IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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第八章 混迷! タッグマッチ編
アサルト・アフター 〜または『妹』たちの静かな激情〜


突然の襲撃者が一夏に向けて発射した弾丸。

 

俺は一夏を守るために一夏の前に飛び出した。

真っ直ぐ飛んでくる弾丸が俺にはスローモーションに見えた。

「……ちっ」

襲撃者━━━━織斑マドカが舌打ちした。

 

次の瞬間、俺の目の前で弾丸が動きを停止する。弾丸が空中で動きを止めた……?

「ラウラか!」

「お前たち! 伏せろっ!」

言われるまま腰を落とすと、一夏の頭スレスレをナイフが飛んだ。がらんがらんと缶ジュースが落ちて音をたてる。

「やはり邪魔立てするか……」

マドカは、正確に自分を狙って飛んできたナイフを、あろうことか右手のひらで受け止めた。

「なっ!?」

手のひらに突き刺さったナイフを握りしめる。手からは血が滴り落ちていた。

「……返すぞ」

そしてそれをラウラに投げ返す。

しかしそれは自分の眼帯の下の金色に輝く左目、『越界の瞳』を発動させたラウラに簡単にAICで止められる。

金色の左目がマドカを追うが、ISを展開したマドカはそのまま夜の闇に消えて行く。

「ふん………」

「逃がすかっ!」

AICの停止エネルギーを躱して飛び去るマドカ。

「待てよっ!」

咄嗟に右腕の装甲とビームガンを構えるが、そのころには完全にマドカは闇と同化していた。

「くっ……」

「ラウラ! 平気か!?」

「私を誰だと思っている。お前たちこそ大丈夫か?」

「ああ。ラウラのおかげで何ともなかった」

「そうだな。ありがとな」

「礼には及ばん」

そう言いながら、ラウラはナイフを回収、眼帯を再装着する。

俺と一夏も服に着いた土をはらって、散らばった缶ジュースを拾い集める。

「あ━━━━」

「どうした? 瑛斗」

「いや、ラウラの目ってやっぱり綺麗だなぁって」

「な、なんだと?」

「襲われたのには参っちまったが、良いもんも見れたな。うん━━━━ったぁ!?」

「な、何を言うか馬鹿者!」

ずいっと迫ってきたラウラが俺の足を思いっきり踏んだ。

「なにすんだよ!」

「ふ、ふん! 帰るぞ!」

そのままスタスタと歩いていくラウラ。せめて缶ジュースを拾うくらいのことは手伝ってほしい。

「ん? そういえば、何でラウラは俺達の前に出てこれんだ?」

「あ、確かにそうだな」

「そ、それは……!」

「ん?」

「……い、言えるわけないだろう、瑛斗と、ふ、二人きりになるタイミングを見計らっていたなど……!」

「へ?」

「な、なんでもない! ええい! このっ! このっ!」

「痛ぇ!? 痛い痛い痛い! やめろこのバカ!」

「だっ、誰がバカだぁっ!」

「ぐはあっ!?」

カーッと耳まで赤くなったラウラの踏込みがいいパンチを思いっきり顔面に食らった。

 

 

「「襲われた!?」」

月曜日、夕食の席で箒と鈴が大声を上げる。

「ああ。昨日の夜にな」

「死ぬかと思ったぜ」

織斑マドカという名前は伏せて、俺と一夏は説明する。

なぜこのタイミングかと言うと、せっかくの誕生日パーティーに水を差したくなかったからだ。それと事情をしらない連中もいたこともある。

「サイレント・ゼフィルスの操縦者……二人とも、心当たりは?」

「無いな」

「さあ、な」

一夏はシャルの問いに歯切れ悪く答える。

(一度、織斑先生に訊いてみる必要があるか……?)

そう思ったがやめた。

 

