IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「Gメモリー! セレクトモード!」
《G-soul》のディスプレイにGメモリーの起動画面が表示される。
「セレクト! パルフィス!」
━━━━コード確認しました。パルフィス発動許可します━━━━
G-soulの装甲が変化し、センサーアンテナが両肩から伸び、ヘッドギアも、天使の環のように変化して俺の頭上を浮遊する。
今、俺は楯無さんとともに近くのビルの屋上に来ている。
目的は一夏の捜索。探索用Gメモリーの《パルフィス》の能力を使って一夏を探すんだ。
「どう? いける?」
「難しいです。ISのコアから発せられる微弱な電波を手がかりにするとなると、特定するのは厳しいですね……」
「それでも、何もしないよりはマシよ。やってちょうだい」
「わかりました」
意識を集中させるため、俺は目を閉じた。
(どこだ……? 一夏、どこにいる……?)
◆
「……お前は、私が最初からこの顔を持っていると思っているのだろうが、それは違う」
マドカは扉に背中を預け、手錠で拘束された一夏に語り始めた。
「私にも父がいて、母がいた。『人並みの幸せ』と言えば、お前も理解できるか?」
「………………」
一夏は何も言わず、マドカの言葉を聞いている。
「だが━━━━そんなものはとうの昔に奪われた。そう、奪われたんだよ、何もかも。亡国機業に……!」
「亡国機業って……お前たちの組織じゃないか」
「……お前、私はどこの国の人間に見える?」
唐突にそんなことを聞かれて一夏はますます訳が分からなくなる。
「そりゃあ……日本人、だろ?」
「違う。少なくとも、私は日本の生まれではない。もっとも私自身、自分がどこの国で生まれ育ったかなど、覚えてはいない」
「……?」
「フッ……。そうだろうな。私が何を言っているか分からないだろうな」
マドカは自嘲気味に笑った。そして、その笑みは一瞬で消える。
「私は、六歳の時、亡国機業に両親を目の前で殺され、組織に誘拐されたんだよ」
「なっ……!?」
「私はそのまま亡国機業に身を置くことになった。そこで最初に施されたのは記憶の消去。愕然としたよ。自分の名前も、両親の顔も思い出せず、ただ両親だった男女の顔面が吹き飛ぶ光景だけを覚えていた時は。そしてその時すでに私の脳には監視用のナノマシンが植え付けられた……」
マドカは自分のこめかみを右手でトントンと叩いた。
「そして、『私』は一つ目の名前……『エム』というコードネームを与えられた。それからは地獄の日々だ。昼夜を問わず激しい戦闘訓練。私の他にも攫われた子供たちの中から、死人が何人も出た」
「そんな……」
「その地獄の中で、一人変わったやつがいた。『エー』と呼ばれていた私と同じ時に組織に誘拐された少女だ。アイツは、私と同様に記憶と家族を失っていた。」
「………………」
「アイツは私たちのコードネームから名前を作るのが好きで、私にも『マドカ』という名前をつけ、以来アイツ自身は、私のことをマドカと呼んだ」
「仲が、良かったんだな」
「自分には名前をつけようとはしなかったがな。……それから年月が経ち、エーと私は初めて外での任務に駆り出された。場所はアメリカ軍の特殊兵器開発施設。厳重なセキュリティーを掻い潜り、私たちデータを盗んだ。しかしそれは別働隊が任務を完遂させるための囮。それが私たちは捨て駒だったんだ」
マドカはギリと歯を噛み締めた。
「二手に分かれて逃走を試みたが、無事に帰還できたのは私だけ。エーは死んだという報せを聞いて、私は一人残された。アイツがつけた、マドカの名前とともにな」
「お前は……亡国機業に利用されて……」
「間違っても同情などするな。……チッ、少し話しすぎたか」
「……お前が、マドカって名前を使う理由は何となく分かった。けど、俺が知りたいのはそんなことじゃない。どうして千冬姉と同じ顔なのかってことだ」
「それは━━━━」
マドカが次の言葉を紡ごうとした時、
「「!」」
突然、大きな揺れが二人を襲った。
「な、なんだ!?」
慌てる一夏とは対照的に、マドカはニヤリと口の端を吊り上げた。
「来たか……!」
「あっ、おい待て!」
歩き出したマドカを引き留めようと、一夏も立ち上がった。
だが、手錠で繋がれているため、そのまま動けなくなってしまう。
(クソッ! また俺は何もできずに助けられるのを待つだけなのか……!)
