IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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少女の鼓動 〜または人はそれを映画デートと呼ぶ〜

「これ、行こうぜ!」

ついさっき自分に頬を殴られたはずの桐野瑛斗が目の前にいる。しかも映画に行こうと誘ってきた。

「……え?」

簪は未だに状況を把握できていない。

「だからぁ、これ行こうぜって!」

しかし、瑛斗はそんなことはお構いなしに話を進める。

「今週の日曜日から公開なんだってさ。駅前の映画館に一応席も取ったぜ!」

「ま……待って……!」

「ん?」

やっとの思いで言葉を紡ぎ、か細い声で制止する。

「わ……たし……そんなに、あなたと……仲良く、ない……から……!」

「何言ってんだ! だからこそだろ! 仲良くなるために映画、行こうぜ!」

まるで何かのキャッチコピーのようなセリフを言い放つ瑛斗。

「………………」

簪はもうパニックで、口からはあわあわあうあうと言葉にならない声が出るだけだ。

「十時開演だから、そうだな……九時四十五分集合な! ほらこれ地図」

「あ………」

ぐいっと地図が描かれたメモを押し付けられ、反射的に受け取ってしまう。

「んじゃ、楽しみにしてるからなー!」

そのまま走り去っていく瑛斗。

「ま、待って………!」

簪が声を出したときにはもう、遠くの方に行ってしまっていた。

「………………」

簪はどうしていいか分からず、ドアの前で呆然と立ち尽くす。

そしてようやく落ち着き、状況を確認する。

(彼が……私を映画に誘って……こ、これって……)

渡されたメモを見て考えていると、後ろからルームメイトのクリスティ・ヒューストンが話しかけてきた。

「なになに? デートのお誘い?」

「……っ! ちっ、ちがっ……!」

「え~? そうなの? それにしては顔が真っ赤だよ~?」

ニヤニヤと笑っているクリスティから逃げるように部屋に駆け込む。

(わ、私には……関係ない……!)

そしてそのままメモを捨てようと手をくずかごの真上に伸ばす。

「………………」

だが、そこからまったく微動だにしない。手からメモが放れない。いや、この場合は放したくないが正しい言い方だろう。

「~~~~~~~っ!」

ぎゅーっと目を瞑って、手を伸ばすがまったく動かすことができない。

「そんなに行きたいんなら、行けばいいのに」

クリスティは半ばあきれたような口調で呟く。

それを聞いて簪は自分のベッドに腰を下ろし、そのままコテンと横になる。

(ど、どうしよう……こんなこと、初めてだし……)

男からこういった誘いを受けた経験がない簪はどうしたらいいのかさっぱり分からない。

(ここは、断って……で、でももう席は取っちゃったみたいだし……)

考えながら体勢を変えて、俯せになって枕に顔をうずめる。

(や、やっぱり……行った方が……でも、私、彼を殴っちゃったし……。うぅ……!)

顔を枕に押し付けまま、足をパタパタと動かす。

映画には行きたい。だが瑛斗といると殴ったしまった手前気まずい。そんな複雑心境の簪は足をパタパタさせ続けるしかない。

「クリス、私……どうしよう……」

藁にもすがる思いでルームメイトの方を見る。

「んー? 自分で決めなよ。自分の問題だしさ」

しかし返ってきたのはニヤニヤとした表情と何の解決にもならない答えだけだった。

「クリスのいじわる……」

ルームメイトに見切りをつけ、もう一度落ち着いて考える。

(別に今決める必要はないんだ……。日曜日までは、あと何日かある、から、その何日かの間に断りに行こう………)

そう心の中で決め、簪はむくりと体を起こした。

(断る……。うん、それが一番だから……)

固く決意した簪は、シャワールームへと歩き始めた。

 

日曜日。

「いやー、まさかもう来てるとは思わなかった。そんなに楽しみだったんだな」

「…………………」

駅前の映画館の前。

 