織斑家では家族の話はタブーらしい。それに他人が他人の家庭事情をどうこう言うのはいささか無粋だ。

「それはそうと一夏さん。次は卵焼きをいただけるかしら?」

「ん、わかった。ほら」

一夏が利き腕を負傷しているセシリアに食事を食べさせている。

「あ、あーん……」

ぱくっ。口を手で隠しながら咀嚼するセシリア。

この歳で食べさせてもらうのは恥ずかしいのか、若干顔が赤い。

「何よ、箸で食べるものばっかり……」

「パスタを片腕で食べればいいだろう……」

ジト目×2がセシリアに向けられ、それを振り払うようにセシリアは軽く咳払いする。

ちなみに言うと、セシリアの前に並べられたメニューは、鮭の塩焼きに出し巻卵、ほうれん草のゴマ和え、ジャガイモの味噌汁。そして海鮮茶碗蒸し。

「清々しいくらいに箸で食べるメニューしかないな」

「茶碗蒸しくらいはスプーンで食べられると思うけど……」

俺とシャルの苦笑いを受けて口の中のものを飲み込んでからセシリアが反論する。

「そ、それはわたくしは左腕だと上手く食べれないからですわ!」

「そっか。じゃあアタシが食べさせてあげる。ほらほら」

「り、鈴さん!? そ、そんな容赦なく……あつつっ!?」

鈴がぐいぐいとセシリアの口に茶碗蒸しをねじ込む。

おいおい、あんまり怪我人をいじめるなって。

「あらあら、楽しそうですね~」

「あ、山田先生、と……」

そこまで言って一夏は言葉を止める。山田先生の隣に立っているのはお姉さんの織斑先生だ。二人とも夕食の載ったトレーを持っている。

「あまり騒ぐなよ。馬鹿ども」

「わ、わたくしは怪我人ですのに……」

「オルコット。本来ならお前は昨日の市街戦について謹慎処分が下るはずだったんだぞ。それを忘れるなよ?」

「は、はい………」

ギロと睨まれて小さくなるセシリア。

ちなみに、昨日の二時間の取り調べはほぼ半分が説教だった。一夏は織斑先生にこってり絞られたらしい。俺は山田先生に半泣きでお説教されて、なだめるのが大変だった。

「……ところで、お前たちはいつもこのメンツで食事しているのか?」

「ええ。まあ、大体は」

「大体っつうか、ほぼ毎日ですね」

「……そうか」

「あら? もしかして織斑先生、気になってるんですか~?」

「山田先生。あとで食後の運動に近接格闘戦をやろうか」

「じょ、冗談ですよぉ! あ、あは、あははは……」

山田先生は織斑先生をからかおうとして返り討ちにされることがたびたびある。学習しましょうって。

「あまり騒ぐなよ……と言っても十代女子には馬の耳に念か」

それだけ言って織斑先生は山田先生 を連れて空いているテーブルに向かった。

そんなこんなで夕食の時間は過ぎるのであった。

「「で、なんで全員ついてくるんだ?」」

寮の自室に戻る途中、俺と一夏はさっきからどこぞのゲームのパーティーのようについてくる一同に問いかけた。コイツらの部屋はすべて通り過ぎている。

「そ、それは……! べ、別にアンタたちを心配してるわけじゃないからね!」

そう言いかえしてきた鈴。

「あー、えっと、ほら、みんなでおしゃべりしようかなって。ね?」

それにシャルが続く。

「う、うむ。そうだぞ二人とも。こうやってコミュニケーションをとることも大切だぞ」

コミュニケーションならさっき散々取ったじゃねえか。まあ、イヤってわけじゃねえが。

「あの、一夏さん? よろしかったら包帯の交換を手伝ってくださらない?」

「おう、良いぜ」

一夏がそう言うと、ぱぁっと顔が華やぐセシリア。

「ふん。その程度の傷、この国の唾液をつければ治るという治療法で治るだろう?」

「いやラウラ、それは物の例えで……いや、あながち間違ってねえかも」

「む、そうなのか? ちなみに私の唾液には微量ながら医療用ナノマシンが入っているぞ」

「 へ、へえ」

 

なんか、凄いような、深く追及してはいかんような……

ラウラはドイツの研究施設で生まれた試験管ベイビーだ。

ツクヨミも、一度ラウラの左目の『越界の瞳』の研究に協力を求められたが、所長がそれを一蹴した。

『人の命をなんだと思っているのか』

 

所長の言葉は今でも覚えている。

(戦うために造られて、体を弄繰り回されて、挙句実験材料にされる……)