「ちくしょうっ!!」
悔しさのあまり、血が滲むほど力強く拳を握る一夏。
「……ん?」
その目にあるものが映った。
「……ナイフ?」
足を伸ばせばこちらに近づけられることができそうな位置に願ってもないものが転がっていた。
「さっきまでこんなものは……。まさか!」
マドカが置いて行った。
そういう結論が一夏の頭の中で出た。
(最初から逃がす気だった? なら、どうして……)
一夏は考え、そして一つの答えにたどり着いた。
「そうか! マドカの狙いは━━━━!」
ならば、こうしてはいられない。
一夏は転がっているナイフを足で引き寄せ、手まで近づけて鎖を断ち切ろうと試みはじめた。
◆
『ねえねえちーちゃん、本当にここであってるの?』
着地した千冬が駆るIS《迦楼羅》から声が聞こえる。束の声だ。
「今日はアイツは生徒会の仕事でこの近くのショッピングモールに来ているらしい。そこで攫われたならば、周辺に廃工場はここしかない。いるとしたらここしか考えられん」
『なる━━━━』
「なるほど。流石は、ねえさんだ」
千冬の前に出てきたのは、《サイレント・ゼフィルス》を展開したマドカ。
しかし、その顔はハイパーセンサー内蔵のバイザーで口元以外は隠されている。
「貴様か。私の弟を攫ってくれたのは」
「そうだ」
「……歳のわりには中々良い度胸を持ってるようだが、身の程を弁えろ。弟を返せば今回は見逃してやる」
「フ……フフフ……」
「?」
「会いたかった……。待ちわびたぞ、この時を……!」
突然笑い出したマドカに、千冬は眉をひそめる。
『ちーちゃん、あんなヤツさくっとやっつけちゃってよ。さくっと』
「待て。様子がおかしい」
「やっと、やっとあなたに復讐できる……!」
マドカはバイザーを脱ぎ去り、素顔を千冬に晒した。
「……!?」
千冬の顔に少なからず驚きが見えた。
自分と同じ顔。顔をした少女が、自分の前に立っているのだ。
「さあ、死んでもらうぞ。……ねえさん!!」
シールドビットを全機射出し、自分もスナイパーライフルを構えて発射する。
「っ!」
千冬はそれを紙一重で躱し、距離を取った。
「束。この機体の武装は?」
『んー? ちーちゃんの好みに合わせて、雪片弐型の発展型の《
「……それだけか?」
『だってちーちゃん、あっても使わないじゃん』
「フッ……それもそうだな」
千冬は右手に実体ブレード《雪牙》を呼び出し、マドカに肉薄した。
「甘いっ!」
マドカは瞬時にシールドビットを操り、千冬の接近を許さない。
「ほう……? 中々やるな」
千冬は後ろに飛び、再びマドカと距離を取った。
「さて……久しぶりの実戦だ。腕が鈍ってなければいいが━━━━なっ!!」
「!?」
マドカは凄まじい衝撃に吹き飛ばされた。吹き飛ばされる直前、ブレードを振り切った千冬の姿が見えた。
(反応できなかった!? これが……ねえさんの実力!)
マドカは今までと比べてレベルが遥かに上の戦いに、肌を粟立たせた。
◆
「フフフ………」
マドカと千冬の戦闘を、遠くから眺める者がいた。
名をスコール・ミューゼル。美しい金髪の美女は繰り広げられる激しい戦闘を遅れることなく目で追いかける。
「エムったら、こんな勝手なことをして………。まあいいわ、あなたがそうするなら、私も勝手をやらせてもらうわ」
双眼鏡から目を離し、踵を返して歩きながらスコールは笑う。
「さあ……あなたのご主人様とご対面よ」
その手に、漆黒のリングを持って━━━━。