あっはっは! と、のん気な笑い声をあげている私服姿の瑛斗の横では、同じく私服の簪が顔を赤くして俯いていた。

要するに、

(結局……来ちゃった……)

そういうわけである。

今日までの数日間、断るチャンスは何度かあった。だがその度に逡巡してしまい、タイミングを逃し続けていた。

そして、今日にいたるわけである。

「時間より早い九時半に来たのに、もう待ってるんだもんな。驚いたぜ」

「うん……。私も現場に驚いてる……」

「へ?」

「……なんでも、ない」

ちなみに、簪は予定より三十分も早い九時十五分に来ていた。どうしてこうなったかは自分でも分からない。

「ま、何にしても来てくれてよかった。早速行こうぜ」

「!?」

突然、手を握られた。それだけで簪は耳まで真っ赤になってしまう。

「いやぁ俺、地球に降りたらやってみたかったんだよ。ポップコーンを買って映画鑑賞」

そのまま歩き出す瑛斗。当の瑛斗ははぐれないようにと考えての行動だったのだが、簪は突然のことでパニック寸前に陥る。

「ひっ、一人で……歩ける……!」

「え、でも結構人多いぞ?」

「だい……じょうぶ、だから……!」

「そ、そうか……」

簪の鬼気迫るオーラに気圧され、瑛斗は素直に手をはなす。

(いきなり………こ、こんな……!)

瑛斗の後ろを歩きながら、簪は握られていた手を見つめる。

(男の人って……)

どう言ったらいいか分からない思いを胸に抱き、瑛斗に続いて映画館に入る。

「えっと……チケット販売機はっと……お、あったあった。ちょっと待っててくれ」

「………………」

コクンと頷いて、近くのベンチに座る。

(き、気を紛らわそう……)

そう思って今回見る映画のパンフレットに目を落とす。

遠い未来で、惑星と惑星の間の戦争に巻き込まれた地球を舞台に、主人公がロボットに乗って戦場を駆け巡るという、男の子が好きそうな内容のアニメの劇場版。簪もいつか見ようと思っていたのだが、まさかこういった形で見ることになるとは想像もしてなかった。

(え、映画見たら……すぐに帰って……)

「おーい、簪さーん?」

「!」

名前を呼ばれてハッと顔をあげる。そこにはポップコーン片手にチケットを持っている瑛斗の姿があった。

「行こうぜ。俺は準備万端だ」

「う、うん……」

チケットを一枚受け取り、劇場に入る。

席は劇場の真ん中付近で、画面が良く見える位置だった。席が隣同士だったのは簪は少し戸惑ったが、何とか腰を下ろす。

そして、簪はあることを瑛斗に尋ねた。

「ねえ……」

「ん?」

「どうして……私がこういうの好きだって、分かったの?」

色々ありすぎて気付かなかったが、簪は自分がこういうアニメが好きだと瑛斗に言ったことはない。

「あー、それか……まあ、あれだ。優秀な情報屋から仕入れた」

「それって……誰?」

「いやぁ、それ以上は言えないなぁ。向こうの条件でもあるし」

「でも━━━━」

「あっ、映画始まるぞ!」

半ば会話を遮るように映画が始まった。

(まあ、いいか……)

