IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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少女の心、凍てついて 〜または怒りの平手打ち〜

「やっほー、織斑くん。篠ノ之さん」

二時間目のあとの休み時間に、新聞部のエースこと黛薫子さんが教室にやって来た。

「あれ? 黛先輩? どうしたんですか?」

「あのね、二人にお願いしたいことがあるんだけど」

「お願い? 私と一夏にですか?」

「うん、そうなの。あのね、私の姉って出版社で働いてるんだけど、専用機持ちとして二人にインタビューを受けてもらいたいの」

「へえ、インタビューだってよ、お二人さん」

話を聞いて一夏と箒の方を囃し立てる。しかし二人ともいまいち分からないという表情だ。

「?」

二人の視線は黛さんが持っていた雑誌に向いている。

「えっとー……あの、これって、IS関係の雑誌じゃないですよね?」

覗き込んでみると、黛さんが持っているのはティーンエイジャー向けのファッション雑誌だった。

 

「本当だ。てっきりそっち系の雑誌かと」

「ん? あれ? もしかして二人ともこういうの初めて?」

「はあ」

一夏も箒も曖昧な返事をして頷く。

「えっとね、専用機持ちっていうのは普通は国家代表か代表候補生なわけで、タレント的なこともするのよ。国家公認アイドルっていうか、基本はモデルだけど。あ、国によっては俳優なんかもするらしいよ」

「ふーん、そうなのか? 箒」

「わ、私に聞くなっ!」

箒がぷいっとそっぽを向いてしまった。

「要するに、代表候補生でもなんでもないのに専用機を持ってるお前ら二人にインタビューしたい、って黛さんのお姉さんが言ってるんですよね?」

「そう、そういうこと」

黛さんの言いたいことを確認すると黛さんはうんうんと頷いた。

「そんなこと言われてもなぁ……」

一夏が難しい顔をしていると、そこに鈴がやって来た。

「何よ、一夏モデルやったことないわけ? 仕方ないわね、私が見せてあげるわよ」

どう仕方ないんだろうか、鈴はおもむろに携帯を取り出して一夏に強引に見せた。

(どうせカッコつけてんだろうな。どれ、ちょっと見てやるか)

ついでにと俺と箒も一夏の上から画面を見る。

「お……?」

「む……」

「ほぉ……」

画面には、しっかりとカジュアルを着こなす鈴が写っていた。

「へえ、良いじゃん」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう? でねでね、こっちが━━━━」

キーンコーンカーンコーン

休み時間終了のチャイムが鳴り響いた。

「一夏くん、今日は剣道部に貸し出しだよね? そのときまた来るわ」

そう言って黛さんは教室を出て行った。

「それで、こっちが……」

しかし、もう一人のほう、鈴は未だに一夏に写真を見せている。

「………………」

その後ろには言うまでもなく織斑先生。ゆっくりと出席簿を振りかざす。

「志村━━━━じゃねえや。鈴、後ろ」

「へ?」

ガン!

振り向いたと同時に鈴の頭に出席簿が振り下ろされた。

「さっさと教室に戻れ」

「は、はい……」

そしてすごすごと教室を出て行った。

ちなみにこんなことが最近良くある。鈴のやつ、放課後とかに来ればいいのに。

「さて、今日は近接戦闘における効果的な回避方法と距離の取り方についての理論講習を始める」

(……ん? 代表候補生でもないのに専用機持ちって、俺もじゃね? ……まあ、いいか。面倒そうだし)

そして、いつも通り授業が始まる。

(よし……)

四時間目が終わり、俺は四組の教室のドアの前に立っている。

目的はもちろん、楯無さんの妹の更識簪さんとの接触だ。

シャルに食堂に行こうと誘われたけど、のほほんさんに連れ出してもらった。

それに楯無さんの話では妹さんは教室でパン食派だと聞いたからこっちもそれに合わせてパンを買ってきた。

(準備は万端……!)

