IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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千冬VSマドカ 〜または後味の悪い結末を〜

金属と金属がぶつかり合う音。

廃工場から少し離れた場所。廃棄場だったその場所で、静かな激情同士のぶつかり合いが巻き起こっていた。

「………………」

「……!」

同じ顔を持つ、織斑千冬と織斑マドカ。彼女たちは廃工場を飛び出し、ここまで戦闘の場所を移していた。

戦況は拮抗しているように見えるかもしれない。しかし、相対する二人の表情は全く違う。

千冬の顔は先ほどと変わらない無表情。

 

一方、マドカの顔は焦りと疲労が色濃く出ていた。

(なぜだ……。なぜ届かない……!?)

たった一本のブレードに叩き落とされていくビットたち。

レーザーを撃てども撃てども、掠りさえしない。

全ての攻撃が無駄のない動きで躱され、いなされ、壊されていく。

シールドエネルギーも限界が見え始めている中、マドカは千冬を取り囲むように三機のレーザービットを操る。

(そこだ!)

ビットを操り、三方向からレーザーを飛ばす。

「ふん……」

しかし、千冬はそれをいとも容易く躱していく。

「まだまだ甘いな。ウチの学園にもその程度の実力のやつはゴロゴロいるぞ?」

《雪牙》の刀身を肩に預け、首を捻ってみせる千冬。

「……っ! ほざくなあぁぁぁっ!!」

叫んだマドカはレーザーライフルを最大出力(バースト)モードで発射する。

高威力のレーザーが真っ直ぐ千冬に向かって飛ぶ。

激突したレーザーが飛散し、地面に煙を立たせる。

(届い━━━━!?)

マドカは晴れた煙の向こう側を見て驚愕した。

『……ちーちゃん、手加減してたでしょ?』

「……そう見えるか? これでも結構本気だったんだがな」

煙の向こうには白式の《雪片弐型》と同じように、刀身をスライドさせ、エネルギーの刃を顕現させる雪牙、そして無傷の千冬の姿があった。

『うっそだぁ。ちーちゃん、今初めて雪牙の能力発動させたもん』

「使う必要がないと判断していたまでだ。……しかしこの機体、思いの外よくできてるじゃないか」

『もちろんだよ! 技術は日々進歩しているのだ!』

「いちいち大げさに騒ぐな。鬱陶しい」

「………………」

千冬と、その肩の小型スピーカーのようなものから聞こえてくる声との会話が、マドカには一層耳障りに聞こえていた。

「……ぜだ……」

「ん?」

「……なぜだ!」

マドカはレーザーライフルを収納し、代わりにアサルトナイフを呼び出して右手に構えた。

「なぜだっ!!」

瞬時加速で突撃し、ナイフがブレードと火花を散らす。

「なぜ自分と同じ顔をしたものを見て平然としていられる! あなたはなにも思わないのか!? 自分と同じ顔をしたこの私を見て、ねえさんは何も思わないのかっ!?」

ナイフで連続して切りかかるが、その攻撃はすべてい届かない。

「自分と同じ顔? それが何だ? そんなことで動揺すると思ったか? 世界最強(ブリュンヒルデ)を舐めるなよ。小娘が」

「……っ!あなたに……!」

左手にもアサルトナイフを呼び出してそれと同時に別方向から切りかかる。

「あなたに分かるか!? 記憶を消され! 隷属を強制させられ! たった一つの依り代だった顔をも奪われた私の気持ちが!」

斬撃に乗せて叫ぶマドカ。

「ねえさんがいなければ、私は私でいることができた! 記憶を消されても、自分の顔のままでいれたはずだ! あなたさえ……あなたさえいなければっ!!」

「━━━━それが、お前の言う『復讐』の理由か?」

「そうだ! だから織斑一夏を誘拐し、あなたを誘き寄せた! あなたを倒すために!」

「そうか」

瞬間、ナイフが粉々に砕ける。

 

「……っ!?」

「そんなものは復讐とは言わない。子供が癇癪を起しているのと同じだ。周りのことなど考えず、ただ見境なく喚き散らす。それが今のお前だ」

「私の復讐が……癇癪だと……!?」

マドカは、ギリと歯を食いしばった。そしてナイフを捨てて、そのまま後ろに飛び退き、レーザーライフルを構えなおす。

「私の今までを、癇癪だというのか! あなたは!」

ライフルを再び最大出力(バースト)モードに変形させる。

━━━━銃身にダメージが蓄積されています。最大出力発射後銃身が崩壊する危険性があります━━━━

ディスプレイにそんな表示が出る。

 

(構うものか━━━━!!)

 

しかしマドカは気に留めなかった。引き金にかけた指に力を込め……。

「うっ……!」

発射の直前、今までの戦闘ダメージから限界を迎えていた肉体が引き金を引くことを果たせず、マドカは膝をついてしまった。

(まだだ……! まだ……こんなところで!!)

必死に立ち上がろうとするが、まったく足が動かない。

「見るに耐えんな。……もう終わりにしてやる」

千冬は《雪牙》をエネルギーブレードに変化させ、マドカに高速で接近した。

(敗ける━━━━!?)