簪はいまいち釈然としなかったが、映画を楽しむことにした。

「いい話だったなぁ~。生き別れた兄との感動の再開! からの白熱の戦闘シーン!」

映画を見終え、映画館から出た瑛斗は未だ興奮冷めやらぬ状態だった。

「…………………」

簪も、映画自体はとても面白かったが、映画を見ていた時の表情はやはり無表情だった。

「じゃあ……映画、見終わったから……」

そして映画も見終わったから、簪はもうここにいる必要はないと判断し、学園に帰ろうとする。

「あ。お、おい」

瑛斗も慌ててそれについていく。

「なんだよ、もう帰っちゃうのか?」

「映画見たから……」

「そう言わずによ、昼飯くらい食っていこうぜ」

「いい……学園で食べ……て……」

そこで簪の言葉は止まった。

「?」

足を止めた簪の視線の先には、ステージのようなものが。そこの近くには立て看板が設置したあった。

ステージの近くまで歩き、看板を見る。

「ヒーローショー? なんだこれ?」

「知らないの……?」

「ん、ああ。宇宙生活が長かったもんでな。どんな内容なんだ?」

「ヒーローが、悪の組織を倒す……」

「またえらく大雑把な……」

『良い子のみんなー! もうすぐショーが始まるよー!』

ふと衣装を着た女の人がステージに現れ、マイクを持ってアナウンスする。

「もうすぐ始まるってよ。どうする?」

瑛斗は首を簪の方に向けるが、隣にはいなかった。

 

「えっ? あれっ?」

キョロキョロと首を巡らせて探すと、簪はもう最前列の長椅子にちょこんと座っていた。

(かぶりつきだな、オイ……)

瑛斗は頭をポリポリと掻いて簪の横に腰を下ろした。

『それでは! これよりヒーローショーが始まります』

そう言ったアナウンスが流れたのは、瑛斗が長椅子に座るのと同時だった。

「う~ん、なかなか面白かったな」

瑛斗はショーが終わって小さい子供たちがヒーローと握手を交わすのを見ていた。

(地球にはこんなものまであるとは……地球ってすごい)

腕を組んでうんうんと頷いていると、簪が声をかけてきた。

「何してるの……? もう、終わったよ……」

「ん? ああ、今行く」

そう言ってステージを離れようとした時、ふとステージの骨組みが目に入った。

骨組みはところどころ錆びついていて、キィキィと金属音も聞こえる。

(あの骨組み、大丈夫か? けっこう年期入って━━━━)

バキンッ!

「!」

瑛斗の予感は的中した。突如、骨組みのネジが飛んで、骨組みが崩落し始めたのだ。

ステージには、まだ子供が二人とヒーローを演じていた役者が立っている。

「ヤバいっ!」

瑛斗は咄嗟に《G-soul》を展開。そしてスラスターを噴かせてステージに飛ぶ。

「うおおおおっ!」

ステージが崩れる直前、瑛斗は両腕に子供二人とヒーローをしっかりと抱えて、間一髪で救出に成功した。

「あ、危なかった……! ケガ、してないですか?」

崩れたステージの前に着地し、三人を降ろす。

「あ、ありがとう。助かったよ」

ヒーロー役の男性が瑛斗に頭を下げた。

「いえいえ。……そっちはケガとかしてないな?」

「うん! ありがとー!」

「だいじょうぶだよ!」

男の子と女の子が瑛斗にお礼を言った。

「そっか。良かった良かった………ん?」

うんうんと頷いて、瑛斗は周囲の視線に気づく。

「あ、IS?」

「でも、あの子って男じゃない?」

「しかもイケメン!」

「スゲ、IS使える男が人命救助。しかも専用機持ち」

一人が携帯のカメラで瑛斗を撮った。

するとそれに流されるようにカメラのシャッター音が周囲に響いた。

「うわ、これもこれでヤバいな」

瑛斗はISの展開を解除。そのままダッシュで簪のところまで行く。

「簪! 予定変更だ! 学園まで逃げるぞ!」

「えっ……!」

簪が何か言おうとしたときには瑛斗はもう簪の右手を握って走り出していた。

(いま……『簪』って……)

走りながら、簪は瑛斗が自分のことを呼び捨てで呼んだことを考えていた。

(何だろう……そんなに嫌じゃない……)

簪は、自分の胸の異様なまでの高鳴りに戸惑った。

 

 

「………………」

夜。簪はシャワールームでシャワーを浴びながら考えていた。

(どうしたんだろう……私)