ラウラの出自を思うと、俺にはとてもじゃないが耐えられない。

それだけ、ラウラは強いんだ。

それに日本に来て俺達と出会ったことで、ラウラの人生は決してつらいことだけではなくなったと俺は思いたい。

「……い、おい。瑛斗、聞いているのか?」

ラウラが俺に顔を近づけている。

「へっ? ん? 何?」

「聞いてなかったのか……。まったく、嫁の風上にもおけんな」

「へいへい。悪かったよ」

それにしてもラウラの俺に対する『嫁』の言葉を聞くと今でもあのキスを思い出す。

俺自身、あのことを思い出すと若干顔が熱くなる。このことは秘密の中の秘密だ。他人に言える話じゃない。

「よ、よし、一夏の部屋についたぞ。入ろうぜ」

そして俺はさりげなくラウラから顔を離して一夏の部屋のドアを開ける。

「ちょ、俺への断りは?」

「いいじゃん別に。椅子とかどする? 借りてくっか?」

「ううん。ベッドで良いよ。ね、みんな」

「そうだな。それにここの寮のベッドは質がいい」

「わたくしは、自分のベッドでないのが不満ですけれど━━━━よろしくてよ」

「私も構わんぞ」

そう言ってぞろぞろと一夏の部屋に入って行く女子たち。

「飲み物とかいるな。ちょっくら買ってくるわ。行こうぜ一夏」

「ん? おう」

「あ、大丈夫だよ二人とも。僕が行くから」

「そうね、アタシとシャルロットで行ってくるから、アンタたちは待ってなさいよ」

「いいっていいって。ちょっと待ってて━━━━」

「また襲われたらどうするの!?」

「そうよ! 二度目が無いとは限らないわよ!」

シャルが両手で俺の右手を握った。 その横では鈴も一夏の手を握っている。

 

シャルが俺の手を握る力は、強かった。

「……あ、いや……そう……だな、悪い……」

「ご、ごめん……」

そんな二人に驚いて、俺と一夏は素直に謝る。

そうするとシャルと鈴もハッと我に返って慌てて手を引っ込めた。

「ご、ごめんね。僕……ちょっと……気が動転しちゃって」

 

「アタシも……ごめん一夏……」

二人ともシュンとなって下を向いてしまう。俺と一夏はあわてて取り繕う。

「い、いや、二人とも俺達を心配してくれてたんだよな? なあ一夏?」

「あ、ああ、そうだな。鈴、シャルロット、ありがとな」

「「う、うん……」」

そこから、沈黙が漂う。

気まずい沈黙ではなく、なんというか、その、ドキドキする。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「「「じー……」」」

「「「「うわあっ!?」」」」

ドアの隙間から視線を感じた。

見れば、ドアの隙間から箒、セシリア、ラウラがこっちを見ていた。

「今度は鈴とか……一夏め……!」

「いい御身分ですわ、まったく……!」

「……ふんっ!」

げ、ラウラがへそ曲げた。ああなると長いんだよなぁ……。

結局、そのあと俺はラウラに、一夏は箒とセシリアに頭をさげて謝ったとさ。めでたくないめでたくない。

 

「じゃあ、おやすみー」

「おう、おやすみ」

「また明日な」

かれこれ二時間経って、シャルたちは一夏の部屋から出て行った。

「……さて、和やかな展開もここまでだ。一夏」

「わかってる。アイツのことだろ」

女子たちが遠くに行ったことを確認して、俺達は真剣な表情になる。

「あのサイレント・ゼフィルスの……織斑マドカってヤツ。お前、本当に心当たりないのか?」

「無い。これっぽっちも無い。俺だって驚いてる」

「俺の推測だけど……アレもラウラと同じで試験管ベイビーだと思う」

「どうしてそう思ったんだ?」

「あそこまで織斑先生に似てると薄気味が悪い。偶然にしては出来過ぎてるし、そうでもないと納得がいかないだろ?」

「確かに俺も一瞬そう思ったけど……いまいちピンと来ないっていうか……」

「今度会った時に詳しく━━━━」

「じゃじゃーん。楯無おねーさんの登場です」

「「おかえりください」」

部屋のドアを開けた楯無さんに丁重にお引き取り願う。

ドアを閉めると、直後に向こう側から水が流れる音がした。

「「うわあああっ!?」」

慌てて後ろに退くと、ドアが真っ二つになった。

「もう、おねーさんを蔑ろにしちゃだめだぞ★」

蛇腹剣《ラスティー・ネイル》をソードモードで構えた楯無さんがウインクした。

「は、はい……」

「き、気をつけます……」

俺の部屋じゃなくて良かった。本当に良かった。

「部屋、入ってもいい?」

「入ってから聞くのやめてくださいよ……」

ごめんね、と言って楯無さんは笑った。

「で、今日はどのような用事で?」

「まさか……また亡国機業が何か?」

「ううん。そういうのじゃないの」

「じゃあ……?」

「えー……と、あのね━━━━」

「「?」」

妙に歯切れの悪い楯無さんに俺と一夏が首を捻ると、楯無さんはいきなり俺達に手を合わせて頭を下げた。

「……妹をお願いします!」

「「……はい?」」

なんだか、また面倒事の予感がした。

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

「はあ、妹さん」

「一年生の」

とりあえず話を聞くことになり、一夏は再び俺と楯無さんにお茶を入れてくれた。

「そう。名前は更識簪ちゃん。あ、これ写真ね」

楯無さんが見せてくれた携帯電話の画面にはどこか陰りがある少女が写っていた。

(これが楯無さんの妹さんか。にしては━━━━)