俺は四組の教室のドアを開けた。

するとドアの近くにいた女子達が俺に気づいた。

「えっ!?」

「うそ!? 桐野くんだ!」

「よ、四組に何か御用でしょうか!?」

わいわい言ってくる女子達に一言聞く。

「なあ、更識さんっているか?」

「「「え……」」」

女子一同がハモった。

「更識さんって……」

「『あの』?」

海割りよろしく女子たちの壁が開かれる。その直線上、クラスの一番後ろの窓際に彼女はいた。

購買のパンを脇によけ、空中投影ディスプレイを凝視しながらその手は休むことなくキーボードを叩いている。

(ほう……研究者タイプだな。面白い)

そんなことを考えていると、女子の一人がつぶやいた。

「えっと……もしかして朝のSHRで言ってたタッグマッチのペアを更識さんに……?」

「鋭いな。そんなところだ」

俺がそう言って頷くと、ざわざわと波紋が広がった。

「え……でもあの子、専用機持ってないじゃない」

「今までの行事、全部休んでるしさぁ」

「それにあの子が専用機持ってるのって、お姉さんの━━━━」

それ以上言葉続けて欲しくなかったので、俺はわざと大きな音を立てて手を合わせた。

「悪い! 俺、あの子に用があるんだ」

そう言って群集から抜け出し、真っ直ぐ簪さんの席に向かった。

「えっと、椅子、借りていいか?」

適当に近くの女子から椅子を拝借し、断りもなしに簪さんの正面に座る。

「………………」

カタカタカタカタとキーボードを素早く打ち続ける音が聞こえる。

「えーっと」

改めて目の前の女子を見る。

セミロングの髪は楯無さんとは反対の方向の内側にカールしている。ずっとディスプレイを見続ける目は細く、虚ろに見えないこともない。

顔にかけた長方形の眼鏡が、なんか人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。

「初めまして、だな。桐野瑛斗だ」

自己紹介すると、ピタと手を止めた。

 

「……知ってる」

お、ご存じだったようだ。

そして椅子から立ち上がると右腕をわずかに上げてまた降ろした。

「?」

「私には……あなたと、もう一人を殴る権利がある。でも……疲れるから、やらない」

「は、はあ……」

もう一人……一夏の事だろうか。白式のことはまあ、うん、わからないでもない。

 

しかし何故に俺も殴られんの?

「……用件は?」

おっと、そうだったそうだった。忘れるところだったぜ。

「単刀直入に言うとだな、俺とタッグマッチのペアを組んでくれ」

「イヤ」

ぐおお、即答かよ。

だがまだだ! まだ終わらんよ!

「そう言わずによ」

「……イヤよ。それにあなた、組む相手には……困っていない」

「あー……いや、その……」

うーむ、良い理由が思いつかん。

名前を出すなと言われた手前、『楯無さんに頼まれました』と言うわけにはいかないし……うーむ。

「えーと、みんな実は決まってて━━━━」

「見つけたぞ! 嫁!」

うわあ!? りょ、呂布だああっ!? 

じゃなかった。ラウラだった。

「貴様四組などで何をしている! とっとと来い!」

「ぐえっ!?」

いきなり制服の襟を掴まれ、息が止まる。

「や、やめろオイ! 制服が伸びたらどーすんだよ!」

「いいから来い!」

「じゃ、じゃあ、更識さん! また来るから!」

「……………」

簪さんは俺に返事をすることなくパクッとパンを一口かじるだけだった。━━━━で、廊下に出てきたわけだが、

「………………」

シャルが無言で立っていた。え? 何? ヤバい。怖い。シャルさん、目が据わってるよ?

「しゃ、シャル……? お前、のほほんさんたちと食堂に行ったはずじゃあ……?」

「瑛斗が四組の専用機持ちをペアに誘ってるって聞いて、戻ってきたんだ」

「そ、そうか……」

バカな!? ほんの十分ちょっと前の話だぞ!? どうやったらそんなに速く情報が伝わるんだ!?

「そうか、貴様は四組の専用機持ちと……」

パッと俺の制服の襟から手を放し、こっちを向いたラウラ。ヤベぇ、こっちも目が据わってる……。

「瑛斗、どういうことか」

「説明してよ?」

「あ、ああ……あああ……!」

背中に尋常ならざる量の汗をかく俺。

 

二人とも腕だけISを展開して、シャルはマグナムを、ラウラはプラズマ手刀を構えている。

(考えろ! 考えるんだ! 思考を巡らせろ! この二人を納得させられるだけの言い訳を思いつくんだ!)

