親のもう一人の子で、最近になって日本に単身帰国。しかし不慮の事故により記憶喪失に……。押さえているところは押さえているからなんとか誤魔化せますが……問題はもう一つ」
「《サイレント・ゼフィルス》ですか……。あれはどうするつもりなのでしょう」
「そのことなんですが……」
楯無は携帯端末を取り出し、ある画像を十蔵に見せた。書面らしい。目を細めながら読む。
「……これは! いやはや、なんと……!」
読み終えた十蔵は、驚きの言葉とともに目を見開いた。
「
楯無が睨み据える端末の画面の中には━━━━、
「少し、厄介なことになりそうです」
━━━━『サイレント・ゼフィルス奪還指令』の詳細が表示されていた。