「あのね、私が言ったって絶対言わないでほしいんだけど……」

「「?」」

「絶対絶対ぜーったいに! 言わないでね?」

しつこいくらいの前置きをする楯無さん。普段からは想像できない姿だ。

「妹って、その……ちょっとネガティブっていうか、ええと……」

ものすごく慎重に言葉を選んでらっしゃる。相当言いずらいのだろうか。

「……暗いのよ」

おわー、ばっさり言いおった。

「そ、そうですか」

「そ、それはそれは」

「でもね、実力はあるんだよ。だから専用機持ちなんだけど━━━━」

「けど?」

「専用機がないの」

「は?」

一夏が首を捻る。しかし俺はピンと来た。

「あ、もしかして、その楯無さんの妹さんって、専用機持ちが参加するイベントをいつも欠席してる四組の専用機持ちの子ですか?」

いつかセシリアが話していたことを思い出した。確かあれは鈴が転校してきた当日だったか。

一組の他に四組にも専用機持ちがいる……的なやつだったな。

「そう。それが簪ちゃんなの」

「でも、どうして専用機が無いんですか? それじゃあ専用機持ちって言わないんじゃあ……?」

「あのね……これって一夏くんのせいなのよ」

「「へ?」」

俺は一夏の方を見る。だが、一夏は心当たりはないと首を横に振った。

「簪ちゃんの専用機の開発元は━━━━倉持技研なのよ」

そして俺は再びピンと来た。

「ああ、《白式》の開発元の」

「うん。白式の方に人員を全部まわしちゃってるから、未だに完成してないのよ」

「なるほど……」

「なるほどって、お前な。それもこれも一夏のせいだぞ?」

「う……」

言葉を詰まらせる一夏はさておき、俺は話を本題に戻した。

「それで? その妹を頼むっていうのは?」

「うん。実は昨日のキャノンボール・ファストの襲撃を受けて、各専用機持ちたちのレベルアップを図るために今度全学年合同のタッグマッチをやるんだ」

「ほお、タッグマッチ」

「それで?」

そして、楯無さんは畳んでいた扇子を横にして手を合わせ、俺達に頭を下げてきた。

「お願いっ! そのタッグマッチで一夏くんか瑛斗くんのどっちか簪ちゃんとペアを組んであげて!」

「ちょ、ちょっとちょっと楯無さん」

「頭を上げてくださいよ。そこまで頼み込まなくてもやりますって」

二人であわてて楯無さんをなだめる。普段こっちを振り回してくるようなこの人がここまで頼んで来るのだ。断るわけにはいかない。

「え、ほ、本当? じゃあ……いいの?」

楯無さんが上目遣いでこっちを見てくる。

俺と一夏はこくりと頷いた。

「さて、じゃあどっちが行く?やっぱり俺が行った方がいいのか?」

一夏が提案する。だが俺は異議を唱えた。

「いや、ここは俺が行く。ISのことならお前よりかは知識があるし、第一、自分の専用機の開発を邪魔してくれてるようなヤツとペアは組みたくないだろうよ」

「うぐっ、悔しいけど正論……」

「そういうわけだ。楯無さん、あなたの妹の面倒は俺が責任を持って見ます」

「わかった。けど……極力私の名前はださないでね」

「え? どうしてです?」

「あの子……私に対して引け目があるっていうか……その……」

今度は一夏がピンと来たようだ。

「妹さんと仲が良くない━━━━とかですか?」

「………………うん」

シュンとなって頷く楯無さん。

どこかで見たことがあるような感じがする。

「箒と篠ノ之博士か……」

「箒と束さんか……」

どうやら一夏も同じことを考えたようだ。

あの二人も、こんな感じだろう。

 

不仲をなんとかしようと策を講じる姉。それに反発する妹。

箒のやつは専用機まで用意してもらったのに博士への態度は変わっていないらしい。

「まあでも、大丈夫ですよ楯無さん。楯無さんは寮に妙な薬を蔓延させたりしないじゃないですか」

「え?」

楯無さんにそう言ったら、一夏が俺の服の襟を引っ張って俺を後ろに向かせた。

(バカ! アレは俺とお前、それと千冬姉と山田先生しか知らないんだぞ!)