日中、瑛斗と街を全力疾走して学園まで戻り、そのままなし崩し的に別れたが、簪の胸の鼓動は今なお、走っていた時のようにドクドクと早鐘を打っている。

(あの時の彼、すごい……格好良かった……)

瑛斗が崩れるショーのステージから人を助けたところは簪も見ていた。

 

その時の瑛斗の横顔は簪にはとても輝いて見えたのだ。

(まるで……本当のヒーローみたいに……)

キュ、と蛇口をひねってシャワーを止める。

「………………」

頭をそっと壁に押し当てて目を閉じると、瑛斗の姿が脳裏に浮かぶ。

瑛斗の笑顔が、簪の頬を紅く染める。簪は走る時に強く握られていた右手を見ながらはぁっと息を吐いた。

「どうしちゃったんだろう……私」

か細い声は、シャワールームで反響した。

「はあ……すっかり忘れてた……」

就寝前の午後十時半。俺はベッドに寝転びながら今日の反省をしていた。

「ペアの件を話すのを忘れちまうとは……。我ながら不覚……」

結局、簪さんとは映画見て、ヒーローショー見て、全力疾走しただけだったじゃねえか。何がしたかったんだよ俺。

ステージから人を助けたところだって、『人命救助、および緊急事態への対処の場合はISの使用を許可する』っていう規定が無かったらアウトだったし。

「ペア申請の締め切りは明日の夕方五時まで……。何が何でも明日! 簪さんとペアになるぞ!」

グッと拳を握り、俺はとりあえず寝ることにした。

「簪さん、一緒に学食行こうぜ」

「………………」

とある情報から、今日は購買のパンが売り切れと知った俺は四時限目が終わると同時に四組にダッシュし、簪さんの手を握った。

「奢るからよ」

「い、いや……」

うぐ、なんか怯えている子ウサギのようになっている。そんな目で見ないでくれよ……。

しかぁし! 俺も引き下がるわけにはいかない。何せ締め切りは今日の五時までなのだから。

(少々手荒だが……こうなったら!)

「失礼ッ!」

俺は少々どころか結構強引に簪さんを連れ出した。

「きゃああっ!?」

簪さんの体を横にして持ち上げ、自分の体に引き寄せて抱きかかえる。

巷で言う、『お姫様だっこ』というやつだ。

「簪さん、軽いねぇ」

「う、うるさいっ……。下ろしてっ……!」

「そうか、じゃあしっかり捕まってろよ!」

「!?!?!?」

俺は簪さんの抵抗を無視して、そのまま学食へと走り出す。

途中、すれ違った女子に「ああああーーーーーっ!」と言われたが、この際無視じゃ、無視。

一階に降り、渡り廊下を抜けて三ブロックからなる学食のホールのドアを蹴って開ける。

「着いたぁっ!」

ばんっ! と大きな音&俺の大声で、周囲の視線がこちらに向く。

「離しっ……っ!」

 