某借金まみれの主人公ばりに鼻を尖らせ、脳をフル回転させながら、この状況を打開する方法を考える。

「答えないなら━━━━」

「体に直接聞くしかないね」

そして俺が未だに名案を思い付いていないところで二人とも動き出した。

プラズマ手刀が俺の顔面に迫る。その瞬間、俺の脳内で電球に明かりが点いた。

「お、俺は!」

「「?」」

「俺はお前たちと戦いたい! いや、戦わなくちゃいけないんだ!」

「え……?」

「何……?」

二人の動きが止まった。

「確かに普段からお前たち二人は俺と一緒に戦ってくれてる。だけど! 今度のタッグマッチでは、俺はお前たちと戦いたいんだ!」

二人に訴えるように多少大仰な感じで話す。

「この前の襲撃で、俺は自分の未熟さを知った。痛感した! それはきっと普段からお前たちが一緒に戦ってくれてたことから出る甘えだったんだよ!」

我ながら驚くくらいスラスラと言葉が出る。

「その甘えを取り払ったら、俺はもっと強くなれる。それに、シャル、お前とは真剣に戦ったことが無かった。ラウラとは戦ったことがあったけど、アレは本来のお前の力じゃなかった」

「確かに……」

「ふむ、一理あるな……」

二人とも揺らぎ始めている。もうひと押しだ!

「隣に立っているお前たちじゃない! 俺の前に、全力で! 全力で向かってくるお前たちが俺は見たいんだよ!」

「………………」

「………………」

「………………!」

どうだ? 行けるか? 俺が考えた中で一番の言い訳だが……。

「その言葉……本心か?」

「もちろんだ」

ラウラの問いに頷く。ってか頷かなきゃダメだ。

「瑛斗は、僕……僕たちが見たいの?」

「ああ」

「………………」

「………………」

二人とも再び沈黙する。しかし、妙に顔が赤い。

「……私を見たい……だと」

「……そんなにストレートに言われたら……!」

そしてくるっと俺に背を向けてひそひそと話し合っている。

「ど、どうするの……? あんなに真剣な瑛斗の目、僕見たことないよ」

「う、うむ。私もだ」

ヒソヒソゴニョゴニョヒソヒソゴニョゴニョ。

三分ほど話し合ってただろうか、その間の喉の渇きは凄まじかった。

そして二人は再びこっちを向いた。

「そ、そこまで言われたら、悪い気はしないよ」

「今回だけ、特別に認めてやろう」

「お、おお」

なんだか良く分からないが、一応の危機は脱したようだ。

「ただし! お前から言ったのだ。手加減はしないぞ?」

「僕たちも全力で戦うからね?」

「お、おう! もちろんだ!」

「で、ではな」

「じゃ、じゃあね」

そこまで話すと、二人ともぱぱっとどこかへ行ってしまった。

「ぶっはぁ~……!」

ひゃあ~、怖かった。

 

あの言い訳が通じなかったらマジでヤバかった。ガチで足が震えてる。イヤ本当に怖かった。

まあでも、俺が懸念していた二人からも許可(?)をもらった。これで堂々と簪さんを誘うことができる。

(そう言えば、俺が殴られる理由って、何だ?)

首を捻りながら焼きそばパンをかじる。

だが俺は殴られる理由が全く見当たらなかった。

 

 

「どうぞ、スポーツドリンクです」

「キャー、本物の桐野くんだ!」 

「こっちもタオルおねがーい!」

放課後の体育館で、俺はバレーボール部に派遣されて雑用をしている。

 

バレー部のみなさんはそんなに俺が来たのが嬉しいのか、あれやこれやと要望を出して俺に休む暇を与えない。

「そうだ! 桐野くんもマッサージとかできるの?」

「え? まあ、できないことはないですよ。よくやらされてましたし」

「本当!? じゃあ練習のあとでお願いできる?」

「あー、そういうサービスはしてませんので」

「ぶー! ケチー!」

「やってよぉ、マッサージィー!」

二年生の先輩方が詰め寄ってくる。ぐぬぅ、面倒だ。

「はいはい、そんなことやってる暇があったらもっと練習しなさい。大会も近いのよ?」

それを見かねて三年生の部長さんが助けてくれた。

「「「はーい」」」

部長さんの指示で二年生の先輩たちはコートの方へ戻っていく。

「まったく……ごめんなさいね桐野くん。うちの部活の後輩たちが迷惑かけちゃったみたいで」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。生徒会の仕事の一環ですし」