マドカがそう考えた時には、千冬は雪牙を大上段に振り上げ、そして振り下ろしていた。マドカは反射的に目をつむる。

 

「……?」

金属がぶつかり合う音が聞こえたが、マドカは衝撃を感じなかった。

「……何のつもりだ?」

「そっちこそ、やり過ぎだって……!」

目を開けて、マドカが最初に見たのは、千冬の斬撃を《零落白夜》を発動した《雪片弐型》で受け止める一夏の姿だった。

「お前……」

マドカの呟きにチラと目をやって、一夏は雪片弐型を振り切った。

千冬は後ろに飛んで雪牙のエネルギーブレード状態を解除する。

「もう一度聞くぞ一夏。何のつもりだ?」

「こいつには聞きたいことがあるんだ。その前に倒されたらきっと聞けなくなる。それに……」

「?」

「千冬姉がこんなことをするところなんて、見たくない」

一夏の言葉の後、マドカは率直な疑問をそのままぶつけた。

「なぜ……助けた……?」

その問いに、一夏は振り向かずに答えた。

「そっちこそ、なんでナイフを置いてったんだよ。使えって言われてるようにしか思わなかったぞ」

「ならなぜ逃げなかった……! どうして私を……!」

「それは━━━━」

「はーい、そこまで」

「「「!」」」

突然、マドカの後方から声が聞こえた。

「エム、良く戦ったわね。お疲れ様」

そう言いながら現れたのは、金色の装甲を身に纏ったスコールだった。

「スコール……!?」

「スコールさん!?」

一夏はスコールの姿を見て驚愕した。

「こんにちは、織斑一夏くん。あの時の夜以来かしら?」

「あなたも、亡国機業だったんですね……!」

一夏の問いに笑って、スコールは千冬を見た。

「初めまして、ブリュンヒルデ。お会いできて光栄だわ」

「貴様のそのIS……。並みのものじゃないな……」

「さすが、御目が高い。でも私が用があるのはあなたじゃないの」

そう言って、スコールは足元で這いつくばるマドカに視線を落とす。

「可哀想なエム。そんなにボロボロになって……」

「スコール……!」

マドカはただスコールを睨むだけで動くことができない。

「……でも、命令に従わずに勝手にこんなことしたのは許されないわ」

笑みは崩さぬまま、スコールの声は絶対零度を帯びる。

そして、その笑みは邪悪に歪んだ。

「━━━━お仕置きが、必要よねぇ?」

スコールが指を鳴らす。

異変はすぐに起きた。

「っ!? あっ……! ぐっ! ぐああぁっ!?」

突如、マドカが頭を抱えて呻きだした。

「おい! いったい何を!?」

一夏が叫ぶ。スコールは口を不気味に歪ませたまま答えた。

「お仕置きよ。躾のなってない子に、うんときついお仕置き……」

「なんだと……?」

「この子の頭には特殊なナノマシンが埋め込まれてるの。本来なら離反した時に脳幹を焼き切るだけなんだけど、少し細工をしておいたの。具体的に言えば……、記憶の消去」

「脳を焼いている……!? やめろ! そんなことを覚醒状態で行えば!」

「ええ。激しい苦痛を伴うわ。きっと、こんな風にね」

スコールはもがき苦しむマドカを見下ろし、つま先で小突いた。

「外道が……!」

「そういう組織にいるんだもの。そう言われても仕方ないわね」

肩を竦めてそう言うと、スコールは浮遊して一夏たちに背を向けた。

「どこに行く!?」

「決まってるじゃない。帰るのよ。言うことを聞かない悪い子なんていらないわ」

「こいつを見殺しにするのか!?」

「そんなに助けたいなら、そうすればいいわ。きっと何も分からないただの女の子になっているわ。まあ、あと何秒かしたら、死んじゃうかもしれないけれど」

その言葉を聞いて、一夏は自分を押さえられなかった。

「てめええええええっ!!」

雪羅を発動し、雪片弐型でスコールに斬りかかる。

「そんな単調な攻撃、私に届かないわよ」

スコールが右手を一夏の前に出す。すると、一夏の体は動きを止められた。

「!?」

「ふふ……」

そしてスコールは指先を躍らせ、一夏を地面に叩き付けた。

「じゃあ、その子は任せるわ。機会があれば、また会いましょう」

「ま……待てっ!!」

 

一夏が体を起こしたときには、スコールはISの超加速で遥か上空へ飛び去っていた。

「一夏っ!」

「一夏くん!」

スコールが飛んで行った反対側の空から、瑛斗と楯無が降りてきた。

「瑛斗! 楯無さん!」

「よかった。無事だったんだな!」

一夏の無事を確認した瑛斗は、その後ろにサイレント・ゼフィルスを解除した状態で倒れて動かないマドカを発見した。

「そいつは……!」

「待ってくれ!」

ビームブラスターを構える瑛斗を一夏が止めた。

「何でだよ一夏! そいつは亡国機業の━━━━」

『よーし! データ回収完了! ブイブイ!』

瑛斗の言葉を、迦楼羅の肩に着いた小型スピーカーからの束の音声が遮った。

「織斑先生、そのIS……!」

「ああ。これは━━━━」

言おうとしたとき、千冬は光に包まれ、無人展開状態の迦楼羅と、いつものスーツ姿の千冬とに分離してしまった。

『うん! ちーちゃんいい仕事してくれたっ! これで私はさらなる高みへ……なんちって! なんちって!』

「こ、このハイテンションな声は博士か……?」

『ほいじゃみんな、バイビー!』

無人状態のISが、超高速で大空を駆けてどこかへ行った。

「あ、あの、織斑先生? 今のは?」

「話すと微妙に長くなる。いまはそれよりも……」

千冬が顎をしゃくり、全員が伏しているマドカに視線を注いだ。

 

「ん……」

 

マドカの指がピク、と動いた。

「う、うぅ……」

「瑛斗くん!」

 

「わかってます!」

事情を知らない瑛斗と楯無は身構える。

むくりと起き上ったマドカはキョロキョロと前後左右を見たあと、一夏たちに気づき、口を開いた。

「……ここ、どこ……?」

「え……?」

 

「私は━━━━━誰?」

完全に混乱して動きが止まった瑛斗や楯無とは対照的に、一夏と千冬は苦々しい表情をしていた。


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