ビシバシと、頭に簪さんのチョップが何度も降りかかる。

「わ、こら、暴れんなって」

「ふーっ……! ふーっ……!」

「パンツ見えんぞ」

「!?」

俺の指摘で自分の行動を理解したのか、その動きは徐々に弱くなって、最終的には動かなくなった。

「……さない……許さない……許さない……」

俺の方を見ずに、そんなことを言う簪さん。

俺は簪さんをゆっくり下ろして、逃がさないようにしっかりと手を握る。

「今日の日替わりは……チキン南蛮か。簪さんはどうする?」

「………………」

「ほお、ジャンボカツカレーっすか。先輩それはなかなか」

「……肉、きらいなの」

おお、反応してくれた。

「そうか。じゃあ、何がいい? こっちの海鮮丼?」

「……う、うど……」

「ん?」

もじもじしながら簪さんは、一瞬俺を見てからつぶやいた。

「……うどん」

「了解! 卵つけるか?」

「………………」

ふるふるっと簪さんは首を横に振った。

「でも、かき揚げは……欲しい、かも……」

「あー、かき揚げな。美味いよな、アレ」

「う、うん……。美味しい……」

「よし! じゃあチケット買って、料理受け取って、テーブル探しますかぁ!」

「テーブル……あの奥の方が……空いてる」

「あ、本当だ。簪さん、目が良いな。ん? ならなんで眼鏡かけてんの?」

疑問を感じてたら、注文した料理がカウンターから出てきた。

「これ、携帯用ディスプレイ……」

「ふーん、なるほどな」

「空中投影型は……高いから」

「だよな。じゃあ行こうぜ」

コクンと頷いて、簪さんは俺の後ろを歩く。

「ここ景色良いよな。晴れてるのに空いててラッキーだぜ」

席に座って窓の外を見る。海が抜ける展望で、眺めが最高だ。

「んじゃ、いっただきまーす」

「……い、いただきます……」

日替わりのチキン南蛮を食べ始めた俺の前では、簪さんがかき揚げを箸でぶしゅーとつゆに押し付け、出てくる気泡をワクワクしている子供のような純真無垢さで見ている。

「お、かき揚げべちょ漬け派か。気をつけろよ? さっくり派のラウラに見つかったらバトル突入だから」

「……違う……。これは、たっぷり全身浴派……」

「そ、そうか……」

思わぬところで新たな派閥を発見した。

とりあえず俺と簪さんはそれぞれの昼食を食べる。

「いやー、このチキン南蛮出来たてホヤホヤで美味いわ。簪さんも食う?」

「え………?」

驚いたように顔を上げる簪さん。その口元に箸でつまんだチキン南蛮を運ぶ。

「……………………」

ぼーっとそれを見た後、一瞬だけ俺を見てから簪さんは俯いた。

心なしかその耳は赤かった。

「そう……やって……」

「?」

「そうやって………女の子を、落としてるの?」

「へ? よ、よく分かんねえけど、食ってみろって。あ、でも肉嫌いなんだよな?」

「鶏肉なら……平気……」

「そうか。そら良かった。ほら、あーん」

「あ……ぁ……ん」

すげーおっかなびっくりの様子で、簪はチキン南蛮をかじった。

どうも一切れは簪の口には大きすぎたようで、俺の箸には半分ほどチキン南蛮が残っている。

俺はそれを自分の口に運んでもぐもぐと咀嚼した。

「な? 美味いだろ?」

「!?!?!?」

すると、簪さんは何かに驚いたらしくチキン南蛮を喉に詰まらせた。どんどんと胸を叩いてグラスの水を一気に飲む。

「ど、どうした?」

「……ッ!」

まだ呼吸も整ってないにもかかわらず、よっぽど抗議したいことがあるのか簪さんはキッと俺を睨んできた。

「なあ、簪さんよ」

「………………」

「その美味そうなかき揚げを少し分けてはくれないかい?」

小っちゃいかじり跡が着いているところを見ると、もう味を確かめ終えたのだろう。ちょっとくらい恵んでくれてもバチは当たらないと俺は思う。

「だ、ダメ!」

うおお、ものすごい勢いで拒否された上に簪さんはドンブを持って横を向いて、俺を遠ざけた。なにゆえ?

「こ、これは……あげない……!」

……かき揚げなのにってか。

「……!!」

何かを察知したのか、簪さんは備え付けの七味を俺の白米の上にどっさりとかけやがった。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? な、なにしてくれちゃってんの!?」