律儀に謝ってくる部長さん。俺は笑みを浮かべて返答した。

「生徒会ねぇ、虚ちゃんがいるのよね?」

「はい。お知り合いですか?」

「まあね。いっつも妹さんの話をしてるわ。あの子にはもう少し布仏家としての云々って」

「そうなんですか」

「でも、最近は生徒会長の更識ちゃんの話ばかりだわ」

「楯無さんの?」

「正確には、更識ちゃんの妹のことを心配してる更識ちゃんが心配だって話をするの」

「ややこしいですね」

心配してる人の心配をする、ややこしや。しかし楯無さんの妹ってことは簪さんか。

 

(……興味があるな)

「詳しく聞かせてくれますか?」

 

「いいわよ。虚ちゃんの話だと、更識さんの姉妹は小さいころは仲が良かったんだけど、中学生くらいの頃からあまり話さなくなったらしいの」

「なるほど」

 

「IS学園に妹さんが来てから、あれこれやってるらしくて、虚ちゃんは『お嬢様が無理をしないか心配』って言ってたわ」

確かに、簪さんのことを頼みたいと言ってきた時の楯無さんはいつもと違っていた。それも関係してるんだろうか。

「あぁー! 部長が桐野くんとおしゃべりしてる!」

「うそ!? 自分だけずるい!」

こちらに気づいたほかのバレー部の部員たちが声を上げる。

「さて、私も練習に戻るわ。雑務の方はお願いね?」

「はい、わかりました」

そして部長さんもコートの方へ走っていく。

(簪さんと楯無さん……。一筋縄ではいかないみたいだな、こりゃ)

俺は顎に手を当てて考える。

(タッグのペアを組まなきゃいけない事には始まらないし、今日は顔合わせだ。明日からでももっと積極的に誘うか……)

そしてふと、昼休みの簪さんの言動を思い出す。

(やっぱり気になるのは、どうして俺も殴られるのか、だな。一夏はともかく、何で俺ま━━━━)

「桐野くん! 危なーいっ!」

「へ?」

顔を上げると、バレーボールが目の前に飛んできた。

バチコーン!!

ボールが俺の顔面に当たった。

カポーン……

「で、そんなことに」

「ああ、スゲー痛かった」

この日の夜、俺は一夏と大浴場で風呂に入っていた。

あのとき、ボールを当ててきたのは『八月のサマーエンジェル』こと冴木由里さんだった。

 

そのサーブは八月を過ぎても威力は衰えず、こうして俺の左ほおを真っ赤にしてくれちゃっている。

でもまあ、そのあとは大したハプニングも起きず無事に雑務を完遂できたから良しとするべきか。

「あ、そう言えば結局どうすることにしたんだ?」

今朝の黛さんの話を思い出して一夏に話しかける。

「ん? 何を?」

「インタビューだよインタビュー。お前と箒が頼まれてたやつ」

「あー、あれか」

「確かお前剣道部に派遣だったんだろ? 箒とその話したか?」

「まあな、最初はアイツ『見世物になる気はない』って断ろうとしてたんだけど、黛先輩が『一流ホテルの豪華ディナーへの招待券が報酬だ』って話をした途端に、何事も経験って。結局受けることになった」

「へえ、ディナー招待券」

あの箒が食べ物の類に釣られるなんて。ちょっぴり意外だ。

「それはそうと、そっちはどうだったんだ?」

「うん?」

「楯無さんの妹さん……簪さんか? ちゃんと誘えたのか?」

「それがよ、中々難しそうなんだよ」

「断られたのか?」

「イヤ、そうじゃねえけどちょっと引っかかってな」

「何がだよ?」

「簪さんさ、俺とお前を殴る権利があるって言ってきたんだよ」

「なんで俺が……?」

「俺から言わせたら逆だよ。お前は簪さんの専用機の開発を邪魔してるから殴られても文句は言えないだろ? 俺の場合はその理由が思い当たらないんだよ」

「ふーん。そういうのってさ、意外と自分では思いつかないような些細なことが原因かもしれないぜ?

最近なんかしたか?」

「なんかって言われてもなぁ……誕生日にお前と襲撃を受け……あぁ!」

ザバァッ!