(わ、悪い悪い)

そういえばそうだった。

「い、いえ! 何でもないです! な、なあ!? 一夏!?」

「そ、そうですよ! 何でもないです! 何でも!」

あははあははと笑ってごまかす。

「そ、そう? とにかく、簪ちゃんのこと、お願いね?」

「はいっ! 任せてください!」

ドンッと俺は自分の胸を叩く。

「うん。でも……無理はしないでね?」

そう言って楯無さんは部屋を出て言った。そして俺達はふぅっと息をはく。

「なんか……いつもと違ったな。楯無さん」

「ああ。なんつーか、相当悩んでたな、ありゃ」

マイペースで我が道を行くが地のあの人が、あそこまで悩むとは。

「まあ、それよりも、分かってるな?」

「分かってるよ」

一夏はある一点を見てため息をつく。

「……代わりのドアの申請、だろ?」

「そゆこと」

そして、さらに夜は更ける。

 

「う~……さすがに九月の終わりになると夜も冷える……」

日付が変わるころ、俺は廊下を歩いて自室に帰る真っ最中だった。

 

「こんな時は、缶スープだなー♫」

 

寮の自販機には、温かい飲み物の中に缶入りのコーンスープがある。

 

前に一度、シャルに夜中眠れないと相談した時に温かい飲み物を飲むといいと言われた。物は試しと、このコーンスープを飲んだら、あっという間に眠ることができた。そして最近この味にハマってる。

 

鼻歌を口ずさんではいるが、頭の中は前日の襲撃のことが大半を占めていた。

 

(それにしても、織斑マドカ……。織斑先生に似てた━━━━いや、似てるってレベルを超えてたなアレは)

闇に潜んでいたマドカの顔は、邪悪な笑みを浮かべていた。

(ヤツは一体何の目的があって一夏を襲ったんだ?)

まるで俺を見てはいなかった。

 

そう。一夏だけを殺そうとしていた。だが━━━━、何のために?

コツン……

「ん?」

ふと、何かが足に当たった感触があった。

「ノート? 誰のだ?」

拾って表紙を見るが、両面のどちらにも名前らしきものは書かれていない。

ぱらぱらとページをめくる。すると興味をひくページがあった。

「……お。ISの姿勢制御システムと制動システムの調整方法か」

独自の解釈で書かれたその内容は、決して間違っているものではなかった。

(けど、ちっとばかし荒削りだな……。そうするんだったらここをこうして……こっちをこうだ)

ポケットに入っていたシャーペンで追加、修正する。

「これでよし……と」

我ながら、高い完成度の仕上がりとなった。

「……あ」

そして気づく。他人のノートに勝手に書いてしまったことに。

(や、ヤバい! 全然気にしないで書いちまった! ど、どうしよう……)

改めてそのページを見る。うぅ、上手く書けてるから消すのはもったいない……。

俺は窓枠にノートを何かのお供え物のようにして置いた。

そして手を合わせてノートを拝む。

「別に悪気があったわけじゃないから……すまん!」

そして現場から逃走。ついカッとなってやりました。後悔してます。

(あのISの型、どことなく《打鉄》に似てたな……学園の誰かの設計プランか?)

そう考えてしまうと申し訳なさに拍車がかかった。俺は部屋に駆け込んでベッドにもぐりこんだ。

「…………………」

夜のIS学園の一年生の寮を歩く者がもう一人いた。眼鏡をかけたその少女はその瞳にどこか不安さを滲ませている。

(どこに置いてきちゃったんだろう……。ちゃんと名前を書いておけば良かった……)

少女はきょろきょろと辺りを見回して探し物をしている。

(アレが無いと、()()()が完成しないのに……)

暗くなっている廊下を懐中電灯片手に彷徨い歩く。

『別に悪気があったわけじゃないから……すまん!』

「!?」

曲がり角の向こうで誰かが謝っている。

 

そしてそのまま少女の前を走り去っていった。

(な、何があったんだろう?)