「…………………」

知らないと言わんばかりに簪さんは黙ってうどんをすする。

「く……くぅ……!」

真っ赤に染まったご飯を見ながら俺は顔を引きつらせる。

マジか……赤くて角ついて三倍ってレベルじゃないぞこれ……って、冗談はさておき。

「く、食えないわけじゃない、食えないわけじゃないぞ」

だとすれば食わなければならない。

ガッと茶碗を掴み、ご飯を一気に食べる。

その愚行とも勇姿ともとれる俺の姿を見て、拍手が起こった。

………………だが。

「ぐあああああああああああああああ!!!」

唇が冗談抜きで赤く腫れ上がった。

舌はもう辛いを通り越して痛いと感じ、他のものを食べてもまったく味を感じられないほどになってしまった。

「か、か、簪さん……こいつはちょっとばかり、度がすぎるんじゃないか……?」

ひいひいと息も絶え絶えの俺が言うと、簪さんはちらりとこっちを見て、薄く整った唇から言葉を奏でた。

「自業自得……」

そういう彼女の顔は、少しだけ、ほんの少しだけ、笑って見えた。

 

 

「ヤバい……こぉれは本格的にヤバい……!」

時間は経って放課後。俺は教室にかかった時計を見ながら四組のドアの前をうろうろしていた。

時間は四時四十分そろそろペア申請も締め切りを迎える。

「時間的にもこれがラストチャンス……。行くっきゃない!」

 

俺は意を決して四組に入った。時間が時間なためか、教室には誰もいなかった。

机に突っ伏したままの簪さんを除けば。

(なんであんなところで寝てるんだ? それはともかく!)

俺は簪さんに話しかけるべく近づいた。

「かん━━━━」

「わからない……こんなこと……初めてで……」

おお、どうやら起きてたみたいだ。しかし、何が分からないんだろうか? もしかして、俺とペアを組むことかな? そうだとしたら分からないで済まして欲しくは無い。

「━━━━わからないなら、やってみればいい」

「えっ……?」

簪さんは顔を上げて首を小さく揺らすが、俺にまだ気づいてない。

「俺と組もうぜ。簪さん」

「い、いや……」

うぐ……だが諦めん!

「なんで?」

「だ、だって……わからない……わからないもの。私……わからないのは……いやだから……」

むぅ、わからないと言われても……。でも本人は悩んでるみたいだし……。

「わからないことをそのままにしてたら、わからないままだぞ?」

「そ、そうだけど……」

「大丈夫。何にも怖いことなんてない。俺に任せろ」

俺は簪さんの正面にまわって簪さんを見る。

「あ……ぅ……」

「俺と組もうぜ。簪さん」

「う、うん!」

手を差し伸べたら、がっちりと掴まれた。しかも興奮してるのか、掴むと同時に勢いよく立ち上がってきた。

え……? 今、言った? うんって言った!?

 

ってことは……ってことは!!

「いぃぃぃぃぃぃよっしゃあああああああああああ! 今組むって言ったよな? な!? よし! そうと決まればダッシュで職員室だ! すぐにタッグマッチのペア申請行くぞ!」

ぐいいいいっと手を引っ張って簪さんと教室を飛び出す。

俺は嬉しさのあまり赤くて角もついてないのに通常の三倍の速さで職員室まで走った。

「じゃあ、入るぞ」

「ま、まっ━━━━」

簪さんが何か言いかけてた気がしたが、そんなことはもうどうでもいい!

俺はほとんど殴り書きで自分の名前を書き、簪さんも申請書に名前を書いた。

「よし! じゃあ早速今日から整備室で頑張るか!」

「え、えっと……」

「整備の時はISを装着することもあるから原則ISスーツなんだよな? じゃあ俺、着替えてくるから先に行って待っててくれ! ツクヨミのIS研究者の本領を発揮するときが来たぜぇっ!!」

俺はそのままスーツに着替えに向かう。ふと、あることを聞くのを忘れていた。

「……そう言えば、どこの整備室?」

「だ……第二整備室……」

「オッケ了解! すぐに行くから!」

俺は夕日が差し込む廊下を、たったったと走る。

「いやぁ、粘った甲斐があったなぁ!」

俺はもう言い表せれないくらいの喜びで胸がいっぱいだった。


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