俺は思わず立ち上がった。

「ど……どした?」

一夏が目をしばたたかせている。

「思い出したぞ……! あの日だ!」

 

「あの日?」

 

「鈴たちに、俺らが襲われたってこと話たろ? あの日の夜に俺、ノートを見つけて、それに色々書き足したんだ!」

「書き足したって……落書き?」

「いや、ISのシステムやらなんやらが書かれてたんだけど、つい研究者の血が騒いで色々手直ししたりしちゃったんだよ」

「あ、もしかしてそれって……」

「ああ。多分簪さんのノートだったんだ!」

だから怒ってるんだ。勝手にノートに俺が色々書いたから!

「サンキュー、一夏! 明日もう一度挑戦するぜ!」

俺はグッと拳を握った。

「ああ、わかった。だけど座ってくれないか? お前のがちょうど俺の目の位置に」

……………おっと、いけね。

「えっと……お、ここか」

第三アリーナに隣接してるIS整備室。一年生がそこに入り浸っていると聞いた俺は放課後すぐにここにやって来た。

「よし……」

俺は入ろうと一歩踏み出して立ち止まる。

「あ」

「あ」

入ろうとした瞬間に案の定、簪さんが出てきたからだ。

「よう」

「…………………」

うお、敵意ある視線。しかも無言で。

「そう睨むなって。ほら、紅茶とオレンジジュースどっちが良い?」

「…………………」

そんなことはお構いなしにスタスタと歩きはじめる簪さん。俺はその横を歩く。

「なあ」

「…………………」

「なあってば」

「…………………」

「簪さーん? 聞こえてますかー?」

ピタリ、簪さんの足が止まった。

「名前で、呼ばないで」

む、そういうことか。

「えーと、じゃあ、更識さん」

「苗字も、ダメ」

えー……。どないせーゆーんじゃ。

「じゃあ━━━━」

「私に構わないで」

そう言い放ち歩き出す簪さん。

俺も意地があるからそのまま横を歩く。

「とりあえず、ジュースだけでも貰ってくれ。俺、二本も飲まねえし」

「…………………」

「どっち飲む?」

「……じゃあ、オレンジの方」

「あいよ」

良かった。これくらいには反応してくれた。

 

俺は缶を差し出すと簪さんの手がほんの一瞬、俺の手に触れた。

「っ!」

簪さんはその手をものすごい速さで引っ込めた。どうしたんだろうか?

「?」

「………………」

今度は少しむっとした表情になって、オレンジジュースの缶をひったくった。

「おっと」

「……………」

取るものだけ取って簪さんは行ってしまう。

しかし、本番はここからなのだ。

「えーっと、そこの女子!」

「………………」

「お前のことだよ! じゃああれか? 謎の彼女えっく━━━━」

「……それ以上は、色々と、ダメ」

おお、ツッコミもできるらしい。

「で……何の、つもり?」

「お前が名前で呼ぶなって言ったんだろ?」

「そういう呼び方をされるなら、名前の方がまだマシ…………」

「そっか。なら、簪」

ギロ。睨まれた。

「……さん」

ふぅ、とため息をついて、簪さんは足を速める。

「簪さん。一つ言わせてもらいたいことがある」

「……………何?」

「お前のノート」

「!」

再び足を止める簪さん。どうやらビンゴのようだ。

「勝手に色々書き込まれてたろ? アレ、やったの俺なんだ。悪かった」

「……………!」

ひぃ、簪さんの拳がグーの形で握られている。

「いっ、いや、あの、決して悪意があったわけじゃなくて、ただ単に研究者としての━━━━」

「……一つだけ、聞かせて」

「へ?」

「…………どうして、私と、ペアを組みたいの?」

うぐ、いきなり核心を突いてきた。どう説明したものか。

考えて、二秒。俺の頭の豆電球が光った。

「お前の専用機がどんなものか見たいから」

「…………………」

「ほら、あのノートに書かれてたISの図面を見てたら、完成型が見たくなったんだよ。すごく興味をそそる……って、ん?」

見れば、簪さんは下を向いてプルプルと震えている。

「お、おい? どうし━━━━」

「っ!」

バシッ!

簪さんの平手が俺の右頬を叩いた。強く。強く。

「……え?」

「……っ!」

そのまま簪さんは走り去っていく簪さんを、俺はどうしていいか分からず見送るしかできなかった。


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