曲がり角を曲がると、少女は発見した。自分が探していたものを。

「……あった」

ホッと息を吐いた少女の手には、一冊のノート。

そう。瑛斗が色々書いてしまったあのノートである。

(誰かに悪戯されてないかな……)

ぱらぱらとノートをめくって中を確認する。

「!」

少女は動きが止まった。問題のページを開いたからだ。

「これ……全部できてる……」

自分があれだけ苦労した姿勢制御システムと、制動システムの調整方法が、完成されていた。

「一体誰が……?」

その疑問はすぐに解消された。今しがた走り去っていった人物。それしかいない。

(きっとあの人だ……)

あの声は女の声ではなかった。すると候補は一気に二人にまで削られる。

そして、ノートに書かれている内容から、当事者はかなりISに詳しいことが伝わる。

 

つまり、やったのは『彼』だ。

「桐野……瑛斗……」

ぽつりとつぶやいてぎゅうぅっとノートを握りしめる。

本来ならば自分の力だけで行うはずだったことを勝手に他人にやられた。それを少女は許せなかった。

「桐野……瑛斗……」

再びその名を口にして、少女は自分の部屋に戻るのだった。

「……………」

明かりもない部屋で、マドカは一人、右手の包帯を交換していた。

活性化治療ナノマシンの多量使用によって傷口は完全に塞がっている。使用済みの注射器が室内には散乱していた。

「入るわよ、エム」

ノックも無しに部屋に入ってきたのは、同じく亡国機業に身を寄せるスコールだった。

豊かな金髪が歩くたびに美しく揺れる。

「昨日の無断接触だけど、説明してくれる? ……『織斑マドカ』さん」

「………………」

ニコニコとした表情を崩さないスコール。それに対して、マドカは一瞥をしただけで、再び手を動かし始める。

「あなたにとっては劇的な出会いであっても、こちらは困るのよ。あまり無軌道に動かれるとね」

「……分かっている」

「あなたの任務は各国ISの強奪。それ以外のことにあまりISを使うようなら━━━━」

ドンッ!

爆発音が響き、ベッドの隣にあったサイドテーブルが医療キットごと吹き飛ぶ。

次の瞬間、マドカは首を絞められた状態で壁に押し付けられていた。

「……ふふっ、さすがに良い反応ね」

微笑むスコールの背中には、射撃ビットがいつでも発射できる状態で浮遊していた。

「………………」

拘束がとかれたマドカはベッドに降りる。スコールも、ISを解除してマドカの横に座る。二人分の体重を受けたベッドがぎしりと音を立てた。

「ねえ、エム? あなたが織斑マドカであろうとなかろうと、亡国機業にいる間はあなたはエムよ。それを忘れないでちょうだいね?」

「……決着をつけるまではそのつもりだ」

「決着ね……。織斑一夏との?」

「ふっ、あんな男はいつでも殺せる。私の目標は━━━━」

「織斑千冬、でしょ?」

スコールはクスリと笑う。

「織斑千冬ねぇ……。今はISを持ってるわけでもないし、それほど手こずる相手とは思えないけど?」

「侮るな。お前などねえさんの足元にも及ばない……」

「はいはい。悪かったわ。だからそのナイフを投げるのをやめてちょうだい。壁紙に傷が付くわ」

「…………ふん」

くだらない挑発にのったことを恥じるようにマドカは手に持ったナイフをしまう。

「それじゃあ私はもう一眠りさせてもらうとするわ。ああ、エム、次の任務まで時間がかかるわ。それまでは自重してちょうだいね」

「わかった」

「素直な子は好きよ。それじゃあね、エム」

来たときと同様に自分の用件だけ言ってスコールは部屋を出て行った。

マドカはベッドから立ち上がった。

「?」

ふと、散らかった医療キットのケースに紙が挟まっていることに気づいた。

「………………」

それを手に取り、メモ書きのような文章を読む。

『くれぐれも桐野瑛斗には手を出さないでね。もし万が一彼を━━━━』

「………………」

そこまで読んで、マドカはそのメモを破り捨てた。

自分には桐野瑛斗など関係ない、そう判断したからだ。

(だが……なぜスコールはあれほど桐野瑛斗に固執する?)

考えても答えが出ない疑問を振り払うようにマドカはもう一度ナイフを取り出し━━━━自分の頬にそれを当てた。

皮膚が切れ、真っ赤な血が溢れだす。

千冬に良く似た顔を傷つけることで、マドカは言い知れぬ興奮を覚えていた。

 

「ねえさん……。私は、ねえさんを必ず………」

うっとりとした表情が、ナイフの側面には映し出されていたのだった。


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